第41話 予期せぬ再会
時を遡り。
カタロス陸軍基地での一件から数ヵ月が過ぎ、季節は本格的な冬へと移った頃。
ユウリ達はヴィクトル少将からの依頼を受け、ラーダッドのデイム駐屯基地を訪れていた。
ヴァンクールとの国境が存在するライン地域に隣接するデイム駐屯基地は、ヴァンクールが侵攻をした際の防衛を担う重要な拠点である。
現在ヴィクトルはラーディプト強奪の一件で失脚した司令官に代わり、駐屯基地の責任者を務めていた。
「ラーダッドの英雄様がこんな最前線に居て良いのかよ」
「皮肉にしか聞こえんが……。まぁ、現場が性に合っているということだ」
秋に行われた選挙を経て、ラーダッドの与党は社会民主同盟から革新党へと移った。
となれば革新党の党首であるヴィクトルが首相になるのが自然な流れかと思われたのだが、ヴィクトルはこれを辞退。副党首であるノベンタが首相となった。
依然としてヴァンクールの脅威が収まらぬ状況を鑑み、ヴィクトルはデイム駐屯基地の責任者となることを選んだのである。
「その節は無理を聞いて頂きありがとうございます。マリィとリリィは元気にしていますか?」
「体調面に問題はない。二人ともギアパイロットの訓練教官として働いてくれている。君達にも会いたがっていたが、今は別の基地に居るからな」
「というか、ラーダッドからすればあんな優良物件もなかったでしょ」
「正直言ってその通りだ。こっちが紹介料を払いたいくらいには助かっている」
アリシアの言葉にヴィクトルは素直に答えた。
重宝されるだろうというユウリの読みに間違いはなかったらしい。
「で、今回はどうした? 詳細は現地で、とか言われた時点で嫌な予感しかしないんだが」
「お察しの通り面倒事だ。ムーンドロップという兵器を知ってるか?」
「知らん」
「ジュノーエンジンを意図的に臨界状態にさせて、爆弾として使用する。……可能性が示唆されているだけで、実用化はされていなかった筈ですけど」
さっぱり分からんとばかりに首を横に振ったユウリに代わって、エレナが応じた。
ヴィクトルは頷いて顔を顰める。
「ところが、アルティマ社はそいつを実用化しようとしたらしい。曰く、理論上は既に完成している、だとさ。どうも工場が占領された際、このデータへのアクセスが認められたらしい」
「で、そいつがヴァンクールに流出した、と」
「そんな不祥事良く公表してきましたね」
ユウリ達の仲では事の重大さがもっともよく理解できるエレナが苦い顔をする。
そもそもジュノーエンジンの臨界実験は条約で禁止されている。
その上これを意図的に引き起こし、兵器として利用するなどという話が知れ渡れば世界を敵に回しかねない。
「あくまでも伝手を頼って聞いた内々の話だ。公の立場としては認めるつもりはないと釘も刺されてる」
「ヴァンクールがそいつを使って攻撃してくるかはわからんが無視できる話でもない、か」
「その通りだ。そこでお前達には暫くこの基地に滞在、定期的な哨戒と有事の際の戦力として働いて貰いたい」
言われて、ユウリはエレナとアリシアに視線を向ける。
ヴァンクールに侵入して真偽を確かめてこいなどといった無茶振りであれば断るつもりだったが、護衛という立場であれば特に異論はない。
エレナとアリシアも同意見なのか、無言でうなずいてくる。
「……良いだろう。報酬と契約の更新は、まぁ要相談か」
「連合国と帝国は一触即発。ヴァンクールはラーダッドを取り戻したくて仕方ない……何処もキナ臭いったらないわね」
「ラズフィアも何考えてるか分からないし……物騒になって来たよね」
ユウリの承諾と共に、アリシアとエレナがそれぞれ溜息を吐く。
ともあれそうしてユウリ達は、デイム駐屯基地に滞在することになるのだった。
そうしてデイム駐屯基地で食客としての扱いを受けるようになって二週間が過ぎて。
特にこれといって大きな事件は起きず、これは中々旨い仕事なのでは、とユウリが思い始めた頃。彼らは所属不明機からの遭難信号を受信した。
位置的にはヴァンクールの国土内ではあったが、遭難信号を出した機体への救助行為は国境を超えて行うことを認められている。
またヴァンクールの戦闘機と思われる機体を撃墜していることから相手はラーダッドに有益な情報を齎すと判断。所属不明機の救助を行った。
しかしその判断を、ユウリはすぐに後悔することになった。
エアー7から誘導してどうにか不時着を成功させた輸送機のパイロット、ダリアに関しては問題ない。
相手が白衣を着た女性だったことには驚いたが、彼女は冷静に自身の置かれた状況を伝え、自身とライトニングハウンドのパイロットの保護を求めた。
問題なのはこの、ライトニングハウンドのパイロットだった。
「久しぶりだなぁ、スカイブルーのパイロット。生身で会うのは初めてだが、とんだ優男じゃねぇか」
煙草と硝煙の匂いが染み付き薄汚れたパイロットスーツを着て、後ろ腰のホルスターには大型の拳銃が吊るされている。
くすんだ金髪に無精髭を生やしたその男はザールスで出会ったどの傭兵よりも危険な存在のようにユウリには感じられた。
そんな男にユウリは強い警戒を抱き、アリシアは何とも言えない表情をした。
アリシアの表情は――敢えて言えば身に着けた下着に侵入した巨大な蜘蛛の死骸を見た時の顔に似ていた。(悲鳴を聞きユウリが駆け付けた際には蜘蛛は生きており、殺害並びに死骸処理はユウリが行った)
エレナと一緒にブリッジに居れば良かった、という後悔が透けて見える。
無理もない話だ。その男の声にユウリは聞き覚えがあった。
そしてユウリが覚えているのだから、無論アリシアが忘れる筈がない。
「お前、アサルトハウンドのパイロットか」
「覚えていてくれるたぁ光栄だサムライ野郎。そっちの美人はテメェの連れ合いか? 随分とそそる女じゃねぇか」
「放り出されたくなけりゃ、品性のないことをのたまうその口をさっさと閉じろ」
「クライド、話が進まないので申し訳ありませんが黙っていていただけますか」
一瞬即発の雰囲気を見かねて、ダリアがクライドを制する。
分かっているとばかりにクライドは肩をすくめ、それ以上何も言わなかった。
「アリシア姫。以前に貴方の身を狙ったことについては謝罪します。立場上私は彼……クライドを指揮する立場にありましたので、すべての責任は私にあります」
「あぁいや、まぁ何事もなかったしそれは良いんだけど……。というか、今私がここに居るのはあの件があったお陰とも言えるし……」
深々と頭を下げるダリアにアリシアは些か焦った様子で応じている。
「ま、今敵対するつもりがないってんなら構いやしないさ。過ぎたことをグダグダと引きずる気もない」
立場や利害が異なれば傭兵同士が戦場で敵対することなど珍しくはない。
そのようなことをいちいち気にしていては、ローレスの傭兵など務まらない。
率先して仲良くしたいとまでは思わないが、利害が一致するのなら共闘も吝かではない。
「悪いが詳しい話を聞くまでブリッジには案内出来ない。暫くここで待機して貰う。この艦はラーダッドのデイム駐屯基地に向かっているが、構わないか?」
「構いません。それから……もしかしてこの艦のクルーに、エレナという名の女性が居ませんか?」
「ああ。大学時代の友人か何かか?」
「ええ、共同研究者でした」
「……ああ、自律稼働のギアはアンタが調整したのか」
「お察しの通です」
フォートレス、カレスに搭載されていたハウンド達の制御、調整を行っていた者については以前に話題に上がったことがある。
候補者の一人としてエレナが上げたのが昔お世話になった先輩ということだったが、もしかしたら彼女がそうなのだろうか。
「待って。……エレナって、ユウリに会う前は大学に居たの?」
不意にアリシアが声を上げる。相手の態度を見て、最初の緊張は大分緩和されたようだ。
「言ってなかったか? アイツは飛び級でヴァンクールの大学に入学してたんだ。そこでノーラム社に目を付けられて、俺と組むようになった」
「いや、狙われてるって話は聞いてたけど……あの子確か十八くらいでしょ」
「エレナは十二歳でヴァンクールのグスタブ大学に入学しています。その最年少記録は今も破られていません」
「超名門じゃない……ユウリ、貴方ホント、エレナをもっと大事にしてあげた方が良いわよ」
「俺には勿体ないとでも言いたいのか」
「いや、そこまでは言わないけど……」
ユウリとダリアの言葉を聞き、アリシアは呆然とした表情を浮かべる。
エレナがそこまでの人物だとは想像していなかった、といったところか。
そんなやり取りに、クライドがくつくつと押し殺した笑い声を漏らす。
「何だスカイブルー、女の尻に敷かれてんのか」
「クライド……挑発は控えてください」
「テメェも人のこと言えるのかよ」
「貴方もよユウリっ!」
そうして女性陣に手綱を握られながら、ユウリ達はそれなりに和やかなムードで情報を共有し、エアー7はデイム駐屯基地への帰還を果たすのだった。
「つまり、ヴァンクールのアーディナル基地では現在ムーンドロップを実用化するための準備が進められていて、AIで制御された第四世代ギアが近い内に自爆戦術を取ってくる……と?」
「ヴァルキュリア・プロジェクトを担当していた私を殺そうとした以上、可能性は非常に高いと思われます」
デイム駐屯基地の司令室。ダリアからの報告を一通り聞き、ヴィクトルは大きく息を吐いた。
「流石に驚いたか?」
「確かに驚きもしたが、それ以上に助かった。お前たちが彼女らを保護していなかったら、我々は成す術なく攻撃を受けるしかなかった」
もしもヴィクトルがムーンドロップに関する情報を入手出来ていなかったら。そしてもしユウリ達がダリア達を保護できていなかったら。
間違いなくヴァンクールの思惑通り致命的な被害を受けていたことだろう。
そう思うと背筋の凍る思いだった。
「デイム駐屯基地の戦力は強化するとしても、我が国には第四世代ギアに対抗する手段がない。そちらについてはユウリに任せることになるだろう」
「高くつくぞ」
「報酬については十分な額を用意する……つもりだが、金額次第では分割払いになるかもしれんな」
革新党が与党となり大規模な行政改革が行われたものの、ラーダッドの懐事情は引き続き切迫している。
行政の正常化が行われ、ようやく本来必要な所にリソースを注ぎ込めるようになったと思った矢先にこの事件である。
いい加減にして欲しいというのが正直なところだったが、そのような弱音を吐く資格はヴィクトルにはない。
「それで、君達だが……」
そう言ってヴィクトルはユウリ達が保護したヴァンクールからの亡命者、ダリアとクライドに視線を向けた。
「君たちの齎した情報は非常に価値のあるものだ。ラーダッドは君達を保護しようと思う。ただ、出来るのであればこの地に残り、ユウリ達と共に力を貸してもらいたいのだが」
「構いません。今回のヴァンクールの強行の責任は、私にあるともいえるのですから」
「当然、やられっぱなしで引き下がれるか」
ダリアは粛々と、クライドは当然のこととでもいうように承諾する。
「ユウリ、この二人を君達に預けて良いか」
「こっちの指示に従うってんなら、まぁ構わないな」
「そりゃ無論。死んで来いとでも言われねぇ限りは、それこそ犬のように戦ってやるよ」
「そいつは結構。精々手を噛まれないように気を付けることにするさ」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
聞く限りクライドのギアパイロットの腕は相当なものだ。
協力してくれるというのなら頼もしい限り……なのだが、どうにもユウリとクライドのやり取りを見ていると不安を覚えてしまう。
「まぁ、相性は悪くないと思うので」
「格納庫に居た時もこんな感じだったし、これはこれで仲良くやるんじゃない?」
「申し訳ありません、よく言って聞かせますので」
「……頼んだ」
呆れたように二人の様子を眺める女性陣に対し、ヴィクトルは心からの願いを口にするのだった。




