『ゾンビパンデミックの世界⑫』
その一言によって、彼の心を抑えつけていた何かが弾けたのか、陽太は重大な罪を告白するかのような表情で、捲し立てるように自身の過去を語った。
それは端的に言うと、ゾンビに傷を負わされてしまった祖父を陽太がショーティーで撃ち抜いた、という話だったのだが、聞けば聞くほどに不可抗力であり、客観的に見れば、陽太が気に病む必要なんて全くない内容だった。
しかし、陽太自身がその過去を悔やんでいると言うのなら、客観的な意見など意味を持たない。
返す言葉を失って黙り込んでいると、ジョッシュ君が「今は抑えて下さい」と言わんばかりに私の頭を掴んでくる。
心外だ。
流石の私でも、この空気の中ではしゃぐほど、図太い神経は持ち合わせていない。
ショーティーに向かって無意識に伸ばしていた手を引っ込めた私は、もう一度、頭の中で陽太の話を整理した。
曰く、陽太はドがつくほどのお爺ちゃん子だったようで、小さい頃に事故で両親を亡くして以来、ずっと祖父と二人で暮らしてきたらしい。
『優しくて、物知りで、僕が選択を間違えた時には、いつも正しい道を示してくれる爺ちゃんだった』
その語り口からして、陽太がどれだけ祖父を大事にしていたか、尊敬していたかは容易に想像がついた。
だけど、世界が混沌に包まれてから間もなくのこと。
ある日、食糧を確保しに出掛けた祖父が、傷を負って帰ってきたのだと陽太は語る。
ゾンビに傷を負わされたらゾンビになる、それは当時から既に周知の事実だった。
もちろん陽太も知っていたため、傷を負った祖父の姿を見た時には酷く取り乱したらしい。
でも、そんな陽太を祖父は強引に抑えつけた。
『優しい爺ちゃんの、あんな顔を見たのは初めてだった』
恐らく、もう感染に支配されるまでの猶予がないことを悟っていたのだろう。
息も絶え絶えだった祖父が限りある僅かな時間の中で、陽太に残したのは、別れの言葉ではなく、ショーティーの使い方だった。
弾の込め方、構え方、心構え、それらを瞬時に叩き込んだのだ。
そして、陽太は無理矢理ショーティーを握らされ、祖父は銃口を掴んで自分の額に押し当てる。
何度も何度も首を横に振る陽太の心に、刻みつけるように放たれた言葉。
『躊躇うな。生きろ、陽太』
祖父が最後に示した、正しい道。
『引けぇッ!!』
ずっと導いてくれた祖父の声に突き動かされた陽太は、泣き叫びながら震える手で引き金を引いたとのことだった。
これが陽太の話してくれた過去である。
きっと、出会って一日二日の私達にここまで話すつもりはなかったのだと思う。全てを語り終えて落ち着きを取り戻した陽太は、最後に「ごめん」と一言添えた。
なんとも言えない表情が私達の様子を窺う。
それはどこか、自分の罪を咎めてほしいと言いたげな目をしていた。
陽太。気持ちは分からないでもないが、その要望には応えられないし、応える気もない。
私自身が他人を叱れるほど完成した人間ではないということもあるけど、そもそも私の主観でものを言えば、陽太が背負う罪など欠片もないからだ。
それに私は、祖父の合理的な判断に感心している。祖父がどれだけ陽太を大切にしていたかは、その行動が如実に物語っている、少なくとも私はそう感じた。
ここで事実を捻じ曲げてまで陽太の行動を否定してしまうと、祖父の判断をも否定することになる。
結局、私のすることは変わらないのだ。
白月の件も、陽太の件も。
口を出せることなんて何一つない。
これが私の答えである。
……それにしても、想像以上に重たい武器のようだ。
元々は平和な世界だった、と白月は言っていた。
その平和が突如として崩れ去った今、この世界の人々は誰しも、何かを背負って生きているのかもしれない。
正直、このショーティーも、他人の私達が手にできるものじゃ――。
「じゃあ、これは借りますね」
「へぁッ!?」
唐突なジョッシュ君の発言に、思わず変な声が出てしまった。
陽太も意外そうな顔を見せている。
「ジョ、ジョッシュ君?」
「何ですか?」
「話は聞いてたんだよね?」
「聞いてましたよ」
「借りるの?」
「借ります」
冗談を言っている顔ではなかった。ジョッシュ君の蒼い瞳は、至極当然の答えだと言っている。
「理由を聞いてもいい?」
「はい。お爺さんは陽太さんを生かすためにショーティーを与えました。でも陽太さんはショーティーを使えません。俺は武器を求めてます。なら、俺がショーティーを使って、陽太さんも守れれば、全て解決しませんか?」
あ、はは。
淡々と述べられた理由は、結果だけを求めるなら、笑ってしまうほどに穴のない答えだった。
「いや、そうだけどさ」
そうだけど、論理的にも程がある。
普通なら、祖父の想いが込められた形見の武器だからと、持ち主である陽太に返しそうなものなのに。
君って奴は、ホントにいつも突飛な答えを導き出すね。そこが面白いのだけど。
ジョッシュ君は「それよりも」と言いながら、陽太に視線を移した。
「俺が気になっているのは別のことです。陽太さん」
「な、なに?」
不意に呼び掛けられた陽太は、息を呑んで背筋を伸ばした。
「どうして、これを貸そうと思ったんですか? 銃という武器は貴重だと聞きました。俺達が悪者で、悪用される可能性も大いにあったと思うんですが」
問い掛けられた陽太は少し黙ったあと、気まずそうに目線を泳がせる。
「じ、実を言うと、君らのことを信用したわけじゃないんだ。でも僕は、白月さんなら信用できるから。白月さんが自分のことを話した人達なら、だ、大丈夫だと思ったんだよ」
言い切ってから、ハッとして白月を見やり、彼女がまだ寝ていることを確認すると、陽太は安心したように吐息を漏らした。
陽太にとって白月とは、それほどまでに信頼している相手なのか。
私もジョッシュ君が認めた相手なら無条件で問題ないと判断するだろうから、同じなのかもしれない。
二人の関係性が、どこか自分達に似ていると感じた私は、誰にも分からない程度の小さな笑みを浮かべる。
ジョッシュ君も納得したようで、「そうですか」と一言、それ以上の追求はしなかった。
ところが、私達が聞かずとも、陽太自身の口が止まらず、さっきまでの落ち込んでいた彼はどこへ行ったのかと思うほど、白月について饒舌に語りだした。
「白月さんは本当に凄い人なんだ。いつも冷静で、理知的で、勇敢で。自分だって大変なはずなのに、それでも僕が塞ぎ込んでいた時に助けてくれて。誰にも頼らず、ずっと一人で弟を探し続けて。それに――」
うん。どうにも陽太が白月に向ける想いは、単なる恩義に留まる熱量ではない気がするね。
純粋に気になった私は、素朴な疑問を投げつけてみた。
「陽太は、白月に恋心を抱いてるの?」
「――え?」
あれだけ止まらなかった論説がピタリと止み、三拍の静寂が流れたのち、一瞬で顔を真っ赤に茹で上がらせた陽太がいつも以上にどもりながら、怒鳴るように小声を上げる。
「きききき急に何を言い出すんだ! ぼぼ僕は別にそういう目で白月さんを見てるわけじゃ!」
なんとまぁ、赤ん坊でも看破できそうなくらい、実に分かりやすい生体反応である。
どれ、もう一押し。
「なら、好きじゃないんだ?」
「あ、え、いや、違くて……」
「何が違うの?」
「だ、だから、僕は……」
「はっきり、ほら!」
私の発破に対し、唇を引き結んで抵抗を示していた陽太だったが、やがて諦めるように、がくりと首を落とした。
「……す、好きです」




