第24話 戦闘開始
『フォートレス、ランスロットから通信』
「繋いで」
状況が理解できず言葉を失っているユウリとエレナに代わり、アリシアがハルに指示を出した。
画面に映るのはアリシアにとって見慣れた女性、ヒルダの姿だった。
『お元気そうで何よりです、アリシア様』
「やっぱり指輪に盗聴器が仕込まれてたのね。姉さまが肌身離さず持ってろ、なんて言うからおかしいと思った」
クラナダを出るまで気付けていなかったが、クラウディアは案外と身内に甘い。そして彼女は未だアリシアを身内であり、庇護の対象として認識している。
そのことは先日の一件でよく分かっていた。
だから何かしらの方法で自分の手を離れたアリシアの状況を把握しようとするだろうし、その監視役に選ばれるのは公私の混同が可能なクラウディアにとっての身内、ヒルダであろうことも想像が出来た。
とはいえこれらは全てアリシアの想像でしかなく確証を得る術はなかったのだが、どうやら賭けには勝ったようだ。
『その割には最近は手放すことが多いようですが』
「アリシア・ハーティアスは死んだのだから、プライベートは尊重されるべきだと思うの」
最近ではAIでもそれくらいの配慮はすると軽口を叩きかけたが、藪蛇になりそうなためそれは自重した。
意図せずハルとのやり取りを思い出ししてしまい、顔が赤くなってやしないか少しばかり不安だったが、目いっぱい虚勢を張ってヒルダに微笑みかける。
一方のヒルダは厳しい表情でアリシアを見据えていた。
『死んだはずの人間が私に通信を求めてくる、というのは些かおかしな話かと思いますが』
ヒルダの言わんとすることはアリシアも理解していた。
アリシアはクラナダから決別し、アリシア・ハーティアスは死亡した。ならば今更クラナダの伝手を頼るのは筋違いというものだ。
それでもアリシアが指輪を処分しなかったのはこのような事態を想定してのことだった。
「言われなくても、こんな真似は二度としないわ。指輪もこれで手放す。だけどまぁ、一度くらいならこっちの我儘も聞いてもらえるかなと思ってたの」
このようなコネに頼った交渉は決して褒められた手段ではない。昔のアリシアであれば絶対に取らない手段だっただろうし、今でも抵抗はあった。
しかし手段を選んでいる余裕も時間もない。
ユウリはこの件から手を引かないと言った。その意思を覆すことは出来ないが、現状では勝算があまりにも乏しい。
ならば何かの裏技で補填する以外にないだろう。
虎の子と思い隠しておいたとっておきを早々使うことになったことにはアリシアも驚愕せざるを得なかったが、こういう馬鹿な男だということは承知しているので覚悟を決める。
「そろそろ本題に入りましょう、ヒルダ。通信してきたってことは『そういうこと』でしょう?」
アリシアの言葉にヒルダは肯定することも否定することもなく、ただ小さく溜息を吐いた。
「図太くなられた」などという呟きが聞こえたような気もしたが、気のせいだと思うことにする。
『スカイブルー。こちらは現在特務にてラーダッド領空を飛行中、アサルトシフト状態の陸上戦艦を確認した。アルティマの兵器工場を襲ったテロリスト集団の一味と推測するが、如何か』
「ああ、間違いない。とんだ偶然もあったもんだな」
本名でなくあえて機体コードで呼ぶのは、パイロット同士が距離を保つ為の処世術なのだとエレナから聞いたことがあった。
ついこの間決闘をした間柄だというのにユウリとヒルダは気にした風もなく言葉を交える。
『そちらの軍事行動に合わせ、こちらもフランベルジュを出撃させる。そちらの指揮下に入るので、精々上手く使って見せろ』
「指揮はエアー7が出す。敵の第四世代はこっちで抑えるから、そっちはデカブツを任せる」
『承知した』
あまりにも短い打ち合わせが終わり、ランスロットとの通信が切られる。
ラーダッドの指揮官であるヴィクトルを完全に無視したのは無論意図的だろう。
加勢はあくまでもスカイブルーに対してであり、ラーダッドに対してではないという酷いこじ付けだが、これで方々の面子も立つ。
どうにか思惑通りに話が進んだことに、アリシアは大きく安堵の息を吐く。
「……そういうわけでヴィクトル、そっちも部隊の手配を頼む」
同時にユウリもまた大きく溜息を吐いて、彼はヴィクトルに指示を出すのだった。
ヴィクトルとの通信を終え、エアー7は指定された攻撃ポイントへと移動している。
ブリッジにはユウリとエレナ、そしてアリシアが集まっていた。
熱い珈琲が喉を焼き、苦みと酸味が舌を刺激する。倦怠感や疲労が抜けてゆくのを感じながら、やはり珈琲はブラックに限るとユウリは思う。
「まさかこの短い間に二度も助けられるとは思わなかったな」
「期待の大型新人って奴だね」
「や、あの……そんなに持ち上げられても困るんだけど。偶然だし」
両手でホットココアの入ったマグカップを抱えたアリシアは謙遜しているが、その成果が偶然でないことは明らかだった。
ミサイルでスカイブルーを支援したこともヒルダを戦力として引き入れられたことも、確かに綱渡りな部分はあった。
しかしその絵姿を描いたのは間違いなくアリシアだ。何かの偶然や幸運で都合よく物事が転がったわけではない。
これまでも何度か感じたことがあったが、どうもアリシアは戦略的な観点で物事を考えて行動できる人間らしい。
それは戦術的な観点でしか動けないユウリや、本職が技術屋のエレナには備わっていない資質だと感じた。
「ホント、やること無茶苦茶だけど人を見る目はあるよね、ユウリは」
「お前を雇ったのも正解だったしな。……まぁ、とにかく本当に助かった。大したもんだ」
「あー、いや、だからもう良いってば。それよりこの先の話よ。とりあえずヒルダは引き込んでみたけど、これでどうにかなるの?」
「ラーディプトの方はフランベルジュに任せておけば問題ないだろうね。スカイブルーが担当するより相性はいいと思うから」
エレナの言葉に若干の棘を感じたのはユウリの気のせいだろうか。
とはいえその話題を出せばエレナが食いついてくるのは明白。アリシアもエレナの側に付くだろうから戦況は不利。民主主義の観点で言えば一対二の完全敗北である。
戦術的観点から判断し、ユウリは沈黙する。
「向こうも承知で承諾してきたんだろうから、そこはひとまず問題ないと判断する。それより問題はこっちだよ」
あんな大物の相手が本当に出来るのだろうかと懐疑的なアリシアだったが、エレナが強引に話題を終了させ端末に新月を表示させる。
「新月。『大戦』後に作られた、倭国製の第四世代。さっきの戦いと公表されてるスペックを見る限りじゃスカイブルーに近い性能、近い戦闘スタイルみたいだね。どうにかなりそう?」
「抑える分には問題ない。今度はこっちが足止め役だ」
「覚えてろ、じゃかったの?」
「まずはデカブツを止めるのが先だ。慌てなくても決着はその後に付けてやるさ」
そう言えば聞かれてたなと些かばつが悪い気分になりながらも、ユウリは即答する。
新月とヤイチに借りは返すつもりだが、それはあくまで個人的な事情。優先すべきはラーダッドの問題をどうにかすること。つまりはラーディプトを撃破することだ。
その為ユウリの当面の役割は、ラーディプト撃破までの新月の足止めとなる。
「分析の方はどうだ?」
「走らせてはいる。データが少ないから精度は保証できないけど。あと、壁だの天井だの使った動きは除外してるけどそれで良いよね」
「問題ない。今度の戦場であの曲芸は使えない」
「だね。後はまぁ……パイロットの腕かな?」
「期待しとけ」
ニヤッと笑って挑発してくるエレナにユウリも笑みを返す。そんな二人のやり取りに、アリシアは不安げな表情を浮かべる。
「えっと、結局有効な対策はないってこと?」
「毎度都合よく弱点なんざ見つかるわけもなし。強くあたってあとは流れで。ま、何とかするさ。俺もまだ死にたくないからな」
「はぁ……それじゃあまぁ、精々カッコイイところでも見せて貰おうかしら。言っとくけど、もう隠し玉はないからね」
最早何を言っても無駄化とばかりにアリシアは首を横に振る。
期待のルーキーは想像以上の働きを見せ、早くもこの職場に馴染みつつあるようだった。
そうして、その時は訪れた。
『こちらO1。G1からG9、全機配置に着いた』
エアー7にオペレーター、ヴィクトルからの通信が入る。彼が用意した戦力は第三世代ギア九機。
最近導入したと思われるナイトG3に加えて数機ほどハウンドが混ざっている。ハウンドの方は恐らく『大戦』時にヴァンクールから鹵獲したものなのだろう。
つまりは、かき集められるだけの戦力をかき集めてきたということだ。予定の数よりも多い。
覚悟はしていたけどこれはもう戦争に近いなと、エレナは息を飲む。
迎え撃つ場として選んだのはヴァンクールとの国境近くの市街跡地。かつてはそれなりに大きな都市が存在していたが、『大戦』時にラーダッドとヴァンクールの大規模な戦闘が行われ廃墟と化した。
ヴァンクールとの国境に近いという理由もあって復興も進んでおらず、一般市民の立ち入りも禁止されている。
今この場に立ち入る者が居るとすればジャンク漁りが目的のスカベンジャー。つまりは違法業者くらいなものだろう。
『F2問題なし。合図と共にA2を出撃させる』
続いてフォートレス、ランスロットからも通信が入る。
ラーダッドのギア部隊とランスロットに極力接点を持たせないため仲介役はエアー7が務める。
つまりはエアー7が司令塔ということだ。
「こちらF1、了解した。これよりA1、A2を出撃させる。O1はタイミングを合わせGチームの指揮を」
『O1、了解』
Gチーム、ラーダッドのギア部隊はあくまでもバックアップ。主力はAチーム、スカイブルーとフランベルジュだ。
Fチームのフォートレス、エアー7とランスロットは戦場から距離を置いて全体を俯瞰。
母艦としての役割を果たす必要のあるフォートレスによる空爆支援は、最後の手段ということになっている。
ヴィクトルとの通信が一度切れ、エレナはスカイブルーとフランベルジュに通信を繋げる。
「作戦を開始する。目標は敵母艦ラーディプト。攻撃はフランベルジュが担当。敵主力の足止めはスカイブルーが担当。国境を越えられる前にけりを付けて」
『了解。必要があれば援護射撃は入れる』
『そいつはありがたいことだ。ま、こっちも早めに終わればデカブツの足止めくらいは請け負うさ』
予想はしていたが、ヒルダとユウリの相性は最悪らしい。
ヒルダからすればユウリは自国の姫をかどわかした不逞の輩なのだから仲良くするなど無理な話だろうし、ユウリもユウリで売られた喧嘩は買わずにはいられない性格だ。
しかし実際事情を知るエレナからすればアリシアは攫われたのでなく押しかけて来たというのが実際のところで、ヒルダの主張は言いがかりでしかないのだが。
とは言えそれは言ったところで詮無いこと。立場が変われば主張も変わる。
「あの、二人とももうちょっと助け合うとか……」
『生憎器用な性質じゃねぇからな。フォローは期待するな』
『不要だ。お互いがお互いの務めを十全に果たせば、自ずと結果は出る』
アリシアが呆れた様子で仲裁を入れようとするが、どうも上手くはいっていないらしい。
お互いの実力を知っているが故の信頼なのだと肯定的に捉えることにして、覚悟を決める。
「作戦開始。両機出撃を」
『了解。フランベルジュ、コンバットオープン』
『スカイブルー。出撃する』
二機の第四世代が各々の母艦のカタパルトから射出され、加速してゆく。
火蓋は切られるのだった。




