第33話 カルトス
リリィとマリィが脱走した次の日の早朝。
クラド山脈の麓には、カタロス陸軍基地から出撃した部隊が集結していた。
クラド山脈はラズフィア政府の国有地であり、カタロス陸軍基地の演習場として使用されている。
その為民間人の立ち入りは禁止されており、周囲には軍の監視網が敷かれていた。
つまりはこの場で起きる戦闘であれば、多少派手になろうとも容易に揉み消しが可能ということだ。
『チームA、B、C、D配置完了』
「ジャミングの使用が予想されるため、通信は外部スピーカーにて行う。我々を撹乱し、包囲を抜けることが連中の狙いだ。くれぐれも取り逃すことだけはないように」
『了解。手間が省けた。失敗作共はこの場で始末します』
「相手は第四世代だということを忘れるな」
『分かっています。確実に包囲し、一機ずつ仕留めます』
突入部隊は三機で一小隊のチームが四つ。中隊規模―――計十二機のナイトG3が導入されている。
装備は木々の貫通を狙うため大口径ライフルやキャノン砲といった高威力単発式のものを選択。
これまで幾度となく行われたクラド山脈での模擬戦の内容を反映した武装選択だった。
部隊指揮を任された部隊長は血気盛んな部下に釘を刺しながら敵の戦力を分析する。
カタロス陸軍基地に拠点を置くラズフィア第六機甲師団は第四世代ギアの運用、並びに対第四世代ギア向けの戦闘データを取るために新設された部隊である。
マリィとリリィが操る第四世代ギアはアルティマ社の第四世代ギア、そのプロトタイプであると共にカタロス陸軍基地の兵士たちの演習相手でもあった。
これまでの戦闘結果から得られたデータによると、第三世代ギアと第四世代ギアの戦力比は三対一。
第三世代ギア三機が小隊を組んで連携することで第四世代ギアの撃破は可能であるという結論に至っている。
無論これは、それらのギアを操縦するパイロットの実力が同等であるという前提の話だ。
ラウンズの騎士やローレスに所属する熟練の傭兵が操る第四世代ギアは一騎当千、第三世代ギア一個師団を単騎で殲滅可能な戦力を有するとさえ言われている。
第四世代ギアはそれを操るパイロットに実力が伴うことで初めてその真価を発揮する。
そう言った意味で双子が操る第四世代ギア、ジェミニは他の第四世代ギア程脅威ではなかった。パイロットが完成していないためだ。
リリィとマリィの二人にはカタロス陸軍基地が作られた八年前―――彼女らが幼少の頃から厳しい訓練を課し、薬品による動体視力や反射神経の向上といった強化を施していた。
それはかつて倭国で行われ、恐らくはラウンズの騎士達も受けたであろう処置。ブーステッドウォーリア、強化兵士の育成である。
育成のノウハウを持たないラズフィアは独自の手法で強化兵士の育成を実施。
何人もの候補者の中で唯一破棄されず生き残ったのが、彼女たち双子だった。
その成果もあって彼女らは並みの兵士では歯が立たない程のギアパイロットには育ったが、第二次成長期を終えた辺りでその成長は頭打ちとなった。
状況を打開する為の賭けとしてアルティマが秘密裏に進めていた神経接続の手術を試みたものの、これも失敗。
脳波によるギアのコントロールには成功したが、それまで前衛を務めていたマリィは酷い後遺症に見舞われ長時間の戦闘は困難となった。
しかし彼女達から収集したデータは次の世代へと活かされる。既に別の基地で、新たなギアパイロット候補生達の育成が進められていた。
言ってしまえばリリィとマリィは役目を終えた実験体。
戦闘データも十分に取り終え、ラズフィア第六機甲師団のメンバー達は第四世代ギアとの戦闘やエネルギーシールドに対する対処法を熟知している。
噂によるとカタロス陸軍基地の司令官は、双子の破棄を検討していたという。
役目を終え壊れかけた実験体など脅威にはならない。ジェミニの隠密能力は確かに脅威だが、第六機甲師団には彼女らと戦ってきたノウハウがある。
手の内は全て把握している。
「チームA、先行しろ。目標を発見しても深追いはせず自衛に専念。チームB、Cは後方より追従。チームDはバックアップに入る」
部隊長の号令と共に、クラド山脈への進行が開始される。
道具のように消費される彼女らの境遇に同情がないわけでもない。
しかし今ラズフィアはクラナダに対し大きな後れを取っている。
ラズフィアを守るラウンズの騎士も第四世代ギアも、全てはクラナダより与えられたものだ。
世界最大規模の複合企業アルティマの膝元であり、連合国の代表を自認するラズフィアにとってその事実は屈辱以外の何物でもない。
第四世代ギア、フォートレス、そしてそれを操るギアパイロット。それら全てを自国の技術みので実現する。
その目的の為、彼女らは必要な犠牲なのだ。
今からおよそ十三年前。犠牲を容認するその思想が反感を招き当時のギアパイロット達は独立、国を捨て傭兵組織であるローレスを作り出したのだが、そのような過去など知る由もなく。
部隊長は迷いを振り払い指揮に集中するのだった。
光学迷彩を起動。同時にコネクタを首筋のプラグに接続。身体から力が抜けるような感覚と共に、スイッチが切り替わる。
最早慣れてしまった神経接続だが、マリィは何度味わってもこの感覚が好きになれなかった。
自分の身体が別の何かに置き換わってしまうようでどうにも落ち着かないのだ。
しかし今は、今だけはこの力に頼る他なかった。
深く息を吸って気持ちを落ち着かせコンディションを確認。
これまで何度も味わった共感現象や同化現象の兆候も見られない。処方された薬は効いている。
『こちらポルクス。敵部隊を補足。間もなくそちらの射程距離に入ります』
「問題ありませんわ、リリィ。何時でも行けます」
長距離レーダーを持つリリィからの通信。
普段行っているラズフィア第六機甲師団との模擬戦ではこの時点でマリィのギア、カルトスに搭載されたジャミングを使用しているが、今更彼ら相手にそのような手を使っても意味はない。
ジャミングの使用は寧ろ彼女らにとって有害だった。
『……ええ。行きましょう、姉さん』
同時にカルトスの後方、山頂を陣取るポルクスから放たれた対物ライフルの一撃が大木の幹を抉る。
接近していた第六機甲師団のメンバー達は慌てた様子で索敵を始める。
『敵の攻撃ですっ』
『狙撃か? しかし狙いは外れて……』
『木が倒れてくるぞ、退避しろっ』
「(流石ですわね、リリィ)」
事前の打ち合わせ通り。針に糸を通すような正確さで木の幹を狙った妹の狙撃技術に舌を巻きつつ、マリィは倒れかけた大木を蹴り付け倒木の速度を加速させる。
同時に攻撃に動揺しているギア部隊の前へと躍り出た。
手近なギアに接近し、その胸元に向かってナイフを振り上げる。
エネルギーナイフ。エネルギーブレード程の刃渡りはないものの燃費は良く取り回しの良い、カルトスの唯一の武装だ。
軽量小型の上に光学迷彩、ジャミングといった機能にリソースを割いたジェミニは武装の装備に制限が付く。
白兵仕様のマリィのカルトスなら尚更だ。
そんな中で彼女がが好んで使用しているのがエネルギーナイフだった。
一撃の威力が高く、何より軽い。
『一機やられた、カルトスだ! 狙撃でもう一機やられたぞ!』
『チームB、C、フォローに入れ。カルトスを包囲しろ』
「(見飽きた作戦ですこと……)」
部隊を囮と本命に分け、マリィ達が囮を攻撃している間に本命が包囲。前衛であるマリィを無力化する。
これまでに何度も見せられた双子対策。しかし相手の手の内を知っているのは、何も第六機甲師団だけではない。
「(散々手を抜いて、勝ちを譲って差し上げたのですから。今日はこちらが頂きますわ)」
『支援します。離脱を』
「お願いしますわ」
包囲を避けるようにマリィは離脱。それを支援する為にリリィからの援護射撃が飛ぶ。
これまでの模擬戦のような周囲の環境に配慮する優しさなど見せぬ、環境破壊など知ったことかと言わんばかりの容赦ない破壊。
離脱を果たしたマリィは倒木と狙撃を恐れて大胆な動きが取れないギアを見つけ、機体を移動させる。
「右、仕掛けますわ」
『左を足止めします』
歯車が噛み合う感覚にマリィは笑みを浮かべる。阿吽の呼吸とはまさにこのことだ。
これから行う行動をリリィに告げるだけで最適なフォローが返ってくる。
ジャミングの影響下でも戦えるようにとこれまでの戦闘では通信を禁止されていたが、意思の疎通さえできればこの通りだ。
加えて今はお互いの位置をマーカーで確認できる。連携の取り易さはこれまでとは雲泥の差だった。
マリィが右のナイトG3にエネルギーナイフを突き立てると同時に、左のナイトG3が狙撃によって破壊される。障害物の多いこの状況で、リリィは足止めどころか直接仕留めて来た。
「リリィ?」
『ええ、残り八機。このペースなら……』
手ごたえを感じたところで、一機のナイトG3がカルトスの居る方向へとアサルトライフルを乱射してくる。
エネルギーシールドが展開されるが、中に入っているのは液体塗料だったらしく防ぐことが出来ず、カルトスの装甲がオレンジに染まる。
エネルギーシールドが吸収する運動エネルギーには一定の閾値が存在しており、閾値を下回る攻撃は吸収の対象とはならない。
今撃たれたのは訓練に使用される、塗料の入ったペイント弾だ。弾丸はともかく、飛び散った液体塗料の運動エネルギーはその閾値を下回っていたようだ。
次いでカルトスに向かって砲撃が集中。エネルギーシールドによる無効化をしきれずキャノン砲の一撃が右腕を破損させたものの、損傷は軽微。
『シミュニッション弾……流石に分かっていますね』
「もうっ、汚れてしまいましたわ」
『損傷は?』
「問題ありません。ここからは力押しですわっ!」
機体の向こう側の風景を映すモニターに塗料が付着しては姿も隠せない。
役目を果たせなくなった光学迷彩を解除。ブースターの出力を向上させてマリィは斬り込んでゆく。
対応しようとナイトG3がライフルを構えたのを見て、マリィは機体を跳躍。木を蹴り進行方向を変え、器用に背後を敵の取って見せる。
そしてそのまま、無防備に背を見せる二機のナイトG3に両手に持ったエネルギーナイフを突き刺す。
「残り六機っ」
『いえ、五機です』
マリィの動きに気を取られて隙を見せた一機が、リリィの狙撃によって倒れる。
『カルトスのあの動きは何だっ、奴は副作用で碌に戦えないんじゃなかったのかっ!』
「(えぇ、とても辛かったですわよ)」
妹と共に神経接続の手術を受けさせられ、心の支えだった主治医に裏切られた日。
マリィはカタロス陸軍基地からの脱走を決めた。
神経接続によって引き起こされる同化現象と共感現象を抑制する為に処方された錠剤は、使うことなく全てストックして来た。
マリィの不調の原因は手術の失敗ではなく、抑制剤を飲んでいなかった為に生じたものだ。
同化現象によって生じた身体機能の一時的な麻痺や、共感現象によって引き起こされる激痛に苛まれながらも耐え続けた。
何よりも辛かったのは自分のせいで妹までもが失敗作と呼ばれるようになってしまったことだが……それも耐えた。
『あの女……手を抜いてやがったのかっ!』
「(でなければ、貴方がたに負けるとお思いで?)」
そうしてようやく、このチャンスを掴み取った。
雨のように降り注ぐ砲弾を潜り抜け、木を蹴り付け大きく枝を揺らしながら空中を移動。リリィの攻撃が引き起こした倒木によって身動きが取れなくなったナイトG3を狙う。
そう見せかけて途中で急降下し、フォローに入ろうとした方のナイトG3のコックピットをエネルギーナイフで貫く。
動けなくなったナイトG3はリリィが狙撃で止めを刺した。
残り三機。
『フォローしろ、俺が突っ込む!』
「(部隊が危機に陥れば必ず自ら動く。相変わらずですわね、教官)」
彼とはカタロス陸軍基地が創設された頃からの付き合いだった。
候補生達に戦い方を教えていた教官が、今ではギア部隊の隊長だというのだから驚きだ。
左手にアサルトライフル、右手に大口径ライフルを構えて接近してくる隊長機にマリィは微笑みかけた。
「貴方は前に出るよりも、どっしり構えて指揮をされていた方が厄介ですのよ? 自覚されてまして、教官殿」
『マリィっ!』
思わず外部スピーカーをONにして語り掛けながら木々を蹴り、側面に回り込んで胴にエネルギーナイフを叩き込む。
そのまま機体を旋回させつつ前進し、フォローに入ろうとしていたナイトG3にもう片方の手に持ったエネルギーナイフで右腕を切り落とし、次いでジェネレーターを破壊。
最後の一機はとマリィが振り返るのと、残った一機にリリィが銃弾を浴びせるのは同時だった。
これで十二機。リリィが長距離レーダーで捕捉した突入部隊は全滅させたことになる。
「……何人亡くなったかしら、リリィ」
『それは姉さんが考えることではありませんよ』
ギアには基本的に脱出装置が付けられており、パイロットの任意で使用可能だ。実際何機かのナイトG3では使用が確認できた。
ただ、使用していない機体も多かった。
マリィとリリィの目的はカタロス陸軍基地の無力化であり、そこに配属されている兵士の虐殺ではない。
殺すつもりはなかったが、ギアの急所がコックピットの存在する胸部であることもまた事実。
脱出しなかった者も、運が悪くなければ生きているだろうが……。
『それより、油断しないでください。周囲にドローンが展開されているようです』
「ドローン?」
カルトスによるジャミングを想定し、第六機甲師団は無人偵察機を使用してこないと考えていたが。
訝しげな表情を浮かべたマリィの頭上を、青色のギアが追い越してゆくのだった。




