第十八話「素人、林に取り残される」
権蔵を土に埋めた。
名のある侍なら塚のひとつも立つのだろうが、戦のさなかにそんな手間はかけられない。討たれた雑兵は浅い穴へまとめて投げ込まれ、上から土をかけられる。ただ、それだけだ。
だが、権蔵だけはそうはさせなかった。
骸を穴の端へ抱え寄せ、ひとりぶんの土をこの手でかけてやる。盛った土の上に、石をひとつ置いた。塚とも呼べない、ただの石くれにすぎない。それでも、ここに権蔵がいることは俺にだけはわかる。
いつかいくさが終わったら、きっとちゃんとした墓を建てよう。胸の中で、そう誓った。
俺はその石から目を離せずにいた。市松が肩を叩くまで。
いくさはまだ終わらない。門徒の砦はひとつ落としても、また次が立つ。三河じゅうが燃えていた。
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何日めかの攻め合いだった。
崩れた一揆勢を追って、林へ踏み込んだ。それが、まずかったのだ。
木が立て込み、下生えが深い。前を行く背を見失うまいと枝を払ううち、味方の声が一つ、また一つと木立に吸われて遠ざかる。
気づくと、誰の足音もしない。市松も、弥市も、寅吉も。さっきまで確かにあった声が嘘のように消えている。
俺は一人で林の中に立っていた。葉の擦れる音だけが、やけに大きい。
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ふいに、下草を踏む音がした。
振り向くと男が一人、立っていた。
門徒ではない。具足の着こなし、腰の据わりが違う。一揆に与した本物の武者だ。食い詰めた浪人あたりだろう。
逃げ場を探して、目を走らせる。ない。
男は、無言のまま間合いを詰めてくる。
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槍を構え、腰を入れる。足の下で、湿った落ち葉がぬるりと滑る。
突いた。
——軽く、いなされた。
手首を、ひとひねりされただけだ。それで俺の穂先は的を失い、宙を泳ぐ。男は、足もろくに動かしていない。
次の瞬間、石突きが脇腹にめり込んでいた。見えなかった。どこから来たのかも、わからない。
息が飛び、膝が落ちる。
格が違う。
立て続けに打たれた。腕、腿、背中。木の根に足を取られ、受けることもかわすこともできない。男の槍は、枝を払うほどの気負いもなく、ただ正確に俺を地へ転がしていく。
口の中が、血と泥でいっぱいになった。
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起き上がった。
なぜ起き上がるのか、自分でも分からない。勝てる相手じゃない。それはもう分かっていた。
だが、頭の隅で声がした。
——生きろ。おまんは、まだ、なんも始まっとらん。なに者になるかは、これからだに。
権蔵の、最期の声だ。
生きろと、あの人は言った。なら、こんなところで死ねない。
身を起こし、穂先を出す。やはり軽くいなされ、返しの一撃が胴を打った。そのまま崩れ落ちる。
四つん這いから、もう一度突く。いなされ、脛を払われて顔から落ちた。鼻の奥で、ぐしゃりと鳴る。錆びた鉄の味が、喉まで垂れてくる。
それでも手は槍を離さず、柄を支えになんとか膝を伸ばす。繰り出した穂先は男の籠手をかすっただけで、返しの石突きがこめかみを掠める。目の前が、ぐらりと揺れた。膝から、地に落ちる。
諦めるな。自分にそう言い聞かせ、また足を踏ん張る。もう突きの形も崩れ、腕は肩より上に上がらない。それでも、前へ出る。
何度、転がされたか。数えるのは、とうにやめた。
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俺に才能はない。あの男のような槍さばきは、どう逆立ちしたって、この体からは出てこないだろう。
あるのは、ひとつだけだ。
暗いうちに起きては、たった一つの突きを何千、何万と繰り返してきた。手のひらの皮が剥け、足の裏が割れても、やめなかった。なまりきった体に、その一手だけをひたすら叩き込んできたのだ。
才能には勝てない。でも、体に刻み込んだものは転がされたくらいじゃ抜けていかない。
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何度目に立ったときだったか。男の息が、はっきりと上がっていた。
嬲るような軽さは、もうない。何度倒しても起きてくる俺に、焦ったのだ。ひと突きで終わらせにきた。腰の入った、本気の突き。その分、深く踏み込んでくる。
頭で読んだわけじゃない。そんな器用な真似は、できない。ただ、退くのだけは、もう体が拒んだ。
来る穂先へ、歯を食いしばって踏み込む。男の懐へ。
肩に、相手の穂先が食い込む。焼け火箸を突き込まれたような熱が、腕の付け根で弾けた。骨の軋む音が、体の内側から響く。視界が、白く飛ぶ。
それでも、止まらなかった。
崩れ落ちる体ごと、穂先を送り込む。万と繰り返してきた、たった一つの突きだ。狙ってなどいない。前へ倒れ込む、その勢いの先へ。
穂先が、男の脇腹へ潜り込んだ。深く踏み込んで上がった腕が、具足の合わせ目を開けていた。骨を擦り、肉を裂く。きれいな手応えではない。
男が、低く呻いた。踏み込みが深かったぶん、構えへ戻るのが、ひと呼吸遅れる。
ここで退いたら、殺される。
穂先を引き抜き、今度は太腿へ。鎧の革を裂いて、ぬるりと入る。男の片膝が、がくりと折れた。
まだだ。まだ、倒れていない。
突く。逸れる。突く。鉄に弾かれる。それでも、突く。狙いも、形も、もうない。覚えた一手を、相手が動かなくなるまで、ただ叩き込むだけだ。
何度目かの穂先が、首の付け根へ吸い込まれた。具足の、途切れたところ。
手応えが、すっと軽くなる。
男の喉から、声にならない音が漏れた。
二人して、もつれるように倒れる。
投げ出された体から、力が抜けていく。
格下に討たれた理由は、分からなかったろう。男の目は、最後まで、それを探していた。
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俺はその場に座り込んだ。
肩から血が流れている。立てない。
権蔵さん。あんたの言葉に、助けられました。あの声がなかったら、とっくに諦めて死んでいた。
ありがとうございます。本当に。
血だらけの手で槍を杖にして、よろよろと立ち上がる。
林の奥で、味方を呼ぶ市松の声が聞こえた。




