『ゾンビパンデミックの世界⑮』
「マノ、あんたには地図と荷物持ちをお願いするよ」
白月は背負っていたリュックの中から、一回り小さいリュックと地図を取り出し、それをこちらに受け渡してくる。
言われるがまま、リュックの肩ベルトに両腕を通した私は、四つ折りの地図をぺら、ぺらと開いた。
「ほう、なるほど」
まるで読み解いているかのような声を上げて静かに狼狽えていると、白月がぴんと伸ばした人差し指を忙しく動かし、私の視線を誘導していく。
「現在位置はここ。あの建物がこれで、あっちの建物はこれ。細い管は大体が道だと思ってくれていい」
ふむふむ。改めて、この地図がどれほど精巧に作られているのかが伝わってくる。
道の表記だけに着目しても鳥肌ものの完成度なのに、建物一つ一つの枠組みまで綿密に描かれているのだから恐れ入る。
文字や記号の意味までは分からないが、それでもこうして現在位置と方角を照らし合わせて貰えば、私にも読めてしまうくらいには分かりやすかった。
「地図に関してはこんなところ。あとリュックの中には水と携帯食料、タオルと懐中電灯も入ってるから、好きに使うんだよ」
……陽太、ごめんね。白月は私が貰い受けるよ。このサポートを一度体験してしまっては、もう後戻りできそうにない。
心の中で、一方的に陽太への謝罪を唱えた私は、再び白月に後ろ結びを掴まれ、行動を制御されながらの探索がスタートする。
ミミコもこんな気持ちだったのかな。
そうして建物を一つ一つ洗っていき、この世界を練り歩いてみて、分かったことが二つある。
この世界は本当に文明が進んでいること。
この世界の文明は本当に滅んでいること。
文明の進化が途絶えてから、数年の時が経っていると白月は言っていた。なんと嘆かわしい事実だろうか。
この世界の人間が今も平和を築いていたなら、一体どれだけの進歩を遂げていたのだ。
ありとあらゆるものに注力を惜しまない人々の性質。きっと想像もつかないような素晴らしい発明をしていたに違いない。
世界が損失したであろうまだ見ぬ未来の技術を憂い、心の底から悲しんでいると、背後で別々に物色をしていた白月から声が掛かる。
「マノ」
振り向くと、腰に手を当て、威圧感のある顔で私を見下ろす白月の姿が。
「どしたの?」
「リュックの中のもの、全部置いていきな」
「なんで!?」
白月は私が背負っているパンパンのリュックを摘み上げた。それから強引に口を開き、中に入っている宝物を次々と取り出していく。
「なんでじゃないよ。ゲーム機、ヘッドホン、鉛筆削り、大量の消しゴム、ドライヤーに体重計、いらないものばかりじゃないか!!」
「やだぁぁ、持っていかせて、白月ぃぃ!!」
バタついて悪あがきを試みるが、せっかく手に入れた異世界アイテムは彼女の手によって敢えなく没収され、リュックの重さは初期状態に戻されてしまった。
「……あ、あんまりだ」
その後は、任せておけないと判断したのか、立ち寄る場所、立ち寄る場所で、白月は自分で選別したものをポイポイと私のリュックに詰め込んでいく。
隙を見て小物を忍ばせたりもしてみたが、逐一中を確認する彼女の目を誤魔化すことはできなかった。
無念である。
「ここは、こんなものかな」
三つの大きな建物を踏破し、私のリュックが概ね食料品で満たされたころ、一息ついた白月が私の口に棒つきの飴玉を押し当ててくる。
んぐ。
美味。
白月も同じものを口に含み「少しだけ休憩しようか」と言い出したので、私達は近くの長椅子に並んで腰を下ろすことにした。
静かな空間で、互いにカラコロと飴玉を転がす音を耳にしながら、壁に寄りかかって楽にする。
白月も武器として持っていた金属の太い棒を長椅子に立てかけると、足を組んで寛ぎ始めた。
それにしても、もう少しゾンビと戦いながらの探索になるかと思っていたけど、白月の方針は隠密行動に振り切っていて『不要なリスクは極力避ける』を徹底していくスタイルのようだ。
ここまで一度もゾンビを処理するような機会は訪れなかった。まぁ、非戦闘員の私としては、その方が有り難いのだが。
ふーー。
そんな調子で目を細めつつ、しばしの静寂を堪能していると、不意に白月が声を上げた。
「ねぇ」
「んー?」
「あんた達、色んな世界を旅してきたんだろう?」
「うん」
「聞かせてよ。どんな世界があったか」
彼女の注文に、私の身体がぴくりと反応する。
「いいの、長くなるよ?」
「いいよ。好きに語りな」
ンフフ。
私は口角を上げて立ち上がり、振り返って白月を見下ろした。変なスイッチを押してしまったかと、やや後悔をまとう彼女の瞳が私を見上げるが、もう遅い。
さて、何から話そうか。
どこから話そうか。
異世界渡航の原点となる師匠の話、記憶に新しいミミコ達の話、他にも面白い体験は数え切れないほどしてきた。
たくさんあり過ぎて悩ましい限りである。
でもそうだね、最初に話すならやっぱり……彼を捕まえた話から聞かせてあげようかな。
私はコホンと咳払いをしてから、白月を見つめ、あの頃を思い返すように語り始める。
「一面に雪が降り積もる森の中で、一人の少年と出会ったんだ」




