第27話 新月
時刻はラーディプトが破壊される少し前に遡る。
「(一緒にするな、か)」
スカイブルーのパイロットが発した言葉にヤイチは苦笑を漏らす。
激情に身を任せ突っ込んでくるかとも思ったが、一合交えて離脱するヒット&アウェイのスタイルは変わらず。ただ攻撃の鋭さは明らかに増した。
若く勢いのあるパイロットだがそれだけではない。感情的ではあるが、その感情を制御して武器とする術を知っている。
怒りに任せて突っ込むのではなく、それを相手への殺意に変換する術を身に着けている。これは恐らく師の教育によるものだろう。
怒れるのであれば、敵を打倒したいと強く想うならばより深く相手を観察し、動きを読み勝機を探る。
そして機を見て必殺の一撃を放つ。そういう戦い方が出来る相手だ。
「(とはいえこのまま行けば先にそちらが根を上げることになるだろうが……何を考えている?)」
疾走するスカイブルーとそれを迎え撃つ新月。燃料の消費が激しいのはスカイブルーの方だ。
機体への負荷も小さくはない筈。であれば何か狙いがある筈。
ヤイチがそこまで考えたところで、ヴァジムからの通信が入る。
『ヤイチ、敵の攻撃が想定以上に激しい。戻ってカバーに入ることは可能か』
「無理だ」
即答する。離脱は不可能ではないだろうが無傷では不可能。満身創痍で命からがら逃げ帰ったところで、戦力として使い物になるとは思えなかった。
「第四世代か」
『フランベルジュだ』
「……無理だな」
相対する可能性のある難敵の一機として、フランベルジュのデータはヤイチも確認している。
ラーディプト単艦ではフランベルジュには対抗できない。確かにそれは新月が対応する以外にないが、スカイブルーがそれを許さない。
唯一の勝機はスカイブルーを瞬殺してカバーに向かうことだがこれも難しい。
どうやらスカイブルーは元から新月の足止めを行うことが目的だったようだ。激しい攻防を繰り広げながらも致命的な一歩にまでは踏み込んでこない。
『そうか、ならばスカイブルーの足止めはもういい。好きに戦え。これまでの協力に感謝する』
「元よりそのつもりだ」
迷うことなく答えを返す。今までもこれからも変わらない、ヤイチが戦うのはただ己の為だけだった。
自らの力を証明する。より強い敵と相対しこれを打ち破る。それが全てでありそれ以外など全ては些事でしかない。
通信が切られる。同時にスカイブルーが間合いを詰めてくる。
速い。これまでに刃を交えた第四世代の中でも突出して速い。そして速度に振り回されずに機体を制御してくるギアパイロットの技量も優れている。
この上、見に回って機を伺っているこちらと同等の読みをしてくるのだからまったく大したものだ。
「(よほどの天稟か、或いは何かカラクリがあるのか。何にせよ、求めていた難敵であることは間違いない)」
新月の右側から突っ込んできたスカイブルーが抜刀。横薙ぎの一撃、『始刀』を放つ。その背にはラーディプトの姿が映る。
気付いてみれば確かに。これまでのスカイブルーの攻撃は意図的にラーディプトを背にした形で行われていた。その攻撃を避けるにしろ退くにしろ新月とラーディプトの距離は離される。
対する新月はその刃の軌道に合わせ、抜刀時の死角となるスカイブルーの右へと新月が踏み込む。
ある程度の距離が開いていれば『旋刀』による旋回しながらの二の太刀を放たれるが、拳が届くほどの至近距離では効果がない。
「(あぁ、言われるまでもない、好きに戦わせてもらうっ!)」
冠城流抜刀術・四本目『迎刀』。一撃離脱がセオリーのギアでの戦闘において至近距離で更に一歩踏み込み、相手の攻撃を殺しつつ反撃する技である。
如何にして動きを止めずに攻撃をするかという冠城流抜刀術の発想と噛み合わないように見えるのは、この技が対白兵戦用の切り札として想定されているためだ。
最も実際の剣術の動きが反映されているとされるこの技には様々な派生があり、達人が放つ『迎刀』は必殺不可避とされている。
そのまま新月はスカイブルーの突き出された右腕を掴んで引き寄せ、至近距離から刺突を放とうとするが……。
「くっ!」
新月が揺れ体勢が崩れる。スカイブルーは抜刀の後左足を半歩前に出し、抜刀時に踏み込んだ右足を使って足払いをかけていた。
この動きもまた、対白兵戦を意識した『迎刀』の型の一つ。
「(対応してきた……)」
歓喜の笑みを浮かべつつヤイチはブースターを起動。体勢を崩し前傾姿勢となった新月を先方へと跳躍させ空中で方向転換。
それを追うようにスカイブルーもまた加速し新月へと接近してきている。
これまでのような一撃離脱の戦い方とは異なる、距離を詰めたままでの白兵戦。インファイト。
機を見て仕掛け速やかに離脱するヒット&アウェイとは異なり、インファイトはお互い常に相手を射程に捉えた状態でのぶつかり合いだ。
必然的にお互い消耗が激しくなり、決着は速やかに付けられることになるだろう。
ヤイチが最も得意とする距離だった。
同時にラーディプトの方向から轟音が響く。距離からしてラーディプトの砲撃とは異なる。致命的な攻撃を貰ったか。
スカイブルーが戦法を変えてきたのも、或いは向こうの司令塔から許可が出たからかもしれない。
何にせよ僥倖だった。これこそがヤイチの求めた戦場だった。
追ってくるスカイブルーに対しアサルトライフルを放ちながら後退しつつ着地。前進してスカイブルーを迎え撃つ。
後方から爆炎が生じ、スカイブルーがさらに加速。再び『始刀』が放たれる。
迎撃のタイミングを外されたヤイチは機体を右に旋回させ刃の射程から逃れつつ突きを放つ。
『旋刀』によるスカイブルーの二の太刀よりも、新月の攻撃の方が一手早い。
それを理解したスカイブルーは二の太刀を放つことなく機体を加速。新月の攻撃をやり過ごし再び方向転換。
させじとヤイチもまた新月を跳躍させ空中で旋回。スカイブルーへと突撃を敢行する。
自分が仕掛ける側だと考えていたスカイブルーは虚を突かれたのか、咄嗟に身体の左側を向けつつ後退。
新月のエネルギーブレードがスカイブルーの胴体を掠め青色の装甲を融解させるが、僅かに浅い。
新月が追撃を放つよりも早くスカイブルーが機体を半回転させながら、エネルギーブレードを振り下ろす。
反射的にヤイチはアサルトライフルを投棄。自由になった左手でスカイブルーの右手を掴む。
これもまた『迎刀』の一つの型。押し切ろうとする相手の攻撃をいなし、カウンターで刺突を放つのが狙いだった。
そんなヤイチの考えを承知の上とでも言うように、スカイブルーは無理にエネルギーブレードを押し込もうとせずそのまま膝蹴りを新月へと叩き込んだ。
「くっ、はははっ!」
ブースターの加速を受けたスカイブルーの膝蹴りが新月を突き飛ばす。
このようなモーションプログラムを用意するとは、向こうのメカニックは相当な変人だ。倭国の変態技術者どもと気が合うのではないかと思った。
オートバランサーによる補正が間に合わず、新月が地面に叩き付けられる。
シートベルトで身体を固定していても、なお身体がバラバラになりそうな衝撃がヤイチを襲う。
しかし思考を止めている暇はない。身体が訴えてくる痛みを無視して機体を操作。
スカイブルーが追撃をかけるより早く体制を立て直すべく新月を跳躍させ、ヤイチは顔を顰める。
メインブースターの調子がおかしい。先程地面に叩き付けられた際にダメージを受けたのだろう。
機動力を武器とするギアにとって、加速時の推進力を提供するブースターが搭載された背中は腹部に次ぐ第二の急所だった。
しかしまだ手はある。機動力が殺されてもお互いに零距離でのインファイトであれば勝機は……。
「……っ、そう来るか」
そう考えスカイブルーが追撃を掛けてくるであろう方向へと機体を反転させたところで、ヤイチは驚愕の表情を浮かべた。
スカイブルーとの距離が開いている。相手のパイロットは攻撃を加えて優位に立った状態で追撃を掛けるのではなく、体勢を立て直すことを選んだのだ。
至近距離での斬り合いであればブースターの損傷は致命的な差にはならないが、距離を取られれば話は別だ。
今の新月の加速力ではスカイブルーを追うことなど到底できず、一方的に攻撃を受けることになる。
スカイブルーのパイロットがそのような手段に出た理由はたった一つ。新月のブースターが損傷したことを知ったのだろう。
「硬いな。しかし……」
呟きと共に覚悟を決める。
今更自分を曲げることなど出来はしない。そのようなことが出来るなら倭国を捨ててこの場にやってくることはなかっただろうし、この極致にまで辿り着くこともできなかっただろう。
次の一撃が最後だと、ヤイチは胸の中で反芻するのだった。
『ラーディプトの轟沈を確認。敵勢力、新月を除き沈黙を確認したわ』
「了解」
荒い息を吐きながらユウリはアリシアの言葉に答える。
先程の胴体への一撃は危なかった。直撃こそしなかったものの、一時的にコックピット内部の温度が70度近くに達した。
もう少し深い傷を受けていれば熱で脳をやられていたかもしれない。
一定の距離を保ちつつ、ユウリは新月の様子を伺う。
追撃してくる様子はない。ブースターが損傷したのは間違いないだろう。
とはいえ楽観は出来ない敵だ。ユウリは息を整える。
『援護は必要か?』
「不要だ。ラーディプトの方の警戒をしてろ」
『ならばそちらは任せるとしよう』
フランベルジュとの短い通信。こちらの答えなど分かり切っているだろうに、あえて尋ねて来たのは彼女なりの激励だと好意的に解釈する。
「(残りは、奴一人)」
ラーディプトを撃墜した以上既に大勢は決した。降伏を勧告するという選択肢も戦術的になくはないが、それをそのつもりは毛頭なかった。
新月のパイロットは戦いそのものを目的としている。その為に倭国を捨てテロリストに加担している。
向こうは向こうなりに考えがあるのかもしれないが、そのような行動を取る相手を生かしておく道理はない。
ここで下手に見逃してしまえば後の禍根になる。だからこそ、ここで仕留めると決意し間合いを詰める。
十把一絡げの相手であれば、反撃や対応する暇を与えないよう最短距離で接近し攻撃するが新月は別だ。
軌道を変え進路を変えながら接近し、一定距離まで間合いを詰めたところで大きく跳躍。同時にブースターを全開で吹かし、一気に加速する。
対する新月はスカイブルーのフェイントに乱れることなく、間合いを詰める瞬間を見逃すことなく方向転換。位置を合わせてくる。
「(三歩)」
呼吸を整え間合いを図る。生身とギアでは当然距離感は異なるが、ユウリはいつもこの方法でタイミングを計っていた。
「(二歩)」
正面のカーソルが赤く点滅。ラプラスの警告だ。最後の一歩を新月の方から詰め、斬り込んでくると予想しらしい。
奇しくもユウリと同じ読み。
「(一歩っ!)」
最後の一歩で右前方へと跳躍。先を取らんとする新月の斬撃を避けながら懐に飛び込みながら半身を捻り、突きを放つ。
新月はこの攻撃を上半身の動きだけで躱し、斬り下ろしへと繋げてくる。
「それも、読み通りっ!」
発した言葉は果たして音になっただろうか。確かめる術はユウリにはなく、またその必要もなかった。
息を吐きながらブースターを起動。左足の踏み込みと同時に左拳を突き出し新月の胴体に叩き付ける。
新月の体勢が崩れ斬り下ろしが空を切る。それを見届けてユウリはエネルギーブレードを切り返し、袈裟斬りを放つ。
振り払われた一刀が新月を両断。斜めに切られたコックピットの中で、パイロットが生きている道理はない。
機体を両断された新月は崩れ落ち、スカイブルーはその場に佇む。決着。
「俺の……勝ちだっ!」
魂を吐き出すようなユウリの勝利宣言はヤイチには届かず、エアー7に居たアリシアとエレナを安堵させ、苦笑させるに留まるのだった。




