『ゾンビパンデミックの世界⑰』
中の様子を窺うと、そこには先の見えない暗闇が広がっていた。
私達は揃って懐中電灯を手に持ち、互いの役割を探り合うようにライトを揺らす。
一振り、二振りしたところで、決断力のある白月が前方に光を固定してくれたため、対応するように私は彼女の足元を照らした。
どうやら一本の通路になっているみたいだね。何やら地下に向かって伸びる階段が、奥の暗がりに薄っすらと見える。
「行くよ」
白月が凛々しく囁いた。
返事をする代わりに、私はゆっくりと扉を閉め、息も、気配も、足音も、何もかもを潜ませながら前進していく。
そろり、そろりと。
抜いて、差して、忍んで。
しかしながら困ったことに、先の思い出話で火がついてしまったのか、私の口元がムズムズとし始めた。
まいったね。
ここで陽気に喋りだそうものなら、流石の白月も鉄槌を振り翳してきそうである。
命を惜しんだ私は、はむっと下唇で上唇を包み込み、なんとか強引に自分を律してみせた。
それから順調に階段を下り、一番下に辿り着くと、そこにはまた、一枚の扉が待ち構えていた。私達は一旦、息を整えるように足を止める。
三拍ほどの沈黙。
白月がノブに手を掛け、準備は大丈夫かと確認するように私を一瞥する。
大丈夫だとも。
首を縦に振ってあげると、前に向き直った彼女は音を最小限に抑えるように、少しずつノブを回し、少しずつ扉を押していく。
ギィィィ。
無情な軋みである。
気を付けてはいても、明らかにこの空間で一番大きい音が響き渡る。
それでも白月は押す手を止めない。
やがて、少しだけ開いた扉の隙間から、白い光が差し込み、私は思わず目を細めた。
「電気が、通ってるのか?」
白月がひそりと呟く。
誰かがここで生活しているということだろうか?
だけど、その割には人の気配が全くしない。一枚の扉を隔てていても分かるくらいに、確かな無人感が伝わってくるのだ。
その感覚を得たのは私だけではなかったようで、白月も安全と判断したらしく、意を決した彼女の手によって扉は一気に開かれた。
白を基調とした部屋の景色が視界一杯に飛び込んで来ると同時に、私の目線があちこちに飛び跳ねる。
元は倉庫か何かだろうか。それほど大きくない一室を二分して、片側に物資の山、そしてもう片方に生活感のある簡易的な研究スペースが広がっていた。
薬液の実験をするような備品が机の上に立ち並び、端々に紙の束がどっさりと積まれている。また、用途の分からない機器も多く設置してあって、それらはこぞって私の意識を釘付けにさせた。
私は、大きく大きく息を吸いこんで、胸を張る。
これは、間違いないだろう。
脳裏に過る、一つの確信。
これは間違いなく、探索を頑張った私に対する世界側からの御褒美である。
全てを悟った私は、地面にめり込ませるくらいの気持ちで足に力を込め、全身全霊のスタートダッシュを試みる――が、それは白月の手によって阻止されてしまった。
「待ちな」
彼女に作業服の襟元を掴み上げられ、鼻息を荒げた私はがるると唸り声を上げる。
何故、どうして、あんまりだ。
こんなの、犬の口にぐりぐりと餌を押し当てて、待てを命じているようなものである。
興奮を隠せない私とは対照的に、至って冷静でいる白月は、懐中電灯をしまって部屋の中へと踏み込み、しきりに辺りを観察してから研究スペースに視線を着地させた。
それから人差し指でつーっと机をなぞり、付着した少量の埃にフッと息を吹き掛ける。
「放置されてるみたいだけど、そんなに日は経ってなさそうだね。マノ、不用意に触らないなら放してあげても――」
「触りません。約束します。誓います」
瞳を輝かせて食い気味に宣誓すると、白月は顔をしかめてから、溜息と共に手を放してくれた。
ありがたや、ありがたや。
ジョッシュ君なら断固として放してくれなかっただろう。
でも、安心はしてほしい。
本当に見るだけである。
発明家にとって研究スペースとは聖域なのだ。
赤の他人が簡単に触れていいものではない。
一発明家として、その禁忌を犯すようなことはしないさ。
勝手に手が悪さをしないように腕を組んだ私は、改めて、舐め回すように机の上を見渡した。
「ふんふんふん」
一先ず、試験管に保存されている薬液はさておく。
文字が読めないので紙の束についてもさておく。
となると、最初に気になるのは、この黒い長方形の機器だろうか。
「白月、これは?」
近くを物色していた白月が肩を叩かれたように振り向く。
「あぁ、ラジカセだよ」
ラジカセ?
きっと白月なら用途を説明してくれるだろうと待っていると、それは案の定で、物色を止めた彼女はラジカセへと手を伸ばし、中央の小窓を開閉したりして、手慣れたように操作を始めた。
「これは音楽や人の声を記録したり、それを聴いたりする機械なんだ」
解説しながら白月が一つのボタンを押し込むと、耳馴染みのない音が響き渡る。
きゅるるるる。
何が起きているのか、皆目見当もつかないが、しばらくして、その音が静まったことを確認した白月は、カチャリ、さっきとは違うボタンを人差し指で押し込んだ。
ほのかなノイズ音が聞こえ、私の期待が膨れ上がる。
そして、不意を突くように、ラジカセから聞こえてきたのは、一人の男性が上げる豪快な笑い声だった。
「ぶわっはっは!! 今日は20XX年の8月13日だ。遂に完成したぜ。変異種を倒すための薬液が!!」




