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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
修羅と傭兵
22/75

第22話 秘めていたもの


「新月の撤退を確認。スカイブルーの回収を行う。ハル、サポートを」

『了解した。……最終確認完了。周囲に敵影なし。着艦シークエンスを実行可能。対象の機体の位置情報を確認。相対速度、進路共に問題なし』


 ブリッジのディスプレイに映る、片腕を失ったスカイブルー。壁に衝突したためか、胸部や肩には擦ったような傷が多く残っており美しい青色の塗装にも傷が目立つ。

 しかしこの程度の被害で済んだのは、いっそ奇跡的と言って良いだろう。

 重い空気を払うようにエレナは大きく息を吐き、スカイブルーとの通信を繋ぐ。


「こちらエアー7。ハッチを解放する。そのままの速度、進路を維持して」

『スカイブルー、了解』


 エアー7の後部ハッチを開くと同時に、ハッチの開放を告げるアラート音が響く。

 エアー7はその速度を落とし、スカイブルーの七割の速度で飛行。徐々にエアー7とスカイブルーの距離が縮まる様子がサイドディスプレイに表示される。


『安全速度に到達。収容可能距離に入るまで3、2、1……到達』

「ワイヤーアンカー射出……固定を確認。スカイブルー、ハッチへの侵入を開始せよ」

『了解。ハッチへの侵入を開始する』


 ハルの合図に従ってエレナがエアー7を操作し、エレナの誘導に従ってユウリがスカイブルーを操作する。

 航空機の着陸が離陸よりも難しいのと同様に、ギアもまた発進よりも着艦の方が難易度が高い。

 特に空中でのフォートレスへの着艦は難しく、ユウリと組んだ時に初めに練習したのがこの空中着艦であったことをエレナは思い出す。


「(いけない、集中しなきゃ)」


 他事に思考が割かれていることを自覚して、エレナは首を左右に振った。

 エレナもユウリも、お互いあの頃のような素人ではないし滅多なことでは事故など起きないが、万一ということはある。


『侵入完了。着地……完了』

「了解。機体固定完了。収容の完了を確認。ハッチを閉鎖する」


 スカイブルーを収容し、後部ハッチが閉じられたことを確認し、エレナはアリシアの方へ視線を向けた。


「さっきはありがとう。アリシアがミサイルを撃ってくれなかったらどうなっていたか分からなかった」

「いや、私も必死だったから……。ああいう方法って、やっぱり普通は取らないの?」

「まぁクライアントの工場にミサイルを撃ち込んだりは普通しないかな。でも、さっきの判断は正しかったと思う」


 今になって思えばあの手しかなかったようにさえ思える。しかし、あの時のエレナにはその手段を考えることが出来なかった。とはいえ、反省は全てが済んでからだ。

 安堵の表情を浮かべて謙遜するアリシアにもっと言葉を掛けたいと思ったが、今はそれよりも気になっていることがあった。


「アリシア、悪いけどユウリの様子を見に行って貰えるかな。ちょっと気になるから……」

「ダメよエレナ」

「え?」


 アリシアは首を横に振った。予想外の返答に驚くエレナに、アリシアは続ける。


「気になってるなら自分で行って来なきゃ。ここは私が見ておくから」

「あ……。うん。そう、だね。……ありがとう」


 一度大きく深呼吸。ここで焦ってしまうとみっともないと感じたためだ。

 一応そういう、建前なり外聞なりを気にする理性は残っていたことにエレナは安堵した。


「えっと、ハルに言えば回線を繋いでくれると思うから、何かあったらすぐ連絡して」

「分かったわ」


 エレナはゆっくりと立ち上がりながらそう言って、早足にならないように意識して歩き、扉を開いてブリッジの外に出る。


「っ!」


 そうして扉を閉めて、アリシアの視線が遮られたのを確認して、エレナは格納庫へと走り出していた。




 廊下を駆けていく足音が扉越しに響いてくる。

 素直じゃないなぁと苦笑しかけて、自分が言えた義理ではないことに気付きアリシアは真顔になった。


『状況の確認は私一人でも可能だが』

「えっと……」


 言葉を掛けられて、アリシアは俯いていた顔を上げた。

 聞きなれた機械音声。この艦の制御システムであり、最近ではアリシアの教師役でもある人工知能、ハルが発したものだった。


『気になっているのなら自分で行くべきだ。その言葉は君にも当て嵌まるのではないか』

「……デリカシーがない」


 直球ストレートなハルの物言いに、再びアリシアは俯いてコンソールに突っ伏してしまう。


『配慮、気配りが不足しているという意味か?』

「そうよ。こういうとき普通は二人っきりで会いたいものでしょう」

『二人きり、とはユウリとエレナのことを指すのか』

「そうよ、そう」


 ジトッとした目で宙を見上げる。

 挑発してるのかと一瞬思ったがどうにか感情を押さえつけた。相手は人工知能なのだと言い聞かす。


『君もユウリと二人きりになりたかったのではないのか』

「挑発してるのっ!?」


 二度目は感情を抑えられなかった。衝動に任せ、ダンッとコンソールに拳を叩き付ける。


『警告。ブリッジで短絡的な行動は推奨されない。端末にはロックを掛けているが万一のこともある』

「あ、うん……ごめんなさい」


 気落ちして溜息を吐く。『もう少し感情を抑制できるようにしなさい』と姉のクラウディアから忠告を受けることはあったが、城に居た頃はここまで感情的ではなかったように思う。


 国を追われてからの経験は本当に新鮮で、これまでに体験したことのないことばかりだった。

 その経験の一つ一つにアリシアは心を揺さぶられてきた。

 感情のコントロールが上手くいかないのは、恐らくこれまでそういった経験がなかったからだろう。


 あんなに戸惑っているユウリは初めて見た。死んでしまうかと思った。

 そんな彼を助けるために、アリシアはミサイルを撃った。


 自分は少しはユウリの役に立てたのだろうか。助けてもらった時の借りを、少しでも返すことが出来たのだろうか。

 あそこでユウリが死んでしまったら自分はどうしていただろうか。


 再認識させられた。傭兵は常に死と隣り合わせの世界に居る。終わりというものは常に驚くほど唐突にやってくるものなのだ。

 その時になって後悔することがないよう、自分は何をするべきなのか。


「まぁ、とにかく今回はいいのよ。今ユウリの顔見たら自分が何しちゃうか分からないし……。流石にそれはエレナに申し訳なさすぎるし」


 やはり感情が暴走してしまっているのを感じる。不安と恐怖と、安堵と喜びと。様々な感情が混ざり合い、自分でも今の自分が何を考えているのかが分からなくなってくる。


「……ねぇハル。エレナはこういう時、どうしてるのかしら」


 自分一人では処理出来なくて、つい尋ねてしまう。

 人工知能であるハルに答えられるような問いだとは思わなかったが、それでも問わずにはいられなかった。


 アリシアはこれまでにも何度かハルに対して同じようなことを行ってきた。

 答えを期待して投げかけた言葉ではない。世にある愚痴や相談事とは多くがそのようなものだ。


 自らが解決しなければならない問題ではあるが、抱え込むのも苦しいものだ。だから何処かに吐き出してしまいたくなる。

 壁に話しかけているようなものだ。或いは理髪師が掘った穴か。


『アクセスエラー201。その情報はセキュリティによって保護されている』

「えっ、ちょっと?」


 だからハルがそんな回答を返してきたのには本当に驚いた。驚いてアリシアは思わず席を立ってしまう。

 アクセスエラーなどこれまで聞いたことがなかったし、セキュリティというのもよく分からない。誰が、何のために掛けた?

 そんなアリシアに構わず、ハルは続ける。


『私は私の知りうる情報を可能な限り開示する義務がある。しかしその行為は時として個人のプライバシーを侵す危険性がある。デリカシーに欠ける行為と言い換えても良い』

「…………」


 当初は困惑していたアリシアだったが、次第に意味が理解出来てくる。そして小さく笑みを浮かべた。

 どうやらエレナも自分と同じように、ハルに行き場のない感情なり不満なりをぶつけているらしい。


 そういう想いをしているのが自分だけではないと分かっただけで充分だった。

 答えの出ない問いのことを考えるのはひとまず保留とし、アリシアは大人しくエレナ達が戻るのを待とうと思ったのだが……。


『秘匿情報に対してはプライバシーロックを掛けることが可能だ。アリシア、君も必要なら申請すると良い』

「待って」


 今の言葉は聞き捨てならなかった。アリシアは自分の身体から血の気が失せるのを自覚する。

 聞くのも恐ろしかったが、捨て置くことも出来ないためハルに尋ねる。


「えっと、もしかしてそのプライバシーロックとやらをかけないと、その情報は誰にでも開示されちゃうってこと?」

『肯定。例としてはユウリのような通常のアクセス権を持つ者に対しても公開される情報となる』

「うそぉっ!」

『嘘、虚偽や冗談を扱う機能は私にはない。残念なことだが』

「プ、プライバシーロックをかけて。……えっと、今まで私が貴方と話してきた内容全部に!」

『プライバシーロックは事前の申請が必要であり、また過去のログに対して施すには管理者に申請が必要となる』

「管理者ってエレナのことでしょ? うわぁぁぁ……」


 最早手遅れと悟りアリシアは頭を抱える。

 これぞまさしく理髪師の掘った穴というやつではないか。

 アリシアは顔を上げ、半泣きになりながらハルに向かって言葉をぶつける。


「ハルっ! 貴方ってホント……そういうところよ!」

『そういうところ……前後の文脈との関連付けに失敗。言葉は正しく使うことを推奨する。主語、動詞、目的語、補語を用いて誤解のない表現をすることが望ましいと』

「もうっ!」


 どうにも緊迫感に欠ける二人のやりとりは、ヴィクトルからの通信が入るまで続けられるのだった。




 機体がハンガーに収容されワイヤーとロックボルトによって固定される。

 操縦桿から手を放そうとして、ユウリは両手の感覚がなくなっていることを自覚した。

 操縦桿を強く握りしめすぎたせいか、痺れてしまっているのだろう。


「っ、はぁ、はぁ……」


 全身の汗が酷い。全身の筋肉が悲鳴を上げている。強烈なGを立て続けに受けたことと、激しい動作を幾度もこなしたせいだろう。

 ギアを操縦して必要以上に疲労するのは身体に余計な力が入ってしまっているからだと昔キリエに指摘された。

 あれから経験を積んでそれなりにマシな操縦が出来るようになったと思っていたが、少し窮地に立たされただけでこの様。全くもって情けなかった。


 パイロットスーツを脱いでシャワーを浴びたかったが、その前にするべきことがある。

 逃げたテロリストの現在位置とスカイブルーの被害状況を確認。追撃の段取りを付ける。ヴィクトルとも話をする必要があるだろう。


 やるべきことは幾らでもある。だというのに、未だにコックピットを出ることさえできていない。考えがまとまらない。

 思考しようとするたびに、飛刀を用いて襲い掛かる新月の姿が目蓋をよぎってしまう。


「……?」


 不意に光が差し込む。ハッチが開いている。

 ユウリが操作したわけではない。そうであるなら相手は想像が付いた。


 それで少しは気合が入った。意識して笑みを浮かべる。

 彼女の、彼女達の前でみっともない姿は見せられないと思った。つまらない意地だ。


「(存外安い男なのかね、俺も)」


 男とは遺伝子レベルでええかっこしいなのだと何かの雑誌で読んだことがあった。

 女性の目があるがどうかで慈善活動に費やす時間が大きく変わるという統計が出ているのだとか、女性が一緒だと男性が乗り物酔いになる確率が減少するのだとか。

 事実はどうであれ、見栄を張るだけの力が残っているのは幸いなことだった。


 視界が開ける。強い光に目を細める。目の前にはユウリが予想した通り、エレナの姿があった。

 灰色の瞳にプラチナブロンドの髪。今年で十八歳になった筈だが、背が低いのと童顔なため未だに少女という形容詞が似合ってしまう。

 そんな見慣れた相棒の姿に、ユウリは知らず安堵の息を吐いた。


「すまんな、随分機体を傷付けた」

「いいよそんなの」


 言葉とは裏腹に、泣きそうな顔をしているとユウリは感じた。誤射でルカを撃ち落としてしまった時もそんな顔をしていたように思う。

 気の利いた言葉が思い浮かばず困惑する。そういう自分がどうにも歯痒かった。


 優しく抱きしめればそれでよい、などとこれまた何処かの雑誌で読んだ気がするのを思い出す。多分同じ雑誌だろう。

 しかしそういうのは恋人にしかするべきではないだろうから、この場での対応としては不適切だ。


 頭を撫でるというのも、子ども扱いをしているようで申し訳ない。

 そもそも付き合ってもいない女性に触れる時点で相手に不快感を与えるのではないか、という考えがユウリにはあった。


「その……ルカのことは残念だったが、ヴィクトルの奴に必要経費ってことで請求すれば」

「だからっ、どうでも良いんだよそんなのはっ!」


 柔らかな感触。ふわりと香る柑橘系のフルーツの匂い。見上げると、驚くほど近くにエレナの顔があった。

 抱きしめられているのだと自覚する。まさか自分の方が抱きしめられる立場になるとは夢にも思わなかった。


「心配したんだよっ! いつも、いつだって心配してるんだよ! それくらい察してよバカぁぁぁ……」

「……すまん」


 打つ手がなく、結局泣かせてしまった。泣きそうになっているところを見たことは何度かあったが、ここまでの事態になったのは初めてのことだった。

 あろうことか原因はユウリ自身で、余計に申し訳なかった。


 心配をさせまいと意地を張ってきたつもりだったが、どうやらそんなことは当の昔に見破られていたらしい。

 ならば最早これまでと諦め、虚勢を張るのは止めにした。


「正直俺も今回ばかりはダメかと思った」

「知ってるよ」

「まぁ、割といつもギリギリではあるんだが」

「だから、知ってるよっ!」


 ポカポカと後頭部を叩かれる。頭を抱えられた状態だと抵抗も出来ない。

 抱える手にも力が篭る。胸に頭を押し付けられて、思っていたよりもエレナは発育が良いらしいなどと不謹慎なことを考える。


「いっつも危ない目に遭ってるのなんて見ればわかるよ! 戦闘データ全部見てるんだよっ! 何であんな至近距離で殴り合うような真似ばっかりするの!」

「……それしか芸がないものでな。倭国の、剣術とかいう戦闘術を応用した動きらしい」

「それも知ってるよっ! モーションプログラムだってあたしが調整してるでしょ!」

「それもそうだ」

「いつもいつもギリギリで……危ない目に遭って欲しくないから色々工夫してるのに、なのに依頼の難易度がどんどん上がってるってどういうことなの! あたしへの当てつけか何かなの!」

「や、ちが……違くもないのか? ハインドが『傭兵は生かさず殺さず』とか言ってたような……」

「気付いてるなら文句言ってよ! そんなんだから皆に良いように使われるんだよ!」


 ポカポカポカと叩かれる。痛みがないでもなかったが、上から滴ってくる熱い雫の方が痛かった。


「うっ……あぁぁ……なんかごめん、今日、ホントダメだあたし……」

「安心しろ。ダメなのはお互い様だ。俺も今日は醜態ばかり晒してる」


 男のユウリからすると信じられない程華奢な身体へと腕を回す。そうしなければならないと、なんとなく思った。


「戦闘じゃ後れを取って、無様に逃げ出して、挙句泣かれて。敵わなければ最早それまでなんてよく言ったもんだ」


 結局ユウリは、自分が憧れた侍のような誇り高く強い存在にはなれないのだろう。

 痛みと恐怖を押し殺して戦うヒーローを演じるには不器用過ぎるのだろう。

 遺憾ではあるが、認める他なかった。


「まぁそれでも、生きてりゃ負けじゃないってことで勘弁してくれよ」

「……それ、さっきのアリシアの台詞」


 涙声で掠れながらも、その言葉には笑みが混ざっているように感じた。

 頭に回されていた手の力が緩む。同時にユウリも慌ててエレナの身体から手を離した。

 恐る恐る顔を上げれば、そこには涙で頬を濡らしながらも、いつも通りの笑みを浮かべるエレナが居た。


「普通さぁ、女の子といるときに他の子のこと考えたりするかなぁ」

「よく分からんが、そういうものか」

「そういうものなの。ホントにユウリはデリカシーがないよね。そういうところハルにそっくりだよ」

「俺の感情把握能力は人工知能と同レベルなのか……」


 状況は改善されておらず問題は山積み。何から手を付ければ良いかも分からないような有様だったが、先程のように思考を妨害されることはなかった。

 ならば一つ一つ片づけてゆくだけだ。


「ハルと一緒に少しは学習していってよ。……あぁでも、それはそれでちょっと困るのか」

「何だって?」

「や、何でもない。もう暫くユウリはそのままでも良いのかなって」

「意味が分からんぞ」

「こっちの話だから、気にしないで。ほらっ、アリシアも待たせてるし、そろそろ行こっ」

「……まぁ、そうだな」


 エレナから差し伸べられた手は素直に受け取り、足元を確かめるようにユウリはゆっくりとコックピットを降りる。

 まずは、熱いシャワーを浴びようと思った。

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