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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
修羅と傭兵
23/75

外伝1 蒼穹に挑む者

以前に外伝として掲載していた内容そのままになります。

管理方法がどうにも決まらず、二転三転して申し訳ないです。

時系列的には一章より前の話になります。


 ギアの出現は全ての戦車乗りにとって呪いだった。

 パワードスーツとして開発された第一世代ギアは、歩兵が戦車に対抗する手段となった。


 第一世代ギアによって強化された筋力はこれまで歩兵が装備出来なかった重火器の運用を可能にし、またギアでの使用を前提とした高火力な兵器も多く開発された。

 総じて歩兵の火力が向上した。


 続く第二世代は酷い欠陥品だった。地上戦の概念を塗り替えるいう謳い文句と共にアルティマが発表した第二世代ギアは機動力と防御力を向上させる目的で大型化が図られたものの、その機動力と防御力は戦車を下回った。

 致命的であったのは、二足歩行を実現するためのオートバランサーシステム。とりあえず歩くことは出来るが、倒れたら二度と起き上がれないと揶揄されるそのシステムは兵器として運用するにはあまりにも未熟だった。

 結果として長所であった隠密性と運用の容易さが失われたその兵器は戦車や他兵器――特に第一世代ギアの的にしかならず、歩く棺桶と揶揄されている。


 第二世代の失敗から僅か三年後。アルティマの失敗を嘲笑うかのようにアスモ重工が発表した第三世代ギア。

 パワードスーツというコンセプトを捨て、人型機動兵器という新たな概念を得たその存在は戦場を支配した。


 装甲こそ戦車と同程度であったものの、その機動力と汎用性は戦車のソレを遥かに上回っていた。

 二本の腕は用途に応じた武装の選択を可能とし、ホイールと二足歩行を併用した移動は荒地での運用に向いていた。


 何よりも優れていたのは、第三世代ギアを制御するソフトウェアだった。

 二足歩行の鬼門であったバランス制御と、予め複数の動作を組み合わせて登録しておくことが可能なモーションパッケージシステム。

 それらを制御してパイロットの負担を軽減する制御システム、ギアコントロールユニット。

 第三世代ギアには幾つもの最先端技術が盛り込まれていた。


 その開発には膨大なコストが掛かったであろうことが予想されたが、第一世代ギアを開発したことで知られる倭国のアスモ重工はその技術とノウハウを惜しげもなく全世界に公開した。

 結果として第三世代ギアは瞬く間に普及、発展を遂げ――それに併せて戦車は役割を失った。


 仕方のないことだとレオンは思った。より優れたものが残り、劣っているものは淘汰されるのが世の常というものだ。

 かつて戦友であった戦車乗りは職を失い、日がな一日酒を飲んでは愚痴を漏らしていた。

 流石に付き合いきれず二人の関係は徐々に疎遠になっていったが、今にして思えば別の理由だったのかもしれない。


「気楽に構えてられるのも今の内だけだ、レオン。地上の覇者となったギアは、今度は空に進出してくるぞ」


 戦友の漏らした負け惜しみとも取れるその言葉を、戦闘機乗りであったレオンは否定することが出来なかった。

 そして、現実にその通りになった。


 月で発見されたエネルギー吸収物質、ジュノーを利用したジュノーエンジンは従来のエンジンとは比較にならない出力とエネルギー効率を発揮。

 月の利権とジュノーを巡って国家間の争いが加速し、『大戦』へと発展する。

 その末期に登場したレオンにとっての呪い――第四世代ギア。


 ジュノーエンジンの搭載によって小型化と高出力化に成功した第四世代ギアは第三世代ギアさえも寄せ付けない能力を発揮した。

 中でも周囲のエネルギーを吸収するというジュノーの特性を応用した新技術――エネルギーシールドは第四世代ギアと他兵器の埋めがたい差となった。

 いっそ暴力的とさえいえる第四世代ギアと、それを運用するために開発された旗艦フォートレスの出現によって『大戦』は終幕を迎え、そして今、各国は競い合うようにして第四世代ギアの開発を進めている。


 偶然ではあるのだろうが戦車乗りの言葉は正しかった。小型化され、高出力のエンジンを得た第四世代ギアは限定的とはいえ飛行能力さえ有していた。

 実際に見たことがあったが、酷く頭に来たのを覚えている。


 効率を度外視し航空力学を無視した人型機動兵器の強引な飛行。洗練性の欠片もなかった。

 しかし第四世代ギアを戦闘機で撃墜出来るかと言われれば、その自信は全くなかった。


 最高速度こそ戦闘機に遠く及ばないものの、出力に物を言わせた瞬間的な加速はミサイルの回避に適しており、飽和攻撃でも仕掛けない限り通用しないだろう。

 ミサイルが避けられるとなれば後はドッグファイトに活路を見出すしかないが、機関銃ではエネルギーシールドを突破できない。


 現状戦闘機が装備可能な武装では単機で第四世代ギアを破壊できない。屈辱的ではあったが、それを認める他なかった。

 それでもレオンは諦めることが出来なかった。


『ジュノーエンジンを積んだ戦闘機を作ることは出来ないのか?』


 親しくしていた整備士に尋ねたが、シンフォニアの臨界事故を知らないのかと一笑された。

 無論レオンも知っていた。双子の悲劇事件と双璧をなす、『大戦』後に帝国が引き起こした災厄だった。

 ジュノーエンジンはギア以外の兵器の動力として利用した場合その安定性は著しく低下し、ひとたび操作を誤れば臨界事故を引き起こす。一つの都市と住人を犠牲にして人類が学んだ教訓だった。


 ジュノーには未だ謎が多く、エネルギーを吸収する仕組みも解明されていない。

 ジュノー主義者と呼ばれる、宗教じみた思想に取り付かれた科学者たちは言う。『ジュノーは人型を求めるのだ』と。

 馬鹿馬鹿しいことだとその当時は一笑に付した。それではまるで生物のようではないか。




『レオン、お前はどうしてそんなに戦闘機に拘るんだ?』


 それは誰が発した問いだっただろう。酒に酔っていたせいかよく覚えていない。いつかの戦車乗りだったかもしれないし、整備士だったかもしれない。

 ただ何と答えたのかは覚えている。


『決まってる。戦闘機が好きだからだ』


 子供のころから航空機が好きだった。特に戦闘機が好きだった。自転車で行ける距離にヴァンクールの空軍基地があったことも影響していたのだろう。

 毎日夢中になって通い詰めた。速く飛ぶことだけを目的に設計された、洗練されたボディを見るだけで胸が躍った。

 夢の中では何時だって自分はエースパイロットで、向かうところ敵なしだった。


 空に戦闘機の影が見えれば、それを操る操縦士のことを考えた。姿も見えない敵機とのドッグファイトを想像し胸躍らせた。

 エンジン音を聞くだけで、レオンには大空を翔る戦闘機の雄姿を想像することが出来た。


 大人になってもその情熱は絶えることがなく、戦闘機のことを知れば知るほどその奥深さに魅せられて、当然のようにレオンは軍に所属し戦闘機乗りとなった。

 幸い才能があったようで、戦闘に出る度に周囲の者がレオンの腕と技術を称賛してきたが、何を褒められているのか彼にはよく分からなかった。


『お前は怖くないのか? 俺は怖い。機銃を数発食らっただけで機体はあっさり真っ逆さま、海の藻屑だ。なぁ、どうすればこんな恐怖に耐えられるってんだ?』


 尋ねてきたのは同じ戦闘機乗りの男だった。金に目がくらんで軍に入り、恐怖に耐えられず薬に逃げた男だった。


『怖い、何故? 想像してみろ。目に見える敵をすべて墜として、何処までも広がる空をたった一人で眺める。それは最高のご褒美で、この上ない勲章だ』


 それは単なる錯覚で自己満足なのだろうが、その瞬間確かにレオンは空の支配者で王様なのだ。

 真面目に答えたつもりだったのだが、戦闘機乗りの男は酷く驚いた顔でレオンのことをじっと見つめてきた。

 何処までが強がりで何処までが本気なのかを見極めたかったのかもしれない。しかしレオンは至って真面目で、思ったことをそのまま口にしただけだった。


 戦闘機乗りの男もそれを察したのか、やがて大きく溜息を吐いた。

 人間の心が折れる瞬間というものを、レオンはその時初めて見たように思う。


『……あぁ、そうか。そもそも見てるものが違った訳か。道理で噛み合わないわけだ。生憎俺は、そんな風には思えねぇ』


 男はその日のうちに軍を去った。臆病だとは思わなかったが、仲間がまた一人自分の元を離れてしまったのは残念だった。


 人間嫌いではなかったがあまり器用な方ではなかった。興味のない話題にも愛想笑いを浮かべるような人付き合いの良さもなく、頭を空っぽにして周りの空気に流されるような真似も出来なかった。

 飛行機にしか興味がないのだと揶揄されたことは一度や二度ではなかったし、特に気にもしなかった。それは全くの事実だとレオン自身も認めていたことだった。


 結局彼は自らが良しと思う通りにしか物事を成すことが出来なかったし、自分を曲げることも出来なかった。

 そんな彼だったから、恐らくは諦めることが出来ずこんなところまで来てしまったのだろう。


 ノーラム社にテストパイロットとしてスカウトされたのは半年前のことだった。提示された報酬に興味などなかったが、ただ一つレオンの興味を誘うものがあった。


『第四世代ギアを上回る戦闘機を作ってみたいとは思いませんか?』


 どうやら彼らはレオンが『そういう人間』であることを知った上で誘っているようだった。

 何枚もの同意書にサインをして、一ヵ月近い時間をかけて身体の隅々まで調べ上げられた。

 幸いにも適正ありと判断されたようで、手術を受けることが出来た。そうして、彼は機会を得たのだった。




 何処までも広がる青い空を、漆黒の戦闘機が飛行している。

 GX-01――ガイストと名付けられたその機体をレオンは痛く気に入っていた。外見は軍で採用しているGA-23とよく似ているが、中身は全くの別物だ。


 何よりエンジンが、機動力が違う。ミサイルが取り外されたこともあるのだろうが、それを差し引いても差は歴然だった。

 GA-23の性能に不満があるわけではなかったが、より高い次元で完成された戦闘機を操縦してしまえば以前には戻れない。


 超音速巡行を続けるガイストは安定して飛行している。速度に、エンジンに振り回されるような感覚がまったくない。

 狙った通りのタイミングで、思い通りの出力を発揮する。


 新しい愛機の調整は万全だった。今日こそはと、そう思った。今日こそ『奴』に出会えるのではないかという予感があった。

 その予感は正しかった。


『……来ましたよ大佐。目標は国境付近を飛行中。今なら追いつけます』

「了解した」


 オペレーターを務めるのは、軍人時代からの部下だった。新兵だった頃に面倒を見たことを恩義に感じてか、こんなところまで付いてきてくれた。


『ご武運を、大佐』

「ああ。……すまんな」

『こちらこそ、最後まで付き合えず申し訳ありません』


 通信が切られディスプレイに目標が表示される。エアー7――第四世代ギア、スカイブルーのフォートレスだった。

 青色の傭兵、ザールスの死神、ラーダッドの英雄。その名はヴァンクール軍に居た頃から聞いていた。

 その存在はいつだってレオンの仮想敵だった。


『G1、演習は終了している。帰還しろ。どうした、トラブルか』


 通信が入るが、応じない。向こうもレオンの様子がおかしいことに気付いたようだが最早手遅れだ。誰にも邪魔はさせない。

 レオンが演習を行うタイミングでスカイブルーが哨戒に出るなどという偶然は、そうそう起こり得ることではない。だからこそこの機会を逃す気はない。今日この場で決着を付ける。


 レオンは笑みを浮かべながら通信機の電源を落とす。これでもう横槍が入ることもない。

 ディスプレイに表示された座標、ラーダッドとの国境まではある程度の距離があったが、ガイストの機動性をもってすればものの五分と掛からない。


「お前たちが地上の覇者になるというなら、好きにすればいい」


 知らず、レオンは言葉を発していた。

 スカイブルーに恨みがあるわけではない。奴に撃墜され命を落とした戦友も居ただろうが、お互いに命のやり取りをしているのだ。そのことを恨むつもりはなかった。


 第三世代ギアが地上戦の在り方を変え、第四世代ギアは戦争の在り方を変えたと言われているがそんなことはどうでも良い。

 地上の覇者、史上最強の兵器、そんな称号など好きなだけくれてやる。


「だが――空だけは譲るつもりはないっ!」


 スカイブルー、空色の名を冠する第四世代ギア。奴が我が物顔でレオンの愛する空を飛び回るのだけは我慢ならない。

 それだけが、レオンがスカイブルーに挑む理由だった。


 レーダーに機影が追加される。ガイストの接近を察知したエアー7が迎撃のため、スカイブルーを出撃させたのだろう。

 レオンは笑みを深める。ここで逃げに徹するようなら興ざめも良いところだった。


 エネルギーシールドを持つ第四世代ギアと異なり、戦闘機は機銃の一発が致命傷となることもあり得る。

 戦闘機がギアと戦闘を行う場合、敵の射線から逃れつつ側面或いは背後を取ることが基本戦術だが、レオンはその手法を取らなかった。


 全速で空を駆けるガイストと、迎え撃つスカイブルー。レオンの肉眼が嫌味な程に青い機影を捉える。

 前傾姿勢のままブースターを用いて飛行する、第四世代ギア。スカイブルーの武装はアサルトライフルと、自身の全長程度の長さをした鋭利な金属の塊―――ブレードだった。


「(まさか、空中で白兵戦でもするつもりかっ!)」


 エネルギー消費の激しいエネルギーブレードを空中戦では使用してこないだろうというレオンの読みは当たりだったが、しかしそれに対する相手の対応は予想外だった。

 本当に意味が分からない。ブレードの用途はどう考えても、そのまま叩きつける以外には思いつかなかった。

 空戦で役に立つとは思えないし、何よりもあんな物を持って飛行が出来ているということが理不尽だった。


 そのまま空中でご自慢の『剣技』でも披露してくれるというのならそれこそサーカス。拍手喝采といったところだ。

 とはいえ些細なことだ。見せつけられる理不尽が今更一つや二つ増えたところで何も変わらない。


 ガイストとスカイブルーはお互いに速度を緩めることなく接近し交差する。その瞬間に、スカイブルーはアサルトライフルを放つ。

 避けられないタイミングで行われたフルオート射撃。通常の戦闘機ならこの時点で致命傷だった。恐らくは相手もそう思うだろう。


 この瞬間が、レオンの狙いだった。

 ガイストがエネルギーシールドを展開し、迫りくる銃弾の運動エネルギーを吸収。無効化して機体を加速させる。


 ピッチを上げて上昇を行いながらヨーヨーの要領で弧を描き、180度回転。天地がひっくり返り、血液が逆流する感覚を押さえ込んで機体をロール。半回転させて体勢を立て直す。

 交差直後に曲芸じみた手法で速度を落とすことなく機体を回頭させたガイストは、スカイブルーの背後につく。


 相手はまだ混乱しているのだろう。こちらの動きに付いてこれていない。或いは、些事であるとでも考えているのか。

 一方的に射撃可能領域を専有しても戦闘機には第四世代ギアのエネルギーシールドを突破するだけの火力がない。

 第四世代ギアとの戦闘において、戦闘機に与えられる役割はミサイルによる後方支援かフォートレスに対する直接攻撃だった。


 つまりは第四世代ギアと正面からぶつかるな、ということだ。酷い屈辱だった。

 その屈辱を晴らすために、レオンは悪魔との契約書にサインをしたのだ。


「(取ったっ!)」


 レオンは必殺を確信する。敵機を照準に収め、トリガーを引く。エネルギーが収束し、ガイストからレーザーが放たれる。

 高出力エネルギーライフル。ジュノーエンジンを搭載したギアにのみ許されるとされた、馬鹿げた火力の光学兵器。


 しかし命中の瞬間スカイブルーは機体を右にスライド。寸前のところでエネルギーライフルの直撃を回避する。

 恐らくは発射前のエネルギー収束を感知されたのだろう。この分ではこちらの秘密は知られたかとレオンは判断を下す。


 相手がガイストの性能を把握しない内に決着を付けるのが最善だったが、構わない。そのような奇襲じみた手法よりも、正面から敵を撃墜する方が性に合っている。

 条件が対等ならば、空で戦闘機がギアに負けることなど在り得ないのだとレオンは確信していた。




 シンフォニアの臨界事故の後、ギア以外へのジュノーエンジンの使用は条約で禁止された。

 ヴァンクールは曲がりなりにも経済連盟に所属しており、その条約は当然有効なのだが、本音と建前というものは何処にでも存在している。


 ガイストは、条約で禁止されたジュノーエンジンを搭載した戦闘機。その試作型である。

 詳しいことはレオンも聞かされていない。ただ、レオンは手術によって『適合者』なる存在となり、ガイストは『適合者』専用の戦闘機ということだけ聞いている。

 なんでも『適合者』でなければ、ガイストは起動さえしないのだとか。


 どういったカラクリなのかレオンにも容易に想像が付いた。

 そもそも特定の人間でなければエンジンさえかからない戦闘機など聞いたことがない。エンジンが掛からないのは、つまりはパーツが足りないせいだ。


 戦闘機に搭載しても安定しているジュノーエンジンは、『適合者』が居なければ起動しない。レオンとガイストを繋ぐ用途不明のプラグ。手術後の、心臓が二つに増えたかのような違和感。

 そして『ジュノーは人型を求める』という与太話。

 ―――些末なことだ。スカイブルーを撃墜してこの空を勝ち取れるなら、他に何もいらない。


 初撃を回避されたガイストはピッチを上げ、そのままスカイブルーを追い抜き距離を取る。追いつく術はスカイブルーにはない。

 空中での静止、ブースターを利用した急激な加速と方向転換は第四世代ギアの特権だが、こと速度に関しては戦闘機に一日の長がある。


 第四世代ギアの飛行は音速の域に達してはおらず、ガイストの動きに合わせて機体を方向転換させるのが精々だ。ドッグファイトを仕掛けるだけの機動力はない。

 一方的に攻勢に出られる状況だが、ガイストの武装でエネルギーシールドを突破可能なのはエネルギーライフルのみであり、出力が高すぎるため連射も出来ない。


 単発での攻撃では察知され回避される。

 隙を伺い、近距離から撃ち込む他に手はないだろう。


 エネルギーが再び溜まったことを確認し、レオンは機体を旋回させる。ガイストが再びスカイブルーへと迫り、スカイブルーもまたそれに応じる。

 気付けばスカイブルーはアサルトライフルを捨て、両手でブレードを握っている。相手の放つ圧力が一層増したように感じられた。


「っ、はっ……」


 呼吸が荒くなり、緊張が高まる。この時初めてレオンはギアとの戦闘が戦闘機を相手にするものとは全く異なるのだということを理解する。

 優位なポジションを競い、相手を追いかけるドッグファイトとは根本的に発想が異なる。お互いの機体が交差しすれ違うその一瞬に己の全てを掛けるという思想。

 確実な勝利を求めるのならガイストは接近戦を挑む必要があり、そしてスカイブルーはその瞬間に僅かな勝機を見出す。


「(まだだっ!)」


 高速で周囲の景色が流れ、まるで時間が止まってしまったかのような錯覚を覚える。

 FCSがロックオンを告げてくるが、まだ早い。もっと引きつけなければかわされるとレオンの勘が告げている。


 ガイストは右に大きく弧を描きながらスカイブルーへと迫る。狙いは相手の背面。機動力の違いを最大限に活かし、一方的に優位に立とうと試みる。

 一方のスカイブルーも黙って見逃しはせず、右のサイドブースターと左のメインブースターを同時に噴射。反転する。


「(ここ、だっ!)」


 その瞬間をレオンは好機と見た。視界が反転するタイミングには必ず隙が生まれるものだ。

 ガイストは反転したスカイブルーに向けて機関砲を放ちながらエネルギーライフルを発射する。


 しかしこれもまたかわされる。反転後、即座にサイドブースターで機体を左に旋回させてくる。

 そしてそのままメインブースターを用いてガイストとの距離を詰めてくる。


「(本気か……)」


 驚愕の声を押し殺しながら、レオンは上降梶を操作。機首を下げ機体を下降させる。

 機体が交差する瞬間、先程までガイストが取っていた軌道をなぞるようにブレードが振るわれる。


 機体を下降させていなければ直撃していた。

 スカイブルーは本気で、空中で白兵戦をするつもりなのだ。


「(チャンスは後一度……)」


 再びスカイブルーとの距離を取りながらレオンは呼吸を整える。

 額の汗をぬぐいたかったが、ヘルメットを付けている為それは出来なかった。


 制限時間が近い。ガイストのではなく、スカイブルーの戦闘時間に限界が近づいてきている。

 第四世代の飛行はエンジンに大きな負荷をかける。長時間の使用は出来ない。

 加えてスカイブルーは急速な旋回や加速を繰り返している。そろそろ限界の筈だ。


 限界に到達する前に、当然スカイブルーはエアー7に帰艦するためこの場からの離脱を図るだろう。

 そうなれば決着を付けるのが難しくなる。逃げに徹するスカイブルーを追いかけて撃墜するのは容易なことではなく、戦闘が長引けばラーダッドの戦闘機も迎撃に出てくるだろう。


 仕切り直しという選択肢はレオンにはない。この場でスカイブルーを撃墜出来ないということはレオンにとって敗北に等しかった。

 命令を無視した以上、ノーラム社の研究施設には戻れない。逃げたところであてがあるわけでもない。


 運よく逃げおおせたとしてもスカイブルーと再び戦う機会などありはしないだろう。

 だからこそ、次の交差で決着を付けると心に決める。


 考えるべき事柄は一つ。如何にして確実にレーザーライフルを命中させるか。

 背後からの攻撃以上に確実な方法は何かあるか。

 こうなってくると、ミサイルを除装したことが恨めしかった。ミサイルに対処している隙を見て攻撃するという戦法が取れないのは痛手だ。相手の回避能力を低く見すぎた。


 とはいえ悔いたところで仕方がない。仕切り直しが出来ない以上、今ある武装で取れる戦法の中で最も確率が高いと思われる手法を用いるより他にない。

 そうして考えて、レオンは結論を出した。白兵距離からの接射。先程以上に、衝突寸前まで機体を近づけて撃ち込む。


「(貴様の狂気に付き合ってやるんだ、まさか逃げやしないだろうな?)」


 向こうがそれに乗ってこないということはないだろう。何しろ相手の武装は白兵戦用の物だ。

 チャージを終えて機体を旋回。レオンは最後の戦いに挑む。


 スカイブルーと太陽を結ぶ軸線上に機体を配置させ相手の頭上を取って、ガイストは距離を詰めてゆく。

 太陽光を用いて相手の視界を奪う戦法はレーダーやミサイルの発達した現在の空戦では廃れた戦術と言われている。

 しかし、今この場においてはこれ以上の策はないとレオンは判断した。


 スカイブルーを肉眼で確認。レーダーの隅にラーダッドの戦闘機と思われる機体が映るが知ったことではない。

 急降下を行い速度を増加させながら接近。側面行われた攻撃に対応すべくスカイブルーは機体を旋回させる。


「(ああ、なんて……)」


 ―――静かなんだろうとレオンは思た。

 手術の後二つに増えたように感じられていた心臓の鼓動が、一つになったような感覚。


 衝突防止の警告も、ガイストのエンジン音も、レオンの耳に入ってこない。風切り音だけが微かに響いている。

 大好きだった筈の空の景色も目に映らず、ただ敵機だけが赤い。


 攻撃と離脱のタイミングをイメージする。どちらも等しく大切だった。レオンが行いたいのは決して玉砕ではない。

 勝利にこそ意味がある。引き分けや同着に価値などない。レオンはただ一人の、この空の王になりたいのだ。


 そうしてその瞬間が訪れる。トリガーを引いたとき、レオンは何も考えていなかった。敵機のことも、空のことさえも。自身が描いたイメージに従い気付けば指が動いていた。

 あれほど昂っていた心は気付けば落ち着いていた。だからこそ、全てを見届ける理解することが出来た。


 エネルギーライフルの発射と同時にスカイブルーはメインブースターを切り、真下に向けてサイドブースターを吹かせ、機体を降下。恐らく向こうもこの状況を想定していたのだろう。

 直後にメインブースターを再び動作させ、スカイブルーはブレードを上方に掲げる。


 ガイストの正面にスカイブルーのブレードが出現する。不意に眼前に現れた障害物を完全に回避することはできず、片翼が衝突。

 轟音と共にブレードと千切れたスカイブルーの右腕が落下してゆくが、機体は未だ上空に留まっている。

 一方のガイストは片翼を失ったことでバランスを崩し、錐揉みしながら墜落してゆく。


「(負けたか)」


 酷く穏やかな気分だった。あれほど抱いていた第四世代への執着を失ったように思う。

 いや、失ったのではなく納得したのだろう。


 挑むことさえ愚かしいと言われた。―――やってもいない内に結論を出すことこそ愚かだ。

 出来るわけがないと言われた。―――だからこそやりがいがある。誰でもできることをこなすことの何が楽しい。


 そうしてレオンは第四世代を倒す為にあらゆる手段を尽くし、状況を整えて挑戦し、結果として敗北した。

 ならばそれは仕方のないことだと、レオンは驚くほど素直にそれを認めた。

 敗北に意味はないと考え、だから一度として負けることなくこれまでの人生を過ごしてきたが、どうやらそんなこともなかったらしい。


「(……やっぱり、空は良い)」


 視界には何処までも青い空が広がっている。空の支配者になることは出来なかったが、この景色はこの景色で悪くない。


「(あぁ、しかし惜しかったな。あと一歩だったんだがな)」


 地表が近い。この状況では脱出も無理だ。迫る地面と広がる空を、レオンは最後の瞬間まで眺め続けていた……。


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