表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
口外厳禁! 落ちこぼれ魔女と優等生の秘密の放課後―旧資料棟で、優等生の秘密を見てしまった―  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/20

第十八章 公開試験前夜

 翌日。学園祭一日目。

 校内は朝から、いつもの授業日とは違う熱で満ちていた。廊下には手作りの看板が並び、教室の前では呼び込みの声が飛び交っている。中庭の仮設舞台からは音響確認の声が聞こえ、食堂の方からは甘い匂いが流れてきた。

 けれど、その賑わいの中でも、わたしの頭から公開試験のことは離れなかった。

 試験は明日。学園祭二日目の午後。 

 そしてその前日、九条家の使者が学園に来た。

 わたしがそれを知ったのはお昼どきで、リオが食堂で教えてくれた。

「九条家の人が来てるって。朝から学園長室に入ってるらしい。公開試験の視察のためだと思うけど、前日からって珍しくない?」

「そうですね」

「九条セレスのこと、最近どうなの?」

 リオが直接聞いてきたのは、久しぶりだった。

「どういう意味ですか?」

「いや、なんか学園内で噂がまだ続いてて。二人で旧校舎の方によく行くって。それだけじゃなくて、最近ルカの顔が、なんか、決まってる感じがして」

「決まってる?」

「何かに向かってる顔。それがセレスさんと関係あるのかなって」

 わたしは少し考えた。

「明日、公開試験を見に行きます」

「見に行くって、一般公開されてるの?」

「されてるはずです。観覧できる場所があるって聞いた」

「ルカが実技の試験を見に行く、というのが珍しすぎて」

「今回は行きたいので」

 リオがわたしをしばらく見た。

「なんか、ルカが最近どんどん変わっていく気がする。前より、ずっとしっかりした感じになってて」

「そうですか」

「悪い意味じゃない。なんか、自分がどこにいるか分かってる感じがする」

 わたしはリオの言葉を聞いた。

 自分がどこにいるか。

 旧資料棟で、セレスの陣を読んで、モコの気配を辿って、向こうが応えている痕跡を確認する。それが今のわたしのいる場所だった。

「ありがとう」

「何が」

「見ていてくれるから」

 リオが少し照れたような顔をした。

「そんなたいしたことしてないけど」

 

 学園祭一日目が終わって、放課後になった。

 今日の旧資料棟は、いつもより緊張した空気があった。

 セレスはすでに机の前にいた。今日は陣を書いていなかった。明日使う陣の最終確認をした羊皮紙が机の上にあって、それを見ながら何かを考えていた。

 モコは棚の上にいた。今日は動かなかった。

「来たの」

「来ました。使者が来ているって聞きました」

「ええ」

「会いましたか」

「午後に、家の代表として来た人と、学園長も同席して、話をした」

「内容は」

「明日の試験で継承魔法を実演すること。儀式の形式は九条家の正式なものに従うこと。その確認を取りに来た」

「感応型の形式を使う話は」

「していない。今の段階で話しても、止められるだけだから。明日の試験当日に、そのまま実行する」

 わたしは少し考えた。

「それは、家への事後報告になる」

「そう。認められるかどうかは、結果次第」

「認められなかった場合は」

「その時はその時」

セレスは平静だったけれど、その奥に何かが積み上がっているのは分かった。

 机の上の羊皮紙を見た。

 今まで修正を重ねてきた陣の最終版だった。感応型の形式で組まれた六重構造の召喚陣。先週の試みで五十秒届いた陣をさらに改良したもの。

「灰崎先生とは話しましたか」

わたしは尋ねた。

「昨日、話した」

 灰崎先生への相談は、先週のうちに段取りをつけていた。詳しい内容は聞いていなかった。

「何か手がかりはありましたか」

「抜け道を示してもらった。術式の登録は通常、担当教師を通じて行う。灰崎先生が管理している記録庫の古い資料には、試験術式の登録に関して、現在とは異なる規則が適用されていた時期がある。その規則の下では、術者本人が独自に研究した術式を使用することが認められていた」

「その規則が今も有効ですか」

「廃止の記録がない。つまり、正式に廃止されていない規則が今も残っている可能性がある。灰崎先生は、その規則を根拠に明日の術式を登録してくれる」

「先生がそこまでしてくれるんですか」

「してくれる、というより、できる余地がある、という言い方をしていた。先生は何も約束しなかった。ただ、そういう規則が残っていることを示しただけ」

「それが先生のやり方ですね」

「そう」

 モコが棚から降りてきた。机の上に乗って、羊皮紙の陣を見た。

「モコも緊張してますか」

 わたしが尋ねると、モコが一度鳴いた。

「してそうな鳴き方ですね」

「してないと思う。あれはいつもの鳴き方」

「セレスさんはモコの鳴き方を区別できるんですか」

「少しは」

それから少し間を置いて、「一緒にいたから」と続けた。

 わたしはその言葉を聞いた。

 一緒にいたから、鳴き方が分かる。懐いていないと言い続けていたのに、一緒にいた時間が、気づかないうちに積み上がっていた。

「明日の試験の段取りを確認したい」

「はい」

「試験は午後二時から。名家継承者が対象で、私以外に三人いる。順番は成績順で、首席の私が最後」

「観覧席から見ます」

「観覧席からでも読めますか?」

「距離がありますが、陣が発動していれば読めます。崩れそうな気配があれば、何か合図を出しますか」

「合図は難しい。試験中は術者に集中する必要がある。外からの刺激は混乱につながる」

「では読むだけにします。崩れた場合の後処理の参考にするために」

「崩れない。崩れないようにする」

「崩れない、という前提で話します。成立した場合、向こうが形を現す。その時にわたしが読める気配で、本来の形かどうかが確認できます」

「確認できるとして、その情報は使えない」

「使えなくてもいいです。わたしが確認したい」

 セレスがわたしを見た。

「あなたは本当に変なところで頑固ね」

「失礼な」

「褒めていない」

「知ってます」

 セレスが少し間を置いてから、「ありがとう」と言った。

「何がですか?」

「ここまで来てくれたこと」

「まだ終わっていないですよ」

「終わっていない。でも、ここまで来られたことへの感謝は、今言っておきたかった」

 わたしは少し黙った。

「私の方こそ……あなたがそれを言うのは明日終わってからにして」

セレスが遮った。

「なぜですか」

「今言うと、終わった気持ちになるから」

 わたしは少し考えた。

「分かりました。明日終わってから言います」

「そうして」

 モコが陣の羊皮紙の上から離れた。机の端まで歩いていって、そこに座った。

 

 日が暮れてから、廊下に足音がした。

 今回は一人分ではなかった。二人分の足音が、旧資料棟の入り口から入ってくるのが聞こえた。

 一人は灰崎先生の足音だった。もう一人は、少し硬い靴音で、知らない足音だった。

 二人は廊下を進んで、わたしたちのいる部屋の前で止まった。

 扉が開いた。

 灰崎先生が入ってきた。もう一人は、制服の上に正式な礼服を重ねた男性だった。年配で、九条家の家紋が礼服についていた。

 九条家の使者だった。

「失礼する」

灰崎先生は気だるい口調のままだったけれど、今日は少し違う温度があった。

 セレスが立ち上がった。

「灰崎先生」

「術式の登録について、話が少し変わった。こちらは九条家の使者の水嶋さん。先ほど、明日の術式登録の件で話し合いがあった」

 使者の水嶋という人が、セレスを見た。

「九条セレス」

水嶋が呼んだ。声が低かった。

「明日の試験で、正式な継承形式と異なる術式を使用する意図があると聞いた」

「そのとおりです」

セレスは答えた。

「家が認めた形式から外れることは、継承者としての資格に関わる」

「承知しています」

「それでも、やると」

「やります」

 水嶋がセレスを長い間、見た。

「理由を聞かせろ」

 セレスは一瞬だけわたしを見た。それから水嶋に向き直った。

「今の九条家の形式は、感応型の召喚から意図的に改変されたものです。その記録が、旧資料棟の制限資料棟に残っていました。改変の際に、術者の個性と感情を媒介にする感応型の特性が排除されました。私が今の形式で召喚を成立させられないのは、私の欠陥ではなく、感応型の特性が強い術者と現行形式の不一致が原因です」

 セレスの主張に、水嶋は答えなかった。

「三十年以上前に学園と九条家が合意して隠した記録が残っていました。感応型の召喚を研究していた九条家の人物の日誌も残っています。その人物も、私と同じ理由で成立させられなかった。そして研究を止めさせられた」

「その記録を読んだのか」

「読みました」

「許可なく」

「はい」

 水嶋がしばらく黙った。

 灰崎先生は入り口の近くに立ったまま、何も言わなかった。目だけが、部屋の中をじっと見ていた。

「感応型の形式で、成立させられるという根拠は」

「研究を続けてきました。今の形式では届かないものが、感応型の形式では届く。その証拠が、毎回の試みで積み重なっています」

「一人でやってきたのか」

 セレスが少し間を置いた。

「一人ではありません」

 水嶋がわたしを見た。

「倉橋ルカです。失敗した術式の痕跡を読む力があります。セレスさんの研究を、その力で補助してきました」

「落ちこぼれの生徒が」

水嶋の言い方は、侮蔑ではなく、確認だった。

「落ちこぼれです。でも、この力はここでしか役に立たない種類のものなので、ここで使いました」

 水嶋がしばらくわたしを見た。

 それからモコを見た。

「その生き物は」

「旧資料棟に住み着いている魔法生物です」

セレスが答えた。

「名前は」

「モコ」

「召喚の歪みに近い特性を持つものに見える」

水嶋は言う。

セレスは少し間を置いた。

「そう判断される方が九条家にいることは知りませんでした」

「私は古い記録を研究してきた。九条家の外に出していない記録も含めて。あなたが見つけた日誌の人物は、私の祖父だ」

 水嶋がそう伝えると、部屋が静かになった。

 セレスが水嶋を見た。

「祖父が研究を止めさせられた。私はそれを知っていた。変えようとする機会がなかった。あなたが明日やろうとしていることは、祖父がやれなかったことだ」

「止めに来たのではないですか?」

わたしは尋ねた。

「確認に来た。本当に成立させられるのかを」

「成立させます」

セレスは言った。

「根拠は」

「今まで毎回、向こうが応えていたから」

 水嶋はセレスを長い間、見た。

 それから灰崎先生に向かって言った。

「術式の登録は、予定通り進めてくれ」

 先生が短く頷いた。

「明日、見届ける」

水嶋はセレスに言った。

「成立すれば、家への報告は私がする。成立しなかった場合の話は、今夜はしない」

「ありがとうございます」

 水嶋が部屋を出た。灰崎先生も続いた。

 出ていく前に、先生が振り返った。

「明日、頑張れ」

 気だるい口調のままだったけれど、それだけだった。

 扉が閉まった。

 

 しばらく、二人とも動かなかった。

 モコが机の端から飛んできた。

 一直線にセレスの方へ飛んで、胸元に飛び込んだ。

 今まで一度も、そんなことをしたことがなかった。

 セレスが、反射的に両手で受け止めた。

 モコは受け止められたまま、じっとしていた。動かなかった。セレスの胸元で、ただそこにいた。

 セレスの顔が、少し崩れた。

 でも泣かなかった。

 ただモコを抱えて、そのまま立っていた。

 わたしは黙っていた。

 しばらくしてから、セレスが言った。

「明日、やります」

「やります」

「一緒に」

「一緒に」

 失敗するのは慣れている。でも、今夜だけは失敗したくないと思った。

 モコが試験会場へ向かう直前のような気がした。

 まるで、帰る場所を見つけたように、セレスの胸元で丸くなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ