第28話 後始末
アルティマ社ギア工場の占領から始まったラーダッド解放戦線によるテロリズムは、デイム駐屯基地より奪取した陸上戦艦ラーディプトの轟沈をもって終息した。
ラーダッド解放戦線のメンバー達が亡命先とするつもりだったであろう経済連盟のヴァンクールは事件への関与を否定。ラーダッド側の警備に問題があるという見解を表明している。
かくして崩れかけたバランスは保たれた。ラーダッド、ヴァンクール、クラナダの関係は奇跡的に変わらぬままだ。
それが良いことなのか悪いことなのかはユウリには判らない。政治に詳しいアリシアに尋ねれば私見が聞けるのかもしれないが、そのつもりもなかった。
友人であるヴィクトルに請われ、それに応じた。その結果がラーダッド上層部の慢心と増長を招いたのだとアリシアは言った。
それでもユウリは自らの選択に後悔はしていなかった。正しいと信じ、自ら選んだことだ。これを後になって悔いたところで詮無いことだ。
三国の関係に変化はない。しかし変わったこともある。
ザールスのアパートのリビングで、ラジオ放送に耳を傾けながらユウリは珈琲を啜る。
ラジオでは間近に迫ったラーダッド連邦議会選挙の話題が上がっている。
「……まさか、ヴィクトル大佐が政界への進出を考えてるとは思わなかったわ」
「俺も聞かされてなかったが、準備は進めていたらしい。時期尚早かとも考えてたらしいが、今回の件で踏ん切りが付いたんだとさ」
ダイニングテーブルを挟んで向かい、ユウリの斜め左にはホットミルクを手にしたアリシアが座っている。
ユウリの対面にエレナ。その隣、ユウリから見て斜め左にアリシアというのがザールスの新居での三人の定位置になっていた。
ラジオからはラーダッドの各政党の公約や状況が語られている。
与党である社会民主同盟はラーダッド解放戦線によるテロの被害を最小限のものと発表し事態の収拾に努めているが、野党第一党である革新党はこの一件をラーダッドの歪みの象徴であると指摘。
抜本的な解決を図るためにはラーダッドの独立化と自立を促すための政策が必要と主張している。
既にラーダッドは隣国の支援を受けずとも独り立ちが可能であるという見解を示す社会民主同盟を革新党は真っ向から否定。完全に対立する形となっている。
この革新党の新党首として任命されたのがヴィクトルだった。ヴィクトル曰く、元々予定していた計画を繰り上げたのだとか。
「この選挙、どうなると思う?」
「五分五分かしらね。ヴィクトル大佐……今は少将だったかしら? まぁ、少将は確かに市民の間で人気があるけど、新しいことっていうのはどうしても批判されるものだから」
口ではそう言いながらも、アリシアの機嫌は良さそうだ。この様子なら目は十分にあるということか。
「まぁ勝つにしろ負けるにしろ、少将の影響力は絶大なものになるでしょうね。ユウリへの無茶振りもなくなれば良いんだけど」
「い、以外に辛辣だな」
「我慢するのを止めたのよ。我慢しても碌なことにならないし」
変わったと言えばアリシアもそうだ。元々はっきりと物を言うタイプだったのだが、言葉に切れ味が増した。
どうやらこれまでは、あれでも猫を被っていたらしい。
「ところでユウリはこんなところで油売ってていいのかしら? エレナは昼前からギルバートさんのところに行ったみたいだけど」
「人を甲斐性なしのクズ野郎みたいに言うなよ……。俺も剣の稽古に出たいんだが、昼飯食ったらここで待ってろってエレナに言われてな」
「剣って……あの飛刀とかいう?」
「ああ。午前中に試してみたが、やっぱり難しいな。危うく落ちるところだった」
竹藪での訓練が一番だとキリエには聞いたが、ザールスにそんな場所はないのでローレス支部の一階に設けられた、総合ジムのクライミングスペースで試してみた。
パルクールの鍛錬は経験があったのでそれなりに通用するかとも思ったが、刀を持たまま下半身の力だけで連続して跳躍するというのは中々に難しい。
跳躍の勢いが足りず、あわや二メートル上空から転落するところだった。
「その技って確か、ギアじゃないと難しい動きだって言ってなかった?」
「生身で出来ない動きをギアで出来るわけないだろう。まず自分の身体で技を使えるようになるのは前提だ」
「……まぁ良いけど」
「本当に良いと思ってるなら、まぁ良いとも言わないものなんだけどな」
呆れた様子でミルクの入ったマグカップを傾けるアリシアと取り留めもない会話を交わしていると、玄関のドアが開く。
中に入ってきたのは、屋台で買ったらしいマンティを片手に持ったエレナだった。
効率重視の食事を摂る彼女は移動しながら食事が出来るような軽食を好む。
「ユウリ、居るね」
「ギルバートのところはもう良いのか?」
「ううん、とりあえず機体を預けて来ただけ。で、ユウリ。出頭」
「……は?」
マンティに被り付いて満足げな笑みを浮かべつつ、エレナが言う。
口元にソースを付けながら胸を張る様子は何処か幼さが感じられて微笑ましく、ボーイッシュな印象を見る者に与えるが、逆に威圧感は全くない。
「あー、ったく。ほら、口元」
「あ……う、うん」
ふきんで口元を拭ってやると、エレナは羞恥に顔を赤らめつつも大人しくしている。
こうしたやり取りは食事の度、とまでは言わないもののそれなりの頻度で行われるため、初めは驚いていたアリシアも今は慣れた様子で事態を見守っている。
或いは諦めたのかもしれない。
「……で、出頭だって?」
「うん。親方がユウリを連れて来いってさ」
途端ユウリは顔を顰める。何を言われるかなど想像が付いた。
呼び出しの目的は事情聴取だろう。メインで使用している機体どころか予備機まで破損させてきたのだから、先方の怒りは相当なものと思われる。
「説教聞いてるような暇はないんだが」
「どうせ機体の調整の時に顔を合わせるんだから、早く済ませた方が良いでしょ? あと、予備機の方の膝蹴りと正拳については特に言われると思うから、言い訳考えといた方が良いかも」
「や、しかしプロテクターは重いし、どうも勝手が違うというか……」
「だからって補強なしの機体で格闘したら関節を痛めるに決まってるでしょ!」
「それくらいにしたら、エレナ」
やり取りが長引きそうな兆候を感じてか、アリシアが割って入る。彼女はホットミルクを飲み干して、ふぅと小さく息を吐いた。
どうにか話が逸れたかと安堵したユウリだったが、アリシアの笑みを見た瞬間それが誤りだったと理解する。
アリシアが笑っている。酷く楽し気な、最高の悪戯でも思いついたかのような笑みを浮かべている。
その笑顔が魅力的なのは事実だし、味方についていれば頼もしいのだが今は嫌な予感しかしない。
反射的に部屋を出ようとしたところを、ガシッと肩を掴まれる。それも両肩。
右肩をアリシア、左肩をエレナに掴まれた。完全に包囲された形。
「さっさとギルバートさんの所に行きましょ。向こうに行けば味方も多いんだし」
「そうだね。ほらユウリ、行くよ」
「だから行きたくねぇんだって……というか何だ、アリシアも付いて来る気か?」
ユウリの問いに、当然とばかりにアリシアが頷く。
「悪い? ギアのこともフォートレスのことも、知っておいて損はないでしょ」
「悪くはないんだが……お前ら二人と歩いていると色々後が面倒なんだよ」
「この間のバカ騒ぎみたいなのでしょ? アレはアレで中々楽しかったし、また起きてもすぐに収拾させるから安心して」
「安心できねぇんだよっ! アレのせいで俺は連中から完全にヒモ男扱いされてんだよ!」
「まぁまぁ。ほら、早く行かないと親方がますます怒るよ?」
「……くそっ、ああ分かったよ! 今日こそギルバートに話付けてやるよ!」
「勝てた試しあるの?」
「ノーコメント」
「いいから行くぞ。俺の気が変わらない内にな!」
観念して部屋を後にする。
両肩は掴まれたままで、大変に体裁が悪い。
諦めて溜息を吐きつつ連行されながら、ユウリは自分を取り巻く者達のことを思う。
アリシアは楽しそうに笑っている。それに釣られてか、エレナも笑っている。
そんな二人と共に歩いている所を目撃した傭兵達はまた騒ぎ立てるだろうし、アレットは怒りハインドは呆れるだろう。
機体を壊したことにギルバートは怒り狂っている様子で、その原因を作ったヴィクトルは何やら出世した様子だが、どうせまた申し訳なさそうにしつつ無茶な依頼をしてくるだろう。
煩わしいと思う心がないでもない。しかし不思議と、満更、何故だか悪い気はしない。
こういう楔がある間は、自分はヤイチのようになることはないだろうと、そう思えるのだった。




