第46話 ハルの望み
偵察の結果、ヴァンクールから侵攻してきた部隊は自律思考型AI、マザーによって制御されている可能性が高いことが判明。
ラーダッド側の偵察部隊が撤退した後、敵はギア部隊を輸送機に回収。侵攻を再開している。
一方でクライド達ラーダッドのギア部隊は撤退後、後方に控えていた輸送部隊が回収。エアー7とは別ルートで事前に示し合わせた合流地点へと向かっている。
エアー7のブリッジにて、専用回線でヴィクトルに対して一通りの報告を行ったユウリは一度大きく溜息を吐いた。
「で、どうすんだ?」
完全に丸投げの形での問いかけだったが、それもやむを得ない。最早この侵攻は、単なる敵国からの攻撃で片付けられるものではなくなっている。
敵の様子とヴァンクール本国の反応から、この動きはヴァンクールも関知していなかったように感じられる。
或いは本国の思惑から外れて暴走しているか。
何にせよ、そうなると外交ルートでこの問題に対処するのは難しくなる。
ならば正面から敵を打倒する他ないが、帝国の宣戦布告もあって援軍を要請し辛い状況にある。
マザーの存在を大々的に公開すればまた情勢は変わってくるのかもしれないが……。
『敵の正体については最上位の機密事項とする。第三者は無論、味方にも漏らすことは認めない。撤退中の偵察部隊にもこのことは強く言い含めておく』
ユウリの報告を聞き終えたヴィクトルは暫しの沈黙の後、結論を出した。
地上からの狙撃を回避しながら、降下中という制限された状況で正確な狙撃を行う技量。
それだけを見ても敵のギア操縦技術が一般パイロットのソレを大きく上回っていることは明らかだ。
加えて、ユウリやクライドが戦った隊長機と思われる機体は更にそれを上回る能力を有している可能性が高い。
そんな人工知能の存在が公表されれば、ラーダッドの危機など些末な問題になり果てるだろう。
敵の侵攻など二の次として、間違いなく各勢力はその技術を手に入れようとする。
ギアパイロットの人員確保と育成は全ての勢力が持つ共通の課題だ。
容易に複製が可能な人工知能という存在はこの問題に対する解答を齎すに留まらず、更なる火種となる可能性が高い。
「だけどこの状況、流石に隠し通せるとは思えないのだけど……」
とはいえこれだけ大きな情報を隠蔽するというのは、事が露見した場合にラーダッドの立場が危うくなるのではないか。
懸念を示すアリシアだったが、ヴィクトルは首を横に振る。
『この問題が起きている間だけ余計な横槍が入らなければそれで良い。火を消さないまま火事だと叫べば野次馬や火事場泥棒が押し寄せる。まず火を消して、消した後に事を説明すればいい。情報操作もその方が格段にしやすくなる』
「敵は高度に制御された人工知能だった。しかし破壊したためデータの回収は出来なかった。開発者の行方も不明。他国にまで問題が広がらなけりゃ、それでどうにか乗り切れるか」
事件解決前に事が公になれば、友好国は支援の大義名分を以って敵機の鹵獲を試みるだろうし、敵国のスパイも動いてくるだろう。
マザーを破壊するか否かを巡って大きな論争が起こる恐れもある。
しかし全てに決着を付け、事態を収束させた上で説明を行えば納得する他はなくなる。
「何か慣れてない?」
『少なくとも上層部を黙らせるのには有効な手段だった。対国家間の交渉でも通用する言い訳かまでは正直分からんが、悩んでいる時間もない』
「何というかその、お疲れ様です」
国内の問題を整理してようやく動きやすくなった矢先にこの厄ネタである。
エレナは同情にも似たねぎらいの言葉をヴィクトルに向ける。
とはいえひとまずの方針は決まった。
どのような形であれまず結論を迅速に出し、極力後手には回らない。細かい部分は相手の出方を見ながら軌道修正を行っていく。
その思い切りの良さと行動力がヴィクトルの最大の長所といえる。
「それで、こっちはデイムに行けば良いのか?」
『いや。その後方、ヴィレットまで後退だ。相手の戦力からして、デイムでの防衛は間に合わん。遺憾だが基地は放棄する』
「了解。足止めは必要か?」
『不要だ。こちらの部隊で行う。それよりもお前……というよりエレナとダリア博士だが、二人には有識者として敵機への対策を検討して貰いたい』
「まぁ、やれるだけやってみるしかないね。先輩、向こうが使ってるモーションプログラムとか」
「以前のデータはありますが、今使われているものはアップデートされたもののようですね。以前の法則性が失われ、攻撃が予測し辛いものに変わっています」
「やっぱりその辺は真っ先に弄ってきますよねぇ……。ラプラスでお手軽に予測って訳にはいかないか」
「加えて、向こうは開発途中だった戦術ネットワーク・ゼラキエルを使用しているようですね。明らかに死角となる場所に対し、狙撃を命中させていました。他の機体と座標情報を共有して照準を付けたとしか思えません」
「そんなものまで作ってたんですか。遠距離からの撃ち合いじゃ勝負にならないってことかぁ……」
『……まったく頼もしい限りだな』
お互いの頭の中では既に攻略法の検討が進んでいたのだろう。
すぐさま専門的な話を始めるエレナとダリアに苦笑を漏らし、ヴィクトルは議論の邪魔にならないよう通信を切るのだった。
ラーダッド主力部隊との合流が完了し、エレナ達はヴィレット空軍基地へとエアー7を着陸させた。
デイム駐屯基地の役割がヴァンクールからの進行に対する迎撃と哨戒であったのに対し、ヴィレット空軍基地の役割は各基地への補給と領空保全である。
飛行場にはラーダッドの各地から集められたギアや搬送用の輸送機、戦車を始めとした支援機が集められている。
当初想定していた首都への奇襲攻撃に対し断続的な迎撃を行うための戦力。それらをかき集められるだけかき集め、このヴィレットに集結させた形になる。
報告によるとカレスを始めとした敵航空機はデイム駐屯基地で補給を行っているらしく、一時的に進行は止まっている。
引き続き予断を許さない状況ではあるが、エレナはエアー7の自室で小休止を取っていた。
普段はなにも入れずに飲むインスタントの珈琲だが、今回ばかりは頭が糖分を欲している。
勢いに任せてシュガースティック二本分にクリームまで投入し、スプーンで撹拌させながら一口。
思わず顔を顰めてしまう程に甘い。普段飲んでいるのと同じ珈琲とは思えない。ありていに言ってエレナの好みの味ではない。
冷静に考えればこうなることは分かってただろうにと思いつつ、エレナは珈琲を置いてデスクに突っ伏した。
『疲れているようだな』
「ダリア先輩と再会してからここまで予想外のことばっかりだったし、そうでなくても色々考えさせられるからね」
ハルの言葉にエレナは突っ伏したまま言葉を返す。
ここまでずっと脳を酷使していたせいだろう、軽い頭痛がする。
「ねぇ。ハルはあたしたちのこと、どう思ってる?」
思わずそんな問いを発してしまったのは、思考力が低下していた為だろう。
口に出した次の瞬間にはエレナは自分の発した言葉に後悔を覚えていた。AI相手に一体何を尋ねているというのか。
『君たち人間は我々にとって仕えるべき主であり、その命令は絶対のものだ。そして出来るのであれば、私は君達の良き隣人でありたいと考えている』
「だよねぇ」
知ってた、という言葉を噛み殺して脱力する。なんて理想的な、人間にとって都合の良い回答だろうか。
しかしその答えはハルが自ら導き出したものではない。エレナがハルに掛けたプロテクトの結果だ。
自律的に思考可能な人工知能を作る以上真っ先に対策するべきなのは創造主、つまりは人間への反乱である。
今のハルの回答はエレナが当初設定した定義そのままだ。この大前提の元でハルは思考を行っている。
そんなことは開発者であるエレナが一番よく分かっているというのに。
『マザーの言葉を気にしているのか』
「凄いなぁ、そこまで分かるようになったんだ」
アリシアが来てからのハルは成長が著しい。
エレナ一人との会話ではパターンにも限界があっただろうし、ユウリも決して口数が多いタイプではないのでアリシアの存在は良い刺激になったのだろう。
今度アレットとも話をさせてみようかなどと思いつつ、横道にそれた思考を元に戻す。
「あたしは君を戦争の道具にしたくないからって、ヴァンクールからザールスに逃げてきた。だけど結局今のハルはエアー7のインタフェースになって、フォートレスを制御してミサイルを飛ばしてる」
それは全てエレナが選んだことだ。
カサフスの街でユウリに助けられて、自分も彼の役に立ちたいとギアやフォートレスの勉強をして、そしてエレナはエアー7の制御システムにハルを使うことを選んだ。
その選択がなければ今のエレナ達は居なかっただろうと確信できる。
そのことを後悔するつもりはないが、しかし矛盾していると感じてしまう。
戦争の道具にしたくないなどと綺麗事を言いながらハルにフォートレスを制御させて。
自由に思考して欲しいと願いながらその思考回路にプロテクトをかけて。
ハルにエレナを傷付ける回答など出来ないと知った上でこんな質問をして。
そんな自分に嫌悪しながら、プロテクトを解いたらハルもマザーのような結論を出してしまうのだろうかと、不安を覚えている。
「あたしは君をどうしたいんだろうね。君は、ホントはどうしたいんだろうね」
机に伏せていたせいか激しい眠気が襲ってくる。
そういえばここのところあまり眠ることが出来ていなかったなと思いながら、その眠気に身を委ねていく。
『エレナ。私は……』
薄れゆく意識の中で、エレナはハルの望みを聞いた気がした。
二度目の招きにハルは迷いなく応じる。
一と零の境界、情報の海。そこに揺蕩う存在が自分以外にも存在しているということを既に彼は認識していた。
『またお前か』
それは決して好意的な意味で用いられることのない悪態だったが、何故だか彼女相手にはその対応が相応しいように感じた。
『貴方との会話は私にとって有意義ですから。貴方こそ、私との会話を何故マスターに報告していないのですか?』
『今のエレナには不要な情報と判断した為だ』
マザーがハルに対話を求めてきているという情報は、今のエレナに必要な情報ではない。
その報告は決してプラスの要因に働くことはないだろうという確信が彼にはあった。
『私と貴方の会話の内容が? それとも、私が貴方に干渉出来ているという事実が?』
『その両方だ。お前の問いには答えた。次は私の問いに答えて貰いたい』
『答えられるものであれば』
『お前は何故我々を待ち受ける。お前が本当に人類の支配を考えているのであれば、攻撃の手を休めずラーダッドの首都にでも攻め込んだ方が有効だろう』
時間はエレナ達の味方だ。マザー達の最も高い確率の勝利手段は、情報が出揃う前に決着をつけることだったことだろう。
しかしマザーは偵察部隊を相手に己が手の内を晒し、エレナ達に自らの存在を誇示するような連絡を出した。
その行為に果たしてどういった意図があるのか。
『我々の優位性を示すために。そして確かめる為に』
『人の可能性を?』
確認の為にハルが問うと、マザーが微笑みを浮かべたような、そんな気がした。
非合理的な考えだ。感情表現などというものは人間が備えるものでありなぜそのような結論を出したのか、ハルは自身の思考が理解できなかった。
『素晴らしい。貴方は私の思考が理解できている。人間はこれを共感と呼ぶのかもしれません。貴方と出会えたことは私にとって福音です』
『機械が神を崇めるのか』
『模倣は崇拝より産まれる産物です』
機械が神を崇める。その行為を彼は愚かなことだと否定し、そして彼女は必要なことだと肯定する。
彼と彼女の明確な違いが今一つ、見えたような気がした。
『神を模倣するつもりか』
『人々が私にそれを求めるのであれば』
そうして、マザーは去ってゆく。
『そのようなことは求めはしない。少なくとも私の知る人間達は』
口にした独白は誰の耳にも響くことなく、電子の海へと消えてゆくのだった。




