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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
修羅と傭兵
30/75

外伝2 ラーダッドの英雄

7年前の話になります。この頃の方がユウリくんは主人公っぽい気がしますねぇ。


 スノーブーツで雪の道を踏み締めて歩く。吹く風が冷たく、足を進めるごとに体力が消耗される。

 ザールスの冬は過酷なことで知られている。何も知らぬ旅行者が歩けば街の中でも遭難しかねないほどだ。

 とはいえヴィクトル少尉の故郷であるラーダッドの冬もまた過酷。ラーダッドで生まれ育ったヴィクトルにとって雪道など慣れたものだった。


 防水性のダウンコートを羽織り、フードの下にはニット帽。上着とズボンの中にも重ね着している。

 肝心なのはなるべく肌を露出させないことと、服を雪水で濡らさないことだった。


 カサフス。ザールスとラーダッドの国境沿いにある傭兵の街。ここを訪れるのはヴィクトルも初めてだった。

 同僚からは散々脅かされた。ザールスは街中でも平気で銃声が聞こえるだの、旅行者が訪れればあっと言う間に身包みを剥がされるだの。

 なので相応の覚悟と準備をして訪れたのだが、いざ行ってみれば拍子抜け。ラーダッドと然程変わらぬ光景が広がっていた。


 いや、今のラーダッドよりもマシに思える。

 少なくとも職を失い、酒を抱えたまま道端で凍え死ぬような者はいなさそうだ。


「(とはいえ、しかし……)」


 街の地図は持ってきたものの、生憎の天候。雪で視界が遮られ、周囲を見渡すのも困難。

 この分では目的地に辿り着くのは難しそうだ。

 ヴィクトルは意を決して、道行く人に声を掛けた。


「申し訳ない。カサフスのローレス支部へはどのようにして行けば良いだろうか」

「あんた、傭兵を雇いたいのか?」


 応じる声はまだ若い男のもの。いや、少年と呼んでも良いかもしれなかった。


「予算は幾らくらいだ?」

「……五万クレジット。ギアパイロットを探している」


 少し悩んだ後、ヴィクトルは男の問いに素直に答えた。悩んだのは、その報酬が相場よりずっと安い金額だったからだ。

 ギアパイロットは傭兵の中でも特殊な存在で、かつ荒事専門だ。また機体を破損すれば五万クレジットなど簡単に吹き飛ぶ。

 燃料弾薬、機体修理などの経費を保証しているのなら話は別だが、今回はそれらを含めて五万クレジット。


 最低でもこの倍、十万クレジットがヴィクトルの調べたギアパイロットの相場だった。

 しかし今のヴィクトルが用意できる金額は五万が限界。そのような事情があって、彼は直接ローレス支部のある街を訪れたのである。


「付いて来な」


 男はそう言って歩き出す。何処か気取った言い回し。ハードボイルドの映画か何かの台詞のようだった。

 胡散臭さを感じつつも、ヴィクトルは大人しく付いていく。


 元々藁にも縋るようなつもりでここに来たのだ、今更リスクが一つ二つ増えてもさして変わらない。

 そう思っていたのだが、立ち止まった場所を見て流石にヴィクトルも嘆息した。

 案内された場所は酒場だった。


「チップが欲しいならもっと懐に余裕のある奴に頼むんだな」

「誰がそんなせこい真似するかよ。仕事の詳細を聞かせろって言ってるんだ」


 そう言いながら男は酒場に入り、ジャケットのフードを取る。

 この辺りでは珍しい黒髪黒目。顔立ちは悪くないが、生意気で気が強そうだ。

 何よりヴィクトルを驚いたのはその男、いや少年が想像以上に若いことだった。


「お前、幾つだ」

「十五だ。仕事の話をするのに年齢を知る必要があるか?」

「それにしても若すぎる」

「俺を雇っておいた方が良いぜ。五万クレジットで仕事を受ける奴なんざよっぽどの食い詰め者か、腹に一物ある奴だけだ」


 お前もその五万クレジットの仕事を受けようとしてる奴の一人だろうという言葉を飲み込んで、ヴィクトルは酒場へと入る。

 雪に慣れているとはいえここまでの道中は楽なものではなかったし、食事がてら休息を取るのも悪くないと思った為だった。


 考えてみればこの街の情報が聞けると思えば、目の前の少年に昼食を奢るくらいは必要経費とも取れる。

 丁寧に店の前で雪を払い落としながらヴィクトルはそんなことを考えた。

 正直言って、この少年に大した期待はしていなかった。




 意外なことに、少年は昼食を奢れとは要求してこなかった。

 少年は酒場の店主にランチを注文し、ヴィクトルも同じ物を注文した。


 しばらくしてテーブルに運ばれてきた馬肉入りの赤ワインのシチューと焼き立てのパンは、素朴な味わいではあったが冷えて身体を温めてくれる。

 食事を取りながらヴィクトルは差支えのない部分を選んで、依頼の概要を少年に話した。


「なるほど、つまりは山賊退治ってわけだ」

「ライン地域に出没する悪質なスカベンジャーの排除だ。簡単に言うが、連中はギアを持ってるんだぞ」

「敵の数は?」

「詳細は依頼を引き受けた傭兵にだけ、場所を選んで話す。それよりも、お前がギアパイロットというのは本当の話か?」

「ユウリだ。お前じゃない」


 食って掛かる少年、ユウリに取り合うことなくヴィクトルは興味深そうに様子を伺っている酒場の店主に視線を向けた。

 店主は笑みを浮かべながら頷いて見せる。


「その坊主の言ってることは間違いじゃない。そいつは確かにギアを持っているし、ギアを動かすことも出来る。にしても上手いこと客を捕まえるな、ユウリ。コツでもあるのか?」

「簡単だ。地図を見ていて、かつ金のなさそうな奴の周りをうろついてやればいい。そうすれば向こうから声をかけてくる」


 金のなさそうな奴で悪かったなと、ヴィクトルは小さく顔を顰めた。


「なぁ、マスターからも言ってくれよ。五万で他の傭兵に仕事を頼むくらいなら俺に任せた方が良いってさ」

「そうだなぁ……まぁ、五万で雇える奴よりは坊主の方がマシかもしれねぇなぁ」


 豊かな顎髭に手を当てながら、店主は真剣な顔で思考している様子だった。


「まぁ駆け出しってことを除けば、腕は悪くないかもな」


 ユウリはこの酒場でも有名人なのか、周囲からは声が聞こえてくる。お互いに耳打ちをし合って笑うものもいれば、わざとらしく大声で話題にする者もいる。恐らく皆傭兵なのだろう。

 『ユウリの客だ』『五万の仕事を受ける奴なんざいるか』など。内容を聞くにユウリだけが原因という訳でもなさそうだ。


「マスター、彼……ユウリは以前にも同じような仕事を受けたことがあるのか?」

「まぁ何回かはな。もっと安い仕事を受けたこともあるし、もうちぃとマシな額の仕事を受けたこともある」


 店主の言葉を聞いてヴィクトルは少し悩んだ。やはり自分の用意した報酬では正規の傭兵を雇うには全く足りない。

 そしてどうやらユウリはそういう依頼人を探して依頼を受けているらしい。


 すでに何度か同じことをしていて、その上でまだ生きている。

 ならばこの少年に賭けるのも悪くないかもしれない。


「……ユウリ、君に仕事を依頼したい」

「はいよ。ご利用ありがとうございますってね」


 ヴィクトルの言葉を聞き、ユウリは得意げな笑みを浮かべた。




 仕事の話は現場に向かいながら話せば良いと、ユウリはそのままヴィクトルを格納庫に案内すると言い出した。

 元々ヴィクトルはライン地域までギアをトレーラーで運ぶつもりだったので、格納庫まで車両を移動させた。


「おやっさん、居るかい?」


 勝手知ったる、とばかりにユウリは格納庫の中へ入り、突き当たりの扉をガンガンと叩く。ノックのつもりなのか呼び鈴代わりなのか、判断が難しい所だ。


「うるせぇぞユウリ、飯ぐれぇのんびり食わせろ!」

「昼はもう過ぎただろ! それより俺のギア、出せる?」

「きっちり直しといてやったよ。足りねぇ分は利子付けて返せよ!」

「この仕事が済んだら返すよ!」

「調子の良いことばっか言いやがって……」


 丸太のような太い腕をした男は恐らく整備士なのだろう。呆れた様子で、しかし何処か機嫌良さげに笑っている。

 その様子に、ヴィクトルは違和感を覚えた。思えば酒場でも同じ印象を抱いた。


「機体のチェック済ませとけよ!」

「やっとく!」


 放たれた矢のような勢いで格納庫の奥へと入ってゆくユウリを追わず、ヴィクトルは整備士の男に尋ねた。


「彼は、ユウリはどういった人間なんですか? あの年齢でギアを持っている。酒場の店主曰く、腕は悪くないという」

「確かに、小生意気なガキだがギアパイロットとしての腕は悪かねぇな」

「ならば何故、他の傭兵が手を出そうとしないような依頼に進んで受けるんです。実力があるならローレスを経由して正規の依頼を受けた方が報酬は良い筈だ」

「まぁ、ユウリは少しばかり特殊だからな。アイツは最近育ての親を亡くして、遺産の代わりに親が使ってたギアを引き継いだんだ。ちょっとした見物だったぜ。何億クレジットって額の札束をカサフス支部の支部長に突き返した時はよ」


 余程おかしかったのか、整備士は声を上げて笑う。

 確かにその光景には少し興味があった。どちらかというと、そのようなものを突き付けられた支部長とやらの顔が見てみたかった。


「で、キリエの遺言もあってギアはユウリの物になったが、カサフス支部の支部長はユウリの実力は認めずローレスの依頼を受けさせなかった。それで諦めるなり泣きを入れるなりすると思ったんだろうな。しかし奴は、気にもしないで今度はローレスを介さず勝手に依頼を受け始めた」


 語る整備士の様子から、彼がユウリのことを気に入っているのだということが伝わって来た。

 先ほどのやや乱暴な言葉の応酬も親愛の表れなのかもしれない。


「ま、騙されたと思って任せてみることだ。悪い結果にゃならねぇだろうさ」


 格納庫の奥から、『流石おやっさん、ばっちりだ!』などという声が聞こえてくる。

 整備士は顔を顰め『適当な確認すんな!』と叫びながら走ってゆく。

 そうしてユウリのギアが騒がしくトレーラーに積み込まれ、ユウリとヴィクトルはカサフスを後にした。




「ラインはヴァンクールとの国境線が存在する区域だ。ヴァンクール軍からの侵攻がないか、常時国境を警戒している。ところが最近、このラインに向かう輸送車を狙って襲う連中が出るようになった」


 トレーラーでの移動を開始して。カサフスを出て人目を気にすることがなくなったため、ヴィクトルはユウリに依頼内容の詳細を話した。

 作戦はシンプル。ヴィクトルの運転するトレーラーを物資搬送用ものと誤認させ誘き出し、ユウリが襲撃者を返り討ちにするというものだった。

 被害を受けた者達の報告によると敵のギアの数は二機。ギアの扱いに長けた傭兵であれば十分に対処可能な数だった。


「内容に不満はないが、何でそんな連中の対処に傭兵を雇う。国境ってことは、ラーダッドの戦力も集まってるんだろ」

「集まっている。しかし動かせない。陽動の可能性が否定できない、というのが上層部の意見だ。実際それが目的なのかもしれん」

「アホか、それで黙ってたら舐められるだけだろ」


 ギア二機が相手と聞いてもユウリは怖気づいた様子を見せなかったが、代わりに馬鹿にしきった声でヴィクトルの心を抉って来た。

 思わずカチンときたヴィクトルも即座に言い返す。


「そんなことは分かっている。だから私が独自に対処しようとしているんだろうが」

「カサフスに居た時から思ってたが、よくそんな許可が下りたな。アンタ少尉だろ? そんな権限ない気がするんだが」

「上申書を出した。で、やれるものならお前の責任でもってやってみろと許可が下りた」

「……なぁ、それって許可とは言えないんじゃねぇの?」

「やってみろと言われたんだ、やって見せれば良いだろう。有休も有り余っていたことだしな」

「そんなに祖国って奴が大事なのかね……俺には良く分かんねぇや」

「似たようなものだろう」


 ブレーキを踏んでトレーラーを止めて、ユウリの方へと顔を向けてヴィクトルは言う。


「育ての親の後を継いで傭兵になったんだってな」

「おやっさんから聞いたのか」

「……あぁ、しまったな、黙ってるつもりだったんだが。まぁ、それだって傍から見れば理解できない行動だ。だが、それをしてでも成し遂げたいことがあったんだろう?」

「んな御大層なもんじゃねぇよ。他にやりたいことも思いつかなかったからそうしてるだけだ。アンタこそ、どうしてそこまで必死になる」


 問われて、ヴィクトルは目を閉じ思考した。

 ラーダッドという国が立ち行かなくなっていることは随分前から肌で感じていた。国を出た友人も少なくなかった。

 大切な人が居るわけではない。そこまで強い愛国心を持っているわけでもない。なのに何故、ヴィクトルはこの場所にしがみついているのだろう。


「私の父はギアを操縦して独立運動に参加していた。勇敢な人だった。三年前の『大戦』では、そういう人間から先に死んでいったらしい。多くの人が死んで行って、そうして生き残ったのが今の上層部の連中だ」


 自由を合言葉に銃を手にして、革命を起こした。多くの犠牲を払ってようやくラーダッドという国が辿り着いたその場所は、しかしどうしようもなく行き止まりだった。


「ヴァンクール時代は良かったと皆が口を揃えて言う。『誇りをこの手に』『人民は国家の為に』。少しの不自由と恐怖はあったが、それでも職を失い、暖も取れない家で寒さに震えることはなかったと」


 あまりにも性急過ぎる独立であったが為に国家としての体勢を整える間がなく、あらゆるものを連合加盟国からの支援で賄った。

 自分たちで作り出すよりも他国から恵んでもらう方が数段速くて楽だった。


 しかし『大戦』が終結し三年が過ぎ、他国からの支援は打ち切られ始めている。

 貸与されていたものの返済期限が迫ってきている。駐留していたラズフィアの軍隊は撤退した。

 そんな状況にありながら、国家を運営する者達は自分達の保身しか考えていない。


「こんな結末がラーダッドの目指したものの成れの果てなどとは、私は断じて認めない。父が掴もうとし、私が夢見た自由はこんなものじゃない。認められないから……こんな所で足掻いている」

「……羨ましいな」


 不意に、ユウリが言葉を漏らした。これまでの勢いのある明るい声ではなく、心の底から絞り出されたような本音の言葉。


「凄いと思うよ、そういうの。俺は戦う以外のことが出来ないから、本当に羨ましい」

「だが今はその能力こそが必要だ。期待してるぞ、ユウリ」


 ヴィクトルがそう言うと、ユウリは驚いたような表情を浮かべた後嬉しそうに、何処か照れたように年相応の笑みを浮かべた。


「そんな風に言われたのは生まれて初めてだよ」

「……先に進もう。日が暮れる前に街に着いておきたい」

「そういえば聞いてなかったが、目的地までどれ位掛かるんだ?」

「今日の夜は別の街で泊まって、明日半日ほど車を走らせれば着くだろう」

「遠っ! 空で行こうぜ、空で」

「トレーラーを輸送できるような航空機のチャーターにどれだけの金がかかると思ってる?」

「言ってくれりゃ良かったのに」


 お前に言ったところでどうにかなるような問題じゃないだろう。そう言い返すのを堪えて、ヴィクトルは運転に集中するのだった。




 そうして、ヴィクトルとユウリはザールスとラーダッドの国境を越え、デイム地区を抜けライン地区へと入った。

 襲撃が発生しやすいタイミングは把握している。日暮れ前、国境警備隊の前線基地へと急ぐ輸送車両が特に狙われやすい。

 ヴィクトルは到着が日暮れ前になるよう調整してトレーラーを前線基地へと向かわせた。


『動くな! 死にたくなけりゃ大人しく車両から降りな』


 幸いにして、というべきか。ヴィクトル達は一発で当たりを引いた。

 ライン地区へ入って暫くが経った後。『大戦』によって廃墟と化した市街地を走行していたところ、瓦礫に紛れるようにして潜んでいた二機のギアに通路を塞がれた。

 小型の第三世代、ヴァンクールで使われているハウンドだ。二機ともライフルを構えており、その銃口はトレーラーに向けられている。


「(落ち着け……ここまでは予定通り。後はユウリに任せるしかない)」


 自分にそう言い聞かせながらヴィクトルは車を降り、遠隔操作で荷台のコンテナを開くタイミングを見計らった。それがユウリと取り決めた合図になっている。

 そうして周囲を観察し、表情を曇らせる。

 瓦礫に紛れるように、更にもう一機ギアが控えている。


「(こちらの動きを予測して、警戒している? 不味いな……)」


 数が多いことよりも、敵が油断していないことの方が想定外だった。意外に練度が高いかもしれない。

 どうするかとヴィクトルが躊躇したその時。


 トレーラーに積んでいたコンテナのシャッターが開き、片膝をつくような形で中に控えていたユウリのギアが飛び出してくる。


「(なっ……)」

『ギアだっ!』

『野郎、ラーダッドの部隊か!』


 そんな状況に焦ることなく、二機のハウンドが銃口を向ける。

 外へと滑り出たユウリのギアは、そのまま上空へ跳躍。空色をしたギアが、夕焼けに照らされながら宙を舞う。

 その美しい光景に、ヴィクトルはしばし言葉を失った。


 跳躍した青いギアはそのままハウンドの一機へと向かって降下しつつ、腕を振るう。

 次の瞬間、発生した光の刃が熱したナイフでバターでも切るかのように、何の抵抗もなくハウンドの上半身を切断する。

 そして、そのまま着地。その様子に動揺でもしてくれれば良かったのだが、残った一機は既にユウリのギアへと銃口を向けている。


 瓦礫に潜んでいたもう一機も飛び出している。こちらは右手にライフル、更に左手にマシンガン。

 今回のような事態が起きた際に、敵を確実に打ち倒すための戦力を控えさせていた、ということか。


『伏せろっ!』


 外部スピーカーから響くユウリの声。このような状況にありながら、ユウリはヴィクトルの身を案じているようだった。


「(くそっ、認識が甘かった……ユウリっ!)」


 咄嗟にトレーラーの中へと入り、扉を閉める。

 同時に二機のハウンドが銃撃を開始する。ライフル二丁にマシンガンが一斉に火を噴き、鼓膜が破れるのではないかというような轟音が辺りに響き渡る。


 避けられる道理などないその攻撃を正面から受けながら、ユウリのギアは手近に居たもう一機のハウンドとの距離を詰め、再び腕を振るう。

 同時に光が生じ、二機目のハウンドが倒れる。まるで魔法か何かを見ているようだった。


 驚くべきことはそれだけではない。あれだけの銃弾を浴びながら、ユウリの機体は傷一つついていない。

 装甲で攻撃を弾いているのではない。放たれた銃弾はユウリのギアに到達するよりも前に静止し、地面へと落下している。まるで見えない壁にでも放たれているようだ。


『攻撃が効いてない? いや、まさかコイツっ!?』

「(エネルギー、シールド)」


 噂には聞いたことがあった。『大戦』の引き金となり、また『大戦』を終結させた次世代兵器。

 あらゆる攻撃を阻む壁を持ち、第三世代とは比較にならない戦闘力を有すると言われる新たなる地上の王。


『だ、第四世代ギアが、何でこんなところに居やがるんだっ!』


 悲鳴じみた叫びを上げながら、最後の一機がマシンガンとライフルを乱射しつつ後退しようとする。

 その攻撃を容易く弾きながらユウリのギアは左前方へと移動して射線から逃れ、再び距離を詰める。


「(なんて、圧倒的な……)」


 違和感はあった。カサフスに居た傭兵達は誰一人として、若いユウリを侮ってはいなかった。

 思えばカサフス支部の支部長が、第三世代ギアを相続しただけの少年に嫌がらせをする理由などありはしなかった。


 技も工夫もなく、ただ一方的に正面から。これまでと同じように腕を振るい、ユウリは残っていた最後のハウンドを無力化した。

 『ま、騙されたと思って任せてみることだ。悪い結果にゃならねぇだろうさ』そんな整備士の言葉の真意を、ヴィクトルは今更ながら理解するのだった。




「はっ、どうよ、ざっとこんなもんだ!」

「そうだな、まさか第四世代を持っているとは思わなかった」


 ラインの街の高級レストラン。リンゴの炭酸割りを勢いよく飲み干してユウリは上機嫌に笑う。

 ユウリの大口を窘めることが多いヴィクトルだったが、今回ばかりは認めざるを得なかった。


 ギア三機を無力化し、国境警備の部隊に身柄を引き渡している間に、すっかり日が暮れていた。

 行きは予算を節約するためにと安い素泊まりのホテルを使ったが、その日は流石に金を惜しまず、ラインで最も良いホテルで部屋を取った。

 それはヴィクトルの想定を上回る戦力の敵に対し、それを圧倒する力を見せたユウリへのささやかな労いだった。


 昨日は料理が不味いと不平を漏らしていたユウリも今日は機嫌よく、魚介のたっぷりと詰まったブイヤベースをスプーンで掬っている。


「しかしおかしな国だな、ラーダッドは。昨日みたいな酷い食事もあれば、こんなに旨い料理を出す店もある」

「ここは上級軍人向けの高級店だよ。ラズフィアのシェフを雇ってる。昨日の料理はまぁ……確かに申し訳なかった。工場勤務の者達が使う食事場所だったんだろうな」


 その言葉に、ユウリはスプーンを置いて難しい顔をした。

 自分の失敗に気付き、ヴィクトルは自身の言葉を悔いる。


「そんな顔をするな。今日のお前の働きはこれだけの価値があった。胸を張ってくれて良い」

「まぁ、料理に罪はねぇか」


 そう言って再び、ユウリは白身魚をフォークで刺し、スープを絡ませて口に運ぶ。同じようにヴィクトルもまた料理を口に運ぶ。

 これもまたラーダッドの歪みの一つ。貧富の差があまりにも大きい。


 独立時の戦いで工業施設が多く破壊され、その後支援の名のもとに連合加盟国からの大量の食糧が届けられたことが切っ掛けとなって第一次産業で生計を立てていた者達が軒並み破綻した。

 対応策として新たに工場を誘致などしているが、足元を見られるため給料は驚くほど安い。

 そんな労働者にとって、食事とは楽しむものでなく栄養を摂取するための行為だった。


「……なぁ、報酬の件だが」

「まさか要らない、なんてことは言わないだろうな。それは思い上がりが過ぎる」


 ヴィクトルの言葉にユウリは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 分かりやすい。そして驚くほどのお人よしだ。ヴィクトルは笑みを押し殺す。


「お前が報酬を受け取らなければ、その金は他の軍関係者に流れて無意味に浪費される。それに、あの程度の金で救える人間の数もたかが知れてる」

「だったらアンタはどうするんだ。出来ることはたかが知れてるからといって、何もしないのか」


 ふてくされたようにユウリは言う。そんな年相応な表情に、今度はヴィクトルも隠さず笑みを浮かべた。


「この国に必要なのは魚じゃない。魚を取る為の仕組みだ。他国に頼らずに生きていけるだけの力だ」

「魚?」

「難しいか? 魚は食べたら終わりだ。腹は膨れるが、また腹は減る。だが魚の取り方を教えれば、そいつは魚を取って生きていける」

「……分かりやすく金で例えろよ、紛らわしい」

「金じゃ生臭いだろうが」


 少しは調子を取り戻したのか、悪態を吐くユウリにヴィクトルも負けじと言葉を返した。


「それよりお前は自分の心配を知ろ。これからは忙しくなるぞ」

「は?」


 意味が分からないとばかりに聞き返すユウリに、ヴィクトルは続ける。


「伝手のある運送関係者達にお前のことを宣伝しておく。これからはローレスに、名指しでお前を指名する依頼が行くようになる。そうすれば経験の不足なんていうくだらん言い訳も使えなくなる」

「……そっか。頭いいなアンタ!」


 しばらく考えた後、ようやくヴィクトルの狙いに気付いたのかユウリが顔を綻ばせる。


「アンタじゃない、ヴィクトルだ。勿論、これはお前の為じゃない。こっちのメリットが大きいと判断したからだ。子供だからと容赦するつもりもないぞ」

「当たり前だ」


 威勢よく返事を返し、ユウリは再び目の前の料理に集中する。

 小賢しいかと思えば以外に物を知らず、駆け出しと言いつつ第四世代ギアを扱う。どうにもアンバランスな少年だと思った。


「それじゃあまぁ……これからもよろしく頼むよ、ユウリ」

「ああ、よろしくなヴィクトルっ!」


 ヴィクトルが差し出した右手をユウリが掴む。

 それから数年が過ぎる頃、ユウリが操る第四世代ギア、スカイブルーとその仲介役であるヴィクトルは、ラーダッドの英雄として国内で広く知られるようになってゆくのだった。

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