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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
機械仕掛けの神
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第37話 ムーンドロップ


 二人の兵士に案内され、ダリアは研究棟の最上階にある所長室へと向かった。

 これまで進捗の報告や問題点の説明などは会議室で行っていたため、所長室に呼び出されるというのは異例の事態と言える。


 とはいえ、彼女はこの状況にそれほど不安を感じていなかった。

 ダリアは徹底した合理主義者であり、無駄のないロジックを何よりも愛していた。


 彼女はまだ起きていない事柄に対し不安や恐れを抱くことをしない。

 そんなことをする暇があるならこの先に起きる事象を把握しようとする方が賢明と考えていた。

 そのため、ダリアは隣を歩く兵士に問いかけた。


「ヴァルキュリアの件と伺いましたが、詳細はご存知ですか?」

「聞いていない。連れて来るように、とだけ言われている。金食い虫の人形どもが遂に廃棄されるんじゃないのか?」

「この間も新型をぶっ壊したって話だしな」


 兵士はニヤリと笑って、嘲るような口調でそう言った。

 ダリアを挟んで向かい側に居る兵士もそれに同調する。彼らはダリアが開発している人工知能のことを快く思っていないらしい。


 アーディナル基地では珍しくない人種だ。

 ダリアが着手しているヴァルキュリア・システム――人工知能によるギアの自動操縦は基地の兵士達に賛否両論の評価となっている。

 ヴァンクール復権の鍵となる技術として強い期待を抱く者もいれば、禁忌の技術として嫌悪する者もいる。

 今ダリアを案内している兵士達は間違いなく後者だ。


 壊した新型、というのはアサルトハウンドのことだろう。

 未完成のシステムで完成した第四世代に挑んだのだからダリアにとってこの結果は想定内なのだが、基地の者達にとってはそうではなかったのだろう。あれ以来関係者からの風当たりが目に見えて強くなった。

 この呼び出しも、或いはそう言った事柄に関連したものかもしれない。


「(完成を急ぐよう催促をかけられるようであれば、高速戦闘への対応と判断の迅速化を行うための処理の追加を打診しましょう)」


 そんなことを考えながら、所長室の扉の前で立ち止まる。

 ダリアは目を閉じ一度深く空気を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。それは気持ちを切り替えるために彼女が用いる癖のようなものだった。


「失礼します」


 そうして、控えめなノックの後に扉を開く。

 それほど広さのない所長室ではあったが、物が少ない為か実際よりも広く感じられる。

 書類や書籍といった紙媒体の資料が一つとして存在せず、それらを保存格納しておくための家具も存在しないためだ。

 それら全て電子化されアーディナル基地のサーバーに保管されており、デスクに設置された端末を使えばそれらすべてにアクセスすることが可能となる。


 埃一つ見当たらず僅かに消毒用アルコールの匂いが残る、清潔を通り越して病的とさえいえる空間。

 その部屋が第一兵器開発研究所所長、ベクトルという男の人間性を表していた。


 部屋の窓際に設置されたデスクにはグレーのスーツを着た長身の男、ベクトルが座っている。

 五十歳近い年齢の筈だが、年の割にその外見は若々しく実年齢よりも十歳は若く見えた。


「何かご用があると伺いましたが」


 部屋の中央まで歩を進め、ダリアは直立したままベクトルに声をかける。

 この部屋には来客用のソファや椅子といったものはないためだった。


「ダリアくん、君がヴァルキュリア・システムの開発に着手してどのくらいになる」

「三年になります」


 ご苦労の一言もなく、社交辞令もなく本題に入る。

 この単刀直入なところは彼女も好ましいと感じていた。同時に今の言葉でここに呼び出された理由が想像通りのものだったとダリアは確信する。

 やはり催促か。そう考えたダリアが口を開くよりも早く、ベクトルが言葉を発する。


「今日行われた模擬戦は見させてもらった。君は現状のシステムがまだ試行錯誤の段階であると考えているようだが、私は十分に実用に足りるものだと考えている」

「……はい」


 咄嗟に反論しかけ、寸前でダリアは自制して頷く。

 ベクトルの言葉はダリアにとって予想外のものだった。ダリアの目指すヴァルキュリア・システムの終着点、人間を超えた自律戦闘システムの完成にはまだまだ越えなければならない壁は無数に存在する筈だった。

 そしてそれに気づかぬ程ベクトルは愚鈍な人間ではない。


 にも関わらず、ベクトルは今のシステムを実用に足りると判断した。この認識の相違は一体何処から生じたものなのか。


「(完成を催促急かされているわけではない。であれば、ここに私が呼び出された理由は? ベクトル所長は何を考えている?)」


 無言のままダリアは思考する。当初想定していたようなこのプロジェクトに対する不信、或いは不安から生じた聞き取りではないということは分かった。

 しかし全く安堵は出来なかった。ダリアとベクトルの間で何か、致命的な齟齬が生じている。


「ダリアくん。君はシンフォニアの臨界事故を知っているかね」

「ジュノーエンジンを搭載したフォートレスを開発しようとした結果起きた、臨界事故のことですか」


 ギアを始めとする兵器の開発を行う者達にとっては有名な話だ。人工知能の開発が専門のダリアではあるが、兵器開発に関わるものとして凡その概要は把握していた。


 ジュノーは一定量を超えるエネルギーを供給されると活性化、臨界状態となり周囲のエネルギーを吸収するという特性を持つ。第四世代ギアの持つエネルギーシールドは、この特性を利用したものだ。

 しかしこの臨界を超えて大量のエネルギーが供給され続けた場合、ジュノーは制御を失って暴走状態となり、周囲のエネルギーを無差別に吸収しながら加熱を続け最終的には大爆発を引き起こす。

 その為ジュノーエンジンには必ずリミッターが設けられ、暴走状態を引き起こす前にエネルギーの供給が停止される仕組みとなっている。この現象がオーバーヒートである。

 

 シンフォニアの実験で使用されたジュノーエンジンにも当然リミッターが設けられていたのだが、実験の際ジュノーは臨界状態となった瞬間即座に暴走。シンフォニアを丸ごと吹き飛ばす大爆発を引き起こした。

 その原因は未だ明らかになっていないが、実験時ジュノーは不安定な状態だったのではないかというのが専門家の見解である。


 不安定なジュノーが臨界に達した場合エネルギーの供給を停止しても活性化は収まらず、周囲のエネルギーの吸収を始める。つまりは、臨界に達すると同時に暴走状態に入るということだ。

 この不安定な状態というものが何によって引き起こされたのか、ジュノーを安定させる条件が何であるかは定かではないのだが、この実験を以ってジュノーエンジンをギア以外の動力として利用することは国際法で禁止された。


 結果としてジュノーエンジンの他兵器への転用、或いは新たなるエネルギー供給手段として平和利用される道は完全に閉ざされた。

 もしもシンフォニアでの実験が成功していれば、ギアが戦場を支配する現在の状況とは全く違う未来があったかもしれない。


「ジュノーを暴走させる方法には二種類がある。一つはシンフォニアで行われた実験のように、不安定な状態のジュノーを臨界状態とすること。比較的容易な手法だが、ジュノーに内包されるエネルギー量も少なく爆発の規模も小さくなる」


 その小さな爆発で都市一つが吹き飛んだのだが、ベクトルは気にした様子もなく言葉を続ける。


「一方で安定した状態のジュノーを暴走させた場合、不安定なジュノーと比較して内包されるエネルギー量は大きくなり、より大規模な爆発が生じる」


 直後、ダリアは蒼白となる。今ベクトルが語る理論にも聞き覚えがあった。

 リミッターを外したジュノーエンジンを搭載した第四世代ギアを敵国に突っ込ませ、意図的なジュノーの暴走を引き起こすという、余りにも荒唐無稽な架空の大量破壊兵器。


「……ムーンドロップ」

「流石だ、ダリアくん」


 ベクトルは口元に笑みを浮かべた。それはとても珍しいことだったが、そんなことに驚いている余裕はダリアにはなかった。


「ジュノーエンジンのリミッターを外す方法は解明されていないのでは?」

「確かに。アスモ重工から公開されている資料は完成されたジュノーエンジンの作成方法であり、この設計図のどの部分がリミッターとしての役割を果たしているのかは不明とされていた。しかし、そのリミッターを外そうと試みた者達が居る。―――アルティマ社だ」

「……ラーダッドでギアの開発工場を占領したのは、アルティマ社のサーバーにアクセスするためですか」

「察しが良い。やはり君は優秀だな」


 数か月前にラーダッドにあるアルティマ社のギア開発工場がテロリストに占領されたという話は、ダリアも聞いていた。

 そしてこの件にヴァンクールが関わっていないなど在り得ないとは考えていた。

 結局国境を突破してヴァンクールに渡ろうとしたテロリスト達の目論見は失敗に終わったとされているが、それはどうやら表向きの目的でしかなかったらしい。


 実用に足りると評価されたヴァルキュリア・システムと、アルティマ社から盗み出したムーンドロップに関する技術。

 これを組み合わせれば、自ずと答えは出る。


「敵の重要施設に第四世代ギアを向かわせ、ムーンドロップを使用する。しかし単機での突撃は現実的ではない。かといってギアと以上に貴重と言えるパイロットを浪費するような真似も出来ない。だから人工知能がその役割を担う。その為の、ヴァルキュリア・システム」

「その通りだ。システムを制御するマザーさえ存在していれば、手足となるギアは幾らでも用意できる。安価で安定した戦力を提供可能なハウンドは、この目的を果たすのに最適な期待と言えるだろう」

「……そのような作戦を本気で実践なさるおつもりですか?」

「事故を偽装することにはなるのだろうがね。理論は構築した。後は実践でその理論の正しさを確認するだけだ。仮設では意味がないのだから」


 自らの研究結果を語る科学者のように、感情の籠らない静かな声でベクトルは言う。

 この時点で、ダリアの自制心は限界を超えた。


「断固反対します。このような作戦は論理的ではありません。貴重なジュノーエンジンを浪費することも、大量破壊兵器を用いることも。そもそも」

「……ああ、君ならばそう言うと思っていたよ」


 熱を帯びたダリアの言葉を遮るようにベクトルは片手を掲げる。


「……っ」

「ダリアくん。思うに君は、少し理想主義が過ぎる」


 それを合図に、ダリアの両隣に控えていた兵士が彼女に銃口を向けるのだった。

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