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第3話:砂上の楽園と沈黙の守護神

飛空艇の旅は、三日三晩続いた。


緑豊かな祖国の大地は次第にその姿を消し、眼下に広がる景色は、赤茶けた岩山と、どこまでも続く広大な砂漠へと変わっていった。窓から入り込む空気は熱を帯び、肌を乾燥させる。これが、アークライト王国を取り巻く本来の環境なのだ。


そして四日目の朝。俺たちはついに、目的地であるアークライト王国の首都、「オアシスの都 アズラ」の上空に到着した。


「……すごいな」


眼下に広がる光景に、俺は思わず息を呑んだ。


見渡す限りの砂漠地帯の、その中心だけが、まるで奇跡のように豊かな緑と水に満たされている。巨大な円形の都は、青々と輝く湖を囲むようにして築かれ、白い壁の美しい建物が立ち並んでいた。まさに、砂漠に浮かぶ楽園。これが全て、あの上に浮かぶ船の歌声によって支えられていたとは、にわかには信じがたい。


だが同時に、俺たちは街を覆う異変にも気づいていた。街全体が、活気を失っているのだ。道行く人々の顔には笑顔がなく、その足取りは重い。植物の一部は茶色く枯れ始めており、オアシスの湖も、心なしか水位が下がっているように見えた。街は、ゆっくりと、しかし確実に死に向かっていた。


そして、何よりも異様なのは、その静けさだった。


「……聞こえない」


セリアが呟く。本来なら、上空に浮かぶ守護神が奏でる歌声が、街の隅々まで響き渡っているはずなのだ。だが今、俺たちの耳に届くのは、乾いた風の音だけだった。


俺たちの視線は自然と、街の上空…その遥か高みに向けられた。


そこに、それはあった。


全長1キロという言葉に偽りはない。黄金の三日月のような、優美な曲線を描く巨大な船。それが、まるで時間が止まったかのように、空の一点に静止している。表面には、俺たちの知らない古代の紋様がびっしりと刻まれており、船全体が淡い光の粒子をまとっていた。神々しい。だが、その神々しさ故に、今の沈黙がより一層、不気味さを際立たせていた。


飛空艇が王宮の船着き場に着くと、ファハドをはじめとする王国の重鎮たちが、俺たちを出迎えた。


「お待ちしておりました、【奇跡の調停者】殿。どうか、こちらへ」


案内された謁見の間は、大理石の床がひんやりとして心地よかったが、そこにいる誰もが、額に汗を浮かべていた。歌が止まったことで、街の気温を制御していた魔法効果が失われ、容赦のない砂漠の熱が、都を直接襲い始めていたのだ。


「まずは、長旅の疲れを癒していただきたく…」


王族の一人がそう言って、侍女に水の入った銀の杯を運ばせた。キンキンに冷えているように見えるが、テーブルに置かれた瞬間から、杯の表面にじわりと水滴が浮かび始める。この熱では、すぐにぬるま湯になってしまうだろう。


「ありがとうございます。ですがその前に、一つ試したいことが」


俺はそう言うと、自分の分の杯にそっと手を触れた。そして、今朝手に入れたばかりの、あのゴミスキルを発動する。


【半径1メートル以内の金属の温度を、1分間だけ0.1度下げることができる】


目に見える変化はない。だが、俺は杯を手に取ると、隣に立つセリアにそっと手渡した。


「え?」


「まあ、飲んでみてくれ」


彼女は訝しげな顔をしながらも、杯に口をつけた。そして、その翠色の瞳を、わずかに見開いた。


「…なぜか、さっきよりも少しだけ…冷たさが長持ちしているような…?」


「気のせいじゃないか?」俺はニヤリと笑う。


そのやり取りを見ていたファハドたちが、不思議そうな顔をしている。俺は国王に向き直った。


「さて、本題に入りましょう。あの船に、近づく方法はありますか?」


ファハドが、悔しそうに首を横に振った。

「それが…船の周囲には、我々には『不可侵障壁』としか認識できない強力な結界が張られており、物理的にも、魔法的にも、一切の干渉を受け付けないのです。過去、調査のために飛空艇で接近を試みたこともありましたが、船から半径500メートル以内に近づくと、全ての動力が停止し、墜落してしまいました」


近づくことさえできない。ギデオンの魔法とは、また質の違う厄介な問題だった。どうする? 俺が思考を巡らせていると、謁見の間の隅で控えていた一人の若い学者が、おずおずと手を挙げた。


「陛下、そして調停者殿。一つだけ…一つだけ、言い伝えが…」


全員の視線が、その青年に集まる。彼はゴクリと喉を鳴らし、震える声で続けた。


「古文書に、こう記されております。『太陽の船が沈黙する時、その心を再び揺り動かすは、地に眠る月の欠片のみ』…と」


「月の、欠片?」


「はい。ですが、それが何なのか、どこにあるのか…それを記した文献は、何一つ見つかっておりません。ただの詩的な表現ではないかと…」


地に眠る、月の欠片。

全くもって、意味が分からない。だが、それが唯一の手がかりであることも、また事実だった。

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