第135話 退路のない戦い
――目を覚ませ!
「!」
どこからともなく聞こえた声にとび起きる。
殴られたかのような衝撃の余韻にしばし呆然と何もない白い空間を見つめる。
(……ここは、どこだ?)
完全展開は解除されているが、何故か腰にはエクスカリバーが下げられている。右手を動かすと自分がロンゴミアントを握りしめていたことに気が付いた。
確か私はアラキアとともにアルティレナスの空間遮断術に巻き込まれたのだ。
「そうだ、アラキアは……?」
立ち上がるとあたりを見渡すがどこを向いても同じ白い景色が続いているだけだった。心細さに胸元に下がるペンダントを握りしめる。
少なくとも契約でできた繋がりは切れていない。
彼は生きている。
アトミアの書を具現させるとあてもなくその空間をさまよい始めた。
しばらく歩いてからふと、あることに気が付く。
どこかでこの感覚を感じたことがあるのだ。
あれはたしか惑星ハーウィンの白亜の塔でラースと戦った時のことだ。隔離結結界で最上階に閉じ込められた時もこんか感じでほかの場所と隔絶された感覚がした。
「……そうか」
あの時と同じで術が解除されるまで外に出ることもできず、外からの救援も望めない状態だということだ。ラースは結界が展開される直前に滑り込んでいたらしい。
しかし、今回は無理だろう。
ラースは本隊とともに、そして結城たちも離れた場所にいた。彼らの助けは得られない。
ため息をつくと槍を構える。
「それで結界を貫くおつもりですか?」
「!」
背後に立っていたアルルカはそこにいるのが当たり前といった顔でたずねてきた。
「何故ここにいるのか。それはそういうものである、ということしかお答えできません」
「……そう。それで、結界を壊しちゃまずいことでも?」
アルルカは静かに首を横に振る。
「いいえ。何もマズいことはありませんよ。むしろそれしかここから出る方法はありませんわ。……その前に1つ、最後にお話しておきたいことがあるのです」
「手短に」
「いくら時間をかけようとも外での経過時間は変わりませんわ。……それに、あなたならば仮に100年の時が流れていようとも『どうにかできる』、でしょう? そういうものですわ」
その言葉に私は皮肉な笑みを浮かべて座る。
こうなったらとことんこの神竜の話に付き合ってやろうではないか、と。
「まず、最初に」
そう切り出したアルルカはこれまた平然とした顔で衝撃的なことを言う。
「アルティレナスは私の弟のようなものですわ」
「はいぃ!?」
正確には神竜に血筋などないらしいが人間に例えた関係性ではそうなるという。
何故そんなに平然としているのかとたずねると彼女は笑って答える。はるか昔に戦ったことがあるから、と。
その時もアルティレナスは強大な敵として立ちはだかったという。しかし、災厄の存在としてではなく世界を守る存在としてだった。
「ですが、今のアルティレナスは災厄そのもの。全ては人を負から守ろうとした結果ですわ。……すべての負をその身に引き受け最後には耐え切れず傀儡と化したのが今の彼。私たち神竜は人と接する実体を持たないため器を必要とするのです」
「どうすれば、引きはがせる? 2人を元に戻せる?」
「……あなたはどちらを選びますか?」
アルルカは順に指を立てながら話す。その蒼い瞳は私からそらされていた。
防戦一方でこの戦いが続いてどれほど立っているのかわからない。
アラキアは剣形状にしたパージで攻撃を弾きながら徐々に後退していっていた。
白いレイピアを握る人影は明らかに見知った人物だ。その顔はそっくりだが、違う。
(くっそ!)
白い騎士装に包まれたその身はアルマではなくトガだ。
そしてアルティレナスだ。
そう分かっていても攻撃するのを躊躇ってしまい、すでに反撃を受けた左腕にできた傷からは絶えず血が流れ出ている。
けして素早いわけでも強いわけでもない。
相手は力を抜いている。むしろ時間をかけてこちらが弱っていくのを見ているようにもみえる。
アルマが側にいれば交代しながら適当に休憩をとるか一気に攻め立てることができるだろうが、光が収まった時には彼女はそばにはいなかった。
(アルティレナスは自分と同じ思いを味合わせてやると言っていたがじわじわと弱らせていくことがそれなのか?)
普通の人間よりは強化されておりさらにアトミアの力の継承者としてのアドバンテージもある。多少長く持ちこたえることはできるが、限界はある。
「!」
これまでわき腹を狙っていた刃先の標的が右目に移る。顔をそらすと耳のすぐそばを刃が過ぎ去っていった。
アラキアはそのまま懐に入り込むと膝で白騎士の鳩尾を蹴り上げる。肉体があることで痛覚もあるのかその口から微かにうめき声が漏れる。
しかしそれでアルティレナスが動きを止めることはなかった。
宙で素早く体勢を整えるとアラキアを蹴り飛ばす。
左肩の防具には白いブーツが食い込んだ跡が残っていた。
「……一体何をしようっていうんだ」
隙はあるが浄化の光弾を撃ち込めるほどの時間はない。アルティレナスも準備が整うまでの時間が分かっているのか準備が整う寸前で攻撃を仕掛けてきている。
一言も発せずただ単調な攻撃を仕掛けてくる理由を図り損ねていた。
確かに隔離結界に閉ざされたこの空間から出る方法はない。だが、殺すだけならアルマが側にいない今、一撃で屠りされるはずなのだ。
ただただ時間だけが無意味に過ぎていっていた。
白い空間の中、私はただ無言でうつむいていた。
頭の中では彼女の言葉が反響していた。
「……やめておきますか?」
背後からそっとかかった言葉に大きく首を横に振る。ここで私が断ればすべて終わる。これまでのことが無駄になる。
静かに鞘からエクスカリバーを抜き放つと両手で振り上げる。
「『古より続く力の流れ、我は其を制する者なり』」
振り上げたエクスカリバーの柄を持つ両手の甲にアルルカの手が添えられる。
「炎と聖剣の主アルティレルカ。王の眷属としてこの身を捧げますわ」
アルルカの気配が背後から消えた瞬間、エクスカリバーの刀身が青い炎に包まれる。私はそのまま振り下ろすと障壁を打ち破った。
「はああぁぁぁぁっ!」
炎をまとった剣を手に青と白の影の間に飛び込む。轟音と共に破壊不能であるはずの床に微かにヒビが入る。
「……アルマっ!」
「ごめん、遅れた!」
よかった、と呟いたアラキアがパージを手に私の横に並んだ時、空気が変わった気がした。
見ると先ほどまでとは打って変わって眉間にしわを寄せたアルティレナスがレイピアを構えていた。
「どうして? ねぇ、どうしてあんたがここにいるの? あんたは後で……後で、やろうと。……ううん、それだけじゃない。なんで姉さんがここにいるの? 姉さんが力をかすべきなのはこのぼくだろう!?」
『いいえ違います、アル。あなたは飲まれてしまった。自分でそれを自覚できないほど深く。あの時とは違います。……もう、終わりにしましょう』
その言葉に合わせて私はクロノスの力を開放する。今までとは比にならないほどの力が空間に満ちた。
固まったアルティレナスを見るとアラキアに向き直る。
「……アラキア、聞いて」




