35.深謀の花嫁、凱旋の花婿
ひとりの爺様が目尻を大いに下げてデレデレしていた。
「そうかそうか、クロエと申すのか。魔力も名前も愛らしき娘よのぅ」
「あ、ありがとうございますっ」
デレデレされている対象であるクロエは打って変わってたじたじだ。
出会ったばかりだというのに好意の向けられ方が尋常でないうえ、相手が世界に名を馳せる大人物だけに戸惑いしかない。
「リーウィアも堪らぬが、クロエもじつに良い。先年喪った我が妻の若かりし頃が思い返されるわ」
「わたしが……? ですか? 魔導卿閣下の奥様と言われるとテレシア・ルインヴェルク様のことですよね?」
「閣下などと他人行儀な呼び方はやめなさい。今後儂のことはヨランお祖父様と呼ぶように」
「え、あ、はい……」
「ほら、呼んでみなさい」
「ヨランお祖父様……?」
「良い、じつに良いっ」
あれだけの騒ぎになったのだ。
当たり前にヨランが駆けつけてきて芋づる式にクロエの存在がバレてしまっていた。
そして、
「ぐあああああッ……!」
「がふっ! もうゆる――ぎああ!」
ヨランとクロエがいちゃいちゃしている目と鼻のさきではイェルドによる断罪が依然として執行されていた。
イェルドがなにかする度に炸裂音が鳴り響き、地面が軽く揺れたりもしているが、ヨランは当然としてクロエもすでに慣れてしまったのか平然としている。
ただ、このヨランによるデレデレを快く思っていない男がいた。
「あの、魔導卿閣下」
「なんだ」
「大変申し上げにくいのですが、妻との距離がですね? いささか近すぎるのではないかと……」
「ケチ臭いことを申すな。死にかけのジジイを相手に妬かずともよかろう?」
「別に妬いているとか、そういうわけでは……」
リグもすでにヨランがなぜこれほどクロエに甘いのか承知している。
最後はイェルドが飛び出して行ったことで話が打ち切りとなってしまったものの、重要な点は説明を受けていた。
「枯れたジジイには潤いが必要なのだ。のう? クロエよ」
「はあ……そうですね?」
一方でリーウィアの近習たちも刑の執行の様子を眺めながら雑談に興じていた。
「旦那様に見せ場をぜんぶ持っていかれてしまいました……」
「私も残念だ。いまだ枯れておらぬことを奥様にお示ししたかったのだがなあ」
拗ねる専属護衛と肩を落とす臨時護衛。
アーロンが苦笑しながら二人を慰めた。
「本来護衛なんてものは活躍しないほうが――と言いたいところですけど、今回ばかりは同情します」
「あのとき小魔導卿が横槍を入れて来なければっ……」
「そう言ってやるな、サシャよ……」
「ライノさんの言うとおりだ。男は好きな女の前では格好をつけたくなるものなんだよ」
ましてあれだけ颯爽と登場したのにリーウィアに迷惑扱いされて即退場させられてしまったのだ。
レウリアーダとしては当然の措置ではある。だが同じ男としてエリアスに同情を禁じえなかった。
「チッ……」
無言で舌打ちだけを返してくるサシャ。
ライノとアーロンは顔を見合わせて「これはイジり甲斐がありそうだ」と写し鏡のように悪い顔を浮かせた。
「じっさいどうなのだ? 家中では『あのサシャについに春が来た』と話がもちきりなのだぞ?」
「そうそう、サシャはもう行き遅れに近い歳なんだし、お相手はあの小魔導卿閣下だ。そんな方から求められて嫁げるなんて破格の縁談だと思うんだが?」
サシャは二十四歳。
イェルドとアーロンと同い年の彼女は世の基準に照らすと、そろそろ行き遅れと見做される年齢だった。
イジられる同僚への助け舟というわけでもないが、マヤが不意に「あ……」と声を漏らした。
「閣下が拘束を抜け出されましたよ」
「おおっ」
「さすが」
「……小癪な、巻き添えを喰らってしまえばいいものを」
興味の方向を変えたライノとアーロンの一方で、サシャだけが辛辣に吐き捨てた。
彼に好意を向けられているどうこう以前に、サシャはただただ横槍を入れられたことに対して恨み骨髄であった。
声こそ聞こえてこないが、きっと誤解を解こうとしているのだろう。
エリアスがイェルドに身振り手振りを交えながら何事かを訴えている。が、
「吹き飛ばされましたね……」
「閣下、今の旦那様に説得は下策ですぞ。まずはお逃げになるのが上策です」
「清々しいまでに問答無用だったなあ」
「ざまあ」
しかし小魔導卿の異名は伊達ではない。
エリアスはやられっぱなしで終わる男ではなかった。
「あのお顔は……さすがにぷっちんされたのでは?」
「道理よな。旦那様のなさりようは理不尽極まりない」
「あんなの俺だってキレるわ」
「はっ、無駄な抵抗を」
そんな軽口を言っていられるのもそこまでだった。
「なんだかドラゴン同士の戦いみたいになってきているのですけど……」
「いかん、このままでは王都が更地になりかねんぞ……」
「叔父上が凄い目で睨んできているけど、止めろとでも言いたいのか? あそこに割って入るのは無理だろ、死ぬわ」
「……意外とやるではないか」
そこで遅ればせながら救いの女神が降臨した。
「ヨランお祖父様」
リーウィアの呼びかけにヨランはこれみよがしに顔をしかめた。
「断る。儂はクロエを愛でるのに忙しいのだ」
「でしたらせめて周囲に被害が及ばないよう障壁を張ってください。お義父様たちが限界です」
「なにゆえ儂が馬鹿者どものために労を割かねばならんのだ……」
「今度クロエ様と〝二人だけ〟でルインヴェルク邸にお伺いしますね」
「ほれ、これで良いか?」
ヨランがイェルドたちを一瞥しただけでレウリアーダが総出で維持していた魔力障壁が何倍にも分厚くなった。
「ありがとうございます。アーロン、お義父様に障壁のことをお知らせしてきて」
「かしこまりました」
そうしてリーウィアは再び思索の海に飛び込んだ。
周囲が賑やかななかリーウィアだけが静かだったのは、この状況にどういった始末をつけるか考え込んでいたからだ。
(想定はしていた。対処法も用意していた。だけど現実には「まずないだろう」と思っていたのに。頭が痛いわ……)
リーウィアは今日を迎えるにあたり、王宮魔導師団の協力を得ての魔種の特性調査に始まり、魔種の名簿作成、家人使用人への周知、不測の事態に備えた体制構築を行ってきた。
警報として設定した〝想定状況ロア〟もそうだ。
あれは手元の人員で対処不可能な想定外に備えた、言わばリーウィアが用意した切り札であった。
指示の内容は一つ。リーウィアの元に集い状況を打倒せよ、それだけだ。
(結局別の目的で使ってしまったけれどね。さて、状況を整理しましょうか)
改めてこの事態をどう治め、どういう方向に着地させるか。
今回の事態を受けてリーウィアがなによりも重視しなければならないことは一つ。積極的に利益を得ようとすることは控え、まず家門に不利益を与えぬようにせねばならない。
「…………」
眼前では依然としてイェルドとエリアスが人外じみた戦闘を行っていた。
だがリーウィアはひとまず二人のことを捨て置き、夫の手によって処罰され、無様にも地面に転がされている魔種たちの顔ぶれを確かめた。
(バルドゥイン、ルナール、オルディニア……)
すべて国の名前であり、これは処罰された魔種たちが属する国名でもある。
リーウィアは助けを求める際に「イグサーマクの魔種(即ちディートリヒ)」とせず、敢えて「魔力に酔った魔種たち」と口にすることで、イェルドの攻撃の矛先が広く向くよう仕向けた。
ディートリヒが極大の無礼を働いたことは、もはや論ずるまでもないことだ。
だがリーウィアに無礼を働いたのはなにもイグサーマク王国に限った話ではない。
名前を挙げた三国の魔種たちも挨拶を受ける際に、結構な無礼を働いてくれたのだ。
リーウィアを舐めるような目で見つめ、備わる煽情的な魔力を暗に揶揄するなど、おおよそ結婚を祝しに来たとは思えぬ無礼な振る舞いをしてきた者もいた。
(こちらが公的に咎めづらい際どい線を狙ってきているところが狡猾よね)
無論イェルドは怒り心頭だったが、リーウィアは抑えてもらえるよう頼んだ。
こうした「やった、やっていない」のような水掛け論は、結局のところ力が物を言う。
レウリアーダは大家だ。強い軍事力も持つ。
だが所詮ひとつの貴族家でしかなく、国家を丸ごと相手取れるわけではない。
純粋な力だけではなく、政治力や権威といった影響力の面でも大きく劣るのだ。
(だけど私は間違っていた。気づかせてくれたのが公子だという点が皮肉だけれどね)
リーウィアはディートリヒと相対して考えを改めた。
この局面でレウリアーダの女主人たるものが示すべきは、まさにその力――武威であり、威容であり、存在感であると。
ディートリヒと事を構えた際、三国の魔種たちはまるで見世物でも観覧するかの如くニヤつきながら眺めていた。
ゆえにリーウィアは夫に彼らも丸ごと処罰してもらえるよう仕向けた。
もしかすると三国はのちに、レウリアーダを咎めてくるかもしれない。だが、
(私は覚悟を決めたわ。文句があるなら来なさい。弁舌には弁舌で剣には剣で応えましょう)
しかし皮肉なことに、リーウィアがそう仕向けたからこそ目の前で人外戦闘が繰り広げられているわけだが。
(論点を戻しましょう。三国については向こうの出方を窺うしかない。だけどイグサーマクについてはそうはいかないわよね)
一連の公子の行動は独断であろう。
その傍証に事ここに至っても大使ゲルハルト・シュタインベルクが姿を見せない。
彼は結婚式においてディートリヒの発言を即座に撤回し、外交問題化させないよう動いた。
まともな感覚を持った外交官だ。
(撒いてきたか、あるいは大使館に押し込めているのかしら?)
この痴れ者ならそのくらいしても驚かない。
なにせディートリヒはリーウィアに対して殺傷力を持つ火球を放ったのだ。
本人は「取り巻きがやったこと」だと釈明するかもしれないが、そんな戯言は通用しないし決してさせない。
(目撃者は他国を含めて多数。どうやっても言い逃れできない外交的瑕疵だけど)
極めて強力な手札になるであろうことは疑いを挟む余地がない。
だがしかし、これはさきほどのレウリアーダ対三国の構図と同じだ。
(レウリアーダではこの外交資源を十全に活かせないわね)
旨味はある。
イグサーマク王国、あるいはロッシュフィルト公爵家から賠償金を得るにせよ、権益を得るにせよ、他の便宜を得るにせよ。
(だけど今回のことは事が大きすぎるわ……)
そもそも国家の外交政策に関わる行動を起こすことは、貴族家が持つ裁量権を超えている。
取り扱いを誤れば両国関係が深刻化し、再び戦争状態に陥ることも当然にあり得るのだ。
悪いことをしたからといって相手が謝る保証などない。特使に怪我を負わせたと居直ってくる可能性だってあるだろう。
(こちらは被害者だというのに、巡り巡って当家が責任を問われる、なんてことも十分あり得ることよね)
グランフェルトにもイグサーマクにも王室と貴族家がある。
王国という国体において国王は至上の権力者だ。
だがその権力の強さは国によって異なり、また王ひとり、王室のみで国家は運営できない。実際的に政治を動かしているのは貴族たちである。
公子が起こした問題も、そうした様々な力学が働いて結論に至ることになる。
(善悪正否なんてものに大した意味はない。……欲をかかずに安全志向で行くべきだわ)
そうした数々の思索を経て、リーウィアはとうとう結論に至った。
(つまりこれは……アンネリーエ様のお役に立てる好機ね!)
レウリアーダでは十全に活かせない外交資源。
国家間外交は国の管轄であり、一介の貴族家には手に余る。
万が一にも責任を問われないよう安全志向で――リーウィアはビビリなので基本姿勢が保身である。
(アンネリーエ様(=国)に丸投げするのが最適解! アンネリーエ様は強力な手札をタダで手に入れられて幸せ! 鼻高々! 私は被害者面だけしていればいいから楽ちん! 旨味は減るけど、叱られることに怯えなくていいから夜もぐっすり! これよっ、これしかないわ、リーウィア!)
リーウィアが胸中で小躍りしたそのとき、人外戦闘に決着がついていた。
(……どうしましょうか、これ)
煙か湯気か知らないが、体からぷすぷすと白いものを上げたエリアスが地面を舐めさせられていた。
残る最大にして想定外の問題。「惚れた女にいい格好をしようと余計な茶々を入れたばかりに、エリアス・シュミット小魔導卿がレウリアーダ辺境伯にボコボコにされてしまった問題」の始末である。
リーウィアとしては自業自得だという思いが半分、うちの夫がごめんなさいという思いが半分という、なんとも気持ちを定めづらい心情だった。
エリアスが余計な手出しをしてきたことが契機であることは間違いない。
だがそこに悪意はなく、不純な動機は確実にあっただろうが、こちらに助勢しようという善意も確かにあったと思うのだ。
事実エリアスはリーウィアに手出しなんてしていないし、さきにぶん殴ったのだってイェルドである。
あんなことされたら誰だって怒るだろう。
(そういう個人的なこともあるけど、政治的にも良くないのよね……)
エリアスは音に聞こえた小魔導卿である。
彼を打倒せしめることはイェルド、引いてはレウリアーダの武威を広く示すことに繋がる。歓迎できることだ。
(だけどその代償に、シュミット卿がこれまで築き上げてきた名声に傷をつけることになってしまったわ……)
小魔導卿はノルデンガル王国を代表する魔導師の一人だ。
彼の敗北は祖国の矜持をも傷つけ、結果として国威を下げることに繋がるのではないかとリーウィアは危惧していた。
グランフェルトとノルデンガルは強固な友好関係にある。
リーウィアが歴史の授業で学んだところでは、ノルデンガルにおいて大規模な魔獣氾濫が起きた際、グランフェルトはヨランを派遣してまで助けたという。
(国家の盾たるヨランお祖父様は実質的に国外への出境を禁じられているのに……)
その彼を、グランフェルトは命を落とす可能性すらある危険地へ送り出した。
この政治的配慮だけ切り取っても、両国がいかに深く誼を通じているのか窺えるというものだ。
とはいえ突破口がないではない。
(ユークリウス様に動きがないのよね)
両国関係を鑑みたとき、イェルドとエリアスが戦闘状態に至ることは、その決着いかんに関わらず王太子ユークリウスの立場では到底歓迎できないことのはずだ。
しかしここに至るまで、ユークリウスは戦闘への介入も、リーウィアへの要請も行っていない。
つまり、
(行動から逆算すると、ユークリウス様はこの戦闘を容認ないし黙認しているとしか思えない)
となるとリーウィアにも打てる手はある。というよりそれしかない。
少々分が悪い一手となるが――。
「サシャ」
「はい」
「シュミット卿を介抱して差し上げてください。余計な手出しをされたことが契機だとはいえ、謂れなき罪を被せられたという面もありますから」
エリアスの個人的な感情を利用させてもらう。
彼が「いいよいいよ、お互い悪かった面もあるよね」みたいなことを言ってくれるよう仕向けられたら、政治的な問題も致命的なものにはならないだろうという目論見だ。
しかし当のサシャがあまりエリアスのことを好ましく思っていないようで。
「わかりました」
「えっ!?」
「なにか?」
「……いいの?」
「奥様が介抱しろとおっしゃったのではありませんか」
リーウィアは「そうだけど……」と口にしかけ、だがこの予想外の流れを損ねるわけにはいかないと思い直した。
「ではお願いします」
「了解しました。ライノさん――」
「奥様の護衛は任せよ」
頷き、サシャが煙か湯気かを立ち上らせているエリアスの元へ向かった。
「どういう風の吹き回しかしら?」
「旦那様に食らいついた堂々たる戦いぶりに思うところがあったようですよ。こんな感じです」
そう教えてくれたマヤが、リーウィアに体の側面を見せる立ち位置を取った。
それから後ろ手を組んでそっぽを向き、つま先でコツコツと地面を小突く動作を繰り返す。
そしてとどめとばかりに、ちらちらとこちらに目を向けながら、
「ふうん、結構やるじゃない……」
「ぷぷっ!」
「ブホっ!」
リーウィアとライノが盛大に吹き出した。
「なあにそれっ? くくっ……」
「サシャの心理が見事に表現されておるわっ……」
「今までほとんど興味がなかったのに、ちょっと格好よく見えちゃって、でも素直に褒めるのは癪なので『認めてあげなくもないけど?』みたいな感じになっちゃっているのだと思います」
三人で笑っていると、サシャと入れ替わるようにイェルドが近づいてきた。
服は煤けており髪も大いに乱れているものの、汗まみれな彼の表情はじつに晴れやかだった。
「いやあ、強かった。さすがは小魔導卿と呼ばれる方だ。あそこまで粘られるとは思っていなかったよ」
「もう、本当に仕方のないひと……」
リーウィアは呆れすぎて、どこから突っ込めば良いのか悩むほどだった。
この人はなにをしに行っていたのか。怒っていたのか断罪していたのか、それとも本来の目的を忘れて手合わせでもしに行っていたのだろうか。
こんなご機嫌な姿を見せられては、もはや経緯も経過もあったものではない。
さきに手を出したのはイェルドだったろうに。
「完勝でございましたね」
「そう見えたかもしれないが、ひやりとさせられる場面が何度もあったんだぞ? もし決められていれば私の方が倒されていたかもしれない」
「ここ暫くのあいだでは一番良いお顔をされていますけど、そんなに楽しゅうございましたか?」
「まあ、場所が場所だからな。全力を出せないのはお互い様だろうが、そもそも私にはあの出力で戦える相手は御老しかいないんだ。良い鍛錬をさせていただいた」
「鍛錬のお相手が見つからないのはシュミット卿も同じではないかと」
「かもしれないな。卿も最初こそ怒っていたが、途中からは随分と楽しそうにしておられた」
「本当ですかぁ……?」
「嘘じゃないさ。最後は『お見事……』って満足そうに倒れていたし」
「まあっ」
リーウィアはくすりと笑って夫の姿を確かめた。
イェルドはマヤにタオルを手渡されて乱暴に汗を拭っている。
「服は……どうしようもありませんね。マヤ、旦那様の身なりを整えてあげて」
「はい」
イェルドはマヤに髪を梳かれながら別の方向に苦笑を向けた。
「色々とすまない、ラングレン卿」
リグとの話し合いを放り出したことへの詫びである。しかしそれ以上にイェルドを気まずくさせているのは、師であるヨランがだらしない顔をしてクロエに絡んでいることだ。
リグも似たような渋い笑みを返した。
「最高峰の魔種たる魔導卿閣下ともなればやむなしかと。それよりも凄まじい戦いでしたね。今のを見られただけでもグランフェルトを訪れた甲斐がありました。どうやら私は随分と驕っていたようです」
「そんなことはないと思うが……。なあ? 御老」
「おん? おお、そなたは魔種として結構な器ぞ。しっかり鍛えればエリアスくらいにはなれよう」
「……まことですか?」
「私もそう思う。話してみてわかったが卿はお国の〝地政学上〟からか、魔種そのものへの造詣が浅い。自分の立ち位置が見えていないのもそういう理由からだろう」
リグはイェルドの励ましを曲解した。
(レウリアーダ卿もやっぱり私を物を知らない田舎者と思っていたんだな……)
和気あいあいと話す男たちを見てリーウィアははたと気づいた。
(……そうよ、なにもクロエ様を隠すことはない。むしろ取り込むべきはヨランお祖父様だわ。「王室が絡むと国と国の話になりかねません。私たちで協力してこっそりクロエ様たちを囲ってしまいましょう」と口説けばきっと味方になってくれる)
これだけデレデレなのだ。
ヨランもクロエが会える距離にいてくれるほうが嬉しいはず。
彼は魔導卿であるがゆえに国外に赴けない。クロエが公国に帰ってしまうともう会えなくなってしまうのだ。
「小遣いやろうか?」
「えぇ!?」
現に今も決め台詞を口にするほどのデレっぷりである。
国に忠実なヨランもリーウィアの目論見に賛同してくれるに違いない。
リーウィアはそんな考えを胸に留め置きつつ、改めて庭園の様子を観察した。
ディートリヒを筆頭にイェルドに処された者たちがレウリアーダの騎士の手で捕縛されているところだった。
すでに魔力障壁は解かれ、招待客も戻り始めている。
この分だとそう時を置かずに会場は正常化するだろう。
リーウィアはいまだ服は煤けたままだが一応見られる姿になったイェルドに言った。
「それでは参りましょうか」
「どこへ?」
「貴賓席へ。此度の始末をつけるために」




