10 負けられない戦い
金曜日は天気予報で言っていた通り、晴天だった。気温はぐんぐん上がるが、教室は冷房が効いているので快適だ。
江良姫奈との勝負などという懸念事項がなければもっと快適なのだが、と丈は思う。
火曜日から木曜日まで、阿澄は学校を欠席した。江良が阿澄に化けてやってくるということは、もうなかった。一応、欠席の理由は風邪ということになっている。
本日、文化祭の学内公開は、午後から始まった。二年五組の教室は、机を真ん中に寄せて、その上にクラスメイトが持ち寄った漫画を並べてある。あとはもうやることがないので、五組の生徒たちは颯爽と出かけて行った。
本来なら、今日は阿澄との約束があったのだ。しかし、阿澄は今日、文化祭には出られない。
「--ずいぶんと、シケた面をしていますね」
唐突に降ってきた声に、丈は後ろを振り返る。誰もいなかったはずの教室に、いつの間にか白雪が立っていた。驚いたことに、いつも黒いワンピースがトレードマークだった白雪が、高校指定のセーラー服を着ている。今日は一般客は入れないから、生徒に成りすまして侵入してきたらしい。
「勝てそうですか?」
「……勝つさ。これは、負けられない勝負だ」
阿澄を取り返さなければならない。不安がっている暇も、腑抜けている暇もない。ぱちん、と両手で頬を叩いて、丈は気持ちを切り替える。
そんな折、こんこん、と教室のドアをノックする音。入ってきたのは、江良姫奈だ。ただし、先日会った江良より、背が少し伸び、顔が大人びている。装いも、高校指定の制服。白雪同様、生徒になりすましている。ただし、白雪が変装であるのに対して、江良は変身している。
「用意はできたの?」
「ああ」
丈は足元に置いてあったボストンバッグを担ぎあげる。
「じゃあ、行こうか。ブラックボックスゲームの会場に、案内してあげる」
おいで、と江良は手招きする。丈と白雪は、江良について歩き出した。
江良が用意した部屋は、校舎の一階にある小会議室。文化祭はどの団体も使用しない予定の教室だ。勝手に鍵を拝借してきたらしい江良は、当たり前のように部屋を開けて、中に丈を招き入れた。全員が部屋に入ると、中から施錠し、廊下を通る人に怪しまれないよう、カーテンを閉めた。
部屋の真ん中には、見慣れない装置が設置されていた。
長テーブルの上に、黒い箱が置いてある。正確には、箱というよりは四角いトンネルの形をしていて、トンネルの入り口と出口に黒いカーテンが取り付けられているというものだ。そして、その箱の左右に伸びるのはベルトコンベア。
「コンベアに乗せた物が、ブラックボックスを通って出てくるってわけ」
説明しながら江良はテーブルに近づき、装置の脇にキッチンタイマーを置いた。
「三つ目のヒントを出し終えたら、時間を測り始めてね。一分にセットしてあるから」
タイマーが確かに一分にセットされていることを確認して、丈は頷いた。
「確認する。俺が勝てば、阿澄を返す。魔法の鍵にも金輪際関わらない。それでいいな?」
「オーケーよ。あたしが勝てば、真壁阿澄も魔法の鍵もあたしのもの。ま、あたしが勝つのは決まってるけど」
始まってもいないうちから江良は勝ち誇る。丈は、安い挑発には乗らなかった。
「変身規則は考えてきてあるわね? じゃあ、そのブラックボックスに手を触れて、頭の中で念じてちょうだい。それで、ブラックボックスに命令が適用される」
言われた通り、右手を触れて、用意してきた「答え」を念じる。変身規則は――――――。
それが終わると、ブラックボックスは問題なく起動したらしく、止まっていたベルトコンベアが動き出した。
「さーて、どんな問題を考えてきたのかしら。早速、ゲームを始めましょ」
余裕綽々の笑みを浮かべて、江良は促した。
「始めるぞ。まず、一つ目のヒント」
丈が最初に鞄から引っ張り出したのは、皿だった。ただの皿ではない。銀色の皿だ。料理にただならぬこだわりを持つ姉の三恵は、食器類もやたらとこだわって収集している。その中に、銀食器のセットがあったのを思い出し、皿を一枚拝借してきたのだ。
それをコンベアに乗せてから思ったのだが、これで皿が別物に変身して元に戻らなかったら、三恵には何と言い訳すればいいのだろうか。今更考えても手遅れなことを疑問に思っているうちに、銀の皿はトンネルを潜り抜けていった。
出てきたのは、一枚の布。これまたただの布ではない。旗だ。それも、国旗。水色、白、水色の横縞の地の中央に、太陽のような絵が描かれた国旗だ。
銀の皿は、国旗になった。
白雪の眉が寄ったのが解った。江良の表情は動かない。
「では、二つ目」
続いて取り出したのは、ホース。家ではじめが主に洗車に使っている緑色をした一般的なビニールホースだ。がたごとと動くコンベアに運ばれ、ブラックボックスを通り抜けて、出力されてきたのは、デニムのズボンだった。
ホースは、ズボンになった。
「最後、三つ目」
最後に取り出したのは、ごつごつとした岩石だ。これはそのへんで拾ってきたもので、一番適当に準備したものである。茶色く拳ほどの大きさがある岩は、ブラックボックスの中で変身し、出てきたときには、高校指定の紺色のプリーツスカートになっていた。
岩は、スカートになった。
「さあ、答えてくれ、江良姫奈」
丈はタイマーを押した。
ただのクイズみたいなことになっていますが、一応作者渾身のクイズです
これ以上難しいこと書けない……(泣)




