表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
口外厳禁! 落ちこぼれ魔女と優等生の秘密の放課後―旧資料棟で、優等生の秘密を見てしまった―  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/20

第十九章 優等生は自分の魔法を取り戻す

 学園祭二日目。つまり、公開試験当日、空が晴れていた。

 お昼どきにわたしはリオと食堂で食事をした。

「本当に、見に行くの?」

 リオは確認するように問いかけた。

「うん」

「あたしも行っていいですか」

 少し意外だった。

「もちろん」

「なんか、ルカが見に行くって言った時から、行った方がいい気がして。うまく言えないけど」

「来てください。観覧席、広いはずだから」

「了解」


 リオが頷いた。

 食事をしながら、わたしは今日のことを頭の中で確認した。

 試験は午後二時から。名家継承者が四人。順番は成績順で、セレスが最後。観覧席から陣を読む。崩れそうな気配があれば、何か方法を考える。

 崩れない、という前提で話した。でも、万が一のことを考えていないわけではなかった。

 五十秒届いた陣が、今日は成立まで届くかどうか。

 向こうが応えていた。毎回、確かに応えていた。

 それだけを信じることにした。

 わたしは上手くできる魔法を知らない。でも、届きかけて届かなかったものの気配だけは、見失ったことがない。

 

 試験会場は、学園の中で一番大きな実技棟の中央ホールだった。

 普段は全校集会などに使われる場所で、中央に広い術式展開エリアがあり、その周囲を観覧席が囲む形になっていた。二時前に着くと、観覧席はすでに半分ほど埋まっていた。

 教師が何人かいた。生徒も来ていた。九条家の使者の水嶋さんが、来賓席の方にいるのが見えた。その隣に、知らない顔の大人が数人いた。他の名家の関係者かもしれなかった。

 エリスもいた。生徒会の席に座って、手元に記録用の羊皮紙を持っていた。

 わたしとリオは観覧席の中段に座った。術式展開エリアが正面に見える場所だった。

「緊張する」

「わたしもです」

「ルカが緊張するの珍しい」

「珍しくないですよ」

「いつも、なんとなく落ち着いてるじゃない」

「今日は落ち着いていない」

 リオがわたしの顔を見た。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃないかもしれないけど、大丈夫です」

「訳が分からない返事だけど、まあ、ルカがそう言うなら」

 二時になって、試験が始まった。

 最初の一人が術式展開エリアの中央に立った。別の名家の継承者で、炎系の継承魔法を持つ家の出身だった。詠唱が始まって、術式が展開された。

 わたしは観覧席から気配を辿った。

 整った術式だった。力強くて、安定していた。完成した形で展開されて、継承魔法が成立した。会場から拍手が起きた。

 二人目、三人目と続いた。どちらも同じように、きれいに成立した。

 名家の継承者たちは、みんな自分の継承魔法を使えた。

 それは当然のことのはずだった。でも今のわたしには、当然のことに見えなかった。

 成立する、ということがどれほど遠いところにあるかを、この数ヶ月で知っていた。

 三人目が終わって、短い間があった。

 四人目が中央に進んだ。

 九条セレスだった。

 会場の空気が少し変わった。分かる人には分かる、という種類の変化だった。名家継承者の中で最も注目されている人物が、最後に出てきた。

 白い制服に、九条家の紋章の入った礼服を重ねていた。銀に近い黒髪が、照明の下で少し光った。姿勢が完璧で、足音が静かで、中央に立った時の立ち姿が、他の三人と少し違って見えた。

 違って見えた理由が何か、わたしには分かった。

 他の三人は自分の継承魔法を使える。セレスは今日、誰も見たことのない形式でやろうとしている。その違いが、立ち方に出ていた。

 覚悟の立ち方だった。

 セレスが羊皮紙を展開した。

 会場がざわめいた。

 陣を見た人間が気づいたのだと思う。今の九条家の継承形式と、陣の構造が違う。今まで継承者が使ってきた陣の形と、全く別の形が広げられた。

 来賓席の方が動いた。水嶋さん以外の大人が、何かを言おうとしていた。

 水嶋さんが手で制した。

 会場が静かになった。

 セレスが詠唱を始めた。

 古い術文だった。今の標準語とは少し違う、古い発音で書かれた術文。旧資料棟で何度も確認してきた、感応型の召喚の詠唱。

 一層目が起動した。

 わたしは気配を辿り始めた。

 観覧席から、少し距離があった。でも読めた。今日の陣は今まで試みてきた中で一番完成に近い形だった。昨日の夜、最終調整をした時に確認した気配と同じだった。

 二層目が起動した。流れが続いていた。

 三層目。

 会場が完全に静かになっていた。音がなかった。

 わたしの隣でリオが息を詰めているのが分かった。

 四層目。

 ここで今まで何度か揺れた。今日は揺れなかった。流れが滑らかに続いていた。

 五層目。

 わたしは気配を読みながら、心の中で言った。

 大丈夫。届いている。

 六層目に入った。

 接続が始まった。今日の中心は開いていた。昨日の夜に確認した時と同じように、受け取る準備ができていた。

 流れが届いた。

 光が現れた。

 今まで見てきた光と、同じものだった。でも今日は違った。形がはっきりしていた。今まで輪郭がぼんやりしていたのが、今日は明確な形の気配があった。

 会場が、また少しざわめいた。光が見えているのだと思う。

 詠唱が続いた。

 光が大きくなった。形が整い始めた。

 三十秒が過ぎた。

 わたしは息を止めて読み続けた。

 四十秒。陣が揺れた。でも崩れなかった。

 五十秒。先週と同じ時間に差し掛かった。

 ここで先週は崩れた。

 今日は崩れなかった。

 六十秒。

 光の形が、さらにはっきりしてきた。輪郭が定まり始めた。

 わたしは気配を読みながら、陣の状態を確認した。

 第五層と第六層の接続部分に、わずかな揺れがあった。

 揺れていた。でも崩れていなかった。

 詠唱の声が、少し変わった。

 セレスの声が、術文の意味を追いかけるのではなく、その言葉の向こうにあるものに向かっていた。形式を守る詠唱から、何かに届けようとする詠唱に変わった。

 その変化が、気配に出た。

 光が揺れた。

 揺れながら、広がった。

 今まで見てきたものと、違う広がり方だった。外周に向かって広がるのではなく、中心から外へ向かって螺旋を描くように広がった。

 古い形式の陣の構造通りだった。

 七十秒。

 光の中に、形が現れた。

 はっきりとした形だった。

 輪郭があった。存在の気配があった。向こうが、完全に応えていた。

 わたしは観覧席で、声を出さなかった。でも心の中で分かった。

 届いた。

 第五層と第六層の接続の揺れが大きくなった。

 わたしは立ち上がりかけた。

 でも、止まった。

 揺れているのに、崩れていなかった。

 セレスの詠唱が変わった。揺れている接続部分に向けて、詠唱の方向が変わった。補強するのではなく、揺れを受け入れながら続けるような変え方だった。

 それはわたしが教えたことではなかった。

 セレスが自分で判断した。

 揺れが収まった。

 光が安定した。

 八十秒。

 形が完全になった。

 会場が静まり返っていた。

 光の中に、九条家の召喚対象が現れた。今まで九条家が継承してきた形式で召喚されたものとは、見た目が少し違うかもしれなかった。でも、召喚が成立したことは、術式の知識がある人間には分かるはずだった。

 本物だった。

 わたしの目には、本物だとはっきり分かった。

 形の中に、モコの気配に似たものがあった。

 正確には、モコとして留まっていたものが、今この瞬間に、本来の形の中に戻っていく感覚があった。

 消えているわけではなかった。

 形が変わっていた。

 水嶋さんの言った通りだった。消滅ではなく、完成だった。

 モコが本来の形を取り戻していた。

 セレスが詠唱を終えた。

 光が少し収まった。

 でも消えなかった。

 召喚が、成立したままだった。

 会場がもう一度静まり返って、それから誰かが息を吸う音がして、それから拍手が起きた。

 一人分の拍手が最初に聞こえた。

 エリスだった。

 来賓席ではなく、生徒会の席から立ち上がって、エリスが拍手していた。微笑んでいた。今まで見てきたどの微笑みとも少し違う、何かを認めた顔をしていた。

 それに続いて、会場全体の拍手になった。

 リオがわたしの腕をつかんだ。

「ルカ」

「うん」

「成立した?」

「した」

「本当に?」

「本当に」

 リオがわたしの顔を見た。

「ルカ、泣いてる」

「泣いてないです」

「泣いてる」

 目が熱かった。拭うと、濡れていた。

「少し」

「少しどころじゃない」

「失礼な」

「泣いていいじゃない。ルカが泣くくらいのことがあったんでしょ、ここまで」

 わたしは会場の中央を見た。

 セレスが立っていた。

 姿勢は変わらなかった。完璧に整っていた。でも、今日の立ち方は今まで見てきた中で一番違って見えた。

 自分の魔法で、自分の形で、ちゃんと立っていた。

 誰かの定めた完璧さではなく、自分自身として立っていた。

 水嶋さんが立ち上がった。

 来賓席から、ゆっくりと術式展開エリアに向かって歩いてきた。

 セレスの前に立って、少し間を置いた。

「成立を確認した」

水嶋さんは言った。会場に聞こえる声だった。

「形式は九条家の現行形式と異なるが、召喚としての成立は本物だ。九条家への報告は、私がする」

 セレスが頷いた。

「祖父が届かなかった場所まで、届いた」

水嶋さんは言った。今度は小さな声だった。会場には届かなかったかもしれない。でもわたしには、気配で分かった。

 セレスが水嶋さんに向かって、深く頭を下げた。

 会場の拍手がまた大きくなった。

 わたしは観覧席に座ったまま、術式展開エリアのセレスを見ていた。

 モコはもうそこにはいなかった。

 でも、セレスの周囲の気配の中に、温かいものがあった。

 なくなっていなかった。形が変わっただけで、そこにあった。

 リオがわたしの隣で「すごかった」と言った。

「そうですね」

「何かすごいことが起きたのは分かるけど、何がすごかったか全部は分からない」

「全部説明できないですが、すごかったことは確かです」

 リオが笑った。

「ルカ、今日のこと、いつか話してくれる?」

「話せる時が来たら」

「待ってる」

 わたしは会場の中央を見た。

 セレスが、教師たちに囲まれていた。水嶋さんも近くにいた。来賓の大人たちも何人か、セレスの方へ向かっていた。

 エリスが、その少し離れたところに立っていた。

 セレスを見ていた。

 表情が今日は少し違った。悔しさと、認めた気持ちが両方ある、複雑な顔だった。でも拍手したのはエリスが最初だった。

 それが、エリスという人のことを表していると思った。

 わたしは立ち上がった。

「どこ行くの」

 リオが訊いた。

「少し、あとで合流しますから、先に教室に戻っていてください」

「うん、気をつけてね」

 わたしは観覧席を出た。

 術式展開エリアの方へ向かった。

 人が多くて、セレスのすぐ近くには行けなかった。教師と来賓に囲まれていた。

 それでいいと思った。

 今すぐ話す必要はなかった。

 ただ、見ていたかった。

 人の輪の中で、セレスが質問に答えていた。

 完璧な優等生の顔をしていた。

 でも今日の完璧さは、今まで見てきたものと少し違った。誰かの求める完璧さではなく、自分で選んだ形での完璧さだった。

 セレスが視線を動かした。

 人の輪の向こうにいるわたしを見つけた。

 わたしは何もしなかった。ただそこに立っていた。

 セレスの表情が、ほんの少しだけ動いた。

 笑ったわけではなかった。でも、何かが緩んだ。

 わたしは頷いた。

 セレスも、ほんの少し頷いた。

 それだけだった。

 でも、それで十分だった。

 廊下に出ると、夕方の光が窓から差していた。

 旧資料棟の方向を見た。

 いつもの古い石造りの建物が、今日の光の中にひっそりとあった。

 モコはもうあそこにはいないかもしれない。でも、あそこで過ごした時間はなくならない。

 いなくなったのではなく、やっと本来の場所へ届いたのだと、今は思えた。

 あの部屋で、セレスの陣を読んだ日々。失敗の痕跡から、向こうが応えている気配を辿った日々。モコが棚の奥から変なものを引っ張り出してくる騒動。

 全部が、今日のこの瞬間に繋がっていた。

 廊下を歩きながら、わたしは思った。

 落ちこぼれ魔女のわたしの力が、誰かの大事なものを守れた。

 それが今日、本当になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ