第40話 ガルガンディア
第三世代ギアに飛行能力は備わっていない。理由は単純に、第三世代と第四世代ではジェネレーターの出力に大きな差がある為だった。
即ち、ジュノーエンジンを搭載しているかしていないか。
高出力なジェネレーターを持つ第四世代ギアであれば、軽量機が短時間飛行するくらいのことは可能だ。搭載されたブースターを用いての、些か力任せな飛行ではあるが。
しかし第三世代ギアであるライトニングハウンドでは難しい。瞬間的に飛行に必要なだけの出力を出すことが出来ても、それを維持しようとすれば遠からずエンジンがオーバーヒートすることになる。
その為、クライドが操縦するライトニングハウンドの現在の装備は遠距離仕様のものとなっている。
レーダーやFCSは有効距離が極力長いものを採用し、ハンガーに重機関銃を設置。即席の銃座を作っている。
肩に装備しているのは敵のロックオンを阻害するためのデコイだ。
相手の攻撃に対応する、といった後ろ向きな対応をクライドはあまり好まないが、この状況ではやむを得ない。
アサルトハウンド程の機動力とエネルギーシールドを有しているのならばダリアをギアに乗せて追手を振り切り、無理矢理国境を突破するという手段も考えられなくはないが、流石にライトニングハウンドでは難しい。
ヴァンクールを出る前に輸送機を撃墜されてしまえば完全に手詰まりだ。
「来やがった……お客さんだぜダリアっ」
ライトニングハウンドのレーダーに機影を確認し、クライドは叫ぶ。旧式の輸送機よりもライトニングハウンドの方が索敵範囲が広かったのだろう。
『本機の武装は使用できません。申し訳ありませんがそちらで迎撃を』
「はっ、やってるよっ!」
機影の正体はミサイルだった。二発のミサイルが輸送機に向かって真っ直ぐに飛んでくる。
「三秒後に右に旋回しろ!」
『っ、はいっ。カウント……三、二、一っ!』
旋回とタイミングを合わせ、クライドはチャフとフレアを組み合わせたデコイを発射。
直後輸送機が右に大きく傾き、クライドは振り落とされぬよう設置した重機関銃を掴んだ。
爆発の轟音が響く。振動で輸送機が揺れるが、直撃した気配はない。
『……避けられましたか』
「気を抜くな、次が来るぞっ! 五秒後、左に旋回。進路を戻してそのまま飛ばせ!」
『そんな器用な真似出来るわけが……っ!』
再び二発のミサイルが発射される。クライドは回避行動を指示しながら再びデコイを発射。
一発はデコイに引っかかったが、もう一発はそのまま輸送機へ向かってくる。
飛来するミサイルに照準を付け、クライドは重機関銃のトリガーを引く。
デコイに引っかからなかった方のミサイルも、重機関銃によって迎撃され爆発する。
「(くそっ、思った以上に面倒くせぇな、これは)」
依然として状況は厳しい。レーダーに映る敵戦闘機は二機。敵のミサイルは……搭載可能数を八と見積もって残り六発ずつ。
距離を詰めてきたところを撃墜してやりたいところだが、向こうは遠距離から撃ってきている。
「(ミサイルを残らず迎撃して見せれば観念して近づいてくる……か?)」
そう考えた矢先、レーダーに映ったもう一つの機影にクライドは表情を歪める。
「(もう一機。戦闘機のサイズじゃない……くそがっ、ガルガンディアかっ)」
戦闘機の三倍近い巨体でありながら、その速度はクライド達の輸送機などまるで比較にならない。
重装甲、重装備の機体を四機のジェットエンジンで強引に振り回す化け物である。
対フォートレス用ガンシップ ガルガンディア。MSLジャマーを標準装備しているフォートレスを撃墜するために開発された攻撃機だ。
多連装式ロケットランチャーや大口径ガトリング砲といった重火器を装備しており、その火力は極めて高い。
走攻守全てを兼ね備えた空の狩人。燃費という問題を除けば世界でも最高クラス。フォートレスに匹敵しかねない機体である。距離を詰められれば輸送機などひとたまりもない。
輸送機の後部ハンガーにライトニングハウンドが居ることには向こうも気付いているだろうに、ガルガンディアは気にした様子もなく直進してくる。
空も飛べぬ第三世代ギアに何が出来るのかと言われたような気がして、クライドは激しい怒りを覚える。
「(見下してんじゃねぇぞ、クソ野郎が)」
ギシリ、と奥歯を噛み締める鈍い音が聞こえた気がした。
クライドはライトニングハウンドの装備を大口径ライフルへと変更し、最後の義理立てとしてダリアに通信を繋いだ。
「操縦席の左に、六つのレバーがあるのが分かるか」
『えっと……はい、分かります』
「そいつはデコイだ。使い方はさっきミサイルを避けた時と同じ。狙われたと思ったらデコイを撃って急速旋回。阿呆でも出来る単純な仕事だ」
『何かするつもりですか?』
クライドの言葉に何かを感じたのか、ダリアが問いかけてくる。
「黙ってやられっぱなしってのは性に合わねぇんだよ。野郎に一発かましてくるから、そっちはそっちでどうにかしろ」
『……分かりました。お互い生きて再会できることを祈っています』
クライドの言葉から何かを察したのか、ダリアが言葉を返してくる。頭は働いている様子だ。
ならばまぁ、問題ないだろうと判断を下す。
「さぁて……付き合って貰うぜっ!」
叫びと共に、ライトニングハウンドは跳躍しハンガーを飛び降りる。
その光景を見ていた敵のパイロット達は困惑したことだろう。第三世代ギアは飛行できない。ならばHALO降下用の装備を用いて輸送機から脱出したのか。
――否。元々空戦を想定してクライドが準備したライトニングハウンドには確かに高高度降下用の装備も搭載しているが、これから使用するのはまた別のものだ。
ライトニングハウンドの背中から突き出るようにして装備された、ミサイルに似た形状の兵器。
超高出力ブースター、サンダーアロー。それは帝国が開発した、狂気の沙汰とも言える使い捨ての追加ブースターだった。
帝国が主力としているギアは大型で重装甲の機体であり、積載量や防御能力には秀でているものの機動力に欠けるという欠点を有していた。
この欠点を克服するべく開発されたのがサンダーアローである。
ギアの背中にロケットエンジンを搭載し、その推進力でもって一気に加速する。サンダーアローとは要約すればそれだけの兵器だ。
現在多くの航空機が採用しているジェットエンジンは外部の空気を吸気・圧縮して燃料を混ぜて点火、燃焼させて出力を得る仕組みだ。外気と燃料が存在すれば連続使用が可能な反面、吸気・圧縮という工程が存在する為推力を得るのに時間がかかる。
半面ロケットエンジンは内部の酸化剤と燃料を燃焼させるためその手間がなく、短時間で高い推力を得ることが出来る。
しかし内部の酸化剤を使い果たせば推力を得ることは出来なくなり、後は滑空する他ない。
また当然推力が高くなれば機体への負荷も大きくなり、制御も難しくなる。
サンダーアローが運用され始めた当初、帝国では制御を失ったギアが障害物に衝突しするといった事故が多発した。
何しろこの装備には減速用の機構が設けられていなかったのである。
減速など敵機に機体をぶつけて行えば良し。いかなる形であれ機体を目的地まで送り込めれば良し。それがサンダーアローの設計思想だった。
サンダーアローの発想そのものが狂気の沙汰であるのなら、その装備をライトニングハウンドに搭載したクライドの思考は自殺志願者とでも言うべきか。
堅牢強固な装甲を持つ帝国のギアだからこそ辛うじて実現できている戦術を軽量機であるライトニングハウンドでとれば、衝突などなくとも機体にかかる負荷だけでバラバラに分解してもおかしくはない。
しかしクライドにとってこれは何も初めての経験ではない。『大戦』時代、既に一度経験済みの戦術だ。
クライドが今使用しているライトニングハウンドは、『大戦』時代にクライドが用いていた機体だ。
言ってみれば死線を共にした相方のようなものであり、過去にも一度サンダーアローの使用に耐えている。
ならば今度もやり遂げられる筈。
「……ぅぅぅっ!」
目測で概ねの距離と方位を計り、クライドはサンダーアローを始動。機体が急激に加速し、衝撃がクライドを襲う。
AIによる戦闘プランの参考としてこの話は一度ダリアにしたことがあったが、非論理的すぎると呆れられた記憶がある。
曰く、勘と経験だけで実現するにはリスクが高すぎる、と。
「(はっ、お上品な理屈だけで戦いに勝てるかってんだ、舐めんなよ)」
オーバーブーストを使用したスカイブルーさえも寄せ付けない超加速。輸送機に接近しつつあったガルガンディアとの距離が瞬く間に縮まってゆく。
しかし問題はここから。激しいGに顔を顰めながら、クライドはタイミングを計る。
「(まだ……まだ……まだ……っ、ここ、だっ!)」
ガルガンディアに辿り着く前にサンダーアローをパージ。酸化剤はまだ残っているが、細かな制御や減速が出来ないためこのまま突っ込んでも敵機を通り過ぎるか迎撃されるのがオチだ。
サンダーアローの目的はガルガンディアに辿り着くことではなく、距離を詰めること。
パージすると同時に右にブースターを用いて旋回。敵機による迎撃を弧を描き避けながら、ライトニングハウンドはガルガンディアへ迫る。
この状況でのガルガンディアの最適解は、対戦闘機用の大口径ガトリング砲による攻撃だった。
接近されたとはいえ、サンダーアローをパージした時点であればガトリング砲の使用は可能。
エネルギーシールドを持たないライトニングハウンドにとって、その攻撃は数発受けただけでも致命傷になり得た。
しかしギア、それも第三世代が超高速で突っ込んでくるという通常在り得ない状況に、ガルガンディアのパイロットは自機が持つ最も高い火力の武器――多連装式ロケット砲による迎撃を選択した。
ロケット砲であればクライドの動体視力であれば、発射を確認し回避することも可能である。
そうして二度は通用しないであろう奇襲を、しかし幸運にもクライドは成功させた。
「おらっ、捕まえたぜっ!」
左手からワイヤーアンカーを射出。ガルガンディアの砲門に引っ掛け、巻き取りながらガルガンディアの上に降り立つ。
元が輸送機をベースに作られた機体であるためだろう、ライトニングハウンドが飛び乗ってもガルガンディアは問題なく飛行を続けている。
しかし自慢の大火力も、ここまで接近してしまえば最早何の役にも立たない。
振り落とそうと機体を傾けるガルガンディアに対し、ライトニングハウンドは巻き付けたワイヤーアンカーはそのままに、左手で砲門の根元を掴んで機体を固定させる。
安全地帯を確保したライトニングハウンドは一発、二発と至近距離からガルガンディアに向けて大口径ライフルを放った。
戦闘機の機銃程度であれば跳ね返す装甲を持つガルガンディアだが、流石に第四世代ギアを想定した大口径ライフルを至近距離で何発も受ければ無事では済まない。
とはいえそれはガルガンディアの撃墜というよりは、取り巻きの誘い出しが目的の攻撃だった。
「(はっ、だよなぁ……テメェらはそう来るしかねぇよなぁ)」
後方に控えていた二機の戦闘機がライトニングハウンドに向かってくる。
ガルガンディア自身では攻撃できない位置を敵に陣取られたのだから、友軍機が迎撃する以外にない。かといってミサイルは使用できない。ガルガンディアが巻き込まれるためだ。
ならば機銃による攻撃を仕掛けてくる他ないだろう。
「馬鹿がっ、舐めんなよっ!」
敵戦闘機の装備はミサイルによる遠距離攻撃を想定したもの。
接近された際の備えとして用意されている機銃の火力も離れた場所からギアを撃墜出来る程のものではなく、相当に距離を詰めなければ有効な攻撃とはならない。
クライドは二機の戦闘機を十分に引き付けた上で一発、二発と銃弾を放つ。
目的の見えている敵の動きを予想し攻撃することなど、クライドからすれば容易いことだった。
早々に戦闘機の一機を撃墜し、攻めあぐねるもう一機も二度、三度と攻撃を仕掛けて撃墜したクライドは大口径ライフルのリロードを行う。
そして、最早用済みとばかりにワイヤーアンカーを切断。ガルガンディアを飛び降りた。
ガルガンディアはあっという間に飛び降りたライトニングハウンドを置き去りにし、無防備な背中を曝け出す。
「はっ、楽勝だってんだよこのデカブツがっ!」
立て続けに十二発。四つのエンジンに計三発ずつの銃弾を浴びせる。
その内の何発かは狙いが逸れたかもしれないが、何発かは効果を発揮したらしい。四機のエンジンからは黒煙が上がり、ガルガンディアの高度がみるみる下がり始める。
或いは第四世代ギアが相手であればもっと慎重に策を練り、ここまで接近されぬよう警戒しただろうが、第三世代ギア――ライトニングハウンドとクライドを侮ったのが運の尽き。
如何に強固な装甲で囲まれていようとエンジン部分の強度はどうしても落ちる。
クライドは墜落してゆくガルガンディアから視線を外し、ダリアが操縦する輸送機が無事であることを確認し、続いて目算で地上との距離を測り、機を見てパラシュートを展開する。
「(さて、ここで追撃があればそれで詰みだが……)」
戦闘機二機にガルガンディア一機。旧式の輸送機と第三世代ギア一機を追うには十分な戦力だが、こんな連中が方々に散っているならもうどうにもならない。
苦し紛れのデコイしか迎撃手段しか持たない輸送機は早々に撃墜され、クライドもまた射程の届かぬ空からのミサイル攻撃に屈する他ないだろう。
そんな思考を遮るように、国際周波数での通信が入る。
『こちらエアー7、遭難信号を受信しました。貴機の状態を伺いたい。繰り返します。こちらエアー7、遭難信号を受信しました。貴機の状態を伺いたい』
「……聞こえてるよ」
吐き出した息は安堵故か、それともこの数奇な状況故か。
聞き覚えのある機体名に、少なくともヴァンクールの連中の手からは逃れることが出来たらしいとクライドは思うのだった。