11 魔女の知らないこと
皿が国旗になり、ホースがズボンになり、岩がスカートになる規則。
江良姫奈は、三つのヒントを見て、固まった。
今までに出された問題は、迷うことなく即答だった。一番多いのがアナグラム、次に多いのは、カボチャが馬車になるような連想系の出題。あとは、文字をくっつけたりのぞいたりとこねくりまわした言葉遊びの問題だ。そういう問題を考えるのは、江良は得意なのだ。だから、相手が自信満々に考えてきた問題を、一瞬で叩き切った。
だが、江良は初めて、迷った。戸惑った。
--いや、落ち着いて考えて。江良は自分に言い聞かせる。入力、出力された物体は、いくつかの言い換えが可能なものだ。呼び方を変えれば法則が見えてくるものは、ままある。そういうふうに、物体の解釈からして答える者を惑わせるのが、ブラックボックスゲームの醍醐味なのだ。
『皿』は、普通の陶器の皿ではなく、銀製の皿を持ってきている。『銀皿』あるいは、単純に『銀』との解釈も可能だ。しかし、そう深読みさせるためのミスリードであって、本当は『皿』でいいのかもしれない。
『国旗』は、わざわざ国旗にしてあるからには、単に『布』ということもあるまい。『旗』か、『国旗』か、この国旗が表す『国名』か。どこの国の国旗かは、解っている。
『ホース』は、ホース以外には解釈の仕様がないだろう。強いていうなら、『園芸用ホース』だとか、『ビニールホース』だとか、あるいは『ビニール』か。
『ズボン』は、デニム生地でできているから、『ジーンズ』の可能性がある。
『岩』は、『岩石』でもいい。あるいは、岩の種類が問題なのかもしれないが、残念ながら見ただけでは、それが何の岩かは解らない。花崗岩か玄武岩か、斑糲岩か安山岩か、まったくもって不明である。
『スカート』は、せいぜい『プリーツスカート』との二択になるくらいだろう。
以上、六つの物の、さまざまな呼び方、捉え方を、江良は即座に頭の中で思い浮かべた。そして、それぞれの組み合わせを試し、共通の法則が見えてこないかを探る。
アナグラムではないし、三十文字程度で収まるような単純な連想で、銀皿が国旗になったり岩がスカートになったりはしないだろう。入力した物体と出力した物体は、あまりにかけ離れた物だ。
入力する物体にいろいろな文字を加えたり、あるいは文字を抜いたりしても、やはり出力した物体にはならない。
解らない――? 江良は呆然とする。迷うことすら珍しい江良が、答えが全く浮かばないのだ。考えても考えても埒が明かなかった。
そして、なんの答えも出せないうちに、タイマーは一分が経過したことを告げた。
「--考えたって無駄だったんだ。これは、知らなきゃ解けない」
タイマーの数字がゼロになったのを確認し、丈は呆然とする江良に告げた。無情に鳴り響くタイマー音に、ぽかんと口を開けていた江良は、悔しげに歯噛みし、忌々しげに吠えた。
「どうして! あたしはこのゲームで、いろいろな変身の規則を見抜いてきた! 考えられるパターンは、知り尽くしてるはずなのに!」
「だが、お前だって知らないことの一つや二つ、あるだろう」
「納得いかないっ。いったい、どういう変身のルールなの! こんなのってありえない!」
一分経過した時点で勝負はついたのだから、別に懇切丁寧に解説する義理もなかったのだが、黙って聞いていた白雪が照れくさそうに手を挙げて、
「差し支えなければ、私も知りたいです。お恥ずかしながら、私も解りませんでした。ここで説明していただければ、江良姫奈も納得するのでは?」
「まあ……そういうなら、構わないけど。でも、聞いてがっかりするなよ? 聞いてみれば、たいしたことのないネタなんだ」
白雪はにっこり笑って了承を示す。江良は鋭く丈を睨みながらも、口を挟まなかった。
「規則は『入力したものを英語に直して頭文字を大文字にする』」
「……大文字?」
白雪は訝しげに眉を寄せる。英語に直すのはともかくとして、スペルを弄るのではなく、頭文字を大文字にするだけ、それで何が変わるというのだと、疑問に思っているようだった。
「英単語は、一人称代名詞のIや、固有名詞等をのぞけば、一般的に小文字で書きだす。ところが、この頭文字を大文字にしてしまうと、元の意味と違ってくる場合がある。まず、最初の皿だが、あれは見たとおり、銀製だった。あれは『銀』と解釈する。銀塊でもあれば確実に『銀』だと解るんだろうが、いかんせん、すぐに用意できる銀があれぐらいしかなかった」
「銀の英語というと……silverですか? でも、これを大文字にしたところで……」
「いや、この場合、銀の英語はargentineと解釈する。あんまり一般的じゃないが、辞書には載ってるぞ」
「ああ! そういえば、ありましたね。言われてみれば、銀の元素記号もAgですし!」
白雪は嬉しそうに手を叩いて納得する。ちなみに、Agの由来となっているのはargentineではなく、ラテン語のargentumであるので、白雪の納得は微妙に間違いである。
「ところで、argentineを辞書で引くと、すぐ次に、頭文字が大文字になっただけでスペルは変わらない、Argentineがある。これは国名、アルゼンチンを表す。……というわけで、出てきたものは『アルゼンチン』の国旗だった。入力するものさえブラックボックスを通れば、出力するものは大きくても何とかなるって話だったからな。さすがに国がそのまま出て来はしないだろうと思ったから、国旗が出てきたのはまずまず予想通りだった」
「では次は、『ホース』ですね。ホースはhoseとしか言いようがないと思いますが、大文字のHoseにしても……英語にそんな固有名詞はありませんよね?」
白雪が首をかしげると、丈はにやりと笑う。
「そう、確かに英語にHoseなんてものはない。が、ドイツ語にならある」
「!」
白雪と、そして江良が同時に驚愕の表情を浮かべた。
「知ってるかもしれないが、ドイツ語の名詞はすべて大文字から始まる。Hoseは『ズボン』を表す単語だ。そして、最後も同様だ。英語で『岩』はrockだが、ドイツ語でRockは『スカート』になる。以上で、説明は終了だ」
江良は最後まで何も言わなかった。手がわなわなと震えているのが解った。
丈は江良の元へ歩いていき、目の前に立った。江良の悔しげな目が丈を捉えた瞬間、丈は今まで散々格下だと馬鹿にされていたお返しとばかりに、言い放った。
「グリムの魔女のくせに、ドイツ語も知らねえのか」
はっきり言って最後の台詞を言わせたかっただけの大がかりな舞台設定でした……




