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第17話:不可視の線と羽毛の重さ

月明かりだけが差し込む、深夜の王城。俺とセリアは、影から影へと渡るように、音もなく通路を進んでいた。先導するセリアの動きは、まるで流れる水のようだ。俺たちの部屋の前にいた見張りは、彼女の手によって気絶させられ、今は物置の中で静かに寝息を立てている。


やがて俺たちは、国王の寝室へと続く、一本の長い廊下の前で足を止めた。一見、何でもないただの廊下。だが、Aランク冒険者であるセリアの研ぎ澄まされた感覚は、この空間に満ちる異常な魔力の淀みを捉えていた。


「…ここよ。最初の結界。壁のあそこと、向こう側。二つの魔道具から、少なくとも五本の不可視の魔力線が、網のように張り巡わされているわ」


彼女が指し示した壁には、装飾に紛れるようにして、親指ほどの大きさの魔晶石が埋め込まれている。あれが、結界の発生源。向こう側にある、対となる魔晶石を破壊、あるいは機能不全に陥らせれば、この結界は消えるはずだ。


問題は、どうやってそれを為すか。

俺は、セリアに目配せすると、懐から一本の矢羽根を取り出した。以前、森で拾った、ただの鳥の羽だ。


「本気なの…?」

セリアが、信じられないといった顔で俺を見る。俺は頷くと、スキルを発動した。


【任意の二点間に、一本だけ蜘蛛の糸を張ることができる】


俺は、出現した蜘蛛の糸の端を、矢羽根の軸に固く結びつけた。もう片方の端は、自分の小指に巻き付けておく。


次に、俺は自分のスキルリストの中から、最も原始的で、最も出力の弱いスキルを一つ選んだ。ゴブリンの洞窟で、魔力水晶を運ぶために使った、あのスキルだ。


【マッチ棒の火を消せる程度の風を起こす】


俺は、結界の魔力線を避けるように、少し高い位置を狙って、矢羽根に向かってそっと息を吹きかけるようにスキルを発動した。


ふわり。


俺の起こした微風に乗り、矢羽根は、まるでたんぽぽの綿毛のように、音もなく宙を舞った。それは、結界の魔力線が張り巡わされた空間を、何にも触れることなく、ゆっくりと、そして優雅に横断していく。魔力を持たず、葉っぱ一枚よりも軽い矢羽根は、結界にとって「存在しない」のも同然だった。


やがて、矢羽根は重力に従って、ふわりと結界の向こう側の床に着地した。俺の小指と、結界の向こう側が、一本の見えない蜘蛛の糸で繋がったのだ。


第一段階は、成功。だが、本当の勝負はここからだ。


俺は懐から、もう一つ、ティンバーグで拾った石ころを取り出した。そして、別の蜘蛛の糸を生成し、石ころを網のように包んで吊るし上げる。


「セリアさん、手伝ってくれ」


俺は、最初に渡した蜘蛛の糸を、廊下の天井近くでピンと張るようにセリアに持ってもらった。それは、空中に架けられた、一本のレール。俺は、石ころを吊るした蜘蛛の糸を、そのレールに引っ掛ける。即席の、ロープウェイだった。


俺は、糸をゆっくり、ミリ単位で手繰り寄せていく。石ころは、レールとなった蜘蛛の糸を滑車にして、結界の魔力線の上を、静かに、静かに渡っていく。額から、冷たい汗が流れ落ちた。セリアも、固唾を呑んでその光景を見守っている。


そして、ついに。石ころが、対岸の魔晶石の真上まで到達した。


俺は、レール役の糸を持つセリアに目配せする。彼女が、こくりと頷いた。

せーので、俺たちは同時に、蜘蛛の糸を、手放した。


レールを失った石ころは、重力に従って、真下へと落下する。


カツン。


静まり返った廊下に、あまりにも小さな、しかし確かな音が響いた。石ころが、壁に埋め込まれた魔晶石に、的確に命中したのだ。


その瞬間、廊下を満たしていた魔力の淀みが、すぅっ、と霧が晴れるように消え失せた。結界が、解けたのだ。


セリアが、あんぐりと口を開けたまま、俺の顔を見ていた。

「…嘘でしょ…。王宮魔術師団が誇る最高位の防衛結界を…鳥の羽と、石ころで…」


俺は、彼女に向かって、静かに人差し指を口元に当ててみせた。

「お静かに。あと二つ、あるんだから」

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