第31話 双子
基地を離脱したギアはそのまま木々が生い茂る山へと入った。
エレナが乗せられたギアは直列複座式となっており、彼女は両手を拘束されたまま後部座席に座らされた。
森に入って暫くして、空間から滲み出るようにしてもう一機のギアが姿を現す。
機内の様子や仲間のギア、連れてこられた場所などから少しでも多くの情報を収集したいところだったが、今はそれ以上に優先すべき切迫した問題があった。
「……あの、ちょっと、悪いけど下ろしてくれないかな」
一つの山場は超えた筈だと思いつつ、祈るような気持ちでエレナはギアを操縦する少女に話しかける。
「申し訳ありませんがそうは参りません。貴方には人質になっていただきますので」
「それは分かったから、お願いだから下ろしてよっ! もう限界だから……トイレにいかせてよっ!」
誘拐され人質にされて、初めて発した台詞がこれである。軽く死にたい気分だった。
相手が同姓だったのは唯一の救いだろう。
「ええと……同行はさせていただきますわよ?」
「分かったよ、もう良いよそれで……」
先程以上に申し訳なさそうな声で言ってくる少女に、エレナは肩を落とし答える。
そうして少女と共に一度機体を降り、手の拘束を外して貰い、差し迫った危機をどうにか回避して一息つく。
外に出て風に当たり頭も回転し始めた。よし、と、エレナは内心気合を入れる。
「(先ずは伝えられるだけの情報をユウリ達に伝える。そこから始める)」
ヴァンクールに身柄を狙われていたこともあって、エレナの身体には常に発信器と盗聴器が取り付けられている。
両手が自由な内にそれを起動させようと忍ばせていたスイッチを押そうとして、リモコンのランプから既にそれらが起動していることに気付く。
有事の際にはハルを経由して遠隔で起動させられるようにしていたが、どうやらユウリが起動させたらしい。
そうなるとさっきの会話も聞かれたのだろうかと一瞬思ったが、頭を振って一度忘れることにする。後でハルのログを確認すればいい話だ。
―――追い打ちを食らうだけのような気がしてならなかったが。
「ところで、君たちの機体が使ってるのは光学迷彩だね? 実用化してるとは思わなかった」
パイロットスーツの首元のファスナーを緩め、錠剤のようなものを水と一緒に飲んでいる少女に声をかける。
少女は頷いて少し驚いたような表情を見せた。
「お詳しいですのね」
「それなりにはね。あたしが知ってるのは、機体の向こう側の映像を補正しながら表示して自機を消えたように見せるタイプだけど」
「正しくその通りですわ。よくご存じで」
「一応メカニックの端くれだし、似たようなことは考えたことがあったから」
僚機の様子から恐らくそうだろうと思ってカマを掛けたが、どうやら当たりだった。
小さく頷いて話を進める。
「消音措置が取られていて、機体の形状がセオリーから外れてるのはステルス性を考慮しているからだね。この機体は多分、偵察潜入用の第四世代」
「ジェミニ。基地の者達はそう呼んでいました。わたくしの機体がカルトスで、妹の機体はポルクス」
「で、君たちは何? 見た感じ、帝国やヴァンクールのスパイって訳でもなさそうだけど」
「実験体ですよ、私達は」
続けて彼女達の身元を確認しようとしたところ、離れたところから答えが返ってきた。
その場には金髪の少女とそっくりの容姿の少女がもう一人。
「あら、リリィ」
「あらじゃありませんよ、姉さん。その方は何方ですか?」
「えぇと……」
「あ、エレナです」
「そういえばご挨拶がまだでしたわね。わたくしはマリィ。こちらの妹はリリィと申します」
「名前を聞いてるんじゃありません。まったく、人質が通じるような連中じゃないでしょう」
ピシャリとリリィに言われ、マリィはしゅんと項垂れる。
まるで拾ってきた子犬を捨ててきなさいと言われた子供のようだ。
エレナは容姿がそっくりな二人の相違点に気付く。
マリィの方がやや目が大きく、リリィの方は切れ長の目だ。
そんな違いもあって姉よりも妹の方がしっかりしているような印象を受ける。
「それでどうするつもりなんですか? ここで開放するわけにもいかないですし、閉じ込めておけそうな場所もありませんよ」
「……ポルクスの中ならよろしいんじゃないかしら? それ程激しく動くこともないでしょう?」
「このっ、考えなし」
ガックリと項垂れる少女、リリィにエレナは少しだけ親近感を覚えた。苦労してそうだなぁ、などと内心少し同情する。
そうして項垂れていたリリィだったが、やがて気を取り直して何やら機械を取り出す。アンテナの付いた、小型の通信機のような装置だった。
「(不味……っ)」
「手を前に出して、そのまま動かないでください。……これは何ですか?」
失敗したと思ったが既に遅く、身体に隠していた発信器と盗聴器が発見される。恐らく電波を感知するタイプのセンサーだろう。
「発信器と盗聴器。今電源は切った。ON/OFFの操作はこのリモコンを使うけど、遠隔操作も出来る」
隠したところで意味もない。正直に答えてリモコンと機器を渡す。
「送信先はカタロス陸軍基地ですか?」
「信じて貰えないかもしれないけど、違う。あたしは基地の司令官に雇われた傭兵だよ。模擬戦の相手として雇われたけど、相手は多分君たちだったんだろうね。受信機は仲間が持ってる」
「つまりは仲間に第四世代ギアのパイロットが居る、と。厄介な方を人質にしてしまったようですね」
リリィはじろりとマリィを一瞥するが、当のマリィは速やかに目を逸らす。
やれやれと溜息を吐きながら、リリィはそのままはエレナから受け取った機器を破壊する。
「後でボディチェックをさせて貰います。念のため場所を移動しますよ、姉さん」
そうしてやや乱暴に手を引かれリリィのギア、ポルクスへと入れられる。
「姉さんに感謝してください。私一人なら殺していました」
「でもまぁ、誘拐した張本人に感謝っていうのもおかしな話だよね……」
それでも命を取られなかったのは幸運だった。
エレナは安堵の息を吐き、それ以上余計な小細工はせずリリィたちの指示に従うのだった。
「相手に発信機を見つけられた。くそっ、なんて迂闊……」
クラド山脈の麓、テントの設営準備を進めながらイヤホンで音を拾っていたユウリが苦々しげな顔をした。
相手の動きを察知して遠隔操作で電源を落とせなかった自分を悔いているのだろう。
スカイブルーから下ろしたバックパック―――コンテナの整理をしていたアリシアもそれを聞き顔を顰める。
誘拐された状況で犯人に発信機が見つかる、というのは最悪のパターンだ。
「どうする、すぐに仕掛ける?」
「いや、これが理由でエレナが殺されるなら今動いても手遅れだ。それに奴らの会話を聞く限り、殺される可能性も低そうだからな。今下手に動いて刺激したくない」
耳からイヤホンを引き抜きつつ答えて、ユウリは再びテントの設営に戻る。
なるべく平らで、石や木の根で盛り上がってない場所を探してその場に設営道具を広げる。
「……案外冷静なのね。ちょっと意外だった」
「焦ってるぞ。ただまぁ、下手に動いて状況を悪化させたら目も当てられんからな」
ガリガリと頭を掻きながらユウリが答える。
恐らく自分の脳をフル回転させて、状況を把握しようとしているのだろう。エレナと一緒に行動しているときには決して見れなかった一面だ。
「いつもそれくらい大人しくしてればエレナの苦労ももう少し減るかもね」
何気なく漏らしたアリシアの言葉に、ユウリがその手を止めた。
「……頼りすぎてると思うか?」
「どうかしら。アレはアレでバランスが取れていたようにも思うけど」
色々とエレナに任せきりな部分はあるが、それはどちらかと言えばエレナが凄すぎるのだ。
一人で幾つもの役割をこなしている。アリシアには到底真似できそうにない。
「助けられてると思うなら、この仕事が片付いたら何かプレゼントでもしたら? 日頃の感謝の気持ちも込めて」
「そうだな」
てっきり性に合わないだのと言い始めるかと思ったのだが、ユウリは素直に頷く。
頷いて、少しだけ躊躇うような様子を見せた後言葉を続ける。
「その、なんというか……俺はエレナにもアリシアにも、同じくらい助けられてると思ってる」
「プレゼントは二人分って? ユウリにしては気が利いてるわね」
「柄じゃないことは分かってんだよ。しかしまぁ、言っておかないと後悔することもあるからな」
「それじゃ、今度三人で何処か行きましょうか。貰ってばかりでも悪いから、お返しに私とエレナでユウリの服を選んであげるのも良いかも」
「勘弁してくれよ」
そんな光景を想像し、クスリと笑ってアリシアは気を取り直す。
その為にはまずエレナを助けなければ。
「で、何でここに張り込んでるの? こうしてる間にももっと遠くへ逃げられるかもしれないでしょ」
「司令室での会話を聞いていただろう。陸軍の連中はここで網を張ってる。外に出させないようにするつもりだ。そして恐らく……エレナを誘拐した双子はその作戦を逆手に取るつもりだ」
濃いグリーンのテントを広げつつ、ユウリが言う。風で飛ばないようアリシアもテントを抑えにかかる。
「それなら脱走したとき、基地で戦えば済む話じゃないの? なんで態々一旦退くなんて……」
相手の体制が整う前に速やかに殲滅。ユウリの得意技だ。
今回双子がその手段を取らなかったのに何か理由があるのか。
「ジュノーエンジンとエネルギーシールドを持つ第四世代は確かに第三世代に対して優位を取れるが、数で押されればそれで詰みだ。この基地には二十機以上のナイトG3が配備されてる。奇襲で削ったとしても、必ず限界は来る」
「だから、森?」
「双子の機体には光学迷彩が搭載されている……らしい。さっきのエレナの話だと」
地面にペグを軽く打ち込んで土の硬さを確認する。
問題ないと判断したのか、ユウリはそのままペグでテントを地面に固定してゆく。
「姿を消せるなら、確かにこの森は奴らにとって絶好の狩場だ。しかしそれで基地の戦力を全滅させたとしても、いずれ限界は来る。なら、奴らの狙いは?」
「……もし彼女達が違法な実験を受けていたとして、基地から逃げようとしたとして。この近くに彼女達の味方は誰も居ないわ」
アリシアは軽く目を閉じて、先程ハルを使って調べた内容を思い出す。
「カタロスの司令官は相当な権力を持ってるわ。地元の警察も取り込んでる。だから逃げるのでなく向こうの戦力を削り切って、ラズフィア本国が動くのを待とうとしてる、とか」
「随分分の悪い賭けに思えるけどな」
「何もしないよりはマシだと思うけど」
「それが事実なら……悪いが基地の連中には囮になって貰おう」
カンカンと小気味良い音を立て、ペグが打ち付けられてゆく。
こんな状況でなければアリシアも打ってみたかったが、今は遊びにに来ているわけではないので自重する。
「姿を消す前の奴らの武装を見たが、片方は無手、もう片方は背中に対物ライフルを装備していた。分担は恐らく前衛とスナイパー。狙うならスナイパーだな」
「基地の連中を囮にしてスナイパーの居場所を探し出して、不意を討とうってこと?」
「よく分かったな。問題はエアー7を使えない状況で狙撃位置の探知をどうするかだが……」
ハルに頼りすぎた弊害だなと言いながら何やら思考するユウリに、遠慮がちにアリシアが声をかける。
「あの、大まかな弾道予測なら地図があれば私にも出来ると思うけど」
「え? 何で出来るんだ?」
「勉強したから」
元はエアー7に搭載された狙撃探知システムとやらの使い方を聞いたつもりだったのだが、気付くとアナログ式の狙撃探知の方法についての講習になっていたハルの授業を思い出す。
最終的には狙撃探知システム用のシミュレーションプログラムで、アナログ式狙撃探知を試す所まで行き付いてしまった。
エアー7があればそんな知識は全くいらなかったのだと後から知って脱力したのだが、役に立つようなら何よりだった。
「勤勉な社員ばかりで嬉しいことだな、まったく……」
関心半分、呆れ半分の声を上げながら、ユウリはテントの組立を終えるのだった。




