第22話:獅子の覚醒と逆賊の末路
国王の、しゃくりあげるような一度の呼吸。
それが、死から生への境界線だった。
次の瞬間、俺が【マインドエコー】で感じ取っていた、王の消えかけの魂の光が、ふっと安定した。まるで、嵐の中の蝋燭が、無風の部屋へと移されたかのように。そして、その光は、ゆっくりと、しかし着実に、その輝きを増し始めた。
浅く、途切れ途切れだった呼吸は、いつしか、深く、穏やかな寝息へと変わっていった。蝋のように白かった顔に、温かい血の気が戻ってくる。俺のスキルは、確かに、王の魂と肉体を、再び固く結びつけたのだ。
「…助かった、のか…?」
セリアが、信じられないものを見る目で、かすれた声を漏らす。俺は、全身の力が抜けて、その場にへたり込みそうになるのを、必死でこらえた。
その時だった。
バタン!と、寝室の扉が乱暴に開け放たれた。そこに立っていたのは、武装した兵士たちを引き連れた、ゲルハルト公爵その人だった。おそらく、俺たちが扉の封印を解いた時点で、彼に警報が飛んでいたのだろう。
公爵は、ベッドのそばに立つ俺たちと、そして、穏やかな寝息を立てている王の姿を認めると、一瞬、その鋭い目を驚きに見開いた。だが、彼はすぐに、全てを好転させるための悪辣な筋書きを思いついたようだった。彼は、俺たちを指さし、ありったけの声で叫んだ。
「逆賊め! 貴様ら、陛下に一体何をした! 陛下を害し、王権を簒奪するつもりだな!者ども、かかれ!」
公爵の兵士たちが、一斉に剣を抜き、俺たちに襲いかかろうとする。絶体絶命。セリアが俺を庇うように前に出た、その時。
「―――…静かにせよ」
しわがれた、しかし、部屋中の誰もが逆らうことのできない、威厳に満ちた声が響いた。
声の主は、ベッドの上で、ゆっくりと、その身を起こしつつあった。
国王、テオオードル。その瞳は、もはや死の淵をさまよう者のものではなく、獅子の鋭い輝きを取り戻していた。
「…陛下!? ご無事でしたか!」
ゲルハルト公爵が、わざとらしく安堵の表情を浮かべてみせる。だが、王の視線は、彼ではなく、俺とセリアに注がれていた。
「…永い、夢を見ていた。灰色の、霧の中をさまよう夢だ。だが、ヒロトよ。お前の声が聞こえた。そして、金色の糸が、儂を霧の中から引き上げてくれた」
王は、全てを理解していた。そして、その氷のように冷たい視線を、ゲルハルト公爵へと移す。
「ゲルハルト。儂は、夢の中で、もう一つ、思い出したことがある。ここ一月、お前が毎晩のように、儂の健康を気遣うと言って、自ら注いでくれた一杯の葡萄酒。あの、奇妙に舌に残る、『土埃』のような後味のこともな」
その一言で、全てが決した。
ゲルハルト公爵の顔から、血の気が、すぅっと引いていく。
「な…何を、仰せですかな、陛下…私は、ただ、陛下の御身を…」
「黙れ」
王の、地を這うような低い声が、公爵の言い訳を遮る。
「衛兵! その男を捕らえよ! 我が国に対する、最大の反逆者として、地下牢に繋いでおけ!」
王の言葉に反応したのは、公爵の私兵ではなく、部屋の隅で控えていた、王直属の近衛兵たちだった。彼らは一瞬の躊躇もなく、ゲルハルト公爵とその配下を取り押さえる。
「馬鹿な! この私が! この国は、私のものに…!」
逆賊の断末魔のような叫びが、朝日が差し込み始めた王宮に、虚しく響き渡った。
嵐は、去った。だが、俺は、自らの手のひらを見つめていた。お裁縫スキルで、魂を縫い合わせた。その、あまりにも馬鹿げた事実が、今更ながらに、俺の心に重くのしかかっていた。
俺のこの力は、一体、どこへ向かっているのだろうか。




