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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
双子の悪魔
32/75

第30話 誘拐


 耳障りなアラートがカタロス陸軍基地全体に響き渡り、緊急事態を告げる。

 通された部屋で待機していたユウリは弾かれたような勢いで立ち上がり、部屋を出る。

 一方のアリシアは驚いてユウリを引き留める。


「ちょっと、何があったの!?」

「分からんが……とにかく行くぞっ」

「何処に?」

「格納庫だ」


 周囲を見渡し、慌てた様子の兵士達を発見。その後を追ってゆく。

 外部からの襲撃か、或いは基地内で何かあったか。何にせよ速やかに状況を確認する必要がある。


「あぁもうっ、そんなに早く走れるわけないでしょ……」


 そんなアリシアの言葉を聞きユウリは後方に視線を向けたが、何だかんだと意外に付いて来ている。

 エレナより運動神経は良さそうだ。そんなことを考えて、表情を曇らせる。

 エレナが居ない。その事実がユウリを殊更に焦らせていた。


 この基地の人間がエレナの身柄を狙うとは思えない。

 ハルのことなど知らないだろうし、彼女の価値にも気づいていないだろう。しかしどうにも嫌な予感がする。


 予感や直感というものをユウリは軽視しない。それらは過去の経験を元にして導き出される、ある種の予測であると考えていた。

 実際自身の直感に救われたことも少なくない。

 その勘が告げている。エレナから目を離すべきではなかったと。


 そうして向かった先。先程エアー7を着艦させた格納庫。その場には銃を持った兵士達が集まっている。

 人垣は、右足を立てて跪き両腕をだらりと下ろした体勢――駐機状態のギアを中心に出来ている。

 ギアのコックピットにはまだ若い少女と、エレナの姿。

 少女はエレナを盾にするようにして兵士達の前に突き出し、ナイフを突き付けながらコックピットに向けて徐々に後退している。


「動かないでくださいませ。抵抗しなければ彼女の安全は保障いたします」

「(エレナ、くそ……っ)」


 幸いにして兵士達がエレナを無視して発砲するということはなかった。

 そう、幸いにしてだ。市街ならいざ知らずここは陸軍基地。後処理は容易い。人質を無視するという判断が取られることも在り得なくはない。


「構わん、撃て!」


 そんな予感が招いたのか、ユウリのすぐ後ろから遅れてやって来た高級士官の軍服を纏った男が兵士達に指示を下す。

 ここに来てすぐに話をした、カタロス陸軍基地の責任者だ。


「ふざけるなっ! これは一体どういうことだっ!」


 ユウリは即座にその男に食って掛かる。本能的な行動というよりは時間稼ぎの意味合いが強かった。

 最悪なのはここでエレナが殺されること。この基地の連中の都合など知ったことではない。


「説明している暇はない。……くそっ! ギアを出せ!」


 ユウリの時間稼ぎが功を奏したのか、少女がエレナと共にコックピットに入りハッチが閉じられる。

 こうなっては生身の兵士など意味を成さない。対抗するにはギアを用いる他ないが、それよりも早く少女の乗り込んだ機体が起動する。


 カラーリングが施されていない、白い細身のギア。

 小型の割に小型機特有のウィングやスタビライザーは見られず、凹凸が少ない。肩や膝のパーツも鋭角な物ではなく丸型で、巨大な人間のような印象を受ける。

 恐らくは実験機。この機体と戦わされる予定だったのかもしれないとユウリは思考し、周囲を見渡した。

 事前に聞いた話では、模擬戦でギアは二機という話だった。


 その予想もまた的中する。悪い予想ほど良く当たるとはよく言ったものだ。

 少し離れた場所でもう一機、全く同じ外見のギアが起動する。

 次の瞬間、二機のギアの輪郭がブレた。まるで周囲の景色に溶けるように姿が消える。


 しかし確かに機体はまだその場にある。微かに駆動音がする。

 そうして駆動音に耳を澄ますと、その音が想像以上に小さいことに気付いた。消音措置が施されているのか。

 しかしすぐにその音も遠ざかってゆく。離脱しようとしているのだ。


「双子が脱走した! 捕えろ、殺して構わん!」


 そんな司令官の言葉叶うことなく、二機のギアはそのまま基地を離れてゆくのだった。




 二機のギアが基地を離れてすぐ、カタロス陸軍基地は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。それも当然だろうとアリシアは思った。

 怒号が飛び交い、格納庫ではギアや戦車の出撃準備が進められてゆく。

 先程命令を下していた指揮官は気付けば姿を消していた。


 何処へ行ったのかとユウリが兵士に尋ね、司令室だろうと返答を聞き、続いてその場所を聞き出し、用は済んだとばかりに格納庫を後にする。

 向かう先は聞いていないが間違いなく司令室に乗り込むつもりだろう。


 エレナの誘拐はアリシアにとっても衝撃的だった。同時に二つの不安を覚える。

 一つは当然エレナの安否。そしてもう一つはこの先のユウリの行動だった。


 これまでのユウリの行動は良く言えば迅速かつ大胆。悪く言えば大雑把な見積もりで動いていた。それを慎重なエレナがフォローすることで上手くバランスを取っていたように思う。

 そのエレナを欠いた状態で、一体ユウリはどういった行動を取るのか。


「(……やれるだけやるしかないわね。私にエレナの代わりが務まるとは思わないけど)」


 今回はブレーキ役だ。ユウリが暴走しそうになったら上手く抑制しなければ。そう思いつつユウリの後に続く。


「入るぞ」


 制止する暇も無く、乱雑なノックの後司令室の扉を開く。

 五十代半ばといった年齢の司令官はこちらを一瞥しつつも、通信端末での通話を続行した。


「ああそうだ、クラド山脈の包囲だ。奴らを山に釘付けにして、明日山狩りを行う。増援? 必要ない。この件はカタロスの戦力だけで処理する」


 見るからに不機嫌そうだ。最初にこの基地で話をした時の柔和な笑みは完全に消え去っている。

 しかしアリシアにとってはこの司令官以上に、自分の隣にいるユウリがどういった行動を取るのかの方が不安でならなかった。


「見ての通り私は忙しい。君達に構っている暇はない」

「状況を確認したらすぐに出ていく。一体何が起こった」

「想定外の事態だ。こちらも困惑している」


 答えになっていない。いや、あえて誤魔化してきた。そのことを指摘してやろうかと思ったが、それよりも早くユウリが口を開く。


「さっきのギアは何だ。突然姿を消したように見えたが、アレが俺の模擬戦の相手になる筈だったギアか」

「それを知る権利は君にはない。それより君も協力してはどうかね。彼女らに誘拐されたのは君たちの仲間だろう」

「人質に構わず撃てと命令を出した奴と組む気はない。こっちはこっちで勝手にやらせてもらう」

「……良いだろう。こちらの作戦の邪魔をしないのであれば、好きにしたまえ」

「そうさせて貰う」


 アリシアが口を挟む余地もない短いやり取り。用は済んだとばかりにユウリはその場を後にする。

 慌ててアリシアも後を追った。


「ちょっと、何処行くのよ」

「格納庫だ。ここに居ても得られる物はない」

「格納庫って……」

「説明は後だ」


 短くアリシアを制しユウリは通信端末を取り出す。アリシアも持っている、ハルとの通信に使用しているものだ。


「ハル、D装備でスカイブルーを出撃準備。それから、ザースルの端末に自身をフルバックアップ」

「出撃って、何処に? それにバックアップって……」

「クラド山脈とか言ってたな、そこの様子を見る。恐らく泊まることになる。アリシアにも付いて来てもらうぞ」

「付いていくって、どうやって? エアー7の運転なんてできないわよ」

「スカイブルーに乗って貰う」

「はぁっ!?」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまう。こんな状況でありながら少しだけ周囲が気になって、アリシアはさりげなく周りを見渡した。

 幸い見られた様子はない。周りの兵士もそれどころではないのだろう。

 僅かに安堵しつつ、声を抑えてまずは一番気になったことを尋ねる。


「エアー7はどうするのよ。ここの連中に取られちゃったりするんじゃないの?」

「エレナが優先だ。連中が腹いせにエアー7をぶっ壊すと言うなら後で賠償問題にしてやれば良い」


 駄目だ、完全に頭に血が上っている。

 そう判断し先ずは落ち着くようアリシアが声を掛けようとしたが……。


「ここの司令官の話を聞いただろう。奴は人質を保護するつもりなんて毛頭ない。この基地の連中と組んだところで、エレナを生きたまま取り戻すことは出来ない」


 続けて発せられたユウリの言葉に驚きつつも、筋が通っていることを認める。

 冷静さを欠いていたのはもしかしたら自分の方だったかもしれないとアリシアは思った。


「ならどうするのよ」

「とにかくまずはこの場を離れる。それから、情報を集める」

「情報?」


 話をしていてユウリの方も余裕が出て来たのか、アリシアの方へを向き直り笑みを浮かべる。

 ふてぶてしく強気で、恐れを知らない頼もしい笑みだ。自分を助けてくれた男の笑みだ。

 不思議な感覚だった。その笑みを見ていると、どんな無茶も叶えられてしまいそうな気がした。


「こんなこともあろうかと、エレナには首輪を付けてある」

「…………」


 得られた安堵感が、ユウリへの信頼が一瞬にしてガラガラと崩れていくような感覚をアリシアは覚えた。

 台無しだった。さっきの自分の想いを返して欲しいと思った。


「首輪?」


 抗議の意味を込めてアリシアは睨み付けるように目を細め、ユウリの言葉を反芻する。

 自分でも驚く程冷え冷えとした声だった。


「いや、例えの話だよ。リアルに首輪とか付けるわけないだろ」


 さっきの威勢は何処かに消え失せ、もごもごとそんなことを言いながらユウリは格納庫に到着。そのままエアー7へと入っていく。


「パイロットスーツは?」

「このまま戦闘に入らないから、後で着替える。時間が惜しい」


 そうしてスカイブルーの元へと向かいユウリはコックピットへと入っていく。

 スカイブルーに見慣れないバックパックが装備されているように見えるが、あれがD装備だろうか。


 初めて見るスカイブルーのコックピットはアリシアが操縦した第二世代ギアよりも計器がずっと多い。

 そのことに驚きつつ、ユウリに続いてアリシアも中に入ろうとしてあることに気付く。


「あの、私は何処に座ればいいの?」

「……ここしかないな」


 ユウリもそのことに気付いたようで少し考えてから、パイロットシートに座った自分の膝を示した。


「ええっ……あ、いや、まぁ非常事態だし仕方ないか……」


 一瞬抵抗を示したがエレナの救出が優先と割り切った。ここで恥ずかしがっても意味はない。

 意を決して膝の上に座ろうとしたところで再びユウリから声が掛かる。


「そうじゃない、横だ。被さるように座られると視界が遮られる」

「横……ああ、はいはい。横ね横。分かったわよ」


 もう何とでもなれ。ユウリとは九十度身体をずらし、その膝にお尻を乗せアリシアは少し身体を逸らす。

 何となく子供のころに憧れたお姫様抱っこの体勢に少し似ている気がした。


「加減はするがそれなりには揺れる。ちゃんと捕まってろよ」

「つ、捕まる? 捕まるって……あぁっ、もうっ!」


 ユウリの首に手を回し身体を固定する。

 不謹慎ではあるのだが、この光景を写真で撮ったらどんなふうに映るのだろうかとアリシアは少しだけ気になった。

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