第20話 冠城流
『何があった』
「出荷口付近で爆破。多分だけど、天井に爆弾が仕掛けられてた。それから、搬入口からテロリスト達が逃走を試みてる」
ユウリからの通信にエレナが応じる。
状況は切迫していた。制圧した出荷口が爆破され、スカイブルーの退路を断たれた。そして同じタイミングで、敵は包囲の突破を図ろうとしている。
『っ……急いで搬入口に向かう』
「駄目、待って!」
機体を加速させようとしたユウリをアリシアが引き留める。
エレナが周囲の状況を確認している間も、アリシアはドローンで周囲を確認。スカイブルーのナビゲートに注力していた。
「これだけの用意をしてる相手よ。足止めの方法を考えてないとでも思ってるの? これまで通りドローンで先導するから、ユウリはそのままのペースを維持して」
『……了解した』
視線を向けてくるアリシアに、エレナは無言で頷く。
恐らくエレナでも同じ判断をするだろう。スカイブルーが合流したところで、満身創痍では意味がない。
寧ろスカイブルーを消耗させた上で致命的な一手を打ってくる恐れすらある。
明らかに、向こうはラーダッド軍とスカイブルーの行動を熟知して策を練ってきていた。
「(してやられた……)」
スカイブルーのナビゲートをアリシアに任せ、エレナは状況を俯瞰する。
敵はギアを運搬していると思われる大型トレーラーに、三機のナイトG3、そして正体不明の黒いギア。
『照合完了。倭国の第四世代ギア、新月。パイロットはヤイチ。半年前、機体と共に仁義局を脱走したとの記録あり』
「……こちらエアー7。正体不明のギアは、第四世代であることが判明した」
『こちら対策本部。情報に感謝する』
ヴィクトルとユウリに通信を繋げて同時に告げる。
予想していた事態なのだろう。ヴィクトルは驚いた様子もなく応じ、工場の周囲に展開した部隊に指令を下す。
『各機、トレーラーを優先して攻撃。十分に距離を取って攻撃を行え』
『了解。攻撃を開始する』
ヴィクトルの指示を受け周囲を包囲していたラーダッドギア部隊が攻撃を開始する。
速度が遅く、標的として大きいトレーラーを狙う判断は間違ってはいない。
しかし、第四世代である新月を無視するという行為がどのような結果を齎すのか、エレナはよく理解していた。
自らの存在を誇示するように宙へと跳躍した新月が、キャノン砲で武装したラーダッドのナイトG3の目の前に急降下。着地と同時に一閃。
新月のエネルギーブレードがナイトG3の胴――コックピットが存在するギアの急所を両断する。
『こいつっ!』
『陽動だ。トレーラーに攻撃を集中しろ。接近された場合のみ他敵機への攻撃を許可する』
ヴィクトルも新月の危険性は理解しているだろう。しかし、理解しているからと言ってどうにかなるものではない。
エネルギーシールドを持つ第四世代に生半可な攻撃は通用せず、かといって火力を集中すれば敵の思う壺。
それに恐らく、戦力を集中したとしてもラーダッドのギア部隊では新月を抑えられない。
本来このような突出した戦力はスカイブルーが担当しているのだが、それを引き離すのが敵の狙いだったのだろう。
現在の戦力では新月には対抗できない。ヴィクトルはそれを察したからこそ、あえて無視するという作戦を取っているのだろう。
ヴィクトルがそう判断した理由が、エレナには痛いほど理解できた。
夜を体現したような漆黒に、赤い二つのカメラアイが不気味に光る。全体的に細身で鋭角なフォルムも相まって、その姿はまるで悪魔のようだ。
実際この戦場において、新月はまさしく悪魔の如き存在だった。
ブースターを用いて大きく跳躍し、手頃な獲物を見つけたら急降下。さながらミサイルのような勢いでラーダッドの部隊を強襲し、エネルギーブレードでもって一撃でナイトG3を無力化する。
付近に展開していた旧型の戦車は乱暴に蹴り付け横転させて、周囲の敵を粗方蹴散らしたらまた次の標的に狙いを定めるべく跳躍する。
獅子奮迅、八面六臂のその働きは見覚えがあった。
恐らくはヴィクトルも同じ印象を持ったことだろう。スカイブルーが敵に回ったようなものだ、と。
とはいえ、ラーダッドの部隊もやられてばかりではない。ヴィクトルが選択したのは、言ってみれば捨て身の戦術だ。
『火力を集中しろ! ここで取り逃がしてはラーダッドの英雄に合わせる顔がないというものだろう! 奴なしでも十分にやれることを証明して見せろ!』
ヴィクトルの檄が飛び、大型トレーラーにギア部隊と戦車隊による砲撃とミサイルが集中する。三機のナイトG3がトレーラーを護衛しているが、数はラーダッドの部隊の方が勝っている。
敵を喰らいつくさんばかりの勢いで猛攻を仕掛けてくる新月だが、数は一機。一部の部隊が被害を受けている間に攻撃は可能だ。
戦場での運用が想定され、分厚い装甲とランフラットタイヤを装備したトレーラーとて集中砲火を浴びれば長くは持たない。
砲弾の直撃を受け、十二個のタイヤの内半数を失ったトレーラーが横転し炎上する。
同時にコンテナが開き中から二機のナイトG3が姿を現すが、これを予期していたヴィクトルの指示を受け集中砲火が浴びせられる。
狭いコンテナの中で、砲撃を集中されれば第三世代ギアには対処のしようがない。地上に降りようとしていた二機のナイトG3はその場で破壊される。
とはいえ……。
「(この辺りが限界か……)」
トレーラーに攻撃を集中している間に、工場を包囲していたラーダッドの地上部隊はその数を半数以下にまで減らしている。
守るべき対象を失って散開し、この場からの離脱を図っているテロリスト達のナイトG3を食い止めることは難しいだろう。
何よりも、新月がそれを許さない。
離脱を試みたトレーラー一台と四機のナイトG3の撃破に成功したものの、ラーダッドの地上部隊は漆黒の戦鬼の刃を受け、壊滅するのだった。
「離脱できたのは俺とダニエル……それに、奴だけか」
鹵獲した八機のナイトG3の内二機はスカイブルーに撃墜され、一機は乗り手が居ないままトレーラーと共に破壊された。
予備戦力としてトレーラー内に配備していた二機のナイトG3も、出撃時に破壊され撃墜。
更にトレーラーを護衛していた三機のナイトG3の内一機は、離脱の途中で敵の砲撃を受け撃墜された。
想定以上の被害にヴァジムは顔を顰める。
離脱に成功したナイトG3はヴァジムのものを含めて二機。スカイブルーさえ引き離せば半数はこの場から離脱できると踏んでいたのだが、目論見が甘かった。
ラーダッドの陸軍も烏合の衆というわけではないらしい。まさか新月を無視してこちらに攻撃を集中してくるとは思わなかった。
『ヴァジム、ここからの作戦は?』
言葉少なく残った最後の同士、ダニエルが尋ねてくる。
情報漏洩の危険性を考慮し、今回のアルティマ工場襲撃作戦の目的と全貌は指揮官であるヴァジムだけに伝えられている。
つまりダニエルはこの先の計画を把握していないのだ。
「デイムに向かい、同士と合流する」
ナイトG3の動きを止めず、その場からの離脱を図りながらヴァジムはダニエルに答えた。
確かにこれだけの被害は予想外だった。予想外だったが……作戦に支障はない。
デイムはここから二百キロ程離れた位置にある都市で、ラーダッド陸軍の駐屯基地が存在している。
比較的大規模な基地だが、このアルティマ工場に最も近いということもあり、この場のラーダッド戦力の戦力はデイム陸軍基地から出動している。
つまり基地の戦力の大半は今この場で、ヤイチが斬り捨てたということだ。
「作戦は予定通り遂行されている。問題はない」
『了解した』
応じて、ダニエルが通信を切った。寡黙で口数の少ない男だが、ヴァジムの判断を疑うことなく指示に従ってくれる。
ラーダッド解放戦線で共に戦ってきた戦友の一人だった。
そして今や、たった一人になってしまった戦友だった。
『大戦』が集結し、ヴァンクールがその国土の半分を失ってから十年。祖国の復興と失われた誇りを取り戻すため志を共にしてきた戦友達は、その多くがこの地で命を落とした。
ならばこそ、この作戦は必ず成功させなければならない。戦友たちの死が、無駄でなかったことを証明する為にも。
デイムへと進路を向けながら失われた戦友たちの死を悼もうとしたヴァジムだったが、黒の男がそれを許さなかった。
『先陣の任は果たした。後は殿を引き受けるのみ』
「ヤイチ、貴様何を言っている?」
突如入った通信にヴァジムが顔を顰める。
ヤイチが扱う言葉も共通語ではあるものの、所々に倭国特有の言い回しが混ざっておりヴァジムには理解出来ない単語が使われることも少なくなかった。
「こちらの離脱は完了した。合流しろ」
『承知しかねる。このままスカイブルーを捨て置けば我らを追ってくるだろう。貴様らでは逃げ切れまい』
そこで一旦ヤイチは言葉を区切った。隠そうとはしているようだが、その言葉の端々からは喜悦の色が見て取れた。
『何よりも、スカイブルーは私が待ち望んでいた宿敵かもしれん。刃を交えず終わることなど出来る筈もない』
「(こいつ、それが本音か……)」
ヤイチの言葉に、ヴァジムは溜息を押し殺した。
一刻も早く最強戦力であるヤイチを合流させたいという思いはあったが、この男は好きに動かせた方がこちらの利となる。
寧ろ下手に縛り付けると何をするか分からない予感さえした。
「……ジャンキーが、気が済むまで殺し合ってろ」
『承った』
吐き捨てるようなヴァジムの言葉にヤイチが頷き、用は済んだとばかりに通信が切れる。
黒の剣士との会話はいつも、ヴァジムに砂を噛むような不快さを与えるのだった。
『ユウリ、ラーダッドのギア部隊が壊滅した。テロリストの多くは仕留めたけど、その一部を取り逃がした』
「く……っ」
エレナからの通信にユウリは無言で歯を食いしばり、その場で拳を叩き付けたい衝動をどうにか抑えた。
完全に相手の手の内で踊らされた。自分が付いていれば、また違った結果になっただろうに。
「まだ間に合う筈だ。ここを突破し次第、追撃する」
せめてそれ位の役割はこなす。そう考えて目の前の扉を手榴弾で爆破しようとしたその瞬間―――。
『待って。残ってたギアが一機そっちに向かった。警戒して、ユウリ』
エレナの警告が耳に響いた直後、閉ざされていた目の前の扉が斬り捨てられ、一機のギアが姿を現した。
スカイブルーよりも一回り大型だが、速度を優先した構造とその手に持ったエネルギーブレードから、一目見た瞬間に自分の同類だと確信する。
『私はヤイチ。愛機の名は新月。この名をその胸に刻み、我が糧となれスカイブルー』
国際周波数による通信。通信機から響いてきたのは陰気な、ボソボソとした男の声だった。
「貴様……っ」
言葉を返すよりも早く通信が切られ、黒いギア――新月が跳躍する。
馬鹿かっ! という言葉をユウリは寸前で飲み込んだ。
幾らギアを製造するための工場とはいえ広さはそれ程ではなく、ましてや高さなど推して知るべし。
全力で跳躍すれば頭から天井に衝突し、愉快なオブジェが出来上がるだけだ。
しかしその直後、ユウリは言葉を失った。
跳躍した新月は空中で方向を転換し、天井を蹴り付け加速。スカイブルーに向かって放たれた矢のような勢いで迫ってくる。
そしてその手には、エネルギーブレードが握られている。
「くそっ」
毒づきつつも、ユウリは機体を右に向かって跳躍させる。とはいえ出力の調整は必要だ。あまり大きく跳躍すれば右の壁に衝突し被害を被る。
「(……いや、不味いっ!?)」
と、そこまで考えたところで一つの可能性に気付く。
ユウリは顔を顰め、サイドブースターを動作させた。
ガツンッと衝撃がコックピットに響く。
敵からの攻撃を受けた時とは異なり、自身が要因となって発生した衝撃に対してエネルギーシールドは作用しない。
右肩が壁に擦れたようだが、今はそんなことに構っていられない。
ユウリの視線は左側、天井から襲ってきた新月へと向けられている。
案の定。上空から斜め下への横薙ぎを放った後新月は機体を旋回し、追撃を放っていた。
加減して機体を跳躍させていれば、間違いなく追撃を受けていたことだろう。或いは直前までのユウリの行動が意図せずフェイントとして働いたのか。
新月の動きには嫌という程見覚えがあった。
一太刀目に対する相手の対応で二の太刀の形を変える――冠城流抜刀術・一本目、『始刀』。
一つ対応を誤れば即座に斬って捨てられる。そんな確信にユウリは身体を震わせるのだった。




