第21話 士道不覚悟
相手が同じ冠城流の使い手と理解した瞬間、ユウリは全力で機体を加速させた。
エネルギーブレードの一撃は、直撃すれば一撃でエネルギーシールドを貫通し第四世代ギアを戦闘不能に持ち込む。
足を止めた状態で相手の追撃を許すのは愚の骨頂だ。
「エレナっ、あのデタラメな動きはなんだっ!?」
『……多分、閉鎖空間における三次元戦闘モーションがGCUに登録されてるんだと思う。まさかこんな限定された状況でしか使えないプログラムが存在するなんて……』
「そうなると攻撃予測も難しいか」
『データが全くない。ラプラスによる解析には相当な時間がかかると思う』
「……っ」
舌打ちをしかけ、エレナ達に不安を与えるだけだと自制する。
ギアの制御は基本的に、機体に事前に登録されたモーションプログラムによって行われる。
パイロットがマニュアルで関節やブースター、各種センサを制御するなど正気の沙汰ではないためだ。
パイロットとギアを繋ぐ役割を果たす頭脳であるギアコントロールユニット―――GCUには事前に様々なモーションが登録されており、これらをGCUの判断、或いはパイロットの任意で組み合わせて使用することによってギアによる走行や攻撃、飛行は実現されているのである。
このモーションプログラムを解析し、相手が次に行う行動を予測するのがエレナの開発した攻撃予測プログラム、ラプラスだが、前例のないモーションが使用されている場合は学習が必要になる上、著しく精度も落ちる。
『アリシア、ルカから新月の位置は掴める?』
『えっ、えっと……障害物が多い上に飛んだり跳ねたりしてるから逐一報告は難しいけど、スカイブルーに攻撃してくるタイミングくらいは……っ、撃ち落されたっ!?』
『っ……ごめん、ユウリ、ルカ二世をやられた』
恐らく新月の持っていたアサルトライフルで撃墜されたのだろう。状況を俯瞰するためにドローンの高度を上げた弊害だ。
こんな状況でなければエレナが悲鳴を上げていたことだろう。
「(閉鎖空間じゃ勝負にならん……外に出て戦況を立て直して……っ)」
黒い装甲がユウリの視界に映る。新月が左上方から急降下してくる。
咄嗟にユウリはブースターを起動させ、襲い掛かる新月の対角線上にスカイブルーを跳ねさせる。
紙一重の回避を試みれば二ノ太刀の餌食になる。距離を取らなければやられる。
「(しかし、この動きは……)」
耳障りなアラートが思考を妨げる。眼前に柱が迫る。
自動回避プログラムが作動して寸前で機体が左に旋回、衝突を回避するが無理な軌道で機体が大きく揺れる。
襲ってきた新月の現在位置を掴もうと視線を向けるが、視界の端に捕らえた瞬間再び地を蹴り跳躍。
新月は壁や柱、天井を蹴り付け、ブースターを小刻みに作動させて加速し、スカイブルーの死角へと回り込んでくる。
デタラメではない。その動きは検討され研鑽され、技の域へと到達している。
「(くそっ、そういうことか……)」
ようやく状況を察して、ユウリは歯噛みする。
新月の動きは、その技は思い返せばユウリの知識に存在するものだった。冠城流抜刀術の二本目『飛刀』。
モデルとなったのは、源義経が壇ノ浦の戦いにて披露したとされる八艘飛び。
足場を蹴り付けて方向転換を行い。縦横無尽に宙を駆け死角から相手を強襲する技である。
生身では実現が難しいが、ギアのブースターを用いて飛距離を稼ぎ加速することで極めて実践的な技となった。
しかしそれが分かったところで、今のユウリにはどうしようもない。
『どうした、使わんのか? ……いや、使えんのか』
「っ、くぅっ!」
再びの新月からの通信。産毛が逆立ち、ドッと汗が噴き出るような感覚を覚える。
人食いの鬼に命を狙われるとは、或いはこのような恐怖を感じるものなのかもしれない。
同時にアラートが鳴り響く。背後に回られた。
そこから放たれるのは恐らく、冠城流抜刀術六本目の『追刃』。
ユウリはオーバーブーストを起動させ機体を一気に加速、直後にオーバーブーストを解除してバックブースターで逆噴射。減速しつつ進路を右に逸らす。
短期間に急激な加速を行い、敵を振り切っての回避行動。
一瞬でも操作を誤ればそのまま壁に衝突し、ユウリはそのままスカイブルーと心中していただろう。
「(認識が甘かった、心根が腐っていた……時間はあった、機会もあった筈だ、なのに何故俺はコレを使えるよう研鑽をしなかった!)」
怒りにも似た感情がユウリを支配する。それは自責の念だった。
先ほどの新月を操る男の言葉は的を得ている。ユウリは、いや、スカイブルーは『飛刀』を使うことが出来ない。
今この場で新月と渡り合うにはそれ以外に手段がないというのに。
『飛刀』という技の存在はユウリも知っていた。修得すれば閉鎖空間において絶大なアドバンテージを取ることのできる、三次元戦闘術。
但しその技の特性上、効果を発揮するのはギアでの戦闘が可能な閉鎖空間や、足場となるビルや木々が存在する廃都市、森林地帯などに限定される。
そして当然、ギアを操るパイロットにも相当な技量と修練が要求される。
超高度な技術を必要とするにも関わらず、力を発揮するのは極限られた空間のみ。
言ってしまえば習得は割に合わない。
それ以前に蹴りの強さや方向、跳躍位置の調整、姿勢や精密なブースターの制御を行う為の、高度なモーションプログラムが必要になる。そこまでの制御は少なくとも十年前の技術では実現不可能だった。
その為にキリエは『飛刀』を机上の空論と話していた。
それを真に受けてユウリも『飛刀』を実戦で使おうとは考えなかったし、その為のモーションプログラムを用意することもしなかった。
しかし実際に技を受けてみて、ユウリはその技の恐ろしさを痛感する。
十分な高度を保てない以上、飛行したところで的になるだけ。速度を出し過ぎれば障害物に衝突する。スカイブルーの最大の特徴である機動力はこの場では半分も生かせない。
対して新月は跳躍し宙返し、地を蹴り壁を蹴り縦横無尽に飛び回り、上空から捕捉したスカイブルーへと襲い掛かってくる。
『飛刀』によって繰り出される立体攻撃は死角から放たれるため回避が難しく、回避しても再び『飛刀』の体勢に入られれば反撃はおろか視認する事さえ困難。
今この場において、『飛刀』の有無はそのまま勝敗に直結する程の明確な差になる。
「(この場から離脱……しかし逃げようとすれば『追刃』の追撃が来る。対応できるのか、凌げるのか、俺は……)」
「使えんのか」という、新月のパイロットの言葉を思い出す。
その言葉に、僅かに落胆の色が混ざっていると感じた。
考えがまとまらず、思考が追い付かない。
逃げたテロリストへの対応、新月への対応、この状況をどう凌げば良いのか、自責の念、『飛刀』、エレナ、アリシア。
次々と思考の対象が脳内で生まれ、結論も出せないまま保留とされ、また別の対象が浮上してくる。
「(くそっ、俺は何をやってる!)」
右後方から新月が迫る。ユウリは反射的に機体を左に跳躍させて、直後に失策に気付く。
アラート。自動ブレーキが間に合わず、跳躍した先にあった柱に衝突し衝撃がコックピットを襲う。
十分な距離を稼げなかったために攻撃を避け損ね、左腕をエネルギーブレードによって切断される。
後少しでも距離が足りなければコックピットを貫かれて死んでいた。
速度の落ちたスカイブルーに向かって、新月がアサルトライフルによる追撃を放ってくる。
放たれた銃弾はエネルギーシールドによって運動エネルギーを吸収され、床へと転がり落ちる。
エネルギーシールドは働いている、脅威ではない。警戒するべきはエネルギーブレードだ。
否、アサルトライフルとてこのまま受け続ければエネルギーシールドがオーバーヒートし直撃を喰らう。回避すべきだ。
否、それよりも一刻も早く離脱するべきだ。どうやって逃げればいい、どうすればこの状況を打開できる。
アラート、アラート、アラート。―――アラートが途切れる。この場では無用な情報と判断してエレナが遮断したのだろう。
「落ち着け、何を焦っている俺は……」
声を鼓膜が捉えて、初めてユウリは自分が言葉を発していたことを自覚する。
常に全力でもって事に当たる。そして力及ばず敵わないならば、潔く散るまで。
ユウリは常にそう考えてきた。これからもそうして生きていくのだと信じて疑わなかった。
しかしいざ迫りくる死を前にすると思うのだ。
自分が死んだらエレナは、アリシアはどうなる。
衝動に任せて手を差し出して、その後のことを考えないまま傍に置いた。その責任を果たさないままここで死ぬのか。それはあまりにも無責任というものではないか。
彼女たちは―――泣くだろうか。
左から新月が迫る。半ば無意識にユウリは右手のエネルギーブレードを除装し、手榴弾を投擲させるよう指示を出す。
直撃こそしなかったものの爆風に巻き込まれたのか、新月が大きく後方に跳躍する。
しかしこれでスカイブルーは新月に対抗しうる武装を失った。
「(……死にたく、ない)」
この状況に陥って、初めてユウリはその感情を自覚するのだった。
ドローンが破壊されてから一分と経たない内に、スカイブルーは左腕とエネルギーブレードを失った。
決着は着いた、そもそも勝負になっていないとアリシアは思う。
ドローンが破壊されてから、ディスプレイの映像はスカイブルーのメインカメラから受信した視点へと切り替えられている。
宙を飛び回り、死角から攻撃を仕掛けてくる新月の脅威は傍で見ていてるだけでも十分すぎるほど理解できた。
あれと同じ動きが出来ないならスカイブルーには端から勝機はない。そもそも相手の動きを捉えられていないのだから。
エレナは沈痛な面持ちで先ほどから一言も言葉を発していない。この状況を打開する方法が思いつかないのだろう。
ユウリからの指示もない。向こうにそんな余裕はないのだろう。
だったら自分が何とかするしかないと、アリシアは覚悟を決める。
「……ハル」
『応答』
「スカイブルーの現在座標に向けてミサイルを照準。……出来る?」
『可能。但し発射に関しては私には権限がない』
「構わないから、準備が出来たらこっちに回して」
『了解した』
「アリシア……」
エレナが驚いたような表情でこちらを見る。けれど止めてはこない。
だったら致命的な間違いではない筈だと都合よく解釈し、アリシアは続ける。
「工場内部に被害を与えるのに必要なミサイルの数はどのくらい?」
『現在装備している対地ミサイルであれば二発で足りると思われる』
「それでいいから準備して。ただ、念のため次弾の準備はしておいて」
『了解した』
続けてスカイブルーとの通信を開く。
緊張して声が掠れてはいけないと、一度唾液で喉を湿らせた。
発言ははっきりと、気持ちゆっくりと、抑揚をつけて。堂々と自信をもって。話し手の戸惑いは聞き手を混乱させるだけだ。
「ユウリ、これからそっちにミサイルを撃ち込むから、その隙に逃げて」
『ミサイルだと?』
力のない声だ。ここまで弱気な、混乱しているユウリの声は初めて聞いた。
「スカイブルーが、貴方が生きてれば後はどうとでもなる。優先するべきなのは貴方が生き残ること。生きていれば負けじゃない。違う?」
『……違わない』
「なら、何とか生きてその場から逃げて。準備が出来たら合図するから」
『分かった。頼む』
「死なないでね」
本当はもっと言葉をかけたかったが時間がない。
隣を見れば、エレナがヴィクトルに通信を繋いでいる。
「こちらエアー7。工場内部の戦闘は劣勢。離脱を支援するためミサイルによる攻撃を行う」
『攻撃を許可する。後のことは気にせず好きにしろ』
「感謝する」
ラーダッドからの承諾は一瞬で得られた。先程のテロリストの追撃の際にも思ったが、やはりヴィクトルという男は判断が早い。
『完了した。実行ボタン押下で発射可能』
「撃つわよ、ユウリ! お願いだから巻き込まれたりしないでよ!」
『善処する』
「だから行動で示しなさいっての!」
ハルに指示された通りトリガーを引く。
同時にエアー7から二発の対地ミサイルが発射され、推進ブースターが火を噴きギア開発工場へと迫ってゆく。
思えば兵器で攻撃するのはこれが初めてだなと、今更ながらにアリシアは思った。
兵器を扱うことも、人を殺すことも覚悟していた。その覚悟もないままユウリやエレナに付いてきたわけではない。
けれど、単なる感傷に過ぎないが、最初の一発が自衛のためでも人を殺す為でもなく、ユウリを助ける為に撃つことが出来て良かったとは思う。
「(ホント、お願いだから巻き込まれて死んじゃうとか、そういうのは止めてよね……)」
発射されたミサイルが命中し爆炎が上がる。
その様子を、アリシアは祈るように見つめていた。
大きな衝撃が走り、工場の天井が破壊され破片が落下してくる。
攻撃を仕掛けようとしていた新月はバランスを崩し地面へと着地する。
その隙をついて攻撃しようなどとは、ユウリは全く考えなかった。即座に機体を反転させスカイブルーを搬入口へと向かわせる。
この場での決着は付いた。言い訳できないほどに一方的なユウリの完全敗北だ。
けれどそう。死ななければ負けではないのだと、ユウリは自身に言い聞かせる。
武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり。そんな言葉が脳裏を過る。
武士道とはキリエから聞かされた倭国の『侍』の心得だ。
信頼を裏切らず、身内に孝行し、弱い者にも思いやりの手を差し伸べ、自身と他人の名誉を重んじる。
思えば、ユウリはそういう生き方に憧れていたのかもしれない。
そのように誇り高く生きられたなら例え道半ばで倒れたとしてもその生涯に悔いなど残らない筈だと、そう考えたのかもしれない。
「(前言撤回、クソくらえだ。あぁ、認めてやる……)」
一度決めたことを翻すなど男ではない。自身の敵を前に背を向けるなど武士とは呼べぬ。
『侍』の心得に照らし合わせれば士道不覚語、腹を切らされても文句は言えない行為だろう。
それでも……。
「(死にたくない。こんなところで、死んでたまるかっ!)」
振り返る余裕はない。ユウリ脇目も振らずスカイブルーを走らせ、背後へと手榴弾を投擲し爆破してゆく。
その最中、ユウリは国際周波数による通信を繋いだ。最後の未練を振り払う為だった。
「っ、覚えていろっ!」
我ながらなんて酷い捨て台詞だと顔を顰める。恥の上塗りというものだ。
それでも、自分に対して言葉を向けてきた新月のパイロット、ヤイチに何かを返さなければ気が済まなかった。
「このままで済ませるつもりはない。この借りは必ず返すっ!」
恥辱に恐怖、憤怒に後悔。それは様々な負の感情が入り混じった叫びだった。
『くっ……くくくっ……くははっ……』
対して、通信機から聞こえてきたのは酷く楽しげな笑い声だった。
ユウリを嘲笑しているのか、或いは獲物の心が折れていないことを喜んでいるのか。
『追って来い!』
通信機の向こう側に、ユウリは狂気の笑みを浮かべる剣鬼の姿を幻視するのだった。




