第136話 ソリストデグローリア
どの方法を取るにしろ犠牲は必ず出る。
アルルカはそう語った。
継承者が2人というイレギュラーな状況であるからこそ、このまま災厄を倒してしまうことも可能だ。しかし、それでは器となっている人間は助からない。そしてアルティレナスも。
これは元より最終手段ということになっている。
アルルカが示した2つ目の方法。もう一度封印する方法を取っても、封印には礎と場が必要。縛りつけるための場はもちろんなく、強力な礎となるのに適当な力を持つ存在は確実に死に至る。
これも犠牲がでることは同じだ。だが、これが現状では最善ということは明確だった
眷属の力を借り、継承者がアルティレナスと負を分離。そのまま負を自らを場、眷属を礎として封印するというものだ。
この場合、犠牲となるのは礎となった眷属のみ。一番の利点は器となっている人間が助かる可能性が非常に高いことだ。
礎にはアルルカが自ら手をあげた。神竜ならば不足はないだろう。そして彼女自身が、そう望んでいると。神竜並みの礎ならば完全に負を封じ込めることができ、場となった人間も災厄の器となることはない。同時にもし再びその負の力が顕現しようとしても他の器に移し封印が解けないうちに抹消することも可能だとも。
それでも犠牲を出すことを躊躇った私にアルルカは提案した最後の1つの事例のみ例外があると伝えた。
場が自らの仕える継承者ならば、眷属となった神竜は主の中で生き続けることができると。正確には主の力の一部となって生き続けられるという。
元から人間でいう『肉体』を持たない神竜にとってはどちらも同じことであるというのだ。
それ以外に問題があるとすれば場となる私の辿る末路とこれからもその『原因』がある限り現れ続けるであろうアルティレナスに続く災厄だ。
それに関しては私たち《継承者》がどうにかするしかない。
「アラキア、聞いてほしいことがあるんだ。ボクらと眷属に関わることで。……この世界の未来を、……守るために」
「世界の未来?」
アラキアは首を傾げた。
「……もしかしたら、ボクらのあの決断は世界の有りようを大きく変えたのかもしれない。これからも……ボクらの決断次第で大きく変わっていく。……そして、ボクは」
深呼吸して一気に言葉を紡ぐ。
「力を使ってこの世界を守りたいと思ってる」
自分で言っていて仰々しいと思った。どこか非現実的で、しかしそれと共に一番しっくりくる言葉でもあった。
2年前の、旅立ったばかりの自分ならそんなことは考えられなかっただろう。思いもしなかっただろう。
私はアルルカが語った最後の策を語る。
語り終わったとき、アラキアは私の肩を掴んで大きく首を横に振った。
「ダメだ! 絶対ダメだ! いくらそれが最善の策で安全だとしても、君がそれをしちゃダメだ!」
「……でも」
握りしめた炎の剣が揺れる。
「アルマにやらせられない」
「……ボクは、もう……どうせ人とは違う。ただの継承者でもない。これから取り巻く環境も違う。……ならば、この力を使ってボクに課せられた役目を果たす。……だって、それが今のボクにできることだから」
「そうじゃない。……僕がやる。僕が場になる。アルマにはさせない」
その言葉に今度は私が首を横に振った。
「ダメ! 君にはさせない。……継承者として、本来選ばれないはずの君には任せられない。もし事故が起こったら」
「なら、……せめて、一緒にやらせてくれ」
肩を掴む力がさらに強くなる。
「一人でやろうとしないでくれ。『僕ら』は呪われた継承者だ」
「……!」
これまで何度、もう独りではないと思っただろうか。
だが、それを本当の意味で理解していなかった。変わったと思っていて変わっていなかった。
ずっと、私は独りだったのだ。
(そうか、ボクらは2人で1つの役目。ずっと一緒にいる。そう約束したんだ)
それぞれの個はあれど。
私たちは。
「……わかった」
そう返事を返した私にようやく手から力が抜ける。
目を合わせた私たちは頷きあった。
「いくぞ!」
ガラスが砕けるような音がしてクロノスの時間停止が解ける。
その時には私たちはアルティレナスの元まで走りこんでいた。アルティレナスの目が驚愕に見開かれる。右手に握られたレイピアが濃い汚灰に包まれ引かれる。
――貴様にやらせるものか!
突き出されようとした右手の動きが止まる。
「な、に!?」
白い騎士の体から立ち上った光は人型を取り、己の体を背後から羽交い絞めにする。
半透明な姿でトガは叫ぶ。
『躊躇うな!』
私たちは頷くと大きく踏み込む。
至近距離から放たれたアラキアの光弾がアルティレナスが纏っていた負を撃ち払う。
「アルマ!」
「うん! はっ!」
アルティレナスの懐に踏み込みレイピアを弾き飛ばす。そこで初めてその顔に恐怖の表情が浮かぶ。
私は剣に力をこめると左下から右上へ凪いだ。
「アラキア!」
「おう!」
私に続いてアラキアのパージが交差するように軌跡を描く。
アルティレナスの背後に抜けた私たちは何の合図もなく振り返り振り返り具現した1本の白い槍に手を添える。
(私は独りじゃないんだ)
もう。決して。
いいや、ずっとそうだった。
突き出された槍の穂先は騎士と少年の左胸を貫いた。
しばしの静寂の後、その体は光に包まれ消え去る。
『……ようやく』
半透明の彼女は振り返らず左胸に手を当ててつぶやく。
『よくやく……終わる。長い長い……旅が……』
長かった、と呟かれた声は虚空へと消えていった。
「おい、いたぞ!」
惑星リドレイス。
元惑星ディーオの空中神殿アーカーシャにそんな声が響いた。
その声に全速力で駆け寄ってきた白衣のエルフ達は安堵のため息を吐いた。
あの時、惑星リドレイスに立ち上る光の柱を見たカストは危険を承知の上、すぐに先遣隊を中心に立候補制で調査隊を編成し降下していた。そんな中、地球から届いた連絡は大旅団にとって朗報となった。
汚灰が降りやみ蝕灰域は消滅。大気中の汚染濃度も低下しつつあるという報告だった。
実際、汚灰の流れは途絶え惑星リドレイス周辺でも汚染濃度は低下していっていた。同時にラークやトルムア、魔獣の姿も消えていた。
さらには惑星に元から生息していたと思われる動物の姿も見られるようになった。どの個体も汚灰に汚染されていないものだった。
しかし、どこを探してもアルマとアラキアを発見することができないでいた。安全を確認した結城は大旅団総出で捜索隊を結成し捜索に当たった。
つい先ほど、空中神殿内で意識を失い倒れている彼女たちを見つけたのだった。
短い耳のエルフは落ち着かない様子で部屋を行ったり来たりする。その様子を傍から見ていたよく似た顔のエルフは耐え切れないといった顔で近づくと手に持った紙の束を丸め弟の頭を軽くたたく。
気持ちがいいほどの音が鳴り響いた。
「目ざわりです」
そのまま言い争いに発展した2人の会話を苦笑いを浮かべながら光騎士達は生暖かい目で見つめる。
「平和じゃな」
「平和ね」
「……平和」
「まったく、あれも大概にしてくれないものかね」
いつの間にか立っていた結城は赤い正装を整えながらため息をついた。
「あれが見れるってことは平和な印じゃよ、のう?」
「そうだろうが、こうも毎日見せられるとな。……さて」
そろそろ潮時だろう、と結城は武器を構えだした二人のもとへ歩み寄っていく。
魔法が放たれる音とソレらが盾に阻まれる轟音、そして結城の怒り声を聞きながらジュークは総司令室の扉を開き外に立っていた人を招き入れる。
「……またやっているのか?」
あきれたように呟いた男性は狼を模した金色の仮面を外すとフードを外す。その横に立っていた小柄な人影も同じように仮面を外しフードをおろす。
「申し訳ございません」
「別に、誰もいないときはいつもどおりでいいですよ。なあ、アルマ?」
「ん」
頷いたアルマにやっと騒ぎを抑え込んだらしい結城が息を切らしながら駆け寄ってくると指を立てる。
「しかしな、アルマ君にアラキア君。その、自覚を……持ってほしいの、だがね?」
「そんな息切らして言われても説得力ないよ、結城さん」
「今や大旅団内でも君たちのことは『英雄』扱いだ。汚灰を止めた英雄だとな。それが継承者だということはかん口令をしいたものの周知の事実でね」
その言葉にアルマは眉間にしわを寄せる。
「……確かに今回の災厄は乗り越えられた。けれども犠牲がなかったわけじゃない。再び同じことが起きないという保証はない。それどころか必ず災厄は再び具現し悪意を持って人へと襲い掛かる。……ボクらがしたことは一時しのぎに過ぎないんだ」
目を覚ました後、私たちは事の顛末を結城たちに語った。
アルティレナスを倒したのではなく、アルティレナスを災厄と化させた負と分離し負をこの身の内に封印したのだと。それによる弊害はないが、根本的な解決はできていないこと。
そしてアルティレナスとアルティレルカの消滅を。
アルルカは元より礎として散ることが分かっていた。しかし、アルティレナスまで消えてしまうことは予想外だった。
長い間、人の負を背負い続けてきたアルティレナスは神といえる存在とはいえ限界を迎えていたのだ。彼は最後に本来の優し気な笑みを浮かべるとアルティレルカとともに消えていった。
「……では、災厄はいつか再び別の形をとって具現するのだね?」
「うん。それがいつかは分からない。……けれども、それに対抗するすべはある。大旅団がいれば。何よりみんながいてくれれば」
独りではなく、みんなと一緒になら。
独唱者の栄光は終わったのだ。
滅びの未来さえ変えられた。
私たちは共に希望の未来を歩んでいく。
『独唱者の合唱曲』
あともうちょい続きます




