その8 ミステリーの読み方
英国ミステリ同好会の、今日のお茶とお茶請けは、アッサムのミルクティーと厚焼きアーモンドクッキー。
お茶を飲みながら、まずは軽く近況を報告しあう。
「そういえば、昨日、寮で害虫が出たんだってね? 害虫どころか、黒い獣まで出てきて、新顔の害虫駆除業者が退治してくれたとか聞いたんだけど?」
ミントを見つめながら、とういか、むしろ睨みつけながら翠が切り出した。黒髪が美しい和風美少女で、黙っているとちょっと近寄りがたい感じがするんだけど、一度話すと全然そんなことはないって分かる。2年生になってクラスが別れちゃったけど、私の一番の友達だ。
まあ、最近、私はミントと一緒にいることが多いんだけど。クラスが一緒で寮も同室だからな、ミントとは。いつの間にか、ちゃっかり同好会にも入っているし。
しかし、その話題。来ると思っていたよ。
ヒタリと翠に見つめられ、ミントはペンギンのワンポイント柄のティーカップを手にしたまま、ピシリと固まる。
蛇に睨まれたカエルのようだ。
割と、好き勝手やっているミントだけど、翠のことはなんだか苦手のようだ。
「あ、あれは、不可抗力というやつで・・・」
しどろもどろで言い訳を始めるミント。不可抗力も何も、ノリノリで悪役やってましたが。
だが、助け舟は思わぬところからやって来た。まあ、別に、助け舟のつもりじゃないんだろうけど。
「そうなんだよ。私も、その話をしようと思っていたんだ。バニラ・ブルーとかいう、ライバル会社の子らしいよ? 少々、険悪な雰囲気だったようだね。残念ながら、今回も見逃してしまったのだけど、のりこはその場に居合わせたんだよね? どうだった?」
楽しそうな清夏先輩の声が、場の雰囲気を一瞬で変える。
ショートカットでスラリと背が高い清夏先輩は、爽やかな魅力で下級生に慕われている。今日のお茶請けのクッキーも、清夏先輩への差し入れだったりする。
清夏ちゃんには聞いてないのに・・・と、翠がぶつぶつ言っているのが聞こえてきた。清夏先輩は、全く聞いてないみたいだけど。ちなみに、翠が先輩である清夏先輩を『ちゃん』付けで呼ぶのは、二人がいとこ同士だからです。
しかし、どうだったって言われてもなー。
「バニラとチョコミントのアイスでした」
「「バニラとチョコミント?」」
二人の心が一つになった。
「ええ。バニラとチョコミントです」
説明になっていない説明を繰りかえす。今はもうそれしか思い出せない(詳しいことを知りたい人は、その7バニラブルーを読んでほしい)。
「ブルーハワイじゃないんだ」
翠が呟く。ミントも同じことを言っていたのは、黙っていてあげよう。
「ライバル会社って聞いていたけれど、実は仲良しだったのかな?・・・痴話喧嘩?」
「断じて、違う!」
すかさず反論するミント。いや、合っていると思う。
清夏先輩のいるところで魔法少女のことを話題にしても、話を持って行かれるだけだと悟ったのか、翠はミントにかまうのをやめたようだ。
「最近、料理の練習を始めたんだ。お弁当とか、自分で作ろうと思って。うまく作れるようになったら、のりちゃんの分も作ってくるね」
さっきとは打って変わった笑顔で、私に話しかけてくる。
「え? いいの?」
「もちろんだよ。食べてくれる人がいるほうが張り合いがあるし。感想とか、聞きたいし」
「お兄さんたちは?」
翠はお兄さんが3人いるんだよね。女の子は翠一人だから、可愛がられているらしい。
「ああ。奴らは・・・・」
翠はきゅっと眉間にしわを寄せる。
「濃い味付けのお肉が入ってて、後は量さえあれば、何でもいいから・・・」
「そ、そうなんだ」
「のりちゃんなら安心だって、兄さんたちも言ってたし。ちゃんと出来たら、その時は遠慮なく食べてね」
「うん。ありがとう。楽しみにしてる」
羨ましそうにこっちを見ているミントは、なるべく視界に入れないようにする。
君の分は、たぶん、頼むだけムダだと思うよ?
お茶会が終わると、彩寧先輩がいそいそとカバンの中から1冊の本を取り出した。
今日はなんだか心ここにあらずで、会話にも入ってこないと思ったら、それを楽しみにしてたんですね。
彩寧先輩は、腰まである癖のない黒髪が魅力のおっとりとした美女で、なんか、大和撫子って感じの人だ。最初は、彩寧先輩が翠の従姉だと勘違いしてたんだよね。二人とも和風美人だし。
普段は、あまりミステリーは読まない彩寧先輩だけど、一つだけお気に入りの海外ミステリーのシリーズがあって、それだけは欠かさずお買い上げしてるみたい。タイトルに必ず紅茶の名前が入っていて、レシピとかも載っているらしい。
読んだことないから、詳しくは知らないんだけど。
海外ミステリーって、カタカナの名前がさっぱり頭に入ってこないんだよね。誰が誰やら分からなくなって、殺されたと思ってた人が、実は犯人だったとか割とよくあるパターン。いや、別にトリックでもなんでもなくて、一人で勝手に騙されてるだけなんだけどね。まあ、これはこれで、それまで不思議に思っていた、なんとなくつじつまが合わないあれやこれやが一気に解決して、謎はすべて解けた気がしてスッキリするので、ある意味お得なのかもしれないけれど。作者の全く意図してないところで、一人で勝手に目からうろこを落としてるよ。
ちなみに、このことは、清夏先輩にはナイショです。
それは、さておき。彩寧先輩のミステリーの読み方も、なかなか大したものなのですよ。
カバンから本を取り出した彩寧先輩は、まずは、しげしげと表紙を眺める。それから、本の真ん中あたりを開いて、左手の親指でページの端を押さえ、パラパラとページを捲っていく。中身をざっと拾っているようで、目が忙しく動いている。そして、後半の残りわずかぐらいのところでピタリと手を止め、そこからじっくりと読み始める。
そして、物語の最後まで読み終えたところで、今度は、最初のページを開く。
「その読み方、やめろって言ってるのに」
眉間にしわを寄せる清夏先輩。
「だって~。先に結末を確かめてからでないと、ドキドキして続きが読めないんですもの~」
そう。先に犯人やら結末やらを、確認したうえで読み始めるのが、彩寧先輩の読み方なのだ。そうしないと、安心して読めないんだそうだ。
まあ、楽しみ方は人それぞれだと思うけど。
「ミステリー同好会の会長なのに」
「いいじゃない。それに、私は英国担当の会長ですし。ミステリー担当のほうは、清夏さんにお任せしますわ」
「・・・・・・・・。はあ。分かったよ、もう」
おっとりと微笑まれて、しぶしぶ引き下がる清夏先輩。まあ、今に始まったことじゃないし、清夏先輩も本気であの読み方をやめさせようとしてるわけじゃないんだと思う。ただ、そうは言っても、一言、言わないと気が済まないんだろうな。
「あ。そうだわ。ねえ、ミントさん。あなたはどう思います?」
新会員のミントに意見を求める彩寧先輩。みんなの視線が、ミントに集中する。
「私は、ペンギンの本が読みたい」
そういうことは、聞いてない。
「あら。そうなの? ふふ。じゃあ、次回までに用意しておくわね」
でも、彩寧先輩はうれしそうに、何やら約束をしている。甘やかさなくて、いいですから!
「ペンギンが出てくるミステリーか。何か、あったかな?」
口元に左手の人差し指を押し当てて、考え始める清夏先輩。たぶん、ミントは、ミステリーじゃなくても、ペンギンさえ出てくればいいんだと思うけど。
「ペンギン、殺されちゃうの?」
清夏先輩の発言に何を想像したのか、ミントが悲壮な顔をした。
一瞬の沈黙。
今度は、清夏先輩とミントの二人に、視線が集まる。
「えーと。ペンギンは・・・・探偵役で・・・・」
ペンギン探偵?
あ、なんか可愛いかも。助手になりたい。
「そうだな。いっそのこと、君が着ぐるみを着て、探偵役をすればいいんじゃないか?」
あれ? 想像して、ほわほわしてたら、話が思わぬほうに進んでいるぞ? それに、何かどこかで聞いたようなアイデアが。
「そっかー!」
ガタンと音を立てて、ミントは椅子から立ち上がった。
「犯人は、この中にいる!・・・・・・誰?・・・何の犯人?」
威勢よく言い放った後に、首を傾げる。
いや。おまえが聞くなよ。
次の同好会に、着ぐるみを着ていくとか言い出しそうだな。こんなところに、着ぐるみの使い道があるとは・・・。
もう、いっそのこと、魔法少女ペンギン探偵になれば?




