第35話 自由の空
マリィとリリィという双子のギアパイロットがカタロス陸軍基地に齎した被害は甚大なものだった。
突入した十二機のナイトG3が大破。パイロットの死傷者も多く、ラズフィア第六機甲師団のギア部隊は半壊したことになる。
脱走した双子の機密度が高く歩兵や偵察部隊による数に頼った対応が取れなかったこと、拠点防衛に向いた戦車隊を麓に配置していたことも要因の一つではある。
しかし最大の原因は、双子達が自身の能力を低く見せていたことだろう。
装備も碌に整えられない状況でありながら双子は司令部の想定を大きく上回る発揮してここまでの被害を与えてきた。
被験体の性能と適性の評価が誤っていたという事実は、第六機甲師団の存在価値を揺るがしかねないものだ。
加えて彼女らの機体を破壊したのは、第六機甲師団の戦力ではない。
「……今何と言った?」
ザールスから招いた傭兵の言葉に、司令官は己の耳を疑った。
対して傭兵――ユウリはいかにも面倒といった表情で言葉を発する。
「基地を脱走した二機のギアはこちらで破壊した。指定のポイントに残骸がある筈だ。ジュノーエンジンの回収は急いだ方が良い」
そんなものは既に手配している、という言葉を司令官はどうにか抑え表情を取り繕った。
スカイブルーがカタロス陸軍基地を離れ、クラド山脈の麓に布陣したことは承知していた。しかし第四世代といえど、単機で出来ることなどありはしないと高を括っていた。
しかし終わってみれば完全にユウリの一人勝ち。第六機甲師団は完全に囮にされた形だった。
どの面を下げて戻ってきたのだと怒鳴り付けたいところだったが、主戦力であるギア部隊が半壊した第六機甲師団で双子を仕留められたかと言われれば怪しいものだ。
加えてユウリは第六機甲師団の作戦を妨害したわけでもないため、司令官の方も強く出ることはできない。
「……パイロットはどうした?」
「コックピットを潰したんだ、生きている訳がない。生死は問わないと言った以上、まさか文句はないだろうな」
「ぐっ……」
昨日会った時は隣に座っていた二人の女性は、今日はこの場には居ない。双子に誘拐されたエレナは基地に着くなり寝込んでしまい、アリシアはその看病をしているのだとか。
訓練が受けていない人間が第四世代ギアのサブシートに座ったというのだから、それも無理からぬこと。
目の前の傭兵の機嫌が悪いのは、或いはその為か。
「安心しろ、今回の仕事に報酬を取るつもりはない。こちらはこちらの都合で動いただけだからな。話はそれだけだ」
「待て。必要な物資は手配するから、連れの者の体調が戻るまで暫くここに滞在するというのはどうだろうか。こちらも聞きたいことは多い。協力してくれるというのなら報酬も……」
用は済んだと立ち上がろうとしたユウリを、司令官は引き留める。
人質として拘束されていたエレナは双子から何か聞いたのか。
カタロス陸軍基地と第六機甲師団の機密情報を一体何処まで把握しているのか。
尋ねるべきことは幾らでもあった。
しかしそんな制止の言葉に従うことなく、ユウリは立ち上がる。
「これ以上ここに留まるつもりはない。まぁ、心配しなくてもここでのことを口外するつもりはない。こっちにも守秘義務はあるからな」
「(……この連中を敵に回したのは迂闊だったか)」
所詮ローレス――傭兵ギルドなど十年前の過去の遺物。統制され十分な訓練を受けた軍隊に適う道理などないと考えていたが、認識が甘かったことを強く実感させられる。
被験体であった双子もこの傭兵も、第四世代ギアを操る者。常識で推し量れるような相手ではなかった。
いっそのことこの場で始末して口を塞ぐべきかという考えが脳裏を過るが、すぐに司令官はその考えを改める。
そのようなことをすればローレスを完全に敵に回すことになる。それはつまり、組織の親元である経済連盟を敵に回すことに等しい。
「……分かった。破壊された機体の残骸が確認でき次第、帰投して構わない。協力に感謝する」
「分かった、エアー7で待機している。こんな依頼はこれっきりにして貰いたいな」
苦々しげに司令官は形ばかりの労いの言葉を発し、ユウリは表情一つ変えずにそれを受け入れ踵を返す。
「(主義も主張も、大義も持たぬ野良犬共が。大きな顔をしていられるのは今の内だけだぞ……)」
ギシリと、音が鳴るほどに強く歯を噛み締めて。司令官は去ってゆくユウリを睨み付けるのだった。
ジュノーエンジンの回収は無事に完了したらしく、エアー7はその日の午後にはカタロス陸軍基地を後にすることを許された。
ザールスに向かい進路を取るエアー7のブリッジの中で、ユウリは大きく溜息を吐く。
「お疲れ様、ユウリ」
「ん、ああ。すまんな、アリシア」
トレーには湯気の立つ珈琲とお茶菓子が乗せられている。
受け取った菓子を一口齧り、珈琲で喉を潤す。
ホワイトチョコレートをビスケットで挟んだ菓子は甘さが控えめで、甘いものがあまり好きでないユウリも気に入っていた。
一息ついたユウリは、アリシアがその場に残ってドアの方へと視線を向けていることに気付く。
ドアの傍には何か言いたげなエレナの姿があり、無言でこちらに視線を向けてきている。
エアー7に戻るなり寝込んでいたエレナだが、回復してからは終始このような様子だった。
お陰でユウリも何となく落ち着かない。アリシアも同じ想いのようで、今のは恐らく「いい加減どうにかしろ」のジェスチャーなのだろう。
意を決し、ユウリは言葉を口にする。
「言いたいことがあるならはっきり言ってくれよ。すまんが、俺はあまり察しが良い方じゃないんだ」
「それはまぁ……知ってるけど」
呟くように言って、エレナはおずおずといった様子でユウリの傍へと歩いてくる。
「その、ありがとう。今回はホントに助かったよ。あと……迷惑かけちゃってごめん」
「まぁ、持ちつ持たれつってやつだ。あまり気にするな」
「エレナにいつも助けられてる、でしょ。何でそこで素直になれないのよ全く」
肩をすくめるユウリにアリシアがすかさず突っ込みを入れ、エレナが驚いたような表情を浮かべる。
「大変だったのは寧ろ私よ。ユウリなんて、エレナ優先だーってエアー7置いて突っ込んでいくし。どうなることかと思ったわ、ホントに」
「おいアリシアっ!」
「あー、うん。それは……心配させちゃったみたいで」
「……まぁ、とにかく無事で良かった」
どうにも気恥ずかしく、顔を逸らして話題を終わらせる。そうして逸らした視線先にある光景に、ユウリは苦笑を浮かべた。
「御覧なさいリリィ! 地面があんなに遠い。それに海、海ですわっ!」
「姉さん分かりました。分かりましたからもう少し大人しくしてください。一応、私達は捕虜のようなものなんですよ」
ブリッジの窓際にかじりつき歓声を上げるマリィと、そんな姉を必死で窘めようとするリリィ。
どうやら訓練以外で基地の外に出たことはなかったらしく、随分と興奮した様子だ。
―――マリィのカルトスが撃破され、リリィが降伏した後。ユウリは二人を手早く拘束して、カルトスとポルクスのコックピットを完全に破壊した。
そしてそのままD装備、スカイブルーのコンテナの中に拘束した双子を格納してカタロス陸軍基地に戻ったのだ。
D装備はそのままエアー7の中へと運ばれ、マリィとリリィは当初の目的であったカタロス陸軍基地からの脱走に成功したのである。
「ユウリ……あの子達、これからどうするの?」
尋ねられ、そう言えばエレナが寝込んでいる間に彼女らと話した内容を伝えていなかったことを思い出す。
或いはそのこともエレナを不安させる要因なのかもしれない。
「流石にうちじゃ面倒見切れん。ヴィクトルの奴に話を付けてみるさ。向こうも丁度、ギアパイロットの教官を欲しがってたからな」
「戦いから解放してあげることはできないのかな」
「本人たちの意志だ。自分達に出来ることは、ギアの操縦だけだってな」
カサフスの街に連れてゆくことも出来るとは話したが、彼女らはパイロットを続けることを希望した。
ローレスの傭兵として登録するという手段もなくはないが、カタロス陸軍基地を脱走した身である以上あまり顔が売れるのも危険。
そう言った事情もあり、彼女らはラーダッドに送る予定になっている。
細かい話はまだしていないが、亡命の話を持ち掛けたところヴィクトルからは食い気味で承諾の回答が返ってきている。
神経接続に対応した機体はなくとも、彼女らのパイロットとしての腕は間違いなく一流。
自国のギア部隊の戦力増強を図っているラーダッドにとっては喉から手が出る程に欲しい人材なのだろう。
「「エレナっ!」」
耳に心地よいソプラノのユニゾンが響く。
エレナに気付いたマリィが駆けだすようにしてエレナの元にやって来る。姉に遅れて、リリィもまた早足で追い付いて来る。
随分懐かれたものだと、ユウリは小さく笑みを浮かべる。
「話は聞いたけど……二人はそれで良いの? 折角自由になったのに、また戦いなんて……」
「心配なさらないでくださいな。二人で話し合って決めたことです」
「無償の善意を受けられる立場でもありませんし、私達が提供できるのはギアパイロットとしての腕だけですから」
「けどさっ」
食い下がるエレナに、困ったような表情を浮かべる双子。見かねてユウリは二人に助け舟を出す。
「強いられて戦うのと、自分の意志で戦うのは違う。こいつらは自分の意志で戦うことを選んだんだ。なら、それを尊重してやっても良いだろう」
「ええ、ですのであまりご心配なさらず」
「私達はこれから、自分達の力で生きて行けるよう努力しますから」
「……うん」
「まぁ、上々の結果なんじゃないのか?」
ニヤリと笑って、ユウリはまだ納得できない様子のエレナの頭をポンポンと軽く叩いてやる。
そんな行為が恥ずかしいのか、エレナはふるふると頭を振りながら抗議の声を上げる。
「子供じゃないんだからさぁ……」
その様子がまた随分と可愛らしく、思わずユウリは口を滑らせる。
「だったらあまり心配をかけさせるな。一人で出歩いたら迷子になって、挙げ句誘拐されましたじゃまるで子供だろ」
「……っ」
次の瞬間、周囲の空気が変わる。しまったと、ユウリは自分の迂闊な発言を呪うが覆水再び盆にかえらず。とどのつまりは後の祭り。
顔を真っ赤にしているエレナと、三人の女性からの抗議の視線に、ユウリは顔を歪めるのだった。




