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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
双子の悪魔
31/75

第29話 冬のラズフィア

第三部突入です


 文化と芸術の国、ラズフィア。美しい建造物が多く料理も趣向が凝らされていることから観光スポットとしての人気が高い。

 特に冬のラズフィアは恋人達の聖地などと言われており、首都ペドゥーにある大聖堂で永遠の愛を誓ったカップルは生涯決して離れることはないのだとか。


 ゴシップに疎いユウリが何故そのようなことを知っているのかと言えば、単にアリシアとエレナがエアー7のブリッジで話しているのを聞いた為だった。

 その噂の根拠と実際の統計データを提出して欲しいと思うユウリだったが、暖かい飲み物とお菓子を囲みちょっとした女子会気分の二人に水を差すのは恐ろしかったので黙って艦の操縦に集中していた。


 そんなラズフィアも森の景色はザールスやラーダッドと然程変わらない。

 双眼鏡で地形を確認しつつ、ユウリは保存食を噛み砕く。


「ラズフィアの冬はそんなに寒くないのね。正直助かったわ」

「ま、ザールスに比べればな」


 テントから顔だけ出して言うアリシアにユウリが言葉を返す。

 アリシアの格好は青いデニムのジーンズに、ファーの付いたダウンジャケット。

 よくある格好だが、スタイルの良いアリシアが着ると中々に映える。そのままファッション誌に載っていてもおかしくないくらいだった。


 ユウリが身に着けているのは同じような青いジーンズに、黒のジャケット。アリシアよりは軽装だが、それ程寒さは感じない。恐らく気温は零下に届いていない程度だろう。

 青、黒、グレーといった暗めの配色を好むユウリの服のセンスがアリシアは不満らしく、『コーディネートしてあげる』などと言い出したことがあったが、それは丁重にお断りした。


 アリシアとザールスの街で歩くだけで視線が気になるというのに、服を選んでもらうなどまるでデートだ。

 加えてエレナも興味深そうな顔で話を聞き、同行を申し出てきそうだったので割と食い気味に断った。

 包囲され逃げ場を失えば大変なことになる。


 そんなことを思い出しつつ、再びユウリは目の前の森へと目を向ける。

 鬱蒼とした森、という程深いものではない。ラズフィアのギア部隊が演習に使っている為ギアが通れる程度のスペースはあり、それなりに視界も通っている。

 縦横無尽とまではいかないがそれなりに戦えそうだ。


「下見が終わったらちゃんとテントに戻りなさいよ。変な気は使わなくて良いから。……あぁ、まぁ変な気も起こさないでいてくれると助かるけど」

「大丈夫に決まってんだろ!」


 敢えてあまり考えずにいたことに踏み込まれて思わず声を荒げる。

 何故彼女はそういう際どいことを言ってくるのか。偶に誘っているのかと勘違いしてしまうことがある。

 加えて、アリシア自身が自分の発言に顔を赤らめているのが本当にズルいと思う。恥ずかしがるくらいなら言わなければ良いというのに。


「気を付けなさいよ。風邪でギアが操縦できません、なんてことになったらエレナに申し訳が立たないんだから」

「分かってる。寝るときはテントを使うさ」

「……エレナ、無事だと良いんだけど」


 心配そうに呟いたアリシアの言葉に、ユウリは目を閉じる。

 まだ間に合う。致命的な状況にはなっていない。今焦って、日暮れの森にギアで突入する方がかえって危険だ。

 ユウリは自分にそう言い聞かせ、逸る身体を押さえつける。


 ―――エレナは今、ラズフィアの軍を脱走したギアパイロットの人質に取られていた。







 事件が起こったのはその日の昼。ユウリ達三人は依頼を受け、ラズフィアの基地――カタロス陸軍基地を訪ねていた。

 依頼の内容は基地で調整を行っているギアとの模擬戦だった。


「毎度思うけど、よくこんな怪しげな依頼を受ける気になるよね。あたしなら絶対お断りだけど」


 準備があるので三十分ほど待つようにと通された会議室で、エレナは溜息を吐いた。


「怪しいの?」

「そりゃあね。ラズフィアなんだから、第四世代と模擬戦させたいならラウンズを使えば良いでしょ。なんで態々傭兵に声かけるのさってこと」


 アリシアの質問に答えて、エレナは出された珈琲を飲んだ。


「……インスタントだ」

「お前が家で飲んでるのもインスタントだろうが」


 どうにも不機嫌なエレナにユウリが言葉を返す。

 今回の依頼がよほどお気に召さないらしく、隙あれば不平を口にしてくる。


「報酬は悪くないし、向こうもローレスを敵に回すほど阿呆でもないだろう。さっさと要件をこなして、貰う物を貰って帰る。それだけだ」

「ま、良いけどね」


 そう言ってエレナは立ち上がる。どうやら部屋の外に出るらしい。


「陸軍の基地だぞ。面白い玩具はあるのかもしれんが、あまりウロウロするなよ」

「トイレだよ」

「…………」


 失敗した。不機嫌そうにその場を後にしてゆくエレナに何も言えず、ユウリは黙ってそれを見送る。

 アリシアの向けてくる、残念奴を見るような視線が妙に痛かった。




「(ちょっと言い過ぎたかな)」


 お手洗いを探して基地を歩きながら、エレナは先ほどのやり取りを振り返る。

 我ながら些か感情的になりすぎたようにも思う。とはいえ、ある意味それも止むを得ないことではあった。


「(アリシアを雇ってちょっとは地に足の付いた仕事の仕方になるかと思ったのに、またこんな怪しい依頼を受けて)」


 ローレスに持ち込まれる依頼の全てが、裏取りの完了している真っ当な依頼というわけではない。

 稀に詮索をしないという条件の元、破格の依頼料の仕事が持ち込まれることがある。無論、ローレスにも相応の仲介料を払ってだ。

 そのような依頼の場合、完全に違法というわけではないにしろ、グレーゾーンに近い仕事内容になることがある。


 通常敬遠されがちな仕事を、しかしユウリは実入りの良い仕事と捉えて受けてくることがある。

 リスクが高いと思うのだが、傭兵になりたての頃はもっと酷かったというのだから呆れるばかりだ。

 今回の仕事が正しくその類。一体何と模擬戦をさせられるのやら。


「(こっちの心配なんて全然気にもしてないし。ラーダッドでのことも全然気にも留めてないみたいだし……)」


 正直に言って不満の真因はそちらの方にあった。

 三ヵ月ほど前、ラーダッドの依頼を受けてユウリは新月との死闘を経験した。


 あれ程一方的に攻撃されるユウリの姿を見るのはエレナも初めてで、それでも何とか生きて帰ってくれたことが嬉しくて。

 不安と喜びがない交ぜになって感情を爆発させてしまった。

 随分みっともなく泣き喚いて、それまで胸に秘めていた気持ちを曝け出して、ユウリを困らせてしまったように思う。


 そんなこともあって、あの一件以後ユウリにどうやって顔を合わせればいいんだろうなどと悩んでいた時期があったのだが、ユウリは平然とした顔で言ってきたのだ。

 『飛刀を習得するからモーションプログラムの作成を頼みたい』と。

 あの時の苦戦の原因は確かにユウリが『飛刀』を使えなかったことにあるのかもしれないが、そうじゃないだろう、というのがエレナの素直な感想だった。


 しかしユウリが間違ったことを言っているわけでもない。彼はギアパイロットとして真摯に自分の欠点を克服しようとしている。

 そこに乙女心などというよく分からないものを持ち込むエレナの方が状況にそぐわないと言える。

 そんなことがって、結局怒りの向け先が定まらないまま三ヵ月が経過してしまった。


「(あぁ、なんかまたグチャグチャしてきちゃってるし)」


 雇い主で恩人で、傭兵でギアパイロットで相棒で、おまけに加えて気になる人で。

 ユウリとの関係は複雑すぎて、様々な要因が絡み合って上手く思考することが出来ない。最近のエレナの悩みの種だった。

 そんなことを考えながら不意に足を止め、周りを見渡す。


「……ここ、何処だろう?」


 これまで道沿いに何となく歩いてきたのだが、目的地は一向に見つからない。

 どうしたものかと思いつつ道を聞けそうな人を探していると、グレーのフードのようなものを被った人物を見かける。

 背格好からして女性。安堵の息を吐きながら、エレナはその女性に声をかける。


「あの、すみません」

「っ!」


 その女性は驚いたように顔を上げて、次の瞬間流れるような動きでエレナの背後に回り込む。

 荒事担当の相方とはことなりエレナは白兵などからっきしだ。反応すらできず右手を掴まれ、その場に押し倒される。

 ゾクリと背筋が凍るような感覚。数年前、ヴァンクールの連中に拉致されそうになった時のことを思い出す。


「動かないでくださいませ。危害は加えたくありませんので」


 美しい、鈴の音のような声。

 フードの下から露わになったのは、ユウリが身に着けているのと同じようなパイロットスーツ。


 きめの細かな美しい金髪と、透き通るような白い肌が印象的な少女だった。まるで良く出来た人形のよう。

 触れれば折れてしまいそうな細い腕は、しかしそんな容姿とは裏腹に強い力が込められている。


「(あたしを狙った? それとも、何かに巻き込まれた?)」


 エレナは状況を分析しつつゆっくりと頷いて見せる。ここで抵抗すれば殺されかねないと感じた為だ。


「申し訳ありませんが貴方には人質となっていただきます。付いてきていただけますね」


 その言葉に抗う術は、今のエレナにはない。


「(ユウリ、アリシア、ごめん……)」


 胸の内だけで二人に謝罪しながら、エレナは大人しく拘束されるのだった。

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