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第21話:魂の綻びと運命の一針

「…解毒薬は、ない…?」

俺の言葉に、セリアの顔から血の気が引いていく。俺たちは、ベッドの下で舞う、致死の灰色粒子を呆然と見つめていた。夜明けの光が、窓の隙間から差し込み始めている。残された時間は、あまりにも少なかった。


「ゲルハルト公爵め…なんと周到な…」

セリアが悔しそうに歯噛みする。だが、悔しがっている暇さえ、俺たちには残されていない。


諦めるのか?

いや。俺は、首を横に振った。

解毒薬がないのなら、これは「毒」として対処するからダメなんだ。視点を変えろ。これは、魂と肉体を結ぶ「糸」が、毒によって無理やり「断ち切られようとしている」状態だ。ならば、必要なのは薬じゃない。


綻びを、縫い合わせる、何か。


その、あまりにも突飛な発想が頭をよぎった、まさにその時。この夜、最後となるスキルガチャの電子音が、俺の脳内に鳴り響いた。


「本日もスキルガチャの時間でーす!」


俺は、祈った。これまでで、一番強く。

俺の無茶苦茶な仮説を、肯定してくれる、奇跡のスキルを…!


【布にできた破れや綻びを、一箇所だけ、完璧に修復することができる。修復した縫い目は、元の布よりも頑丈になる】


「…………」


裁縫スキル。

布の、綻びを、修復する。


隣で見ていたセリアが、とうとう最後の希望を断たれたかのように、力なく肩を落とした。王の命を救う瀬戸際で、手に入れたのが、お裁縫のスキル。あまりにも、あんまりだ。


だが、俺は。

俺だけは、そのスキル説明文を読んで、全身に鳥肌が立つのを感じていた。


これだ。これしかない。


俺は、震える声でセリアに言った。

「セリアさん。魂っていうのは、よく、織物とか、衣に例えられる」

「…何を言っているの、ヒロト…?」

「この毒は、王の魂と肉体を繋ぐ、見えない『布』を、ビリビリに引き裂いているんだ。だから、俺は、今からそれを…このスキルで、縫い合わせる」


俺の言葉に、セリアは、俺がショックで正気を失ったのではないか、という目で俺を見た。だが、俺の瞳に宿る狂気じみた光を見て、彼女は何かを悟ったように、息を呑んだ。


俺は、ベッドに横たわる王の前に立った。

【マインドエコー】で、彼の魂の状態を探る。見えるはずのないものが、俺にははっきりと見えた。王の肉体と、その内に宿る魂の光。その二つを繋ぎとめている、無数のきらめく糸が、今にも切れ切れになり、その繋がりが、大きく綻んでいるのが。


俺は、王の額に、そっと左手を置いた。肉体の、器に。

そして、右手は、彼の胸の上に、触れるか触れないかの位置で、そっとかざす。魂の、中心に。


そして、俺は、スキルを発動した。

対象は、この世のどんな物理法則も無視した、ただ一つの概念。

『王の肉体と、魂を繋ぐ、綻び』


「―――縫合スティッチ!!」


俺のありったけの意思を込めて、そう叫んだ。

次の瞬間、俺の右手と左手の間に、一本の、黄金に輝く光の糸が、まるで針のように現れた!


光の針は、見えない綻びを縫い合わせるように、凄まじい速さで、王の肉体と魂の間を行き来し始める。ちりちりと、空間が焦げるような音と、魂が再び肉体に固着させられていく、悲鳴のようなきしみが響き渡った。


そして。

それまで、かろうじて呼吸を続けていただけだった国王テオドールが。


ヒュッ、と。


一度だけ、大きく、深く。

まるで、溺れていた人間が、初めて水面から顔を出したかのように、しゃくりあげるような呼吸をした。


その呼吸を合図に、黄金の光は、すっと消え失せた。後には、静まり返った寝室と、呆然と立ち尽くす俺たちだけが、残されていた。

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