十章 モテない男を救う小説 ③
三
「……西浦新太の名において命じる! 『ゴミ三年』
よ! 死ねえっ!」
数十メートル先から聞きなれない少年の叫び声が
聞こえた。
良太は敵が自分に攻撃を加えてくる予感を覚えて
横に飛びのいた。すでに両足には高速移動の念術を
かけているため、すばやく動くのは簡単だった。
人の頭よりも大きい物体が降ってくる。
一瞬前まで良太が立っていた地面に電気炊飯器が
命中し、砕け散り、破片を飛び散らせる。
プラスチックの欠片が良太の体にぶつかったが、
鉄壁防御で身を守っているため実害はない。
突然の敵の襲撃にも自然に反応できるほど、良太
は危険を感じる力を身につけはじめていた。
良太はあたりを見回したが敵の姿はない。
西浦新太と名乗った敵は、飛び道具を使った間接
戦闘を得意とする念術師なのだろう。
近接戦闘を得意とする自分には厳しい戦いになる
かもしれない。
「おめえ、パワード・スーツ三点セットはやってる
んだよな?」
「当たり前だ。全部三段以上の念銭で定着させてるよ」
石川の問いに良太は自信を持って答えた。
パワード・スーツ三点セットは怪力攻撃、鉄壁防御、
高速移動の三種類。全て身体能力を強化させる念術
だった。
「俺の予想じゃあ、ここには伏兵はいねえ。敵は一人
だけだ。新しい敵が出てきたら、俺が相手をしてやる
から安心しろ。
おめえは自分の敵と思う存分戦いな」
「助かるよ。石川のおっさん」
「今回はおめえが好きでおっぱじめた戦いだ。だから、
おめえ一人で最後までやんな。俺は口を出しても手は
出さねえよ」
「分かってる。石川のおっさんは電柱にでも登って
見物してろよ」
良太が答えると同時に石川は、前と同じように
大ジャンプで近場の水銀灯を支える柱にしがみついた。
もう一度、ジャンプをすると頂上まで登っている。
今回も石川は念銭を使った様子はなかった。
良太と石川が神崎製作所に到着したのは、六時半
ちょうどの時間だった。
神崎作業所は良太が修行場として使っているボロ
工場にそっくりな外観だった。
入口は閉じられている様子なので良太は裏にまわり
隣接した広場に一人で入った。
四方の頭上からまぶしい水銀灯の光が注いでいた。
明るい反面、大量に電力を消費するという照明器具だ。
広場限定で昼間にもどしたような明るさだった。
その照明で照らし出されているのはゴミ屋敷。……
いや、ゴミ大広場とでも言うべき不快すぎる光景で
あった。
広場は学校のグラウンドよりも少し小さいが、
かなりの面積がある。中央と四方の角には、おび
ただしい不要品が山積みになっていた。
テレビ、パソコン、冷蔵庫、電気炊飯器、電子
レンジという家電製品。
タンス、学習机、食器棚という家具類。自転車、
バイク、自動車という移動マシン類。
現代文明が生み出したあらゆるゴミを、この場
に集めてやろうというような、所有者の異常な思考
回路が見える気がした。
良貨連盟の念術師が、駄菓子屋おおくらの裏に
あるボロ工場を修行場とするように、この場所は
リフォーマーの修行場だと石川から話を聞いている。
良貨連盟とリフォーマーの戦闘は、町外れのゴースト
タウンを限定して行っていた。
今まではお互いに敵の本拠地を知りながら、その
場所だけは攻撃をしない暗黙の了解があったという。
しかし、暗黙の了解は今日の朝に破られた。
良太がこの場所にいるのがその証明だ。
「バカだな~。『ゴミ三年』は~。今の一発で死ねば
許してあげたのにい~。
しょうがないから、痛い事と苦しい事と怖い事を
たくさん教えた後に死なせてあげるよお~」
敵――西浦はおぞましい言葉を吐いて、神崎作業所
の屋根から飛び下りてきた。
三階の高さから着地しても平気な顔をしている。自分
と同じように念術で体を強化しているのは間違いない。
おそらく二段以上の念銭で。
西浦は黒いコートを着た少年だった。肩には黒いショル
ダーバッグをかけている。
身長は良太よりも高い。体形は並の少年よりも細く弱
々しい。
西浦の右腕には自分と同じようにガムテープが巻かれ
ており、
テープの表面には二十枚近い大量の念銭がはりつけられ
ていた。
西浦の実力は未知数だが、自分と同じように相当の覚悟
を持ってこの戦いに臨んでいるのは確かだろう。
――こいつ……。同じ学校の二年じゃないか。こいつが
スパイだったのか。
良太は敵の顔にはっきりと見覚えがあった。
映画観賞部の部室前で何やら意味不明の事をつぶやき
ながら立っていた、あの不気味少年だった。
西浦という名の不気味少年は以前の三倍以上、不気味度
がパワーアップしていた!
寝グセで大爆発した髪型。麻薬中毒者級に血走った
目玉。病人じみた青白い肌。
おまけに黒一色の服装。
おせじにも健康的な若者とは言えない外見だろう。
何か良からぬ事件を起こして、今にも逮捕されそうな
凶悪なオーラを全身から放っている。
その見た目の凶悪さは最初の戦いで見た増田や、二度
目の戦いで見た平塚を軽くこえていた。
一万人の人間を呼んで「この少年と友達になりたいか?」
と質問をしたとする。
おそらく、九千九百九十九人の人間が「絶対に嫌です!」
と、答えそうなぐらいメガトン級におぞましい。
――こんな気持ち悪くてやばそうな奴がオレの敵
なのか? ライトノベルとかアニメなら、最後に主人公
が戦うのは二枚目キャラだと決まってるんじゃないのか?
――主人公よりも美形で優秀なギザ野郎が、最後の敵だ
と決まってるもんじゃないか?
――でも……現実の戦いはこんなもんなのか?
敵が自分よりも美形な男であれば、良太は敵に怒りと
劣等感を燃やした最高の精神状態で戦えただろう。
だが、実際に対面するのは、ホラー映画の怪物役と
してノーメイクで出演できそうな外見をした超・不気味
少年であった。
一分前の良太は、なるみの念銭を取り返すために闘志
を燃やしていた。
だが、西浦が敵だと知ったとたん闘志がぐらついた。
外見の不気味さで相手に心理的苦痛を与えて脱力させる
敵の作戦に、完全に引っかかっていた。
「僕はずっと前から、『ゴミ三年』と『赤点巨乳女』
が大嫌いだったんだああっ!」
西浦は怒り狂った顔で叫びながら、腕のガムテープに
ついていた念銭を念具でこすった。
まばゆい紫の念がほとばしり地面が爆発する!
良太の体に激しい空気の塊が激突した!
以前、ナルシスト男が使った衝撃波と同じ念術だった!
良太の体は風に吹かれた枯葉のように弾き飛ばされた!
今回の衝撃波は前回の三倍以上は威力が高い。
良太は地面を何度も転がりながら二十メートル以上飛
ばされて、広場の隅にある廃車のドアにぶつかって停止
する。
今の攻撃は一段や二段の念銭ではないだろう。
少なくとも三段は使用したと思われた。
一般人なら今の一撃で瀕死の重傷だろうが、鉄壁防御
で身を守っていた良太はどうにか持ちこたえた。
立ち上がり正面に目を向けると、今の攻撃で砂煙が
巻き上がり敵の姿が見えない。
茶色の空気が煙幕となって視界を邪魔している。
「……死ぬほど頭が悪い超最低男のおまえがっ!
僕よりも下の下の下の超最低人間のおまえがっ!
ダンゴムシより価値がない超最低生物のおまえが!
……僕よりも幸せなのが許せないいいっ!」
西浦の怒鳴り声と共に茶色の空気が消え去った。
奥から出てきたのは十個以上のゴルフボールと三十
個以上のパチンコ玉の大襲撃だ!
高速であるうえに多数の弾であるため攻撃範囲
が広い。
石川ほどの達人ならば簡単に避けるのだろうが、
素人である良太には無理だった。
自分の体でゴルフボールとパチンコ玉を受ける
ことになった。
――いってえ! 今ので鉄壁防御は完全に破れた
な! くそっ!
生身の人間が今の攻撃を受ければ、五人は確実
に重傷を負っていただろう。
しかし、三段の鉄壁防御を使用していたおかげで
良太はギリギリ持ちこたえた。
良太の戦いを頭上から見ていた石川が怒声を飛ば
した。
「気をつけろ! 良太! そいつは今までの亡者と
は格が違う! 頭の悪さと戦闘力がパワーアップ
した大亡者だぞっ!」
「そうみたいだな!」
大声で返事をすると、西浦が広場の隅から何やら
巨大な物体を持ち出してくるのが見える。
ガムテープの念銭から念を抽出すると、呪いを
かけるようにわめきながら西浦は物体を飛ばして
きた!
「……破滅しろ! 不幸になれっ! 一生泣いて
くらせえええっ!」
良太に向かって高速で飛んできたのは、ボロボロ
の三輪車だった。
このような大型武器は先ほどの小型武器とは
異なり、かわすのは簡単だ。
良太は高速移動で強化された足で飛び上がり、
近場の冷蔵庫の上に逃げる。
西浦の三輪車攻撃はそばにある廃車のフロント
ガラスに命中して粉々に砕いた。
敵の使う念銭は三段以上で、しかも一般の道具
まで武器とするため、極めて危険な相手だった。
今までの戦いが遊び事に思えるほどの激戦になる
予感がする。
――よく分からないけど、こいつはオレの事を
ずっと前からうらんでいたみたいだな。
――でも、なんでだ? オレはこいつにうらまれる
事をしたのか?
良太は西浦の戦闘力以外にも、激烈なうらみに
圧倒されていた。
うらみの原因が思い当たらないだけに正体不明の
恐怖を感じる。
自分の中の戦いに対する動機が弱まっていく気
がした。
「そいつに弱い念銭は通じない! 金貨を使え!
力技で一気にたたきつぶせ!」
石川の助言に従って左のポケットから、最終兵器
である明治時代の金貨を取り出す。
指先でつまむだけで電流が流れたような刺激がある。
重く激しい念が伝わってくる。
あまりに強すぎる念であるため、属性不明であるのも
不気味だった。




