表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
58/64

『ゾンビパンデミックの世界⑬』




 白月への想いを口にした陽太は、羞恥心に耐え切れなくなったのか、私達の反応を待つ間もなく「ね、寝るから!」そう言って隅っこのソファーに飛び込み、眼鏡をテーブルの上に放り投げた。


 別に、恥ずかしがる必要なんてないと思うのだけどね。なんたって、好きという気持ちは、人を突き動かす強い原動力になる。


 対象は人でも、物でも、概念でも、関係ない。


 その想いの力だけで、人は理屈を超えた行動力を見せたり、限界を超えた能力を引き出せたりするのだ。


 実に美しく、実に素晴らしく、実に神秘的な力だと……そう思わないかね、ジョッシュ君。


 私が未知に恋い焦がれて突っ走るのも、同じことなのだよ。だから……そのさ……時に暴走することがあっても、どうか寛大な心で許してほしい。


 お願い。


 私は切望するような瞳をジョッシュ君に向けた。


「何ですか?」

「……ううん、何でもない」


 残念ながら、こういう気持ちは念じても伝わらないみたいである。

 



 ――さて、いつの間にやら私の意識は微睡みに攫われていたようだ。


  十人に分裂したジョッシュ君がバールのようなものを掲げて執拗に追いかけてくる夢から私を救ってくれたのは、白月の声だった。


「マノ、起きな、ほら」


 強く身体を揺すられて目を覚まし、バッと上体を起こした私は寝ぼけ眼で白月の顔を見つめる。


「……ん、あ、あ」


 段々と意識が覚醒していくにつれて、脳裏に蘇ってくる夢の記憶。身震いした私は、ぎゅっと白月にしがみついた。


「なんだ急に、恐い夢でも見たのか?」


 いや、あれは恐いなんてものじゃない。

 戦慄を覚えるほどの夢だった。

 よくぞ、起こしてくれた、女神よ。


 感謝の抱擁をしたのち、私が落ち着きを取り戻したことを確認すると、白月はソファーの方を指差した。


「今日の予定について話すから、あっち来な」


 促されるままに視線を向けると、ソファーには既に陽太とジョッシュ君が座っていて、何やらテーブルの上に人数分の料理が用意されていた。


 白月が作ったのだろうか。食べるまでもなく、漂ってくる匂いが美味しいと告げている。


 でも。


「良いの? 食料なら自前のがあるけど」

「あのクラッカーのこと? ジョッシュから貰って食べたけど、あんなもん食べ物じゃないよ」


 ひどい。私のお手製なのに。

 まぁ、実際にその通りなのだけど。


「良いから食べな」


 では、遠慮なく。


 私はジョッシュ君の横へ。

 白月は陽太の横へ。


 ソファーに腰を下ろした私は、目の前の料理を覗き込むように顔を近づけた。


 ……ふむ。異世界で色々な食べ物を見てきた私だが、これはまた見たことがないタイプである。


 大量の細長いヒモに赤みのあるソースと白い粉が掛かっている。見てくれは不思議だけど、しかし匂いから受ける期待値は非常に高い。


「なんていう料理なの?」


 尋ねると、白月は皿を持ち、フォークと呼ばれる食具をくるくると回してヒモを絡めながら答えた。


「トマトパスタだよ。こうやって食べるんだ」


 一口分のヒモが巻き付いたフォークをゆっくりと口に運ぶ白月。


 その様子を見て、所作を理解した私はフォークを手に取り、見様見真似でヒモを巻き付けた。


 どう見ても私の一口サイズを超える量が巻き付いてしまったが、構うものかと口の中にねじ込んで頬張る。


 もぐもぐ。


 ――!!


 それは数回、咀嚼した瞬間だった。脳天から足の爪先にかけて、強烈な電流が走り抜ける。


「んふーーーーーーーーーーーッ!!」


 度肝を抜かれた私は歓喜の唸り声を上げた。


 ななななんだ、これは!!


 今すぐ無味無臭クラッカーをゴミ箱に叩きつけたくなるほどの旨味が舌の上に広がってゆく。


 美味しいにも程がある。


 ごくんとトマトパスタを飲み込んだ私は、すぐに感動を伝えるべく、ジョッシュ君の方へと振り向いた。


「これ凄いよ! ジョッシュ君も食べ……」

「…………」

「ジョッ……シュ……君?」


 そこには、既にトマトパスタを平らげ、頬をパンパンに膨らませたジョッシュ君が居た。


 感想は、聞くまでもなさそうである。その姿が美味しかったということを雄弁に物語っている。


 ……ジョッシュ君。

 もしかして、味に飢えてたのだろうか。


 ふふ、そうだね。

 これからは、味も探求して行こうか。


 なんだかジョッシュ君が幸せそうなので、私は密かに脱クラッカー生活を心に決めるのだった。


 それから程なくして食事を終え、この世界の料理、玩具、武器、他にも色々、ありとあらゆるものに力を注ぐその徹底ぶりに感心していると、何か言いたげな表情をした陽太と目が合ったり、合わなかったりした。


 まったく、そんな風にチラチラと視線を送って来なくても、陽太の気持ちを白月に伝えるような真似はしないよ。


 大いに安心してくれたまえ。


 不安そうにしている彼を宥めようと、はにかみながらグッと親指を立ててウインクをしてあげると、陽太の顔が歪み、何故かもっと不安そうな顔になった。意味不明である。


 なんでよ。


 そんな調子で陽太とコミュニケーションを取っていたら、全員分の食器を片付けた私の嫁がタオルで手を拭いながらやってくる。


 彼女は再び陽太の隣に腰を下ろし、太ももにタオルを置いてから脇に挟んでいた四つ折りの紙をテーブルの上に広げて、真剣な表情で今後の予定を語り始めた。


「これは地図なんだけど、二人は見方が分からないだろうから、今は何となくで把握して」


 眺めてみるが、確かに分からない。


 恐らくこの世界のことだから、地図も凄まじく精密に描かれているのだろうけど、精密過ぎてちんぷんかんぷんだった。


 白月は細くて綺麗な指先をスッと地図の★マークに添える。


「ここが、この拠点の場所ね」


 続けて、赤枠で囲まれている斜線がたくさん引かれた場所、そのいくつかをタンタンタンと、小気味良く指で叩いた。


「ここは、もう探索済みと判断した場所」


 理解できてるかと確認するような白月の目線に、私とジョッシュ君は揃って頷く。


 私達の頷きに頷いた白月は、最後に赤枠で囲まれただけの場所を指差した。


「そして、ここが今探索中の場所だよ。今日もこのエリアで物資や……その、蓮を探す予定だ」


 まだ多少の抵抗があるらしい、弟の話になると白月の歯切れが悪くなる。もちろん気にすることはないが、何を言っても気にしてしまうのが白月という女性なのだろう。


 彼女について理解してきた私は「任せて」とだけ答えておいた。


「土地勘は必要だろうから、陽太はジョッシュと、私はマノと行動するよ。単独行動は絶対になし、良いね?」


「分かりました」

「は、はい」


 ジョッシュ君と陽太が返事をした後に、白月が私を見つめてくる。


「いいね? マノ」


 ……何故、私だけ名指しなのか。取り敢えず、白月の瞳がナイフのように鋭かったので、私はこくこくと首を縦に振った。


「あと、ゾンビの中には稀に変異種がいる。見れば分かるくらいには変異してるから、それにも近付かないこと。いいね? マノ」


 だから何で私だけ!?


 納得のいかない呼び掛けにモヤモヤとしつつも、白月の説明は続き、あらかた今日の予定を聞いたところで「詳しい動きについては各々パートナーから」ということになった。


 最後に白月は広げた地図を折り畳んで、その地図で手のひらをパシンと叩く。


「それじゃ、準備ができたら探索を開始するよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ