第32話 戦いの前夜
一日が終わり夜が訪れる。
誘拐されてまだ五、六時間程度しか経っていないだろうが、随分長い時間だったようにエレナは思う。
「くしゅっ」
身体に寒気を覚えくしゃみを一つ。光のない、暗いコックピットの中は流石に冷える。暖房も電気も付けないのは恐らく燃料節約の為だろう。
しかしザールス程寒くはないにしても、これでは風邪を引きかねない。
「使ってください」
そんな言葉と共にリリィが何か柔らかな布地を渡してくる。
感触から毛布なのだということが分かった。これなら一晩をやり過ごすくらい何とかなりそうだ。
ただ、気になることはあった。
「貴方は良いの?」
三人で保存食を食べた時に気付いたのだが、基地を出る際に彼女達が持ち出した物資があまりにも少ない。
一人分のサバイバルキットをそれぞれ一式ずつ。保存食や水は節約しても三日ともたないだろうし、毛布も一枚きりだったように思う。
「構いませんよ」
「いや構うでしょ」
そう言ってエレナは壁に片手を付いて方向を確かめながら、リリィの居る前の座席へと移動する。
外で見た時はそれなりに大きな毛布だったから、詰めれば二人で使うこともできるだろう。
「……人質なのですから、あまり迂闊な行動をされると困ります」
「そう思うなら人質らしく扱ったら? まぁ私としては今の扱いの方が助かるけどさ」
人質として連れては来られたものの手荒な扱いは受けておらず、寧ろ仲間か客人のような扱いを受けているように思う。
少ない夕食も三人で平等に分けた。このような振る舞いをされては彼女らのこともあまり憎めない。
もしかしてこれがストックホルム症候群という奴なのだろうかとエレナは少し考えた。
『定時連絡、こちらマリィ。状況に変化はありませんわ』
「こちらリリィ。こちらも変わりありません」
『エレナはどうされてますの?』
「彼女も、特に変わりはありませんよ」
「こんばんわ、マリィ」
『あら?』
名前が挙がったので挨拶を返すと、マリィは驚いたような声を上げた。
『もしかしてリリィの傍に居ますの?』
「毛布が一枚しかないみたいだからね」
『……リリィだけズルいですわ! それではまるで女子会のようではありませんか!』
「彼女をポルクスに乗せると決めたのは姉さんでしょう」
『それはそうですけど……』
二人のやり取りに目を細める。二人とも楽しそうだ。マリィも、それに付き合うような形で話をしているリリィも。
少しだけ悩んで、エレナは二人の問題に切り込むことにした。聞けるチャンスは恐らく今しかないと思った為だ。
「……二人はさ、何処までやるつもりなの?」
「安心してください。明日中にカタロス陸軍基地を占領して、そこで貴方を解放します」
「そうだろうね。物資や燃料もそれ以上はもたないだろうし、それ以前に君たちの身体に限界が来る……っぅ!」
『リリィ、おやめなさい!』
「しかし姉さん……」
リリィに喉を掴まれ、シートに身体を押し付けられる。同時に物音でこちらの異変を察したマリィが静止の声をかける。
リリィはマリィの判断に異を唱えながらも、エレナの首からは手を離した。
『エレナ、大丈夫ですの?』
「大丈夫だよ、ありがとう」
人質の身で彼女達の事情に踏み込むと決めたのだから、これくらいのことは覚悟していた。
掴まれた喉を擦りながら、エレナは続ける。
「貴方達に施されているのは神経接続だね。昔少しだけ調べたことがあるよ。あたしの相棒も第四世代のパイロットだからさ」
『……驚きましたわ。本当に、よくご存じですのね』
地上兵器ということもあって第三世代ギアは元戦車乗りなどがパイロットを務めることが多かったが、第四世代が登場し戦闘が高速化したことで事情は変わってくる。
瞬間的に発生する加速やそれに伴うGに対処するのは、普通の人間では不可能だったためだ。
各国は様々な方法でギアの操縦に特化したパイロット作り出そうとした。
薬物によるドーピング。AIによる操縦補助。肉体を機械化したサイボーグ。幼少の頃よりギアの操縦訓練だけを受けさせ、神経強化の措置が施されたブーステッドウォーリア。
そのようなプランの中の一つに神経接続というものがあった。
コネクタとプラグを使ってギアに身体を接続させ、脳の電気信号で機体を操作するという方法だ。
現在各国で運用されているギアの操縦は、モーションパッケージシステムとGCU―――ギアコントロールユニットによってある程度簡略化されている。
GCUは前進、後退、旋回、武装の使用などパイロットからの大まかな指示に従って最適なモーションを選択、機体を動作させる。
優れたモーションパッケージを作成しコピーすることで、練度の低いパイロットでも一定の戦果を挙げることが可能となっている。この仕組みこそが第三世代ギアを爆発的に普及させた要因である。
とはいえこの方法には限界があり、精密な操作や制御を実現できないという問題を抱えている。紙一重の見切りや、飛来物を即座に掴むといった対応は出来ないのだ。
そのためパイロットは必要に応じてモーショントレースシステムを使用。上半身のみパイロットと機体の動きをリンクさせる、右腕のみリンクさせるなどして精密な動作を実現している。
特に白兵戦を得意とする倭国の機体はこのシステムが多用されており、ユウリも上半身の制御はモーショントレースシステムを使用している。
このモーショントレースシステムの課題として挙がっているのがトレース時のタイムラグと精度の問題なのだが、脳の電気信号で直接機体を制御可能な神経接続者は、精密動作をタイムラグなしで行うことができる。
まるで自身の身体を操るかのように。
身体が不自由な患者を義手やパワードスーツでサポートするという医療技術が元となって生まれた神経接続は、人道的な問題もあって兵器利用は条約で禁止されている。
特に大きな問題となっているのがギアが受けたダメージを自分の痛みとして認識してしまう共感現象と、脳が機体の制御をしているのか自身の肉体を制御しているのか区別がつかなくなる同化現象である。
森の中でマリィが飲んでいたのは恐らくそれらを抑制する為の薬だろう。
「カタロス陸軍基地で非道な人体実験が行われていたことは君たちを見れば分かる。その痛みまでは理解してあげられないけれど」
彼女達が悪い人間ではないことは一緒に行動してよく理解できたし、その境遇はどこかユウリと似ているから。
だから出来ることならば、彼女達の力になりたいとエレナは思った。
「もし良かったらなんだけど、あたしの連れに相談してみない? ローレスやラーダッドには一応伝手があるし、基地を攻撃するよりも良い方法があるかもしれない。君たちは基地から逃げたいだけなんでしょう?」
『それは……』
「あまり姉さんを困らせないでください、エレナ。姉さんはただでさえお人好しなんですから」
迷うような素振りを見せたマリィの言葉を遮るようにリリィが言う。それは明確な拒絶の意思だった。
「申し訳ありませんが貴方は人質です。それ以上でも以下でもない。何度も信じて、裏切られてきました。痛い思いをしてきました。利用されて、酷い実験を受けて、身体を弄られて……」
これまでこの姉妹はどんな世界を生きてきたのだろう。
どのような絶望を味わわされてきたのだろう。
どんな目に遭えば、たった二人で軍の基地を敵に回そうなどと思えるようになるのだろう。
「だから、私達が信じているのはお互いだけです」
「……っ」
リリィの言葉に、エレナは嗚咽を堪えた。本当に泣きたいのは彼女達の方の筈だ。
当の本人達が泣き言を言わず状況を打開しようと動いているのだ。安い同情や共感で涙を見せてはいけない。
「信じて貰えないなら仕方ない。でも、あたしは何とかなるって思ってる。ユウリならきっと、貴方達を助けてくれる」
滲んだ視界を服の袖で拭い、エレナは答える。
自分には彼女達を救えない。その力がない。彼女達の想いを正面から受け止める力が。
だけどユウリなら何とかしてくれるのではないか。そう思った。
「アイツはあたしと違って強引だから、きっと二人が拒んでも無理矢理救いに来るよ」
「信じて疑わないのですね。カタロス基地の兵士ではなく、貴方の仲間が助けに来ると」
『少しだけ羨ましいですわね』
「会ってみればわかると思うよ。ホント、バカな奴なんだから」
くすりと微笑んで、エレナはそのまま目を閉じる。
どうか二人にとっての悪夢が終わりますようにと願い、その為に自分に出来ることは何なのだろうと考えながら眠りにつくのだった。
D装備に入っているテントは四人用で、それなりの広さがある。
端にアリシア、荷物を挟んで反対側にユウリという体勢で二人は休むことにした。
寒さは感じず寝袋は温かい。悪くない環境ではあるのだが、どうにも寝付けない。
ゴロリと寝袋ごと寝返りを打って、眠っているアリシアが視界に入ってしまったのに気付き、ユウリはもう一度寝返りを打って反対側を向いた。
「ユウリ、まだ起きてる?」
そんな動きをしたことでまだ起きていることに気付いたのか、アリシアが声をかけてくる。
「起きてるよ」
「寝なきゃダメじゃない」
「話しかけてきた奴がそれを言うか」
「ごめんごめん。色々考えてたら、私も全然寝付けなくて」
確かに考えることは色々あった。
普段参謀役を務めてくれるエレナが居ないこともあって今日はずいぶん頭を使ったように思う。
これっきりにしたいところだった。こんな状況になるのも、こんな状況を許してしまうのも。
「ねぇ。エレナを攫った二人、どうする? 私達が考えた通りなら彼女達は……」
「分かってるよ。戦う前に話はしてみる」
「話してダメだったら?」
「そりゃ力ずくだな。まぁエレナの奴も居るようだし、急所は外すさ」
「随分乱暴な手段ね」
「まぁ、やると決めて動けば大抵のことは何とかなるものだし、何とかして見せるさ」
「適当なんだか、頼りになるんだか」
そう言ってアリシアは小さく笑う。彼女の不安も少しは解消されたのだろうか。
なんにせよユウリに出来ることなど限られているし、その限られた分野において加減をするつもりは彼にはなかった。
「おやすみ、ユウリ」
「ああ、おやすみ」
目を閉じて眠気に身を委ねる。全ては明日だと、そう胸の内で呟くのだった。




