第23話 ラーディプト
全長一キロを超える広さのデイム駐屯基地の第一格納庫。その一角にはスペースが出来ていた。
その場に収容されているナイトG3は殆どがテロ事件の対処の為現地に向かっており、残りの二機も基地の警備に出ているためだった。
メンテする対象が出払っていては整備兵もすることがないのだろう。第一格納庫は閑散としており、普段聞こえてくる金属がぶつかる音や溶接の音も響いてこない。
このような時に不謹慎とは思ったが、見慣れたナイトG3の姿が見れないのは残念だとレックスは思った。
彼はギアに憧れギアを操縦したくて陸軍に入隊したが、適正なしと判断されパイロットになることは出来なかった。
そんなレックスにとって、格納庫の警備をしている時間は間近でギアを見ることが出来る貴重な時間だったのだ。
残っているのは、ギアの母艦として生み出された一隻の戦艦のみ。そちらへと目を向けたとき、背後から整備兵のショーンが声をかけてきた。
「おい、テロ鎮圧に向かったギア部隊のこと、聞いたか?」
「聞いていない。何の話だ」
「全滅したってよ。情けないよな、こんなことならお前が操縦してた方が良かったんじゃないか?」
哨戒任務中の私語は厳禁だ。誰かに見とがめられないかレックスは顔を顰めて周囲を見ようとしたが、ショーンが肩に手を回してきた為先にそちらへと視線を向ける。
相変わらず馴れ馴れしいとは思ったが、これならば上官に注意を受けたとしてもレックスはショーンに絡まれていた被害者になることが出来るだろうと頭の片隅で思った。
それに、今の話も聞き捨てならなかった。
「全滅したのか。……本当に?」
「現場と連絡を取ってた通信兵に聞いたんだ。間違いねぇよ」
緊急時だというのにショーンはニヤついた笑みを浮かべている。彼とはデイム駐屯基地に配属されて以来の付き合いだったが、このような男だとは思わなかった。
少し付き合い方を変える必要があるとレックスは思った。
「……機密漏洩だぞ」
「固ぇこと言うなよ兄弟。同じ屋根の下に住む者同士、世間話の一つや二つは許されるだろ」
太い、丸太のような腕がレックスの首をやや乱暴に締め付けてくる。
苦しいから離せと言うのは兵士としてプライドが傷つくので我慢することにした。
仮にも兵士として日々訓練を受けているレックスよりも、整備兵であるショーンの方がよほど体格が良く体も鍛えられている。
何故こんな男が整備兵などしているのか、レックスは常々疑問に思っていた。
「しかしバカな連中だ。こいつを連れて行っていればテロリストを逃がすなんてことなかっただろうに」
そう言ったショーンの視線の先には一隻の戦艦の姿があった。
特殊な磁場を発生させレーダーの照準を狂わせるジャミング装置が開発されたことで天敵であるミサイルを克服し、戦艦は海から陸へと上がった。
今の時代戦艦とは必ずしも海の上を行くものではない。
この第一格納庫に収容されているのは、ヴァンクールが開発した大型輸送車両ラーディプト。
城塞を一撃で吹き飛ばすに足りる三門の主砲と迎撃用の無数の副砲が装備された、三十機のギアを運用可能な陸上戦艦だった。
とはいえ陸を走行するのではルートも限定される上、何より目立つ。
より汎用的で機動力のある飛行戦艦、フォートレスが出現したことで陸上戦艦という概念は失われた。言ってしまえば時代に取り残された過去の遺物だった。
このラーディプトも『大戦』中にヴァンクールから鹵獲したものの、これまで使い道がなく十年の間第一格納庫の主として君臨してきた。
「テロリストを工場ごと吹き飛ばす気か。破壊位しか能がないだろう、こんなデカブツは」
口にしてから、しまったとレックスは思った。レックスがギアに熱を上げているようにショーンはラーディプトに執心している。
そんな彼の前でラーディプトを侮辱するような言葉を使うべきではなかったと後悔したが、レックスの予想に反してショーンは上機嫌だった。
「はっはっはっ、まぁ確かにこのデカブツに出来るのはそれくらいだろうさ」
上機嫌に笑いながら強く、更に強くショーンはレックスの首を締め上げてくる。
「おい、ショーン……っ!」
冗談にしても度が過ぎている。抗議の声を上げようとしたが、それよりも早くショーンが動いた。
「破壊するしか能がない。それで十分だと思うがね」
「あっ……が、ぁぁ……」
レックスの首をショーンの五指が掴む。抵抗を試みるよりも早く喉を潰された。
何が起こっているのか分からず混乱するレックスに、ショーンは変わらず上機嫌な様子で銃を突きつける。
「あばよ」
離別の言葉はそれだけだった。
パシュッ、パシュッ、パシュッ、と玩具のエアガンでも撃つような乾いた音が響き、放たれた銃弾に眉間を撃ち抜かれレックスのは絶命する。
「何もかもぶち壊してやれば良い。ヴァンクールに仇なすものは全て、何もかも」
変わらぬ笑みを浮かべるショーンの周囲には、気付けば数名の兵士達が集まっていた。
その全員が、この日の為に十年の雌伏の時を過ごしたショーンの同士達だった。
「目覚めの時だラーディプト。何もかもぶち壊してやるとしよう」
そうしてラーディプトは十年ぶりに格納庫の外へと解放され、その巨大なキャタピラは再び地上にその爪痕を残すのだった。
エアー7がスカイブルーを収容してから一時間後。
エアー7のブリッジにはエレナとアリシア、そしてユウリが集まっていた。今後の対応をヴィクトルと協議するためだった。
定刻となり、ヴィクトルからの通信が入る。画面に映し出されたヴィクトルは、明らかに憔悴していた。昨日から寝ていないのだろう。
『協力に感謝する。早速だがまずはそちらの状況が効きたい。スカイブルーが損傷したと連絡は受けたが、戦闘は可能な状態なのか』
ヴィクトルは早速に本題に入る。
余程余裕がないのだろう。新しい厄ネタでも生まれたかとユウリは思った。
これまでの経験上、逃走したギア三機の追撃程度であればヴィクトルがこれほど追い込まれることはないだろう。
ともあれまずはこちらへの問いに答えるべく、ユウリはエレナに目配せする。
「戦闘は可能。機体は中破したが、予備のフレームを用意していたためジュノーエンジンはそちらに載せ替え済み。パイロットの負傷もなし。ただし……」
エレナがヴィクトルの質問に答える。そこで若干のタメが入った。
エレナの灰色の瞳が一度閉じられて、開かれる。
「ただしこの後の依頼を引き受けるかどうかはそちらからの状況次第だ。先の依頼でこちらの役割は十分に果たしていたものと認識している」
『反論の余地はない。テロリストの逃走を許したのは我々の落ち度だ。その上で、検討して貰いたい』
ヴィクトルからデータが送られてくる。エレナが暗号化された圧縮ファイルを解凍すると、中には一隻の戦艦のデータが入っていた。
「これ、は……」
『強行輸送車両ラーディプト。『大戦』時にヴァンクールが開発した地上戦艦だ。たった今デイム駐屯基地より、敵に鹵獲されたと連絡があった』
「間抜けかっ!」
思わずユウリは会話に割って入ってしまった。
普段はそのような対応を窘めるエレナも、今回ばかりはその余裕もないのか言葉を失っている。
『返す言葉もない。デイム駐屯基地に勤めていた兵士の一部が、丸ごとラーダッド解放戦線のメンバーだったということだ。或いはヴァンクールのスパイか』
「どっちも同じことだろうがよ。……ってか、あれだ。その様子じゃ弾も入ってんだな」
『デイム駐屯基地で保管していたものが奪われている。全砲門使用可能と見て良いだろう。また対象機は既にアサルトシフトを使用しており、巡航ミサイルよる攻撃も困難な状況だ』
レーダーやミサイルの照準を狂わせるジャミング装置を使用した状態を、軍隊用語ではアサルトシフトと呼んでいる。
使用が確認された時点で撃墜対象となる、戦闘行為として見なされていた。
「使いもしねぇものをきっちり整備しやがって……」
「ギアは搭載してるの?」
エレナの表情も険しい。携帯端末で送られてきたデータの検討を行いながら尋ねる。
『搭載していなかったが、ラーダッド解放戦線のメンバーが合流したと思われる。確認されただけでハウンドが三機。これに先程逃走したテロリストが加わる形になる。以上が最小限に見積もった敵の戦力だ』
「想定される敵の目的はなんだ。首都の攻撃か?」
『目的が首都なら防衛戦力を導入できるだけマシだったが、敵はヴァンクールとの国境を目指している。国境を突破されれば最悪ヴァンクールの連中に戦争の口実を与えかねん』
「対象の国境への到着予想時刻は」
『二時間後。こちらも防衛戦力をかき集めてはいるが、導入できるギアは二小隊が限界だろう』
二小隊、つまりは六機。
ユウリはエレナに目配せするが、彼女は首を横に振る。残念ながらユウリも同じ意見だった。
「その数で地上戦艦の相手は無理だ。クラナダに支援を要請しろ。ロイヤルナイトを動かすことが出来ればまだ勝算がある」
『打診したが上の許可が下りなかった。ヴァンクールからの攻撃を受けたのならばともかく、国内で起きた問題にクラナダを関わらせたくないのだろう』
「選挙が近いこの時期に、国民の機嫌を損ねる真似はしたくないって? ……ふざけんじゃないわよ」
「……っ」
明らかな怒気を孕んだ声に、ユウリは驚いて振り返る。
声の主は今まで黙っていたアリシアだった。
『君は……』
「アリシアよ。少し前からユウリのところで雇われた見習いクルー。何処かであったことがあるかもしれないけど、それは他人の空似だと思うからお気になさらず」
画面の向こうに居るヴィクトルは、信じられないといった表情をしていた。
アリシアがエアー7に乗っていることに驚いたのか、或いは彼女がこのように激しく感情を露わにしたことに戸惑ったのか。
どうであれそんなことは関係ないとばかりにアリシアは感情を吐き出す。
「私は新参者だし、そちらの事情に口を挟むつもりもなかったけど、流石に黙ってられないわ。こんなのにユウリが付き合う義理なんてない」
冷え切った、冷徹ささえ感じられる口調。
彼女にこのような一面があったとは思いもよらなかった。
「自国の問題は自国で解決する。大変結構。それならユウリの手を借りようとせず自分たちの力だけでどうにかしてみれば良いわ。それが出来ないなら、大人しく他国の支援を受け入れなさい」
「アリシア、それは……」
言葉を掛けようとするユウリに、アリシアが視線を向ける。そしてユウリの言葉を遮るように首を横に振った。
「ユウリ、貴方とヴィクトル大佐がこれまでやって来たのは単なる綱渡りよ。一歩踏み外せば転落する状況で、貴方達は踏みとどまってきたんだと思う。だけどそれを続けている限りラーダッドは変わらない」
強い意志の籠った青い瞳がユウリを見据える。これまでにも何度か見た、アリシアの本気の目だった。
彼女はいつも本気だ。本気で容赦がなく、退くことを知らない。
正しいことを正しいと、間違っていることを間違っていると言わなければ気が済まないのだろう。
その言葉が誰かを傷付けると承知した上で、その事実に自身もまた傷付きながら、その全てを受け入れて踏み込んでくるのだ。
「今のラーダッドに、英雄の存在は有害でしかない。『大戦』から十年が過ぎたわ。いい加減、ラーダッドは目を覚ますべきなのよ」
そうして彼女は、ユウリとヴィクトルにとって決定的な一言を口にした。
それはユウリも、そして恐らくはヴィクトルも薄々気付いていたことだった。
連合国の支援を受け急激な速度で独立を成し遂げたラーダッドは、政府高官達は自らの力を過信している。
そのまま突き進めばすぐに手痛い教訓を味わうことになっていただろうが、ラーダッドには幸か不幸かヴィクトルが居て、ユウリがそれに手を貸した。
そうして生まれた『ラーダッドの英雄』が余計に彼らの目を曇らせる。
連合国の手を借りずとも自分達はやれるのだと、過信し慢心し増長してゆく。
膨らみ続けるその幻想は、早々に破壊しなければ致命的な傷になりかねない。
『……耳の痛い話だ。そのことを承知していながら、どうにかすることも出来ず私はここまで来てしまった』
深い溜息を吐き、ヴィクトルは言う。
『ユウリ、今回の件は我々でどうにかする。君たちはザールスに引き上げてくれ。無論、既定の報酬は支払わせてもらう』
「どうするつもりだ」
『分からん。お前が引き上げたと知れば、案外と上も納得して素直にクラナダを頼るのかもしれんな』
そう言ってヴィクトルは乾いた笑いを浮かべるが、それが虚勢であることはすぐに分かった。
それほど簡単に済むのならここまで拗れるようなことはなかった筈だ。
どう考えても間に合わない。政府高官達が議論をしている間に何もかも手遅れになるだろう。
それが分かっているからこそ、ユウリもまた首を横に振った。
状況を打開する妙案もなく、議論は振り出しに戻るだけだ。それでもここで退くことだけは出来なかった。
教訓と呼ぶにはこの一件は影響が大きすぎる。収束できなければ間違いなく国が傾く。
「手を貸すと決めたのは俺の意志だ。最後まで責任は取る」
「退く気はないのね、ユウリ」
「すまんな、アリシア。お前の言うことは正しい。正しいが、俺はそこまで割り切って考えることは出来ん」
艦を降りても構わない、自分の我儘に付き合う必要はないとは口にしなかった。
以前にその言葉を口にして、エレナに酷く説教をされたためだった。
いや、他の子のことを考えるのはデリカシーがないのだったか。
「……どうしようもないわね、まったく」
ふっと、アリシアが表情を緩めた。こうなることは分かっていたとでも言いたげな様子だった。
いや、事実分かっていたのだろう。承知の上で、踏み込んできたのか。
「いい、こんな手が使えるのは一度きりよ。二度と使うつもりはない。正直、こうもあっさり切る羽目になるとは思ってもみなかったんだけど」
言いながら彼女はズボンのポケットから銀の指輪を取り出す。以前にアリシアが身に着けていた連合国の紋章入りの指輪だ。
フランベルジュとの戦いを終えてからは訣別のつもりか身に着ける様子もなかったのだが、携帯はしていたらしい。
「聞こえているんでしょう、ヒルダ」
手にした指輪に向かってアリシアが声をかける。
直後エアー7に、ランスロットからの通信が入るのだった。




