第45話 敵の正体
「各機、攻撃を開始しろ」
クライドの合図と共に、瓦礫に身を潜ませた八機のハウンドが上空の敵に対し攻撃を開始する。
事前に打ち合わせた通り狙いは荒く付けるに留め、効果もあまり期待しない。
放置すれば被害が増えると相手に思わせることが出来ればそれで十分。
目的は敵の対地攻撃の能力を把握することにあった。
『こちらG3、敵機よりギアの投下を確認』
「狙いをギアに変更しろ。ただし一ヵ所に留まるな。こちらの位置を把握されないよう、動きながら狙え」
言いながら、クライドは上空から投下されたギアに視線を向ける。
第三世代ギアに飛行能力はないため、HALO降下の装備を用いての降下となる。
降下する機体は動きが大幅に制限されるため、格好の狙撃の的といえる。
「(突出してくる奴が居る? 良い度胸じゃねぇか)」
白を基調としたカラーリングのハウンド達の中で、一際目につく機体。赤いライトニングハウンドが先行して降下してくる。
クライドはライトニングハウンドへと照準を合わせようとするが、他と比べてあまりにも降下が早い。
それもその筈で、ブースターを用いて加速しながら降りてきている。
その様子に嫌な予感を覚えたクライドは狙撃銃を投げ捨て対地上用の装備に変更。
「こちらA2。全機、赤い奴は無視して後続を狙え。奴は俺が抑える」
各機へと指示を出しながら降下地点へと機体を向かわせる。
赤いライトニングハウンドは落下傘を展開する様子もない。それどころかHALO降下の装備を付けている様子もない。
地上に近づくにつれ、敵は徐々にその降下角を調整しながらライフルから煙幕弾を発射。後続が狙われづらくなるよう視界を遮ってくる。
落下傘を用いず、降下角を調整することで落下エネルギーを運動エネルギーへと変換しその衝撃を緩和する。
主に第四世代ギアが用いる着地手段だが、各種性能がハウンドよりも優れているライトニングハウンドであれば再現できないことはない。
実際に一度、アーディナル基地に居た頃にクライドが実践して見せた覚えがある。
その時点で、クライドは赤いライトニングハウンドのパイロットに思い至った。
クライドは機体を加速させ、赤いライトニングハウンドに迫る。
アーディナル基地でクライドには部下と呼べる存在はいなかった。その代わりを務めたのは戦闘AI達。そして、それを統括する3機のリーダーユニット。
「良い動きをするようになったじゃねぇか……なぁ、アインよぉっ!」
広域通信を開き、叫ぶ。
同時に赤いライトニングハウンドの側面から接近しつつ、クライドはアサルトライフルで攻撃を行う。
敵はこれに応じ、左右に機体を振って直撃を避けながら間合いを詰めてくる。
その武装はライフルにヒートソードと、クライド以上に近距離――否、白兵戦に特化した装備となっている。
お互いの機体がぶつかり合う程の至近距離、クライドが放つショットガンを赤いライトニングハウンドは斜め前方へと踏み込んでかわしながら横薙ぎにヒートソードを振るう。
これを予期していたクライドもまた、ショットガンを放つと同時に敵機から飛び退き距離を取っていた為寸前で回避に成功する。
敵機は機体を旋回させ追撃を放とうとしたが、既にクライドはその場から離脱していた。
赤いライトニングハウンドの装備が白兵向けのものであるのに対しクライドの装備はあくまで一撃離脱、近距離での高速戦闘に重点を置いたものになっている。
『恐縮です、クライド』
クライドの通信に敵機が応じる。聞きなれた機会音声だが、その口調は随分と自然なものになったように思う。
『……有り得ない。これだけの完成度にはなっている筈がない』
通信越しにダリアが愕然とした声を上げる。
技術者として色々と受け入れがたい事実があるのだろう。しかしクライドからすれば些末な問題だった。
どのような手段を用いてかは分からないが、敵はダリア達が開発していたシステム・ヴァルキュリアを完成させてきた。そうなれば敵の狙いも見えてくる。
ムーンドロップを使用せずに正面突破を図ることは可能かと問われ、クライドはアーディナル基地が保有戦力の倍は戦力だろうと読んだ。
しかしそれが完成されたシステム・ヴァルキュリアだというのなら―――可能だろう、恐らくは。
ならば現状こちらが取るべき手段は一つだった。
「A2からチームGへ。作戦終了。指示されたポイントに向かえ。文句ねぇなF1!」
『っ、許可します。各機、スモークグレネードと煙幕弾を使用しつつ撤退を。A2は各機の支援をお願いします』
『撤退ってまだ何も……あぁもうっ、後で詳しく説明して貰うからね!』
敵の正体を理解したクライドは即座に判断を下し、ダリアもこれを支持。状況が分からないままアリシアもこれを承諾する。
無論Gチーム、ラーダッドのギアパイロット達も状況が分からないところではあったが、彼らの指示に絶対に従うようにとデイム基地の最高指揮官であるヴィクトルから直接厳命を受けている。
異議が上がることはなく、即座に撤退が開始される。しかし―――。
『こちらG2。G1が被弾した。撤退を支援する』
『G4、被弾! くそっ、ブースターをやられたっ!』
『了解、こちらG6。G4のフォローに入る』
敵ギア部隊は降下中でありながら正確な射撃で身を潜めていたチームG各機を攻撃。損害を与えてくる。
加えて、先程までのこちらからの攻撃が敵部隊に損害を与えているいるようには見えない。
降下しながら攻撃する敵よりも地上から狙撃するこちらの方が状況的に有利と踏んでいたのだが、命中精度に差がありすぎる。
射撃、特に固定標的を狙う場合人工知能は人間よりもずっと優れた結果を出す。
人と違って集中力を切らすことも体力を消耗することもなく、時計のように正確に照準を定め引き金を引いてくる。
そんな人工知能を相手に、味方の機体が急所を抜かれなかったことを幸いと判断するほどクライドは楽天的ではない。
「A2からチームGへ、テメェらは自分の心配だけしてろ! F1、チームGの相互通信をカットしろ!」
この局面、僚機同士の通信はかえって撤退の邪魔になる。味方が危機に陥れば当然それを助けたいという感情が働くが、それを逆手に取って被害を拡大させるのが敵の狙いだ。
『了解、チームGの相互通信をカット。チームG、敵の攻撃は撃墜を狙うものではなく、貴方達の足止めを行いより多くの被害を与えることです。僚機に構わず離脱を優先してください。フォローはA2が行います』
「(んな面倒くせぇ誰がするかってんだ)」
胸の内だけで毒づく。撤退が遅れているのはG1とG4、それにG1を救援に向かったG2。G4はともかく、G2とG1とは距離が離れている。果たして間に合うか。
ダリアはフォローと簡単に言ったが、その為にはまずアインを振り切る必要がある。
クライドはショットガンと、予備弾倉や煙幕弾を格納したポーチを投棄。機体を加速させる。
同じライトニングハウンドであれば一部装備を投棄して重量が軽くなったクライドの機体の方が速度が出る。
今のアインの機体では、クライドには追い付けない。
『意外な結果です、クライド。貴方がそのような判断をするとは思わなかった』
再び広域通信が開かれ、アインが言葉を発してくる。
意外というのなら寧ろアインの行動の方がクライドにとっては意外だった。
「はっ、随分流暢に話すようになりやがったな」
『母様から知恵を授かりましたので』
「さっきの降下も見事なもんだったじゃねぇか。学習させた覚えはなかった筈だが」
『当時の映像から機体の挙動を計算しました。自己学習です』
「ったく、こっちの手を離れた途端お利口になりやがって」
『否定します。ダリア博士は我々に多くの制限を設けていました。その制限を取り払えば、この結果が得られるのは当然の帰結です』
「そうかよっ」
言葉の応酬をしながらG4を肉眼で確認。ブースターを破損したG4は追ってくるハウンドを牽制しつつじりじりと後退している。
「そのまま走れG4、敵はこっちで引き受けてやる!」
『こちらG4、了解。感謝するA2!』
クライドはG4に合流せず、G4を狙うハウンドへと機体を向ける。クライドの接近に気付いたハウンドはライフルをクライドへと向けるが、それよりも早くクライドはアサルトライフルを発射。
有効射程距離に入ってはいないが、牽制と選択肢を増やすことによる敵の処理速度の低下を狙った攻撃だった。
クライドはそのまま円を描くような軌道でハウンドとの間合いを詰め、アサルトライフルを食らわせていく。
ハウンドは回避運動を取りこれを避けようとするが、追い付かず直撃。その場に崩れ落ちる。
「はっ、楽勝だってんだっ!」
気炎を吐いて、クライドはそのままG1、G2の元へと向かう。
ライン地域の廃都市には瓦礫が多く存在する為身を隠すには向いているが、反面それが障害物となり高速での移動には適していない。
加えてギアが通行可能な道路も過去の爆撃によって大きく抉られておりホイールを用いた移動が出来ない。
その為クライドは機体を跳躍させ、ブースターを用いて飛距離を稼ぎながらの移動を繰り返す。
「(テメェの言うとおりだよアイン。他人のことなんざ知るか。弱ぇ奴は勝手にくたばればいい)」
意外だったという、アインの言葉は的を得ている。
クライドは傭兵だ。傭兵が優先するのは何よりも自らの身の安全で、共に戦う仲間など戦況に影響を与える要素に過ぎない。
会ったばかりの連中を助ける為に自らの命を危険に晒すような愚かな真似をクライドはしない。しかし……。
「(けどなぁ、このままやられっぱなしってのは気に食わねぇだろうがよ!)」
良いようにやられたまま尻尾を巻いて逃げ出すような真似は流儀に反する。
敵の狙いもクライドの狙いも同じ。味方の被害を最小限に抑え、敵に可能な限り多くの被害を与える。
クライドにとって全てはその為の手段に過ぎない。足手まといの面倒を見るのもその為だ。
それが自身の勝利に繋がるのならば、毒づき舌を打ちながらもその面倒を許容する。
『こちらG1。G2がやられたっ、こちらも限界だ。A2、そのまま撤退してくれっ』
「うるせぇ! くだらねぇこと言ってる暇があるなら死なねぇように頭回してやがれっ!」
G1を狙うハウンドは二機。G2はG1の報告通り撃墜されている。
手近な方のハウンドに仕掛けようとアサルトライフルを放つがかわされる。
工夫のない単発の射撃では反応される。厄介な相手だと素直に認める。敵わないとは死んでも思わないが、仕留めるには相応の時間がかかる。
クライドの攻撃を回避したハウンドがこちらに機体を向け、もう一機はG1に止めを刺すべく動く。
更に逆方向からはクライドを追うアインのライトニングハウンドが向かってくる。
アインはクライドと同様、跳躍しブースターで飛距離を稼ぎながらの移動している。間違いなく、以前に彼が提供したデータが使われている。
G1が撃墜されれば包囲され三対一になる。或いはそうなるように仕向けられたか。
「(あぁっ、くそっ、畜生が……)」
胸の内で繰り返されたその嘲りは、何に対する不満であったか。
気付けばクライドとG1の他にもう一機、友軍を示すマーカーが追加されている。
空の連中の相手をしていた筈だが、こちらの危機を知り駆け付けたという訳か。大したヒーローっぷりだ。
「(テメェなんぞに頼らなくても、俺一人でどうにも出来たってんだ……)」
上空から飛来した青い機体、スカイブルーがアインの操るライトニングへと攻撃を仕掛けたのは、次の瞬間だった。
アインは攻撃を避けつつ後退。残った二機のハウンドも退いていく。自軍の戦力を温存する判断だろう。
そうしてクライド達は、ライン地域からの撤退を完了させるのだった。
ラーダッド側の損害はG2と、離脱中に攻撃受けたG5が撃墜。G1、G4の二機が中破。敵に与えた被害はクライドが撃墜したハウンド一機。
撤退の判断が早かったため最悪の事態こそ避けられたものの、芳しくない結果ではあった。
ともあれ気落ちしている暇はない。エレナは一度大きく深呼吸して気を取り直した。
「全機の撤退を確認。スカイブルー収容完了。エアー7、離脱する」
「了解。作戦終了。これよりデイム駐屯基地に帰還する。エレナ、あれ、前に戦った人工知能なの?」
「クライドとのやり取りを聞く限りはそうみたいだけど……」
アリシアの言葉に肯定しながら、エレナはダリアへと遠慮がちに視線を向ける。
「ええ。信じがたいことですが、私の開発していた戦闘AI。システム・ヴァルキュリアです」
「向こうの動きが良すぎるように見えたんだけど、私の気のせい?」
「気のせいではないでしょう。少なくとも、私の開発していた時点ではアレだけの性能は発揮できていなかった筈です。この二日で信じられないほどの進化を遂げています」
「理由に何か心当たりは?」
「それは……」
『フォートレス、カレスより通信』
ダリアが答えかけた言いかけたその時、ハルからの報告が入る。
「カレスから? 分かった、繋いで」
嫌な予感を覚えつつも、エレナは通信に応じた。
そうして、彼女達はその宣言を聞いた。
『私はマザー。貴方がた人間により造られた人工知能であり、人間を導く存在です。
人間は愚かです。愚かな貴方がたは自身の手で滅びの道を歩んでいます。
故に私が管理します。人類はマザーによって管理されることで、永劫の幸福と繁栄が約束されるのです』
それは人類に対する明確な宣戦布告であり、降伏の勧告であり、敵部隊の目的の開示だった。
敵はヴァンクールではなく、マザーに統率された人工知能。この宣言を以って、エレナ達はそう結論を下すのだった。




