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第13話:夜明けの産声と奇跡の代償

楽譜の空白が、失われた一音で満たされた瞬間。スクリーンに留まっていた蝶は、その役目を終えたかのように、きらきらと輝く光の粒子となって霧散した。


次の瞬間、操作盤に映し出されていた星々の楽譜が、まばゆい黄金の光を放つ。不吉に点滅していた赤い光は完全に消え去り、完璧な調和を取り戻した楽譜は、まるで完成を喜ぶかのように、誇らしげな輝きを放っていた。


そして、変化は船全体へと広がっていく。


ゴオオオオオオッ…!


これまで船内を支配していた低い振動音が、まるで地鳴りのような、力強い唸り声へと変わる。沈黙していた全ての操作盤が一斉に光を灯し、壁や床を走る無数のラインが、脈打つようにエネルギーを循環させ始めた。


中央に浮かぶ光の心臓が、その弱々しい明滅を止める。一瞬の完全な静寂。そして、ドクンッ!と、これまでとは比較にならないほど力強い、生命力に満ちた鼓動を、一度だけ、力強く刻んだ。


光の色が、瀕死の白から、生命力に満ちた黄金色へと変わっていく。


そして、歌が、始まった。


それは、音ではなかった。少なくとも、俺たちが知るどんな音とも違っていた。一声の、ただ純粋で、どこまでも美しい響きが、耳からではなく、魂に直接、流れ込んでくる。その響きは、乾いた大地に染み込む最初の雨粒のように、俺たちの心を満たしていく。


一声は二声に、二声は重なり合い、やがて、壮大で、荘厳な、生命そのものを祝福するような大合奏へと変わっていった。


『太陽の船』は、永い眠りから目覚め、再びその歌声を世界に響かせ始めたのだ。


「…あ…」


セリアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。俺も同じだった。それは悲しみの涙ではない。あまりにも美しく、あまりにも温かい響きに触れた魂が、歓喜に震えている証だった。


心臓部を守っていたエネルギー障壁が、すぅっと消える。そして、番人のものと同じ、厳かな声が、俺たちの脳内に直接響いた。


『感謝する、調停者よ。そして、その半身よ』


声は、それだけを告げると、すっと消えていった。まるで、機械が定型文を述べたかのように。だが、その響きには、どこか温かい感情が乗っているような気がした。


俺たちの目の前に、再び光の道が形成される。それは、閉ざされていた入り口のハッチへと続いていた。ハッチが、音もなくスライドして開く。その向こうには、夜明けを迎えようとしている、アークライト王国の空が広がっていた。


俺たちは光の階段を駆け下り、再びあの盆地へと降り立った。振り返ると、天への階梯は、その役目を終えたかのように、静かに消えていく。


だが、世界は明らかに変わっていた。あれほど肌を焼くようだった熱気は和らぎ、涼やかで、湿り気を帯びた風が頬を撫でる。遥か彼方に見える都アズラのオアシスが、朝日を浴びて、以前とは比較にならないほど力強く、きらきらと輝いているのが見えた。


そして、空を見上げる。黄金色に輝く『太陽の船』が、その神々しい姿で、天の玉座に鎮座していた。船から降り注ぐ歌声は、もう俺たちの魂に直接響くことはない。だが、その祝福の響きが、風に乗り、大地を潤し、この国に生きる全ての生命を育んでいるのが、肌で感じられた。


砂漠の国は、その守護神を取り戻したのだ。


呆然と立ち尽くす俺の隣で、セリアが、感嘆と、呆れと、賞賛が全てごちゃ混ぜになったような、深いため息をついた。


「…蝶。一匹の蝶で…あなた、本当に国を一つ、救ってしまったのね」


俺は、照れ隠しにポケットに手を突っ込むと、悪戯っぽく笑ってみせた。


「だから言っただろ? 俺のスキルは、使い方次第なんだって」


夜明けの光が、再生した大地を照らし出す。俺たちの、奇妙で、慌ただしい救国劇は、こうして静かに幕を下ろしたのだった。

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