第26話 アンティーク
エネルギーブレードの光刃が交差し、掠めた刃先がギアの装甲を焼く。しかし直撃には至らない。
スカイブルーも新月も相手の攻撃を寸前で躱し、次の手へと繋げてゆく。
光の刃を受け止めることが出来ないため、エネルギーブレードの攻撃に対し防御という手段は存在しない。
如何にして相手の放つ一刀を避け、自身の攻撃を浴びせるかという駆け引きとなる。
スカイブルーと新月はお互いに戦場を移動しながら機を見て間合いを詰め、攻防を行う。
先を取るのは機動力で勝るスカイブルー。機体を加速させながら足を止めずに攻撃を仕掛ける。
一方の新月はやや速度を落としながらスカイブルーの動きを観察し後の先を狙う。
機動力では軽量小型のスカイブルーが、機体の出力と耐久性では中型の新月が勝る。
「(分かってたことだが、厄介な相手だ)」
新月に向けて機体を旋回させながらユウリは汗を拭う。
先が取れる状況ではあるものの、待ち構えられるというプレッシャーは重い。
速度で勝っていてもエネルギーブレードで相手を攻撃するには間合いを詰める必要があり、それはつまり新月の間合いに入るということに他ならない。
スカイブルーが間合いを詰める。新月の傍には巨大な廃ビルが建っており、その動きは制限される。その状況を狙ってユウリは仕掛けたのである。
この場で迎え撃つのは不利と見た新月が跳躍。スカイブルーは左手に持ったアサルトライフルで牽制を行いながらそれを追う。
スカイブルーは新月の着地の瞬間を狙って踏み込むが、対する新月は降下ではなくその場での迎撃を選択。
機体を旋回させつつ抜刀し、突っ込んだスカイブルーに対し刃を振るう。
冠城流抜刀術・三本目『旋刀』。機体を旋回させながら抜刀し、相手の逃げ道を塞ぎながら斬り捨てる技である。
単純に旋回するだけではその場で停止してしまいその後に大きな隙が生じる為、進行方向へと機体を傾け回転しながら前進する。
旋回しながら軌道の調整が可能なため、『始刀』を放った後の二の太刀として使われることも多くユウリも多用している技だ。
新月はこの技を迎撃に用いた。これを察したユウリは間合いに入る直前で機体を方向転換。右に逸れて新月との間合いを開けつつアサルトライフルを放つ。
「っ!」
『旋刀』を放った直後、着地と同時に新月は地を蹴りスカイブルーに向かって跳躍。アサルトライフルによる迎撃を正面から受けながら急降下。『追刀』を放つ。
『旋刀』の目的が迎撃ではなく牽制にあったと察したユウリは右後方に大きく跳ねさせ、一度新月と距離を取る。
『楽しいな、スカイブルー』
新月からの通信が入る。無視することも出来たが今回は応じる。今のユウリの目的は新月を倒すことでなくその足を止めることだったからだ。
「意外と口数が多いんだな」
『仕合の最中に無粋、などとは思わんでくれよ。外でこれだけの剣士に出会えたのは望外の幸運だった。昨日会った時は当てが外れたかとも思ったが、中々悪くない』
ユウリはスカイブルーの足を止めずにアサルトライフルのマガジンを取り換える。見れば新月も同様にマガジンを取り換えている。
「それが、アンタがこの場に立つ理由か」
『如何にもその通りだ。貴様とて身に覚えはあるだろう』
「っ……」
その言葉にユウリは奥歯を噛み締めた。
確かに身に覚えはあった。
強敵を前にした時の高揚感。勝利を収めた時の達成感。自分の成長を実感した瞬間の充実感。生き残った瞬間の生の実感。
戦いに、楽しみを覚える感情。
それらは確かにユウリの胸の中にも確かにあって。決して否定できるものでもなくて。
自分にはこんな生き方しかできないのだと自嘲し、それでもこんな自分が誰かの役に立てるならばとキリエの後を継いだ。
そんなユウリの前に今、それを肯定する者が居る。闘争を求めることの何が悪い、と。
「手段を目的に変えてんじゃねぇよっ! お前と俺を、一緒にするなっ!」
断じて認められることではない。それはこれまでのユウリの葛藤を、選択を冒涜するものだ。
火を吐くような勢いで叫び、再びスカイブルーは新月との間合いを詰める。
互いに薄氷を踏み合うような攻防は、止まることなく続いてゆくのだった。
ラーディプトという戦艦と出会った時、ショーンはこれこそが自分の求めていた存在なのだと確信した。
あらゆる攻撃を寄せ付けず、主砲の一撃は城壁を易々と粉砕する。
その歩みを止められる存在など何処にもなく、立ち塞がる者は例外なく打ち砕く。
硬く揺るがぬ地上の王。藁の如きギアが何機束になって掛かってこようと王の一息で吹き飛ばすまで。
事実ショーンは大戦時、ラーディプトの砲手として数多の戦艦を沈め数えるのも馬鹿らしいほどの第三世代ギアを吹き飛ばしてきた。
自分が操るラーディプトの向かう所に敵などないのだという自信があった。ラーディプトをもってすれば国境の突破など訳ないことだと考えていた。
―――ならばこの悪夢の如き光景は、一体なんだというのか。
「くそがっ!」
ラーディプトの中央に設定されたブリッジに伝わる三度目の振動に、ショーンは毒づく。
後方から迫るギアによる三発目の砲撃だ。
初めの一発目は何をされたのか理解できなかった。一キロ以上離れた距離から放たれたギアによる攻撃にラーディプトが損傷するなど在り得ぬことだと思っていた為だ。
しかしそんなショーンの傲慢を嘲笑うかのように、後方の赤いギアは砲撃を繰り返してくる。
「三番の主砲を潰されたっ! こっちの武装を狙ってる!」
「うろたえるなっ、砲塔以外は抜けないってことだろう!」
「馬鹿を言うな、武装を奪われたら包囲されるだけだぞっ!」
周囲の喧騒が騒がしい。おたおたと動揺し役にも立たないことを宣う連中を今すぐにでも黙らせてやりたかったが、その時間はない。
「そっちを寄越せっ!」
叫びながらショーンはコンソールを操作。前面の火器管制を奪い、距離を保ちながら健気に攻撃を続けているギア達に目掛けて主砲を放つ。
同時に副砲を発射。狙いなど付ける必要はない。敵が固まっていると感じたところに雨のように叩き込んでやればよいだけの話だ。
青い空を引き裂くように、十を超える副砲が一斉に砲弾を発射。地上に降り注ぎ瓦礫を砕く。それから少し遅れて轟音が響き、主砲が地面を抉る。
土砂と砂煙が舞い視界が遮られ、一瞬後には敵のギアの残骸が残る。
視界に映った三機の内一機は小賢しくも逃れたようだが、残りの二機は砲撃を受け瓦礫と共に地に倒れ伏している。
完全に再起不能だ。アレでは中のパイロットも生きてはいまい。
十年前と変わらない、圧倒的な火力による面制圧。ショーンが信じた地の王の力は健在だ。
ならば何故今と同じ要領で後方のギアを吹き飛ばすことが出来ないのか。
「くそっ、くそが……」
無意識に悪態を付きながら背面の火器管制の制御へと戻る。ラーディプトの最大の特徴はその防御力と火力にある。
先程同様の副砲と主砲による一斉射。その攻撃に牽制など存在しない。
ギアや戦闘機の排除の為に用意された副砲すら他の戦艦の主砲に匹敵する火力があるのだ。たかだかギア一機、吹き飛ばせぬ道理はない。
だというのに当たらない。砲撃が止み砂煙が収まった後、奴は碌に損傷さえ受けている様子もなく健在な姿を見せるのだ。
「(砲撃を潜り抜けてやがる……)」
いとも容易く。まるでショーンとラーディプトを見下すかのように。その赤いギアは距離を保ちながらラーディプトと並走している。
じわりと、背筋にイヤな汗が浮かぶのを感じた。
「見下してんじゃねぇぞテメェっ!」
体験したことのないその感情をショーンは怒りで捻じ伏せる。再びコンソールを操作するが、エラー。給弾と砲身の冷却が追い付いていない。
舌を打とうとして、再び振動に襲われる。
「二番の主砲もやられたっ! ショーン、何をやっている!」
「うるせぇ! テメェがやってみろってんだ!」
叫びながらショーンはこの船の艦長、ヴァジムへと目を向ける。
狼狽える他のメンバーとは異なり、ヴァジムからは恐れや躊躇いは感じられない。
「おいヴァジムっ! どうすんだ、艦長はテメェだろうがっ!」
掴みかからんばかりの勢いで怒声を上げる。こんな状況でさえなければ実際にそうしていただろう。
殺意さえ感じられるショーンの言葉にヴァジムはただ一言答えた。
「接近するギアへの牽制を続けつつ前進しろ」
「あ? ふざけてんのかテメェ! 今と何も変わらねぇじゃねぇか!」
「ふざけてなどいない。これが今この場で取れる唯一の策だ」
同時に、ブリッジがシンと静まり返った。
ヴァジムが冗談を言う人間でないことはこの場の誰もが理解していた。
本気で言っているのだ。
「あの敵はラウンズ、フランベルジュだ。正面から戦ってラーディプトが敵う相手ではない。逃げ切れることを祈って牽制を続けろ」
「第四世代だか何だか知らねぇが、所詮はギア一機だろうが!」
「その一機に敵わないから、陸上戦艦は姿を消したんだ。砲撃を続けろ」
「っ……くそっ、クソクソクソくそがぁぁぁっ!」
砲撃を再開するが、やはり当たらない。
一度に使用する砲門を減らして散発的な攻撃に切り替えるが、計ったようなタイミングで軌道を変更し回避してくる。
そうしてラーディプトの攻め手が尽きた頃に、赤いギア――フランベルジュはカウンターとばかりに一撃を見舞ってくる。
その砲撃は大戦時に戦った戦艦のものと比較しても遜色ない。その事実がショーンをイラつかせる。
ギアの機動力を持った戦艦など完全に常軌を逸している。
最後の主砲も破壊された。火器管制用のディスプレイに表示されるラーディプトの見取り図にレッドシグナルが増え始めている。
気付けば前面の副砲も幾つか破壊されている。ラーダッドのギア部隊の仕業だろう。
「蟻共が、集ってんじゃねぇぞ!」
「来るぞ、ショーンっ! 迎撃しろっ!」
「なっ……」
それまで一定の距離を保っていたフランベルジュが一気に距離を詰めてくる。
砲弾と見違えるほどの加速。ラーディプトの全速など歯牙にもかけず、すぐさま距離が縮まってゆく。
「舐めやがってぇぇぇっ!」
白兵戦とミサイル迎撃の為に用意された機銃を使用。砲撃を開始するが相手の速度に照準が間に合わない。
それでも何発かは命中している筈だが、損傷した様子もない。最早副砲で狙える距離でもなくなった。
間近で見れば尚速い。残像でも残っているのではないかという錯覚さえ覚える。
第四世代とて所詮はギア、ショーンはそう思っていた。そんなものがこのラーディプトを相手に何が出来るのだと考えていた。
しかし現実は違う。こんな化け物を相手にラーディプト一隻で何が出来る。奴の放つ攻撃を防げないのならば、この巨体など単なる的でしかないではないか。
フランベルジュが迫る。ブリッジに密着し、刃を振るうかのように腕を振りかぶる。
それを防ぐ術は、ラーディプトにはない。
「……くそっ、悪魔め」
ショーンの悪態を焼き尽くすように閃光が輝く。
振り払われたエネルギーブレードに、ラーディプトのブリッジは完全に破壊されるのだった。
「ぐっ、ごほっ……げほっ……」
意識がはっきりせず、視界がぼやける。何が起こったのか記憶を手繰ろうとして、ヴァジムはブリッジを攻撃されたことを思い出した。
周囲を見渡そうとして身体が動かないことに気付く。即死は免れたようだが、瓦礫にでも挟まれたのか。
『動ける者は退艦しろ』と言葉を発したかったが声にならなかった。名ばかりの艦長とはいえせめてそれくらいはと思ったのだが、どうやら叶わなさそうだ。
「(クラナダが動いた? いや、そうであるならもっと大部隊が派遣される筈だ)」
この状況にあってはもはや意味もないことだったが、今の状況を振り返る。
ラーディプトを用いた作戦はクラナダが介入しないことを前提としたものだった。
ラウンズ、フランベルジュの存在が確認された時点でヴァジムはこの作戦の失敗を確信していた。
フランベルジュの持つ武装、レールガンは陸上戦艦の天敵だ。高出力火器による遠距離攻撃に対処できないことこそが陸上戦艦という概念が消滅した根本的な原因だった。
しかし何故、という疑問はあった。ラーダッド政府がヴァジムの想像以上に迅速に行動しフランベルジュを動かしたのか?
ヴァジムはしばし思考したが、結局納得できるような答えは見つからなかった。
「(……まぁいい。作戦は成功した)」
呼吸をする度に赤いものが零れる。全身の感覚がない。このまま死ぬのだろうという予感があった。
しかし無念や恐怖はなかった。ヴァジムはその務めを果たしたのだから。
ヴァジムの任務はアルティマ社のギア工場を占領した時点で既に終わっている。あの場からの脱出もラーディプトの強奪も、全ては『本命』から目を逸らさせる為の陽動でしかない。
そのことを知らず作戦に参加し犠牲となった者達を哀れとは思ったが、大事の前のやむを得ぬ犠牲だ。
「誇りを、この手に……」
絞り出すように言葉を発する。
ヴァンクールの悲願が叶う瞬間を見られないことだけが、ヴァジムにとっての心残りだった。




