13.第一回お嫁さん会議
「これより第一回お嫁さん会議を開会します」
「お嫁さん会議」
その言葉の響きに、リーウィアは思わず復唱してしまった。
義母フレンダは神妙な顔で深く頷き、会議の趣旨を解説してくれた。
「お嫁さん会議とは、リーウィアさんに遺漏なく当家のお嫁さんになってもらうために、必要な対策を講じて実行していく意思決定機関です」
「私はお嫁さんですが」
対策を練る会議なのに、対策される本人が参加しても良いのだろうか。
「リーウィアさんはまだ婚約者です。現状ではマイエル伯爵家のご令嬢としてお預かりしているに過ぎません」
リーウィアは「答えになっていませんお義母様」と言いたくなるのを我慢した。
「なるほど、レウリアーダの皆様は、結婚するまでのあいだは私を客分として扱ってくださると」
「そのとおりです。あなた付きの侍女のマヤさんも同じ扱いとしますから覚えておいてね」
「かしこまりました。お気遣い痛み入ります」
確かにフレンダは「遺漏なくお嫁さんになってもらう」と言っていた。
リーウィアはいち早くレウリアーダに馴染めるよう同居を決めたのだから、お客様扱いされるのは寂しく思う。
だからといってフレンダたちの好意を無下にするのも抵抗があった。
到着直後から振り回され続けているが、フレンダたちの思いやりは肌で感じている。
(ようするに、私が頑張って一日も早く「身内扱い」されるようになればいいだけのことよね。お義母様たちの善意にあれこれ言って波風を立てることはやめましょう)
ただそれはそれとして、
「ですがお義母様? それだと私を逃さないための対策会議ということになってしまいませんか?」
「そう言っています」
「そうでした」
情報統制がガバを通り越しているけど、義母が良いならもう言わない。
リーウィアは新参だ。長いものには巻かれていく。
「私たちは現状に危機感を抱いています」
「イェルドお兄様が気持ち悪いからですね」
「確かにイェルドは気持ち悪いが、今はあいつのことなんざどうだっていい――」
イェルドがさも常識かのように滑らかにボロカスに言われている。
彼が普段からどんな扱いをされているのか透けて見える。……現当主のはずなのに。
「それよりもリーウィア、あんたのことだ」
「はい」
義祖母ヘレンに鋭い眼差しを向けられ、リーウィアは自然と居住まいを正した。
「お前さん、どうしてこの縁談を受けた」
「どうしてと言われましても」
リーウィアは端的に言葉を置いて、なにから話そうか頭のなかで会話を組み立てようとした。
それほどリーウィアが――正確にはマイエル伯爵家がイェルドとの縁談を受けた理由がいくつもあったからだ。
ただヘレンが今求めているのは、論功事件だとか、王室だとか、契約条件だとか、そうした政治的な理由ではないのだろう。
だからリーウィアはごくごく個人的な理由から話すことにした。
「必要とされたからです」
瞬間、誰もが顔に戸惑いを浮かせた。
「私は半年前に事故に遭ったことで、すべてを失い、すべての未来を諦めていました。
そんな傷だらけで、まともに歩くことすらできず、なんの役にも立たない私をイェルド様は求めてくださいました。
リーウィアでなければ駄目だ、リーウィアしか欲しくないのだと、そうおっしゃってくださったのです。
ですから私はイェルド様の求婚をお受けしました」
リーウィアはなにひとつ憂うことなく自信を持って言い切った。
陽だまりのような温かな沈黙が、ゆっくりと部屋の隅々まで染み渡っていく。
「ふぐっ……奇跡だ……」
義祖母ヘレンの抑えきれぬ喜びが瞳に溢れ、歓喜の雫となって頬を優しく濡らしていく。
ヘレンだけではない。
「神よ……」
口元を押さえて顔を俯かせたフレンダに続き、
「リーウィアお義姉様はきっとレウリアーダの光となられるでしょう……」
尊いなにかを見ているかのような顔をして、シーラがリーウィアの手をそっと握った。
リーウィアは焦った。
(どうしましょう、皆様のノリについて行けないわ……)
これがレウリアーダ家の家風なのか。
出迎えのあれもちょっと常軌を逸していると思っていたけれど、義祖母、義母、娘までがこのノリなら、これはもう一つの伝統なのかもしれない。
伝統とは伝統であることそのものに価値がある。
これは貴族的価値観の強いリーウィアの考えだが、ちょっと自分がこのノリをやれるようになるかというと、まったく自信が持てなかった。
(でも私はレウリアーダの女主人になるんだから、たとえ自分でできなくても、せめて合わせるくらいできるようにならないとっ)
リーウィアが改めて歩む道の険しさを実感していると、義祖母ヘレンがずずっと鼻をすすった。
「あんたはイェルドのことを好いてくれているのかい?」
リーウィアは少し困った顔をして、だけど今度は「これ言っちゃってもいいのかなあ」とは思わなかった。
家族になる人たちなのだ。ありのままの自分を見てもらいたかった。
「いいえ、好感は持っていますが、好きかと問われると特に好きでも嫌いでもないとお答えするしかありません」
「そうかい」
ヘレンは少し残念そうな顔をしたけれど、義母のフレンダは「それはそうよね」とでも言いたげに苦笑していた。
「イェルド様はそれはもう素敵な求婚をしてくださいました。
きっと私は生涯あの日を忘れることはないでしょう。
ですから彼のお気持ちはきちんと承知しています。
その熱量も、実直さも、私は好ましく思っておりますよ。
ただ私たちは出会ってまだ十日と経っていませんから、これから時間をかけて良い関係を育んでいければと思っています」
三人の顔がどんどん感極まったものに変わっていく。
事実シーラが「女神……」と独り言を漏らしていた。
さすが妹。兄と同じことを言っている。
リーウィアは胸の内でだけ頬を引きつらせながら続けた。
「求婚をお受けして、それから私は言ったのです。
せっかく一緒になるのですから信頼し合える夫婦になりたい。あなた様だけ恋に燃え上がるなんてずるいではないですか。ぜひ私を口説いて惚れさせてくださいませ。そう、イェルド様にお願いさせていただきました」
ヘレンの目尻からまた涙がこぼれ落ちた。
いいや、今度はフレンダも言葉にならない呻きを両手で押し込み、切々と涙を流していた。
シーラも例外ではなく、もう手を握るだけでは満足できなくなったのか、リーウィアの腕に抱きついてすりすりと頬を押し当てていた。
(私、ここでやっていけるのかしら……?)
リーウィアだけが、その感動の輪の外で自信を失いかけていた。
「いやね、年を取ると涙もろくなっちゃって」
フレンダがハンカチで目元を拭いながら、テーブルの小箱を押し出してきた。
「まだまだ話したいことはたくさんあるけど、それじゃいつまで経ってもリーウィアさんが休めないものね。これを渡して第一回お嫁さん会議は閉会とします」
「……これは?」
「開けてごらん。あたしらの気持ちだ」
促されるまま小箱を開けると、銀色の鎖のネックレスが横たわっていた。
ネックレストップには小さなダイヤモンドが幾つも散りばめられ、それでいて控えめな装飾のそれは、日々の暮らしに寄り添えそうな優しい意匠に仕上げられていた。
「ありがとうございます。とても嬉しいです。これならいつでも身に着けていられ――」
「魔道具よ」
「魔道具」
リーウィアはフレンダの聞き捨てならない言葉に、またもや復唱してしまった。
「いざとなったらネックレストップに魔力を流しな」
「……流すとどうなるのですか?」
「当家の敷地の全域に警報が鳴るようになっています」
リーウィアは解説してくれた頬ずり継続中のシーラを見て、それから対面の二人に目を向けた。
「イェルドに襲われそうになったら使ってね」
「あたしらの気持ちだ」
「使用人から兵に至るまで全員に通達済みです。当家一同、身命を賭してお義姉様をお守りいたします」
「…………」
リーウィアをして真意に気づくまでに三秒かかった。
(「あたしらの気持ち」って、そういう気持ちなの!?)
イェルドが完全にけだもの認定されていた。
呆気にとられるリーウィアをよそに、三人がいそいそと立ち上がった。
「まだ夕食まで時間があるからそれまでゆっくり休んでね」
「リーウィア、どんな些細なことでもよい。困ることがあったら、この婆でも誰でも頼りなさい」
「ここではイェルドお兄様を除く全員がお義姉様の味方です。ご安心を」
三人はじつに有意義な会議だったと話しながら部屋を出ていった。
「マヤぁぁ、早く帰ってきてぇ……」
マイエル家の温もりが恋しかった。




