第2話:砂漠の国の使者と歌わない船
「どうか、我々の国をお救いください!」
祝宴の華やかな雰囲気は、アークライト王国からの使者、ファハドと名乗る男の悲痛な叫びによって完全に消え去っていた。場所は謁見の間に移され、俺とセリア、そして国王テオドールと数人の側近たちが、彼の話に耳を傾けていた。
「『太陽の船』…と申されたな。それは一体?」
国王の問いに、ファハドは顔を上げた。その瞳には深い絶望の色が浮かんでいる。
「はい。我がアークライト王国の上空には、古の時代より、巨大な船が浮かんでおります。全長は1キロにも及び、黄金に輝くその船は、我々の祖先からは『太陽の船』と呼ばれ、守護神として崇められてまいりました」
彼の説明によると、その『太陽の船』は常に美しい歌のような音を発し続けていたという。だが、それは単なる音ではない。
「船の歌は、我が国の大地を潤す奇跡の源なのです。歌が発する特殊な魔力振動が、砂漠の過酷な熱を和らげ、地下深くの水脈を活性化させ、オアシスを枯れさせることなく、国土を緑で満たしてきました。アークライト王国は、『太陽の船』の歌声によってのみ存在を許された、砂上の楽園なのです」
その国の生命線とも言える船が、一週間前、何の前触れもなく、完全に沈黙した。
「原因は、全くの不明。我が国の魔術師や学者が総力を挙げて調査しましたが、船は神聖な障壁に守られており、何人たりとも近づくことさえ叶いません。そして…歌が止まって以来、オアシスは日に日に干上がり、植物は枯れ、大地は再び死の砂漠へと戻り始めています。このままでは、我が国が滅びるのも、もはや時間の問題…」
ファハドはそこまで言うと、床に両手をつき、再び深く頭を下げた。
「武力も、魔法も通用しない。この絶望的な状況を打破できる方がいるとすれば、それは常識の外側から奇跡を起こすという【奇跡の調停者】殿をおいて他にいない…! 噂を頼りに、藁にもすがる思いで参った次第です!」
謁見の間が、重い沈黙に包まれた。他国の、それも神域とされる問題に介入するなど、前代未聞だ。下手に手を出して失敗すれば、深刻な国際問題に発展しかねない。国王が慎重な面持ちで口を開こうとした、その時。
「面白そうじゃないですか」
俺の間の抜けた一言に、その場の全員の視線が突き刺さった。
「ヒロト…!」セリアが呆れたように俺の名を呼ぶ。だが、俺はファハドに向き直って続けた。
「歌う船、か。どんな歌だったのか、ちょっと聞いてみたくなりました。いいですよ、その依頼、受けましょう」
「おお…!」ファハドの顔が、ぱあっと輝いた。
国王は、やれやれと溜息をついた後、だがどこか楽しそうに口の端を上げた。
「…そう言うと思ったわい。よかろう! 相川ヒロト、セリア・アーレンライトの両名に命ずる! 我が国の全権大使として、アークライト王国へ赴き、彼らの窮状を救うべし!」
こうして、俺の特命調停官としての最初の仕事は、隣国への出張に決まった。
翌朝。アークライト王国へ向かうための、最新鋭の飛空艇が王城の船着き場で俺たちを待っていた。砂漠の国への旅に合わせ、俺もセリアも、風通しの良い軽装に着替えている。出発前の慌ただしい時間の中、俺は甲板の隅で、静かに日課を済ませた。
「本日もスキルガチャの時間でーす!」
カランコロン、と脳内で鳴った音の後に出てきたスキルは。
【半径1メートル以内の金属の温度を、1分間だけ0.1度下げることができる】
「……」
以前、【半径50センチ以内の金属の温度を0.1度上げる】というスキルを引いたことがあったのを思い出す。微妙に範囲が広がり、効果時間が延び、そしてプラスがマイナスになっただけの、相変わらずのゴミスキル。砂漠の旅で、キンキンに冷えた水が飲みたい時に、コップを0.1度だけ冷やして何になるというんだ。
「準備はいいか、ヒロト!」
「いつでも!」
俺はセリアの声に頷き、飛空艇に乗り込んだ。やがて、機体がふわりと浮き上がり、ぐんぐんと高度を上げていく。眼下に広がる緑豊かな我が国の大地が、みるみる小さくなっていく。
「今度はどんな奇跡を見せてくれるのかしら、特命調停官殿?」
隣に立ったセリアが、少しからかうような笑みで俺に言った。
俺はポケットに手を突っ込み、ニヤリと笑い返す。
「さあな。まずは、長旅で火照ったあんたのその鎧でも、0.1度だけ冷やしてやろうか?」
俺の軽口に、セリアは綺麗な眉をひそめてみせた。
歌わない守護神が待つ、砂漠の王国。俺たちの新たな冒険が、今、始まった。




