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第15話:静まり返る王宮と裏切りの香り

アークライト王国からの帰路は、行きとは打って変わって、重苦しい沈黙に満ちていた。祝賀ムードは完全に消え去り、俺とセリアの頭の中は、故郷からの凶報でいっぱいだった。


「…原因不明、ですって?」

飛空艇の窓から、故郷の大地を睨みつけるように見ながら、セリアが低い声で言った。

「ありえないわ。テオドール陛下は、そこらの騎士団長よりよほど頑健な方よ。それが、何の前触れもなく倒れるなんて」


「ああ。毒でも、呪いでもないとしたら、もっと厄介な何かが動いている証拠だ」


ヴァレリウスは捕らえた。だが、彼が宮廷内に築き上げた権力と、ギデオンの思想に共鳴していた者たちの全てを洗い出せたわけではない。王という絶対的な中心を失えば、国は内側から簡単に崩壊する。敵は、そのことをよく理解している。


王都に到着した俺たちが目の当たりにしたのは、静かなる異常だった。街の様子は一見、いつもと変わらない。だが、王宮に一歩足を踏み入れた途端、空気が張り詰めているのを肌で感じた。衛兵たちの表情は硬く、すれ違う侍女や文官たちは、皆一様に俯き、ひそひそと囁き合っている。そこには、恐怖と猜疑心が渦巻いていた。


俺たちは、国王の寝室ではなく、すぐに評議会が開かれている大広間へと通された。上座に座っていたのは、国王ではなかった。


「おお、戻られたか、【奇跡の調停者】殿」


声をかけてきたのは、国王の叔父にして、貴族派閥の筆頭であるゲルハルト公爵だった。鷲のような鋭い目つきと、剃刀のように薄い唇が特徴的な、いかにも古狸といった風情の男だ。ヴァレリウスが失脚した後、宮廷内で最も発言力を増している人物だと、セリアから聞いていた。


「陛下のご容態は!?」


俺の問いに、ゲルハルト公爵は、さも悲しげに首を横に振ってみせた。

「三日前に執務室で倒れられ、今も意識が戻らん。宮廷付きの最高の医師と魔術師に診させているが…原因は全くの不明。毒の反応も、呪いの痕跡も、病の兆候さえも、何一つ見つからんのだ。まるで、魂の灯火が、ただ静かに消えかけているかのように…」


その言葉は、心から王を心配している者のものに聞こえた。だが、俺はこの男の纏う空気に、言い知れぬ違和感を覚えていた。


「僭越ながら、俺のスキルで何かお役に立てるかもしれません。どうか陛下に会わせてはいただけませんか?」


俺がそう申し出ると、公爵は、待ってましたとばかりに、穏やかに、しかしきっぱりと首を横に振った。

「その気持ち、まことに感謝する。だが、ならん。陛下の御身は今、極めて繊細な状態にある。原因も分からぬ以上、外部からの刺激は、たとえ善意のものであっても、命取りになりかねん。それに…」


公爵は、俺の目を真っ直ぐに見据えて言った。

「そなたのその『奇跡』は、あまりに不確実で、未知数すぎる。万が一のことがあれば、誰が責任を取るのかね?」


正論だった。そして、完璧な言い訳だった。彼は、俺を国王から引き離そうとしている。その意図を確信した、まさにその時。俺の頭の中に、今日のガチャを告げる電子音が響いた。


「本日もスキルガチャの時間でーす!」


【一度だけ、触れた物体に残された、最も強い『感情の残り香』を嗅ぎ取ることができる】


「……感情の、匂い」


俺は、ゲルハルト公爵の言葉に神妙に頷きながら、彼が寄りかかっている玉座の肘掛けに、気づかれないように、そっと指先で触れた。そして、スキルを発動する。


鼻腔に、直接、無形の香りが流れ込んできた。それは、王への心配や、悲しみの香りではなかった。

心の奥底から湧き上がるような、歓喜。そして、全てが計画通りに進んでいることを確信した、氷のように冷たい野心の香り。

こいつだ。こいつが、黒幕。


俺は、内心の激情を押し殺し、殊勝な態度で頭を下げた。

「…公爵閣下のおっしゃる通りです。軽率な発言、お許しください。陛下のご回復を、ただ祈っております」


俺の言葉に、ゲルハント公爵は満足げに頷くと、俺とセリアに休息のための部屋を用意するよう、側近に命じた。事実上の、軟禁だった。


大広間から退出する間際、俺はセリアと視線を交わした。彼女もまた、この王宮に渦巻く黒い陰謀の匂いを、Aランク冒険者としての直感で感じ取っているはずだ。


表からの道が閉ざされたなら、裏からこじ開けるまで。俺たちの戦いは、今度はこの王宮の、最も暗い場所が舞台となる。

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