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第23話:奇跡の代償と届かぬ便り

ゲルハルト公爵の反逆が白日の下に晒されてから、数日が過ぎた。

王都は、静かな熱狂の中にあった。悪夢のような陰謀が打ち破られ、敬愛する国王が奇跡的な回復を遂げたのだ。その中心にいたのが、またしても俺とセリアであることは、もはや王都の誰もが知るところとなっていた。


だが、当の俺たちの心は、晴れなかった。

【不帰の森】の時も、アークライト王国での一件も、俺たちが戦ったのは、ある意味で自然現象に近い、理不尽な『謎』だった。しかし、今回は違う。俺たちが暴いたのは、人の心に巣食う、底なしの野心と裏切りだ。その生々しさが、ずしりとした重りとなって、俺の心にのしかかっていた。


「二人とも、よく来てくれた」


数日ぶりに謁見した国王テオドールは、まだ顔に病み上がりの色を残してはいたが、その瞳には以前にも増して力強い光が宿っていた。魂を一度引き剥がされ、そして元の鞘よりも頑丈に「修復」されたせいだろうか。その存在感は、以前よりも遥かに研ぎ澄まされているように感じられた。


王は、俺たちが成し遂げた全てのこと…常人には到底信じがたい、そのあまりにも奇想天外な救出劇の一部始終を、静かに聞いていた。俺がおずおずと「裁縫スキルで魂を縫い合わせた」と告げた時でさえ、彼は驚くことなく、ただ深く頷いただけだった。


「…ヒロトよ」やがて王は、重々しく口を開いた。「そなたのその力は、もはや『奇跡』という言葉だけでは片付けられん。それは、この世界の法則の外側にある力だ。儂は、死の淵をさまよったことで、それを肌で理解した」


王は、側近に一つの古びた石板を持ってこさせた。そこには、ほとんど解読不可能な、古代の象形文字が刻まれている。


「そなたの力の根源に、心当たりはないか? 例えば…『神々の気まぐれな遊戯』といったような言葉に」


「…神々の、遊戯?」


「うむ。儂が倒れた後、王家の書庫院に命じて、あらゆる禁書や古文書を調べさせたのだ。そなたのような、世界の理から外れた力を持つ者について、何か記述がないかとな。そして、見つかったのがこれだ」


石板には、こう記されているという。

『世界が大きな転換期を迎えんとする時、天より『戯神ぎしんの寵児』が遣わされる。その者は、世界の誰も持ち得ぬ奇天烈な御業を操り、やがて来るべき変革の、調停者となる』


「戯神の寵児…。そなたのスキルガチャは、あるいは、その『戯神』なる存在の、気まぐれな遊びなのかもしれん」


世界を揺るがす、大きな転換期。その、調停者。

俺の、このハズレスキルしか出ないガチャが?

あまりにも壮大すぎる話に、俺は言葉を失った。俺はただ、目の前の問題を、その場しのぎのハズレスキルで解決してきただけだというのに。


その、重苦しい沈黙の中で。俺の頭の中に、いつもの音が、いつになく空虚に響いた。


「本日もスキルガチャの時間でーす!」


俺は、もはや無意識に、それを起動する。


【一枚の紙を、一度だけ、一瞬で、完璧な折り鶴にすることができる】


「…………」


折り鶴。

あまりにも平和で、あまりにも場違いなスキル。だが、そのスキルが、不思議と俺の心を落ち着かせた。


謁見が終わった後、俺は一人、自室の机に向かっていた。王の言葉が、頭から離れない。調停者。世界の変革。俺は、そんな大層なものじゃない。


俺は、机の引き出しから、一枚の、上質な羊皮紙を取り出した。そして、故郷を思った。日本で暮らす、父さんと、母さんのことを。今頃、どうしているだろうか。突然いなくなった息子を、心配しているだろうか。


伝えたいことは、山ほどある。俺は元気でやっていること。信頼できる仲間ができたこと。馬鹿げた力で、たくさんの人を助けていること。

だが、その思いを届ける術はない。


俺は、ペンを握る代わりに、羊皮紙にそっと手を置いた。そして、今日手に入れたばかりの、あまりにも個人的で、あまりにも無力なスキルを、静かに発動させた。


一瞬だった。俺の手の中の羊皮紙が、音もなく、独りでに折り畳まれていく。そして、次の瞬間には、一羽の、寸分の狂いもない、完璧で、美しい折り鶴へと姿を変えていた。


俺は、その鶴を、そっと窓辺に置いた。

それは、誰に届くこともない、俺だけの、小さな小さな祈り。


俺の戦いは、まだ続く。だが、その先に何が待っていようと、俺は、俺にできることを、俺のやり方でやるしかないのだ。

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