第25話 拮抗
「レーダーに反応あり。……多い、十一機!」
「想定の範囲内だ、慌てる必要はない」
ラーディプトの中央に設置されたメインブリッジ。オペレーターからの報告を受けてもヴァジムは然程驚きはしなかった。
アルティマ社のギア工場を包囲していた指揮官が指揮を執っているのなら、この程度の妨害はあってしかるべきと考えていた為だった。
レーダーに映る敵影の数は十一機。ラーディプトの進路を塞ぎ半包囲を敷いている九機のギアは、恐らくラーダッドのギア部隊。
ラーディプトの進路を読んだ上で部隊を配置し、レーダーに探知されないようエンジンを切っていたのだろう。
相手の指揮官は想像以上に優秀だ。それは認めよう。しかし現場の兵士に出来るのは戦術的判断まで。
戦略を決める首脳部が無能では意味がない。
「(思った通り、増長したプライドを捨て去ることは出来なかったか。愚かなことだ)」
想定される最悪なケースはラーダッドがクラナダに救援を要請することだった。クラナダが介入すれば国境の突破は成しえなかった。
しかしこの様子からするに、どうやら予想通り自国の力だけで解決を図ろうとしているらしい。
「ははっ、来やがった! ようやく来やがったなぁ!」
ラーディプトのブリッジに一際大きな声が響き渡る。ラーディプトの砲手を担当しているショーンだった。
品性の欠片も感じられない叫び声にヴァジムは顔を顰める。砲手の経験のある者が他に居れば、このような男に任せる必要もなかったというのに。
「ラーディプトの火力は前面に集中。背面にギア部隊を展開しつつ、進路そのまま。国境を割ればこちらの勝利だ」
ラーディプトの装甲は厚く、戦車やギアの武装で遠距離から抜くことは出来ない。ラーディプトと遠距離で撃ち合えるのは、同じコンセプトで作られた戦艦だけだ。
警戒すべきは近距離からの攻撃のみ。
そしてラーディプトの弾幕を突破するだけの機動力を持った機体は、第四世代をおいて他にないだろう。
ならば用意した六機の第三世代ギアは全て背面の守りに回し、正面の部隊はラーディプトからの砲撃で牽制する。
「ショーン、お前は背面の火器管制を担当しろ」
「はっ、了解だ艦長っ!」
上機嫌で頷くショーンとは異なりヴァジムには余裕はない。
今この船の中で状況を正しく理解できているのは恐らくヴァジムだけだろう。
「背面から接近しているもう一機は特定できたか?」
「不明ですが、スカイブルーと歩調を合わせてきていることから恐らくは第四世代かと」
「スカイブルーの足止めはヤイチに任せる。残りのギアはもう一機の対処に当てろ。……任せるぞ、ヤイチ」
『承知した。奴が相手であれば何ら不満はない』
ラーディプトの後部ハッチが開き七機のギアが迎撃に出る。
サブディスプレイに映るその様子を眺め、ヴァジムは息を吐く。
「(艦長か……)」
ショーンの発した戯言だと知りながらも、胸の内でその単語を反芻する。
『大戦』時のヴァンクールにおいて、陸上戦艦の指揮を執る権限を持つ者は大佐以上の階級の者に限られていた。
いちギア部隊の隊長に過ぎなかったヴァジムには戦艦を指揮した経験などない。付け焼刃の知識が果たしてどれほど役に立つものか。
そんな不安を押し殺しながら、平静を取り繕うのだった。
瓦礫の街の上空を二機の第四世代ギアが飛行する。いや、飛行というよりは滑空に近い。
バックパックからウィングを展開し緩やかな降下を続けながら、ブースターの推進力は全て前進する為に用いる。第四世代ギアのオーソドックスな強襲手段だ。
『敵が部隊を展開。背面に戦力を集中させてきてる。予定通り、正面のラーダッドギア部隊で敵の砲塔を攻撃する』
エレナからの連絡にユウリは笑みを漏らす。
視界が開けている。自由度が高い。やはりこのような戦場の方が性に合っていると実感する。
「了解。こちらも予定通り突破を図る」
『一人で戦ってるわけじゃないってこと、忘れないでよっ!』
「……分かってるよ」
今回のユウリの役割はあくまで敵の陽動。とはいえ、仕掛けられるようならそのままラーディプトに攻撃を加えるつもりでいた。
しかしどうやらその目論見はアリシアに看破されていたらしい。
釘を刺されたユウリは小さくため息を吐く。
『私にデカブツを任せるといったのは貴様だろう。そちらはそちらの務めを果たせ』
「だから、分かってるっての。先行して敵の注意を引く。そっちは包囲の緩い部分から突破を狙え」
同時に、ユウリはスカイブルーを更に加速させる。
新月は敵部隊の中央。ラーディプトに接近するスカイブルーとフランベルジュを遊撃するつもりなのだろう。
「(悪いが……お前の相手は二の次だ)」
スカイブルーは軌道を大きく左に逸らし、同時にオーバーブースト。左に展開された第三世代との距離を一気に詰める。
周囲の第三世代がキャノン砲による迎撃を試みるが既に遅い。目標に向かって急降下し、抜刀。エネルギーブレードの光が生じテロリストの操るナイトG3を両断する。
スカイブルーは足を止めることなく地を蹴り、ブースターを動作させながらの三段跳。機体を加速させながら再び上空へ。
ヤイチが得意とする戦法が静から動への急速な変化による攪乱と奇襲であるのに対し、ユウリの戦法は速力に任せた力押しに近い。
常に相手よりも高い速度を維持しつつ周囲の敵を目に映るものから順に斬り捨ててゆく。
二機目のナイトG3の背後を取る。背後を取られたことに気付いたパイロットが機体を反転させるよりも早く、ユウリは更に機体を加速。
一太刀で斬り捨て跳躍したところで、漆黒のギアがユウリの視界に入る。
『追って来たか。それでこそというものだ』
通信機から響く、陰鬱としながらも何処か楽しげなヤイチの声。
それに応じるようにユウリもまた笑みを浮かべる。
「(今回は、今度は負けるつもりはない)」
新月が攻撃を誘うように上空へと跳躍する。その誘いに応じ、ユウリは機体を反転させ新月との間合いを詰める。
跳躍した新月に向かってユウリはスカイブルーを降下させつつ抜刀。エネルギーブレードの刃が生じ、新月へ向けて振り下ろされる。
対する新月もまたそれを予想していたのか身体を捻らせて攻撃をかわし、逆手に持ったエネルギーブレードによる斬り上げを行う。
二の太刀を狙ってその場に留まっていればそのまま直撃していただろうが、スカイブルーは斬り下ろしと同時に急降下。ブースターで反動を殺しながら着地。そのまま飛行する新月の後を追う。
第四世代ギアによる飛行は可能ではあるものの地上に比べ自由度が落ち、また戦闘機程の機動力も発揮できない。
ギア同士の戦闘の本領は地上戦にある。
『広範囲索敵を停止。ラプラスを起動。以降周囲の警戒はアリシアが行うから注意して』
「了解」
メインディスプレイの端に映っていた遠距離レーダーが消える。エアー7に搭載されたAI、ハルによる戦闘支援が索敵から攻撃予測へと移行した為だ。
ラプラスは周囲に居る敵機の現在位置とこれまでに収集した攻撃モーションを元に、次に行われる攻撃の方向とタイミングを予測し警告を行う攻撃予測プログラムだ。
エレナ曰く有効範囲が狭い上に精度はそれほど高くないということだが、元々ギアによる白兵戦闘を得意とするユウリには有効範囲の問題はさして苦にならず、精度の程も参考情報とするには十分だった。
唯一の欠点は処理負荷が高いため他のタスクとの並列起動が困難であるという点だが、エレナの作るプログラムは大抵似たような特徴があるのでこれももう慣れたものだ。
「(さて、どう動いてくる?)」
新月との距離を詰める。向こうは未だ空中。着地の瞬間にはどうしても速度が落ちるため安易な降下は行えないが、燃費が極端に悪いエネルギーブレードを使用した以上飛行距離はそう長くない。
着地点で待ち構えようとするスカイブルーに、新月は左手に持ったアサルトライフルを向ける。
否、右手の武装もまた気付けば、エネルギーブレードからアサルトライフルに変更されている。
「っ!」
新月の両手に構えられたアサルトライフルが火を噴く。着地の瞬間を狙おうとしたユウリは即座にサイドブースターを起動させ左へと跳躍。
瓦礫の街に薬莢がバラバラと転がり落ち、新月は着地。同時に一瞬遅れて斬りかかったスカイブルーと同じ方向へと跳躍。
冠城流抜刀術一本目『始刀』。スカイブルーは横薙ぎにエネルギーブレードを振るい、次いで斬り下ろしへと繋げる。
対して新月もこれを読んで後退の直後に機体を旋回。斬り下ろしをやり過ごし回転斬りを放つ。
これを察したユウリは機体を右に跳躍させ、攻撃の射程範囲の外へと逃れる。
お互いに損傷はなく状況は五分。五分であるという事実にユウリは軽い衝撃を受ける。
「(フォートレスの支援なしにこの動きか。読みもキリエ並じゃねぇか。倭国の侍ってのはこんなのばっかなのか?)」
新月がラプラスのような攻撃予測システムを使用しているとは思えない。つまりはそうした補助に頼らず、勘と経験だけでここまで読んできたということだ。
私やお前の剣など倭国の侍に比べれば子供の手習いも同然。キリエを相手に初めて一本取って調子に乗るユウリに彼女が掛けた言葉は、あながち間違いではないのかもしれない。しかし……。
「だからって、退ける訳もねぇよなぁっ!」
気炎を吐いて機体を加速させる。ここで躊躇う理由など欠片もありはしなかった。
『A1が新月と交戦状態に入った。A2はそのまま敵ギア部隊を突破、ラーディプトに攻撃を開始して』
「了解した」
『ラーダッドのギア部隊は距離を保ちながら牽制砲撃を続行。二機小破したけど、善戦してるって』
エレナからの指示に頷きながらも、向こうから微かに漏れ聞こえたアリシアの声にヒルダは思わず苦笑する。
「(随分活き活きとしておられる)」
フランベルジュを加速させながら、ヒルダはアリシアの変化を実感していた。
クラナダを追われ一月と経過していないにも拘らずこの変わりよう。
以前のアリシアは気丈に振る舞いながらも、いつも何かを諦めたような表情をしていたように思う。
聡明な頭脳と高潔な精神、高い理想を持ちながらも何をすることも許されなかった籠の中の鳥。
そんな彼女は今、自分の意志で思うように空を飛んでいる。
「(クラウディア様の目は正しかった、ということか)」
些か以上に癪ではあるが認める他ないと思った。今の自由な生き方はきっとアリシアの性に合っている。
ならばまぁ、妹分の最初で最後の我儘くらいは聞いても問題はないだろうとヒルダは思った。
彼女が今ここに居るのはそれが理由だった。
『敵機からの攻撃、来ます』
「座標を転送」
『了解。転送完了しました』
フォートレス、ランスロットのオペレーターであるナーシャから連絡が入る。
ヒルダは回避行動を取りつつ転送された座標に照準。レールガンを放つ。
『直撃。進路上には残り一機。新月と二機の第三世代はA1が引き付けています』
「行き掛けの駄賃だ。残る第三世代三機、全てを標的に砲撃支援を行え」
『了解。AGM発射』
レーダーやセンサーを多く取り付け、偵察と観測に特化したエアー7と異なり、ランスロットはより攻撃的な設計思想のフォートレスだ。
フランベルジュの射撃誘導を行いながら自身もまた搭載したミサイルにより支援を行う。
ランスロットから発射されたミサイルへの対処を行おうとする敵のギアに、フランベルジュはレールガンによる砲撃を行ってゆく。正しくそれは一方的な蹂躙だった。
第三世代ギアが第四世代ギアのエネルギーシールドを突破するには近接状態での飽和攻撃かキャノン砲のような高火力な火器が必要になるが、接近など許さず鈍重極まる大砲による砲撃など掠りもしない。
反撃すらも碌に許さず、残っていた三機の第三世代ギアは立て続けに撃破されてゆく。
『敵機の沈黙を確認』
「所詮は烏合の衆か。……スカイブルー、掃除は済ませた。そちらはそちらの相手に集中しろ」
『誰が全滅させろっつたよ……。ああ、まぁいい。ありがたいことだっ!』
スカイブルーのパイロットからの、呆れ交じりの返答に少しは溜飲が下る。
この間の戦闘でスカイブルーとフランベルジュが対等などと思われても面白くない。
そうして次に見据えるのは陸上戦艦ラーディプト。十年前の大戦で五隻建造され、ヴァンクールの主力兵器として連合国を苦しめたと言われる怪物艦。
全長三百メートル、最高時速六十キロ。搭載された主砲の有効射程距離は五十キロに及んでおり、大戦時には連合国の陸上戦艦を物ともせず、五十機を超すギアと戦闘機を収納しクラナダの首都を攻撃したという記録も残っている。
「アンティークだな」
吐き捨てるようにヒルダは呟く。
所詮は時代に取り残された遺物。その設計思想はあまりに古すぎる。
それを証明すべく、ヒルダは攻撃を開始するのだった。




