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口外厳禁! 落ちこぼれ魔女と優等生の秘密の放課後―旧資料棟で、優等生の秘密を見てしまった―  作者: 明石竜


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最終章 秘密の放課後の、その先

 公開試験から一週間が経った。

 学園の対応は、「特殊事例として記録する」というものだった。九条セレスが使用した術式は現行の継承形式と異なるが、召喚としての成立は本物であると認定する。それだけだった。

 表向きには、それだけだった。

 でも、その一週間の間にいくつかのことが動いた。

 灰崎先生が学園長に掛け合って、旧資料棟の制限資料の再調査が始まることになった。三十年以上前に閲覧制限が設定された資料のうち、現在の制限が適切かどうかを確認する作業だった。

 水嶋さんは九条家への報告を行い、九条家は公式に何も発表していなかった。でも、セレスへの継承確認の儀式の話は、いったん保留になったと聞いた。保留が何を意味するのか、セレスも分からないと言っていた。

 エリスは生徒会の記録に、公開試験の経緯を詳細に残した。わたしが旧資料棟で制限資料を閲覧した件についての報告書は、結局書かれなかった。書く前に試験が終わり、事態が変わり、書く必要性が変わったのだと思う。エリスはそれについて、わたしには何も言わなかった。

 

 試験の翌日、わたしはエリスに廊下で声をかけられた。

「倉橋さん」

「おはようございます」

「少し話せる?」

 渡り廊下の突き当たりまで行った。最初にセレスに呼び出された場所と同じだった。

「昨日のこと、見ていた」

「はい」

「九条さんが成立させた召喚は、本物だった」

「そうです」

「感応型の形式で」

「はい」

 エリスが少し間を置いた。

「私が報告書を書いていたら、昨日の試験は別の結果になっていたかもしれない」

「そうかもしれないです」

「そうならなかったのは、確認事項があったからだと言ったけれど」

「はい」

「本当のことを言うと、確認事項は、最初からそれほど多くなかった。時間があれば書けた」

 わたしは黙って聞いた。

「公開試験まで待った、ということ。それが正しかったかどうかは分からない。規則としては、見た時点で報告すべきだった。でも、私は待った」

「なぜですか」

「九条さんが何かをしようとしていることが分かっていたから。それを妨げることが、本当に正しいことかどうか、確認が取れなかった」

「正しい人でも、確認が取れないことがあるんですね」

 エリスがわたしを見た。

「あなたは変なことを言うのね」

「よく言われます」

「褒めていない」

「知ってます」

 エリスが少し間を置いた。

「昨日拍手したのは、本物だったから。九条さんの召喚が、正式な形式と違っていても、本物だということが分かった。だから拍手した」

「エリスさんが最初でした」

「最初だったのは、たまたま」

「たまたまじゃないと思いますけど」

 エリスがわたしを見た。しばらく見て、それから「そうかもしれない」と言った。珍しい言い方だった。

「倉橋さん」

「はい」

「あなたの力は、何かの役に立てると思う。変なところだけ器用、という評価のままにしておくのはもったいない」

「そう言ってくれる人が、少しずつ増えました」

「誰が」

「セレスさんが最初で、今日エリスさんが二人目です」

 エリスが少し目を細めた。笑ったわけではなかったけれど、今まで見てきた表情とは少し違う顔をした。

「そう。では、三人目を待ちなさい」

「待ちます」

 エリスは廊下を歩いていった。

 今日の足音は、旧資料棟に向かう時の確認するような歩き方とは違った。いつもの、生徒会書記の歩き方だった。

 

 試験から三日後、灰崎先生の授業のあとで、先生がわたしを呼んだ。

「少し話がある」

 他の生徒が出ていったあと、教室に二人で残った。

「旧資料棟の整理が始まる。制限資料の再調査だ。その作業の補助を、正式な依頼として出せないか学園長に話している」

「補助というのは」

「失敗した術式の痕跡を読む力があるだろう。古い資料の魔力残滓から、内容の一部を読み取ることができるなら、整理作業の効率が上がる。正式な依頼になれば、評価にも繋がる」

 わたしは少し間を置いた。

「正式な、というのは」

「研究補助の認定。今の学園の評価制度には、魔術理論の応用補助という項目がある。今まで使われたことがほとんどない項目だけど、使えないわけじゃない」

「わたしが落ちこぼれである事実は変わらないですが」

「落ちこぼれかどうかと、役に立つかどうかは別の話だ。お前の力は、普通の評価軸では測れない。でも、測れないことと、価値がないことは違う」

 わたしは先生を見た。

 気だるそうな顔は変わらなかった。でも、言葉の中に、ずっと見ていたものの重さがあった。

「灰崎先生は、最初から分かっていましたか」

「何を」

「わたしの力のこと。セレスさんのこと。旧資料棟で何が起きているか」

 先生が少し間を置いた。

「全部ではない。でも、お前が旧資料棟に迷い込んだ翌日から、何かが始まったことは分かっていた」

「黙認してくれていたのは」

「黙認していない。ただ、止める理由が見当たらなかった」

「それが黙認では」

「屁理屈を言うな」

先生はそう言ったけど、怒った様子はなかった。

「とにかく、補助の依頼の話は進める。返事はいつでもいい」

「お願いします」

「早い返事だな」

「考えることが何もなかったので」

 先生が短く笑った。笑ったのを初めて見た気がした。

「放課後、旧資料棟に行くか」

「行きます」

「鍵を渡す。今日から正式に使っていい」

 鍵を受け取った。古い形式の鍵だったけれど、今日からは「立入禁止」の紙を気にしなくていい。

 先生が教室を出た。

 わたしは鍵を手の中で握って、少し間を置いてから廊下に出た。

 

 試験から一週間後の放課後、旧資料棟に向かった。

 いつもの廊下、いつもの扉。「立入禁止」の紙は今日も貼ってあった。でも先生から鍵をもらった今、意味が少し変わっていた。

 廊下を進んで、部屋の前に来た。

 扉を開けた。いつもの机、いつもの椅子、いつもの窓。夕方の光が斜めに差し込んでいた。

 セレスがいた。机の前に座って、羊皮紙を広げていた。今日の羊皮紙は、陣式の修正ではなかった。何かの記録を書いていた。

「来たの」

「来ました」

「今日から正式に来ていい場所になったのね」

「鍵をもらいました」

「私にも昨日、先生から鍵が渡された」

「そうでしたか」

 わたしは椅子を引いた。向かいに座った。

 部屋を見回した。棚はいつもと同じだった。本と羊皮紙が雑然と積まれていた。でも、一つだけ違うものがあった。

 モコがいた棚の上が、空だった。いつもそこにいた白い毛玉がいなかった。

 分かっていたことだった。試験の日に、モコが本来の形に戻っていくのを感じていた。でも、空の棚を見ると、少し胸に引っかかるものがあった。

「モコのこと、考えていました」

「私も」

「さみしいですか?」

 セレスが少し間を置いた。

「さみしい。正直に言うと。でも、間違っていたとは思っていない。モコが本来の形に戻れた。それは正しいことだったと思う」

「わたしも同じです。さみしいけど、間違っていなかった」

「今日、不思議なことがあった」

「なんですか?」

「授業のあと、中庭を歩いていたら、白い羽が一枚落ちていた。どこから来たものか分からなかった。でも、手に取ったら少し温かかった。モコかどうかは分からない。でも、温かかった」

「そうですか」

「気のせいかもしれない」

「気のせいじゃないかもしれないです」

 セレスが窓の外を見た。

「続けたいことがある」

「研究ですか」

「記録庫の資料を読み解くこと。感応型の召喚について、まだ分かっていないことが多い。灰崎先生の補助という形で続けられるなら、続けたい」

「わたしも補助の依頼を受けました」

「知っている。先生から聞いた」

「では、一緒に続けます」

 セレスがわたしを見た。

「それでいいの。今まで通りに、ここに来るということ」

「今まで通り、というより、今日からは正式に来ていい場所になったので、今まで通りより少し気が楽です」

「それはそうね」

「セレスさんも気が楽になりましたか」

「少しは」

「少しずつ、でいいですよ」

 セレスがまた窓の外を見た。

 夕方の光が、部屋の中をゆっくりと移動していた。

「試験のあと、家からの連絡はありましたか」

「水嶋さんから、保留という形で連絡が来た。家が正式に認めるかどうかは、まだ分からない」

「保留は、否定ではない」

「そう。でも承認でもない」

「ここから先は、どうしますか」

「続ける。止める理由がなくなった。今までは、使えないまま試験を迎えることへの恐怖があった。でも今は、使えることが分かった。あとは、それを家に認めさせるだけ」

「認めさせるだけ、というのが大変そうですが」

「大変でしょう。でも、一人じゃないから」

 わたしはその言葉を聞いた。

「そうですね」

 わたしがそう言うと、セレスが羊皮紙に目を戻した。

「今日の作業を始めましょう。記録庫の資料の整理から。先生が新しい資料の束を見つけたみたいだから、そこから確認して」

「分かりました。読みます」

 椅子をもう少し机に近づけた。

 羊皮紙を手前に引いた。いつもの作業の始まりだった。

 でも今日は、何かが少し違った。いつもは秘密の放課後だった。誰にも言えない、立入禁止の場所での研究だった。でも今日からは、正式な場所での正式な作業になった。

 同じ机、同じ椅子、同じ窓からの夕暮れの光。

 でも、二人の距離だけが、少し違っていた。

 秘密を共有していた二人が、今日からは、同じ場所に正式にいる二人になった。

 それがどういうことなのか、まだうまく言葉にできなかった。

 でも、悪くない変化だと思った。

 

 その夜、わたしは自分の部屋で少し考えた。

 落ちこぼれ魔女だった。今も、箒は三秒で落ちるし、炎は暴れるし、陣式は崩れる。それは変わらない。でも、今年の秋から冬にかけて、変わったことがあった。

 失敗した術式の痕跡を読む力が、誰かの大事なものを守るために使えると知った。自分の欠けたところが、誰かの欠けたところと合わさって、一人では届かない場所まで届けることができると知った。

 セレスは召喚を成立させた。モコは本来の形に戻った。学園の古い記録の調査が始まった。エリスは最初に拍手した。水嶋さんは祖父の分まで見届けた。灰崎先生は鍵を渡した。リオは待っていてくれた。

 全部が、あの日わたしが旧資料棟の扉を開けたところから始まっていた。

 補習を逃げて、立入禁止の紙を見て、それでも中に入ったところから。

 落ちこぼれが迷い込んだから、始まったことがある。

 それが今日になって思うと、少しだけ、あの選択を良かったと思えた。

 窓の外に、夜の空があった。星がいくつか見えた。

 思い出した。試験の日、セレスの召喚が成立した時、光の中に現れた形の気配を。モコが本来の形に戻っていく感覚を。あの光の温かさを。

 その温かさと、モコの中にあった感情の名残が重なった。

 怖さと切実さと、一人じゃないことへの安心。

 全部が、今日もどこかにあると思った。形は変わっても、なくならないと思った。

 わたしは窓を閉めて、明日の準備を始めた。

 明日も放課後に旧資料棟へ行く。今度は正式な補助として、記録庫の資料を読む。セレスと二人で、続きをやる。それが、あの秘密の放課後の、その先にあるものだった。

 ただの隠れ場所だと思っていた場所が、二人の未来の始まりだった。

 落ちこぼれだと思っていたわたしの魔法が、誰かの大事なものを守れた。

 それだけで、報われた気がした。いや、贅沢すぎる結末だった。

(了)


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