第36話 戦闘訓練
クライドが所属するローレスのアーディナル基地はヴァンクールの最も西に存在する支部であり、またヴァンクール最大の規模を誇る軍事基地でもある。
支部には兵士だけでなくノーラム社の研究員も多く勤務しており、新型のギアや新たな戦術プランに関する研究も進められている。
ローレスの支部と銘打って入るものの、実質的な支配権はヴァンクールが有しており他のローレス支部や経済連盟に所属する国家であっても基地内部で行われている研究の詳細は把握していない。
支部のメンバーも皆、ヴァンクールの軍人達だ。
超大型フォートレス、カレスの建造。ノーラム社初の第四世代ギアであるアサルトハウンドの開発。そして度重なるラーダッドへの領空侵犯。
侵略の野心を隠そうともしないヴァンクールに対し経済連盟加盟国からの非難が集中しており、アーディナル基地にて行われている研究内容に関する情報の開示も求められてはいるものの、ヴァンクールはその一切を聞き入れることなく独自路線を歩み続けている。
そもそもヴァンクールは十年前の『大戦』で敗北したわけではないのだ、と。
一ヵ月前に起きたラーダッドでのテロ事件を切っ掛けに、情勢は更に不安定になりつつある。両国の戦争がいよいよ現実味を帯びてきた。
結構なことだと、クライドは内心笑みを浮かべる。
以前に自分を撃墜した第四世代ギア、スカイブルーはラーダッドと繋がりがある。戦争となれば再び戦う機会が訪れることだろう。
『これより、状況E-4による戦闘訓練を開始します』
そんなクライドの思考を遮るように、通信機から声が響く。
現実に引き戻され、小さく舌打ちしてクライドは準備の完了をオペレーターに通知する。
スカイブルーとのリターンマッチを考えたいところだが、今は別の仕事がある。刺激に欠ける、退屈極まりない仕事ではあるが。
『最終確認完了。三、二、一……戦闘開始』
オペレーター、ダリアの号令と共にシミュレーターによる戦闘訓練が開始された。同時にクライドの正面のディスプレイが点灯する。
普段であればコックピット内の状況を模した映像が表示されるのだが、今映されているのは戦場全体を俯瞰したもの。つまりはフォートレスからの映像となっている。
状況Eとは、人工知能が操縦する小隊と人間のギアパイロットによって編成された小隊による模擬戦を意味する。
この人工知能達の指揮が、今回のクライドの仕事だった。
とはいえ特に難しいことはない。クライドの役割は単に号令を出すだけであり、人工知能へのコマンド入力はダリアの仕事だ。
いい加減音声認識を実装したらどうだとダリアに話してみたのだが、『音声認識で聞き取りやすい発音をするのは難しいので現状厳しい』という返答が返ってきた。
お前の発音が汚いから無理だと暗に言われたような気がしないでもないが、このような無自覚な煽りは日常茶飯事であるためあまり気にしない。
「アサルトⅠで敵機に接近」
戦闘は三対三。相手の武装や編成は不明。
使用する機体は全てライトニングハウンド――ハウンドを改良し、ジェネレーターの出力を向上させた隊長機だ。
クライドの指揮の元、人工知能が操る三機のギアが縦一列に並び敵機へと接近してゆく。
アサルトⅠとは前衛、中衛、後衛にそれぞれ役割を分担し、前衛が敵を牽制、中衛と後衛がメインの攻撃を担当するというスタンダードなフォーメーションである。
相手の布陣は前衛二、後衛一。突出したこちらの前衛が標的と判断し、クライドは指示を出す。
「アインは牽制。ツヴァイとドライは前衛を突破。後衛を狙え」
前衛のアイン、中衛のツヴァイ、後衛のドライ。クライドが教育を施している、異なるルーチンの三種類の人工知能。
ダリアからの入力を受け彼らは命令に従い攻撃を開始する。
ショットガンとアサルトライフルで武装したアインが敵の前衛と接触。相手は二丁のライフルで武装した機体と、バズーカ砲にガトリング砲という重火器で武装した機体。
アインは後者の機体を脅威と判断。作戦の変更を求めてくる。
生意気な奴だと思いつつもクライドはこれを承諾。同時に三機の布陣が変化する。
アインは重火器で武装した機体を引きつけつつ後退。ツヴァイと合流し挟撃を仕掛ける。
ドライも同様に標的を重武装の機体に集中。カノン砲による砲撃が行われる。
バズーカ砲にガトリング砲、いずれも火力が高く攻撃性能は申し分ないがその分重量はかさむ。
そうでなくともライトニングハウンドは軽量機。重火器を易々と振り回せるだけのパワーは有していない。
必然、軽量機の最大の武器である速力が犠牲になる。
火力こそ高いものの与し易い相手。まず真っ先に標的とする作戦は確かに理に適っている。
こちらの思惑に気付いた敵の後衛がフォローに入るよりも早く、集中砲火を受けた重武装の機体は撃墜される。
そうなれば後は当初の命令通り。残った前衛の足止めをアインが行い、ツヴァイとドライが後衛を攻撃。数の利を生かして順当に一機ずつ敵機の数を減らし、決着。
軍事教本にも載せられそうな、お手本のような各個撃破だった。
「(くそっ、何が教本だ。お偉い教官様にでもなったつもりか、俺は)」
クライド自身、定石だの軍事教本だのといったものが理解出来るようになってきているのに気づき胸の内で毒づく。
定石など知ったことではないと、我流で好き勝手にやって来た頃よりも明らかに自分の実力が増していると分かるのが尚更に癪だ。
『訓練終了。評価を行いますので、担当はブリーフィングルームへ集合してください。他メンバーは解散。お疲れさまでした』
「ちっ、はいはい、分かりましたよ……」
淡々としたダリアからの指示にクライドは独り言を呟きつつも素直に応じ、シミュレータールームを後にするのだった。
アーディナル基地の研究棟の雰囲気がクライドはあまり得意ではない。実験棟と違って慣れ親しんだ火薬やオイル、金属の香りがせず何処か無機質だ。
行き交う者達は皆すました顔で、端末で通話をしたり分厚い書類に目を通したりと忙しそうだ。
向こうもクライドのことは異端と認識しているようでここに来て初めての頃は注目されていたが、流石に慣れたのか視線を向けては来ない。
関わり合いになるべきではない人種とでも認識されたか。何にせよ面倒がないのは良いことだった。
「入るぞ」
代り映えのしない扉が続く区画で、プレートを頼りに目的の部屋を特定。ノックもなしに扉を開く。
中では七名の研究員が忙しそうに先程の戦闘訓練のデータをまとめている。
「どうぞこちらへ」
端末が並ぶ部屋の最奥、三つのディスプレイが横に並べられた席にこの研究室の責任者、ダリアは居た。
ダリアの年齢は分からないが、見たところまだ三十代手前。その若さでこれだけの人員を指揮する立場にあるというのは驚くべきことだった。
クライド自身も、言ってしまえばダリアの部下のようなものだ。
クライドはダリアの席の隣まで歩き、傍にあった椅子に腰を下ろす。それを一瞥し、ダリアは湯気の立つ珈琲をクライドに差し出す。
クライドは珈琲を一口飲んで、目の前の小さなバスケットに入れられたチョコレートを一つ口に運ぶ。
甘い物が嫌いではないらしい、というのはクライドが持っているダリアについての数少ない情報だった。
クライドが珈琲のカップを机に戻すのを待って、ダリアが問いかけた。
「先程の戦闘訓練をどう感じましたか?」
「訓練を受けたパイロット相手に危なげなく勝利。ま、十分な結果なんじゃねぇのか?」
「そうですね。一般の兵士の代用、という意味では既に十分に実用可能なレベルであると私も考えています」
朗報である筈なのだが、笑み一つ零すことなくダリアは続ける。
「質問を変えましょう。今の彼らがスカイブルーと戦い勝利することは可能だと思いますか?」
「そりゃ無理だろ。面白い玩具だとは思うが、今の連中は脅威にゃ感じねぇよ」
人工知能の対応能力は日々増してきている。今や訓練を受けた兵士と同等以上の戦いが出来るようになってきている。
しかしその能力が歴戦のギアパイロットに比肩するかと言われればそれは否だ。
クライドがアサルトハウンドを用いて前線に出るというのなら話は変わってくるだろうが、今の人工知能だけで第四世代の撃破はできないだろう。
ダリア自身その返答を予想していたのか小さく頷く。
「そうでしょうね。貴方に敵わなかった以上、スカイブルーを相手取るのはやはり難しい」
「喧嘩売ってんのか」
ダリアが発した言葉にクライドが小声で返すが、思考に入っている為かどうやら聞こえていていないようだ。
数日前に行った実弾での戦闘訓練の結果を意外に気にしているのかもしれない。
一々腹を立てたところでキリがないので、クライドは切り口を変えて逆襲に出る。
「前回野郎との戦ったときに見つかった課題に対する対策とやらはどうなったんだ? そんなに変わったようにも見えねぇぞ」
「許可が下りませんでした」
俯いていた顔を上げることもなく、ダリアは一言そう答えた。
「は?」
「上司からの許可が下りませんでした。現行の安定したシステムに大きく手を加えることは許可できないとのことです。幾ら安定していても第四世代ギアに対抗できなければ何の意味もないというのに」
クライドのほうに目線を向けることもしない、早口での回答。目に見えて機嫌が悪い。
どうやらダリアは今の状況に想像以上のストレスを感じているようだ。
バスケットのチョコレートを二つ三つと一気に掴み、封を開けてまとめて口に放り込み、冷めた珈琲で飲み下す。
「次の報告会の場で再度打診します。今の方向性で開発を進めても必ず行き詰まることになる。それを理解して頂く必要があります」
「……ま、精々頑張ってくれや」
相変わらず、可愛げも愛想もない癖に行動力だけはずば抜けた奴だとクライドは笑みを押し殺す。
そんな会話を交わしていると、不意に研究室の扉が開き軍服姿の二人の兵士がやってくる。
「ダリア主任、ヴァルキュリアのことで所長が話があるとのことだ。同行願いたい」
「分かりました。私も所長には話があったところです」
兵士の言葉に素直に従い、好都合とばかりにダリアは席を立つ。
「少し外しますので、本日の模擬戦のデータをまとめておいてください」
「…………」
他の研究員たちはダリアの言葉に頷いているが、クライドはこの状況に違和感を抱いた。
ダリアを呼ぶだけであれば内線を使うなりすれば事足りる。態々兵士を、それも二人も寄越す理由がない。
兵士が二人で行動するのは不測の事態に備える為。ならばここでいう不測の事態とは果たして何か。
「(さて、楽しくなってきやがったな……)」
降って沸いたトラブル、闘争の気配に獰猛な笑みを浮かべる。
こういう時の自分の勘はよく当たるのだと、クライドは経験から知っているのだった。




