第4話:月の欠片と道端の石ころ
「地に眠る、月の欠片…」
アークライト王国の王宮図書館。俺とセリアは、山と積まれた古文書の解読に追われていた。だが、学者の言う通り、『月の欠片』に関する具体的な記述は、どこにも見つからなかった。
「だめね。どれもこれも、抽象的な詩や伝説ばかり。これじゃあ、ただの言い伝えで終わってしまうわ」
セリアが、うんざりしたように革表紙の分厚い本を閉じる。調査は完全に行き詰まっていた。その間にも、都の気温は上昇し、オアシスの水は刻一刻と失われていく。焦りだけが募る中、俺の脳内に、もはやお馴染みとなった電子音が響いた。
「本日もスキルガチャの時間でーす!」
この状況を打開できる、何かヒントになるようなスキルを…! 俺は祈るようにガチャを回した。
【半径10メートル以内にある、最も平凡な石ころを一つだけ、10秒間、淡い虹色に輝かせることができる】
「…………」
俺はスキル内容を読み、盛大に天を仰いだ。
最も、平凡な、石ころ。
輝かせる意味とは。いや、そもそも平凡の定義とは。どこまでも役に立たないスキルに、さすがの俺も眩暈がした。
「どうせまた、ろくでもないスキルだったんでしょう?」
呆れ顔のセリアに、俺は力なく頷いた。
その日の調査も空振りに終わり、俺たちは気分転換も兼ねて、陽が傾き始めた都を歩いていた。人々は日中の熱を避け、ようやく家の外に出てきているが、その表情は一様に暗い。
「月の欠片、ねえ…」
俺はぼんやりと呟きながら、道端に転がっているありふれた石を、靴のつま先で蹴った。
「月のかけらなんて、普通に考えたら隕石とか、そういう特別な鉱石のことだよな。でも、そんなものが簡単に見つかるなら、誰も苦労はしない」
「ええ。あるいは『月』という言葉が何かの比喩表現なのかもしれないわね。例えば、王家の血筋とか、特定の魔道具の隠語とか…」
セリアが真剣な顔で考察を続ける。だが、俺の頭は、先ほど手に入れたスキルのことでいっぱいだった。
(最も平凡な石ころ…)
このスキルは、一体何を基準に「平凡」を判断しているんだ? 俺はふと、ある実験をしてみたくなった。
俺は道端に立ち止まり、スキルを発動した。対象は、この周囲10メートルにある石ころ。
次の瞬間。俺たちの足元から数メートル離れた場所で、敷石の隙間に埋まっていた、親指の先ほどの小さな石ころが、ぽうっと、淡い虹色の光を放ち始めた。それは本当に、どこにでもある、ただの灰色で丸い石だった。
「…何なの、それ?」セリアが怪訝な顔で光る石を見る。
「今日のスキル。『一番平凡な石を光らせる』スキル」
「…そう。それで、その平凡な石が何か教えてくれるとでも?」
彼女の呆れた視線を受けながら、俺は光が消えたその石を拾い上げた。そして、もう一度、今度は少し場所を移動してスキルを発動する。すると、また別の、いかにも「平凡」な石ころが虹色に輝いた。
何度も、何度も、俺は場所を変えてスキルを発動し続けた。やがて、セリアも俺の奇行の意図に気づき始めた。
「…ヒロト。あなた、まさか…」
「ああ。分かってきた」
俺は、これまで光った石を拾い集め、地面に並べていた。それらの石に、共通点があったのだ。色も、形も、大きさもバラバラ。だが、たった一つだけ。
「この石は全部、同じ種類の岩石なんだ。この国ではごくありふれた、ただの石灰岩だ」
「それがどうしたの? だから『平凡』なんでしょう?」
「ああ、そうだ。だが、このスキルは『最も』平凡な石を光らせる。つまり、このスキルは、この土地の地質を構成する上で、最も代表的で、最もありふれた『基準となる石』を教えてくれるんだ」
俺は、最後に光った石ころを拾い上げた。その石は、これまでとは少しだけ違う特徴を持っていた。表面に、微かに、月のクレーターのような、丸いくぼみがいくつも付いていたのだ。
「そして、今光ったこの石…。これも同じ石灰岩だ。だが、この模様は…」
俺は、図書館で見た古文書の一節を思い出していた。
『古の時代、神々は空より降り注ぐ光の矢で、悪しき竜を討ち滅ぼした。その矢が穿ちし大地には、月の涙と呼ばれる窪みが残ったという…』
「セリアさん。この『月の欠片』っていうのは、特別な『モノ』のことじゃないのかもしれない」
俺は立ち上がり、石が光った方向…都の外れ、巨大な岩山が連なる方角を指さした。
「特定の『場所』を示す、道標なんじゃないか? そして、その場所を探す鍵は、この国で最も特別じゃない、ただの石ころだったんだ」
俺たちの目の前に、ようやく進むべき道が、ぼんやりとだが、見え始めていた。




