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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
機械仕掛けの神
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第43話 煙草と珈琲

 エレナ達がダリアとクライドを保護したその日の夜。エアー7はライン地域付近を飛行していた。

 ダリアとクライドが追手を退けたということはヴァンクール側も承知しているだろう。ラーダッド側に情報が洩れる危険性を考えるなら、早々に攻撃を仕掛けてくる可能性が高い。


 無論デイム駐屯基地にも複数の哨戒機が存在しており随時警戒を行っているが、ラーダッドの戦力の中で最も高い索敵能力を有するのはエアー7だ。

 第四世代ギアを支援する役割を担い、コストを度外視して建造されたフォートレスは他の航空機とは一線を画す性能を有している。

 その為ヴィクトルに請われるまでもなく、エレナ達は夜間の哨戒を買って出たのだった。


「(交代まで後三時間かぁ……)」


 エアー7のメインパイロットはエレナだが、着陸や戦闘時の操縦のような難易度の高いものでなければユウリとアリシアでも対応は可能だ。

 とはいえユウリは格納庫で待機しているため、今はアリシアと二人で二交代になる。

 思わず漏れそうになる欠伸を噛み殺してエレナは計器を眺めた。


 操縦といってもエレナのすることなど殆どない。エアー7は事前に設定した通り空路を自動飛行しており、索敵もハルが行っている。

 人間の役割は想定外の事態が起きた際の対処くらいなものだった。


「お疲れ様です」

「あっ、先輩」


 背後から声をかけられ、エレナは視線を動かすことなく言葉を返した。


「差し入れです。といっても、この艦にあった物を使わせていただいたのですが」

「いえいえ、ありがとうございます」


 差し出されたのは湯気の立つ珈琲。ソーサーには小さなチョコレートが二つ添えられている。

 お茶菓子はダリアの趣味が反映されているようだ。チョコレート好きは相変わらずらしい。


「何か懐かしいです。大学時代もよくこうやって、遅くまで実験してたなぁ……」

「そうですね。本当に懐かしい」

「ああ、そういえば」


 はたと気付いて、エレナは居住まいを正す。

 傍に立つダリアもまた、何事かと思いつつ姿勢を正した。


「お久しぶりです」

「ふっ、ふふっ……。今頃ですか?」


 ダリアは噴き出すように笑い、目じりに皺を寄せた。

 そういえばこの人はこういう風に笑うんだったなと、エレナは不意に思い出した。

 あまり感情を表に出さなくて近寄りがたい雰囲気はあるが、笑うととても可愛い人なのだ。


「仕方ないじゃないですか、色々あって今まで碌に話も出来なかったし」

「ふふっ……確かに。ええ、お久しぶりです。お互い無事で何より」


 普段と異なる柔らかな笑みを浮かべたダリアはサイドシートに腰を下ろし、そこで何かを思い出したように表情を硬くした。


「どうしました?」

「ああ、いえ……」


 エレナが尋ねるとダリアは躊躇うような素振りを見せた後、観念したように口を開いた。


「今、大丈夫ですか?」

「ぷっ、あははっ……今頃ですか?」

「タイミングを逃したもので。にしても、中々言うようになりましたね」

「ごめんなさい。ええ、大丈夫ですよ。あたしがやることなんて殆どないですから」


 エレナの言葉に、ダリアは改めてブリッジのコンソールを見渡した。

 あらゆる計器はデジタル化され管理されており、周辺地図が表示されたディスプレイには現在の空路と周囲の機影、今後の予定進路といった情報が追加されている。


『定期報告。付近に不審な機影なし。特記事項なし。残り六時間、問題なく飛行可能』

「引き続き警戒を続けて」

『了解した』

「ハルも久しぶりですね。貴方も無事で良かった」

『お久しぶりです、ダリア准教授』

「准教授は不要です。その肩書は過去のものです」

『了解した』


 ダリアはエレナの共同研究者で、エレナを除けば最もハルに精通した研究者だった。

 とにかく順序立てて論理的に説明するのが上手な人で、彼女の存在がなければエレナが大学で評価されることなどなかっただろう。


「そういえば先輩、先輩がアーディナル基地に居たのって、もしかして……」

「ええ、ノーラム社にスカウトされた為です。そして貴方の想像通り、私をノーラム社がスカウトしたのは、貴方の共同研究者だったからでしょう」

「やっぱり……」


 自分の予想は間違ってはいなかったと、エレナは大きな溜息を吐く。

 彼女はノーラム社からの協力依頼を断ってその身柄を狙われることになった。

 それが切っ掛けとなってヴァンクールを離れ、ユウリと出会った。

 身寄りもなく親しい友人も然程居なかった彼女にとって祖国との別れはそれ程未練のあるものではなかったが、唯一ダリアのことだけは気がかりだった。


「ただ一つ勘違いして欲しくないのは、ノーラム社のスカウトを受けたのは私の意思です。貴方がそのことに何かしらの責任を感じているというのなら、それは私への侮辱です」

「先輩……」


 投げかけられた言葉にエレナは顔を上げる。そんなエレナの視線を、ダリアは正面から受け止める。


「私は貴方ほど人工知能に思い入れはありません。ただ無駄のない論理的な思考を好んでいるに過ぎません」


 私と貴女では在り方が違うのだと、大学に居た頃にも聞かされた覚えがある。

 エレナは人工知能という存在にに魅力を感じていて、ダリアはロジカルな思考そのものを好んでいた。


「大学の研究室と異なり、ノーラム社には潤沢な資金と豊富な人材が揃っていました。些末な雑用に時間を取られることなく研究に没頭し、そして私はマザーを作り出した。この道を選んだことに、悔いなど何一つありません」


 エレナを見据えるダリアの瞳は、真っ直ぐで迷いのない、強い意志の籠ったものだった。

 いつかこんな風になりたいとエレナが憧れた先輩は、今も変わらずかっこよかった。


「ただ、結果として招いてしまったことには責任を取ります。その為に私は行動しています。それに……」


 強く拳を握り締め、そしてダリアは続けた。


「やられっぱなしで引き下がる、というのも性に合いません。落とし前は付けさせるつもりです」

「……びっくりしました。こんなに感情的な先輩、初めて見ました」

「クライドが教えてくれたのですが、感情的になることは悪いことではないそうです」

「(まさか、先輩から男の話を聞かされることになるなんてなぁ……)」


 語る口調は何処か誇らしげで。

 ダリアのような理性的な人間が何故あのような無頼の輩とつるんでいるのか分からなかったのだが、あれで中々相性の良い二人なのかもしれないとエレナは思うのだった。




 エアー7の格納庫にはパイロット用の待機スペースが存在する。

 腰を下ろす為のベンチに、お湯を入れる為のポットと軽食が少々、それに仮眠用のベッドが二つ。

 元々エアー7は小型に分類されるフォートレス。格納できるギアの数も三機が限界の為、待機スペースの広さはそれ程ではない。

 とはいえこのスペースはこれまでユウリ専用の空間で、広さなど気にしたこともなかったのだが。


「なぁおい、サムライ野郎」

「何の用だ犬野郎」


 そんな空間でまさか、以前命のやり取りをした男と顔を突き合わせることになるとはユウリも流石に予想外だった。


「そうツンケンすんなよ、どうせテメェだって暇なんだろ?」


 言いながら、ユウリの隣に腰を下ろしたクライドは咥えた煙草に火を点け、美味そうに紫煙を吐き出す。

 会議室やエアー7のブリッジでは我慢していたようだが、ここでは一切自重するつもりはないらしい。

 長く使われたことのなかった備え付けの灰皿にはクライドの吸い殻が積み重なっている。


「まぁ、有意義な話なら聞いてやるよ」

「そうかい」


 ユウリの言葉にクライドはニヤリと笑い、煙草の灰を落とす。


「ぶっちゃけ、嬢ちゃん達の具合の方はどうだったんだ? どっちが良かったんだよ」

「な……っ」


 唐突に投げ込まれた爆弾にユウリの頭が真っ白になる。

 それでも、真っ先にやるべきことだけは判断することが出来た。


「ハル、プライバシーロック」

『了解』


 絞り出すように発したユウリの言葉にハルが応じて、この部屋の映像、音声の録音が中止される。

 クルーの自室には流石に設置されていないが、この待機スペースにはカメラが設置されている。やろうと思えばブリッジからでもここの様子が伺える筈だ。

 とはいえこれで一時的に録画を中断させた。

 そうして、ユウリはクライドを睨み付けた。


「……いや、ぶっちゃけすぎだろ、何考えてんだアンタ」

「何考えてるって、純粋に興味があんだよ。アレだけの上玉はそういねぇだろ」


 ザールスにもこの手の猥談を持ち出してくる輩は幾らでも居たが、そういう連中には特有の嘲りや当て擦りといった感情が明確に感じ取れた。

 そしてそういうの軽口は適当に受け流し、或いは拳で黙らせてきた。

 しかし意外なことに、クライドはそういったつもりで尋ねてきたわけではないらしい。やり口に悪意が足りない。


「それとも何か、女じゃ勃たねぇくちか?」

「くっ……」


 何気なくクライドが発したその言葉にいたく傷付く。

 黙っていた方が賢明だと思いながらも、ユウリはボソリと呟いた。


「……エレナにも同じことを言われた」

「間抜けの極みだ。良く生きてられるな。というか、こんな童貞野郎の尻を追いかけ回してたのかと思うとテメェでテメェをぶち殺してやりたくなる」

「お望みなら俺がやってやるよ」


 色々と言い返したいところではあったが、ぐうの音も出ず精々軽口を叩くことしかできない。

 そんな自分が猛烈に情けなくなり、死にたい気分になってきた。


「別に好きにすりゃいいだろ。全部テメェが勝ち取ったもんだ」


 それが女性蔑視、エレナやアリシアをユウリの付属物や戦利品として扱うような言葉であれば、ユウリは有無を言わさず激昂していただろう。

 しかしユウリには違う意味に聞こえた。


 信頼だとか好意だとか。ユウリにとって勝ち取ったものというのはそういうもので。

 クライドがどういった意味合いで口にしたのかは定かではないが、その言葉はユウリの心に深く突き刺さった。


「……そういうのじゃないんだ」

「あ?」

「ただ見捨てられなくて、助けたかったから助けただけだ。先のことなんざ何も考えちゃいなかった」


 それはユウリがここ暫くの間、自らの内に溜め込んでいた葛藤だった。

 助けられる側の感情など考えもせず手を差し伸べた。助けたからには責任があるのだと彼女らを保護した。

 しかし結局それでどうするというのだ。責任を取るとはどういうことだ。

 自分はいつまで、彼女達に人殺しの片棒を担がせるつもりなのだ。


「だったらそう言ってやれば良い。好意なんざ向けられても迷惑なだけだってな。そうすりゃお望み通りテメェは一人きりになれるだろ」

「言われなくてもそんなことは分かってんだよ」


 いつ命を落とすやもしれぬ傭兵家業に付き合わせたくないというのなら、彼女達とは距離を置くべきだ。

 彼女らと共に居たいと望むなら、もっと堅実で真っ当な道を模索するべきだ。

 理解はしている。しているつもりなのだ。だというのに……。


「……それでも傍にいて欲しいし、あいつ等を置いて死ぬのもごめんだ。その癖、自分を曲げることもできやしない」


 何一つ捨てられず、何一つ選べず。この先の展望を描くことが出来ない。

 そんなユウリの述懐を聞きクライドは大きく溜息を吐いた。心底くだらないとでも言いたげだった。


「阿保らしい。暇潰しにもならねぇ話だな」

「だから、んなこたぁ俺が一番分かってんだよ。くそっ……」


 結局のところ、その答えは誰かに出して貰うことなど出来るものではなく。

 自身の中で折り合いを付けなければならない葛藤なのだ。


 言葉の通りクライドはこの話題に興味を失ったらしい。それ以上何も言わず、無言で煙草を吹かしている。

 ユウリもまた無言でそれを眺めていたが……。


「それ、美味いのか?」


 ふと興味を覚えて尋ねる。キリエやザールスに居る傭兵達もよくそうして煙草を吸っていた。

 とりたてて興味もなかったので試してみようという気にもならなかったのだが、今日の自分はどうかしているらしい。


「こいつを知らねぇ奴は人生の半分を損してるよ」


 差し出された煙草を手に取って咥える。クライドが火を点けたオイルライターを近づけてくるが、火は中々つかない。


「吸えよ。つかねぇだろ」


 そういうものかと煙草を吸うと火がついて紫煙が上がる。

 空気の流れを作る必要があるのかと納得した矢先、盛大に咽た。

 煙草の匂いにはそれなりに慣れていたし特別不快にも思っていなかったのだが、実際に吸ってみると感覚が全く違っていた。


「げほっ……何だこれ、酷い匂いだ」

「ちっ、キャンディーでも舐めてやがれ童貞野郎が」

「もう一度それを口にしたらこの艦から叩き出すぞ」


 釘を刺しつつ、こちらから言った手前途中で捨てる訳にもいかずユウリは顔を顰めながら煙を吸い込む。

 二度と吸いたいとは思わないというのが正直な感想だった。

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