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傷物才媛リーウィア、断れない政略結婚の裏をすべて見抜く  作者: 黒依クロ
第二章 レウリアーダ辺境伯家

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13/30

12.お嫁さん確保

 マイエル伯爵領を出発して三日後、リーウィア一行は無事に王都入りを果たした。


「どうだい、久しぶりの王都は」


 窓の外に流れる街並みを覗き込んでいると、イェルドが後ろから覆いかぶさるように顔を隣に寄せてきた。


「んー、どうでしょう。久しぶりといっても十ヶ月ほどですし、特にこれといったことは」


 出発当初こそ仁王座りしていた弟スヴェンは、最初の休憩時には早々にリーウィアたちの馬車を辞した。

 それから丸三日間、リーウィアとイェルドはほとんどの時間を二人きりで過ごした。


「あと、近すぎます」

「これは失礼」


 リーウィアの指摘にイェルドが小さく笑って大人しく身を引いた。


 そう、この三日間でイェルドとの距離感がグッと近くなっていた。

 いいや、正確にはイェルドに距離を詰められていた。


 イェルドは「口説いて惚れさせてほしい」との名分を掲げて遠慮なく距離を詰めてくる。

 そう頼んだのはリーウィアなのだから彼の行動を咎めるつもりはない。

 だけどリーウィアだって年頃の娘なのだ。

 普通に羞恥心はあるし、これほど男性に迫られた経験だってない。


 正直なところ、イェルドの「グイグイ」という音が聞こえてきそうな積極攻勢を持て余していた。

 決して嫌ではない、嫌ではないけど……。もう少し手加減してほしいというのが本音だった。


「確か王都に向かう途中で事故に遭ったんだったか」

「そんなことまでお調べになられたのですか……?」

「君のことならなんだって知りたいんだ」

「ちょっと気持ち悪い……かも?」

「ぐ……」

「口説いてくださるのは嬉しゅうございますが、何事も行き過ぎはよくありませんよ?」

「了解した。今後の参考にしよう」

「ふふ、そうしてください」


 半年前に王都へ向かう道程で事故に遭い、生死をさまよい婚約も解消。それから寝たきりの生活を経て、今は新たな婚約者にいざなわれて帰還を果たした。――それも、こんな風に軽口を交わしながら。

 半年前のリーウィアには想像できなかっただろう。

 まだ十九歳に過ぎないけれど、これでなかなかに波乱万丈な人生を送っているのだなと、感慨深いものがあった。


「もう着くよ」

「はい……」


 順調に馬車は進み、いよいよ目的地であるレウリアーダ家の王都別邸が目前に迫ってきた。


「もしかして緊張してる?」

「それはもう。奥様方や家中の方々が私を見てどう思われるか……」

「父上が早々に先触れを出しておられるし、すでに準備万端の大歓迎でリーウィアの到着を待ち焦がれていると思うよ」

「私はヒッソリのコッソリでいいのですけど……」


 そうこう言っているあいだに馬車は重厚な鉄柵をくぐって行く。


「こうして近くで見ると御屋敷の造りからして家格の違いを見せつけられますね」

「まあ、屋敷のでかさと敷地の広さはそうかもしれないけど、中身はそんな大層なものじゃないぞ?」


 リーウィアの実家であるマイエル伯爵家だって家格相応の別邸を持っている。

 だが今、この視界に迫り来る大邸宅の威容を目の当たりにすれば、いかにレウリアーダが大家であるか、自然と理解できるというものだ。

 あと三ヶ月もすればリーウィアはこの家の女主人になる。……なってしまう。


「このお家の女主人だなんて、今さらですけど私には荷が勝ちすぎます」

「心配ない、君の不安は私が全力を以って排除する」

「こればかりは頼りにさせていただきますね……」

「任せなさい。さ、着いたよ」


 車寄せに馬車が止まり、イェルドが足が悪いリーウィアを抱き上げた。

 こんな形の馬車の乗り降りが習慣化したのも、この三日間の成果(?)だったりする。


 タラップを降りると、ひとりの侍女が車椅子を用意して待ってくれていた。

 彼女の名はマヤ。年齢はリーウィアの二つ上の二十一歳。

 マヤはマイエル伯爵家からリーウィアに随伴してくれた専属侍女で、お見合いのあの日に色々と動いてもらい、くだんの〝処理〟を口止めさせてもらった子だ。


 リーウィアはイェルドに壊れ物を扱うような丁寧な所作で車椅子に座らせてもらう。

 そうして顔を上げて見れば――人。人。人。


「っ――」


 息を呑むリーウィアの眼の前には、多数の人々が軍隊のように寸分の乱れもなく整列していた。

 レウリアーダ家の全奉公人を集めたのかと思うほどの大人数で、リーウィアはさすがに物怖じしてしまった。


 彼らは示し合わせたかのように誰ひとり音を発しない。

 そんな静謐な空気に満たされるなか、ゆったりとした柏手の音が聞こえてきた。


 パチ……パチ……パチ……パチ……。


 繰り返し頷きながら柏手を打つ老夫人。

 奉公人たちを従えるように中央に立つ彼女は、さながら歴戦をくぐり抜けてきた女将軍のような強烈な存在感を放っていた。

 豊かに蓄えられた髪の多くに白髪が混じっている一方で、その背筋は定規でも入っているかのように真っすぐに伸びている。

 その老夫人が、一つひとつが重い柏手の音を放ちながらリーウィアの前に立った。


「――ようこそ、リーウィア・マイエルさん。我がレウリアーダ家一同、挙家を以ってあんたの訪れを歓迎する」


 その言葉が契機となり、拍手は奉公人に伝播していき、ついには空を割るような万雷の拍手へと膨れ上がった。


(な、なにこれ……)


 リーウィアは思わず背をのけぞらせ、車椅子から転げ落ちぬよう手すりを握りしめた。

 歓迎というには生易しい。恐怖すら覚える。

 異様な光景も、耳を打つ凄まじい音の圧も、そしてなにより自分に向けられている視線の熱量が尋常ではなかった。


 どうやっても動揺を隠せないリーウィアよそに、老婦人が大喝した。


「確保ォォ――ッ!」


 人々がひとつの生き物のように連携して動き出した。

 リーウィアとイェルドたちを分断するように彼らは人壁を造り、それと同時に母と同じ年頃と思われる夫人が車椅子の背後を取った。

 老夫人と違い、いわゆる貴婦人然とした彼女がリーウィアの顔を後ろから覗き込む。


「待っていたわ。いらっしゃい、リーウィアさん。さ、行きましょう」

「なにも心配はございませんよ、リーウィアお義姉様」


 気づけばすぐ横に弟スヴェンと似た年頃の女の子が立っていた。

 もしかしたら彼女が話に出ていたシーラという子かもしれない。


 暫定シーラがこちらの手を優しく、しかし確かな力強さで包み込んだ。


「長旅でお疲れでしょう? 温かいお茶と美味しいお菓子を用意しております。諸事のことは一時忘れて、まずはゆっくりと体をお休めください」

「えっ、えっ……」


 この事態にはさしものリーウィアもあうあうすることしかできない。


「待ちなさい、まずは我が一族の伝統的な――」

「お黙りっ!」


 ルーカスらしき声が老夫人の声で遮られた。

 さらには、


「おい! 勝手な真似をするな! リーウィアは私の婚約――」

「最初が大切なのですよ!」

「お兄様は引っ込んでいてください!」


 イェルドの訴えもまた、車椅子の背後に回った夫人と暫定シーラに一蹴された。

 かろうじて彼らが稼いでくれた刹那の時間を使い、リーウィアは我に返ることができた。


 リーウィアは弾かれたように振り向き、頼りになる侍女に向けて叫ぶ。


「マ、マヤぁぁ……!」

「お嬢様ッ!」


 視界に飛び込んできたのは、あまりにも絶望的な光景だった。

 助けを求めた侍女もまた、レウリアーダの侍女服をまとう数名の女性に取り囲まれていたのだ。


 まだだ、まだリーウィアには最後の希望が残されていた。


「スヴェンっ……!」

「大丈夫です姉上。悪いようにはなりませんから」

「スヴェン……? スヴェンっ!」


 ついに車椅子が押され始め「スヴェ――――ン!」という声が小さくなっていく。

 こうしてリーウィアは成すすべもなく邸宅の奥へと連れ去られていった。


 この事態にただひとり疑問を抱いた者がいた。


「……なぜ邪魔をした」


 イェルドが眉をひそめて腰にしがみついている将来の義弟に尋ねた。

 ハッキリ言ってあの程度の包囲などイェルドがちょっとその気になれば簡単に解囲できた。

 しかしそれをしなかったのは、スヴェンがイェルドの行動を阻止してきたからだ。

 下手に動けば、万が一にも怪我をさせかねなかった。


「言ったでしょう? 僕はただ飲み下しただけで、まだ義兄上のことを信用していないのです」


 ニタリと口の端を持ち上げ、スヴェンが目を向けたのは――、


「あとはお願いできますか? シーラ嬢」

「はい、スヴェン様。責任を持ってリーウィアお義姉様が健やかに暮らせるよう、万事差配いたします」


 視線を交わし、微笑を浮かべるスヴェンとシーラ

 スヴェンは冷めた顔に戻してから再度義兄を見やった。


「僕に言わせれば同窓の妹君のほうがよほど信用できます」

「……スヴェン、君はわかっていないっ。姉君を誰よりも愛し、守ってやれるのは私なんだぞっ!」

「自業自得ですよ、イェルドお兄様。論功の事件さえなければ、また違った未来もあったのでしょうけど……」


 シーラがゆるゆると首を振ったと思えば、スヴェンが阿吽の呼吸で追い打ちをかけた。


「シーラ嬢の言うとおり、もし義兄上が然るべき手順を踏んで、時間をかけて丁寧に説いてくださっていれば、姉上は惚れ込んでいたかもしれませんね」

「そのことは言ってくれるな、私も早まったと後悔しているんだ……」

「信用とは一朝一夕で得られるものではありません。どうか今はひとつずつ積み上げていってください」


 そうスヴェンはバッサリと切り捨てながらも口のなかでポツリとこぼした。


「(……僕も本当は兄ができて嬉しいんですから)」


 残念ながらその義弟の本音はイェルドの耳に届かなかった。


「……王都を発ったときから手筈を整えていたのか」

「ええ、高い確度でこうなることは読めていましたから。これからも定期的に姉上の様子を見に来させていただきますね」


 暗に「ちゃんと見に来るぞ。僕との約束を反故にしようものなら……」と釘を刺していく義弟。

 スヴェンはやはり、才媛リーウィアの弟であった。



 ◆◇◆



 リーウィアが連れ込まれた場所はとても素敵な部屋だった。


 白を基調に、リーウィアが好む淡いペールブルーが要所に配された内装。

 配置された家具は華美すぎず、それでいながら品が保たれた一級品ばかり。


(これは……)


 書棚に目をやると、リーウィア好みの歴史書がすぐに見つかり、その近くに設けられた読書スペースには長椅子カウチが備え付けられていた。

 そこには計算されたかのように日差しが降り注いでいる。

 あそこでゆったりと本を読めたらさぞ心地よいだろう。


 ふと、良い香りが鼻をかすめた。

 自然とその方向に首を巡らせると、わずかな湯気とともにアロマの香りが漂っていた。

 旅の汗を流せるよう湯浴みの用意までされているようだ。


「ビックリさせすぎたかね」


 からかうようなぶっきらぼうな声を発したのは「リーウィアの確保」を号令した老夫人だ。

 口調の荒さに反し、リーウィアを捉える瞳には柔らかな慈愛が満ちていた。


「だから私はやりすぎだと言ったのです」


 呆れ顔で老夫人をたしなめたのは貴婦人然とした夫人――リーウィアの車椅子を押したその人だ。


「ごめんなさいね、リーウィアさん。あの演出はお義母様がお考えになったの」

「あの……」

「まあ待って。あなたの戸惑いはよくわかっているから。この人ねぇ、言葉遣いはかなり乱暴だけど誤解しないであげてほしいの。今日だって『まだか、リーウィアはまだ来んのか』ってずっと窓のそばをウロウロして。あなたに会えるのを本当に楽しみにしていたのよ」

「いらぬことを言うな」

「ね? 乱暴でしょう? でもちっとも怖くないから大丈夫よ。すぐに慣れるわ」


 またリーウィアが口を開きかけたそのとき、ノック音がした。


「お待たせしました」


 部屋に入ってきたのは(暫定)シーラだった。


 そうして四人がソファに腰を沈めた。

 対面に老夫人と貴婦人、リーウィアの隣に(暫定)シーラという配置だ。


 老夫人が口火を切った。


「リーウィアも疲れているだろうし、まずはちゃちゃっと自己紹介を済ませようかね。

 ヘレンだ。先々代辺境伯グレーゲルの妻さね。お義祖母様でも祖母様ばばさまでも好きに呼んでおくれ」


 貴婦人然とした夫人が続いた。


「フレンダよ。前辺境伯ルーカスの妻になります。レウリアーダはあなたを心から歓迎します」


 最後に(暫定)シーラが人懐っこい笑みを向けてきた。


「シーラです。先代辺境伯の長女にしてイェルドお兄様の妹になります。仲良くしてくださいね」


 一通りの紹介が終わったところでリーウィアがようやく唇を開いた。


「お初にお目にかかります。リーウィア・マイエルです。

 お義祖母様にお義母様、シーラさんにお会いできて嬉しく存じます。

 今日から生活をともにする運びとなりました。

 ご迷惑をおかけすることもあろうかと存じますが、どうかお見捨てにならず、根気良くお導きいただければ幸いです」


 ヘレンがまたあの「パチ……パチ……」という鷹揚な拍手をして、フレンダとシーラもそれに続いた。


「シーラ。マヤさんのことを話しておあげ。気になってるだろうからね」

「はい」


 リーウィアの侍女マヤは当たり前だが危害など一切加えられることなく、今はレウリアーダ家の使用人たちとの顔合わせを行っているそうだ。


「早く休んでもらえるよう今日のところは最低限のことだけ話しておこうと思うの。少しだけ時間をもらってもいいかしら?」

「はい、それはもちろん」


 フレンダに続き、ヘレンが口にした言葉はリーウィアにとってある意味で予想外であり、想定内でもあった。


「リーウィア。あんた、この部屋を見てどう思った?」

「この部屋は、今日からお義姉様がお使いになられるお部屋なのですよ」

「…………」


 リーウィアは確かにこの部屋を見聞して違和感を覚えていた。

 だけどまさかそれを「どう思った」と、彼女たちから尋ねられるとは考えていなかった。


「構わない、本音を言ってごらん」

「……もし、私が好きに内装を造るなら、こんなお部屋になるかもしれないなと、そう思いました」

「それだけ? 遠慮はいらないのよ?」

「いえ……本当に私が作るなら……と」

「良いのです、お義姉様。言ってください」

「ほんとうに……?」


 ちらちらと義祖母と義母を窺うリーウィア。

 本当にこれ言っちゃってもいいのかなあ、という躊躇いを断ち切れないでいる。


「いいから、感じたことをそのまま言いな。誰も責めやしないから」

「では、そのぅ……たぶん、なんですけど、この部屋の内装を発注されたのはイェルド様、ですよね……?」


 三人が無表情で黙り込んだ。

 無言の肯定というやつだ。


「………………私の好みを、私以上に知られているようで、少しだけ薄ら寒いものを感じました」

「やっぱりそうか!」

「そんな気がしてたのよ!」

「ほんと気持ち悪いですよね!」


 我が意を得たりとばかりに激しく納得する三人。

 彼女たちもこの部屋の有様を見てリーウィアと似たようなことを思っていたようだ。


 シーラが特にひどい。


(私もそう言いたかったけど、さすがに角が立ちそうで「少しだけ薄ら寒い」にしたのに……)


 フレンダが深い、それはもう深い息を吐いた。


「やはり捨て置けないわ。――これより第一回お嫁さん会議を開会します」

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